2017年の児童文学

児童文学ファンタジー界のベテラン岡田淳の「こそあどの森」シリーズが、全12巻で完結。森の地面から水がわきだして森全体が水没するという大事件が起こるものの、悲壮感や終末感はあまりなく、それぞれの家や森が新たな相貌をみせる楽しい面の方が強調されています。大きな変化もなくゆるく幕引きをしたところが、このシリーズらしいです。
大林くんへの手紙 (わたしたちの本棚)

大林くんへの手紙 (わたしたちの本棚)

新人の作品では、せいのあつこの『大林くんへの手紙』が秀逸でした。不登校の児童にクラス全員で手紙を書いて全員で家に押しかけて渡すという恐ろしい話です。主人公は「ウソの作文」を書くのが得意な子でしたが、この手紙だけはうまく書くことができず、不在の不登校児童の席に座ることでささやかな連帯を得ようとします。せいのあつこにはまだ単著は2作しかありませんが、学校空間の地獄感をリアルに描き、そんな空間で張りつめた気持ちで生きる子どもの姿を繊細に描ける作家なので、ぜひ書き続けてもらいたいです。
封魔鬼譚(1)尸解

封魔鬼譚(1)尸解

2017年の日本児童文学最大の収穫は、渡辺仙州の「封魔鬼譚」シリーズ(既刊3巻)です。北宋時代の中国を舞台に、道士たちが朝廷の軍事実験によって生み出された怪物たち戦うファンタジーです。第1巻は主人公が化け物に殺され人格をコピーされ成り代わられるというダークヒーロー誕生のエピソード、第2巻は大富豪が密室で頭の中身を抜かれて殺される猟奇的なミステリ、第3巻は閉鎖空間に閉じ込められた人々が脱出手段を探すパニックSFと、さまざまなジャンルがミックスされた良質なエンターテインメントとなっています。シリーズを貫く、記憶・同一性・不死といったSF的かつ哲学的なテーマも興味深いです。900年以上前の時代を舞台としながら、合理主義精神と自然科学を重視し、その楽しさをエンターテインメントとして伝えているところも魅力です。「封魔鬼譚」シリーズのほかにも、2017年は「合理主義精神」や「自然科学」を大切にしている作品が印象に残りました。
ジェリーフィッシュ・ノート (文学の扉)

ジェリーフィッシュ・ノート (文学の扉)

アリ・ベンジャミンの『ジェリーフィッシュ・ノート』は、理系少女が片思いの相手の死因を探る物語です。非常にシリアスな失恋の物語ですが、それを自然科学の論文のように記述する手法が斬新でした。主人公の少女は同性愛者ですが、それは作中では特に重大なこととしては扱われません。2017年は日本の作品にも、性的マイノリティと思われる子どもを登場させながらそれを物語の焦点とせず、当たり前のように存在させる作品がいくつかありました*1。この流れが定着するのか一時的な流行で終わるのか、今後の推移を見守る必要があります。
嘘の木

嘘の木

フランシス・ハーディングの『嘘の木』は、女性が知を求めることを禁じられていたダーウィンショックの時代を舞台に、父親の復讐のために抑圧をはねのけて知を探求する理系少女の物語です。狡知に長け計略で他人を陥れる主人公の姿は悪役じみてもいますが、そこが魅力です。杉江松恋・深緑野分・宮部みゆきといった面々が2017年のベスト級の作品と絶賛していることからわかるとおり、ミステリとしての質は折り紙付きです。進化論によるパラダイムシフト、神話は解体され、合理主義精神が苦くも美しい結末を導きます。
カーネーション (くもんの児童文学)

カーネーション (くもんの児童文学)

合理主義の時代は、あらゆる神話を解体します。いとうみくの『カーネーション』は、母性神話を理知的に叩きのめした作品です。虐待母にフェイクの虐待の理由を捏造させそれを否定することによって母の悪意を純粋なものにするという操作が巧妙です。
かえたい二人

かえたい二人

『嘘の木』のように激しく「闘争する少女」を主人公とする良作が、2017年には多数ありました。令丈ヒロ子の『かえたい二人』は、個性を許さない学校空間で自分らしく生きるために闘争する少女の物語です。SFオタク少女とおっとりお嬢様が教室の支配者に追い込まれていく展開はつらいですが、それでも立ち向かおうとするふたりの姿は爽快です。
狐霊の檻 (Sunnyside Books)

狐霊の檻 (Sunnyside Books)

廣嶋玲子の『狐霊の檻』は、館に監禁された狐の神霊とその世話係の少女が逃走する話です。シスターフッドの力で抑圧に立ち向かうフェミニズム児童文学であると同時に、緊迫した逃走劇として高い娯楽性も持っているところが、この作品の魅力です。
九時の月

九時の月

デボラ・エリスの『九時の月』は、同性愛者が処刑されるというシリアスな抑圧のあるイランで、真実の愛を貫くために闘争するふたりの少女の物語です。非常に美しい恋愛小説であるだけに、ふたりを待ち受ける運命の過酷さには失語するしかありません。
キズナキス

キズナキス

梨屋アリエの『キズナキス』も重い作品です。マインドスコープと呼ばれる人の内心を言葉に翻訳する装置が普及している世界を舞台とし、〈ICT絆プロジェクト〉なる教育活動の推進校で吹奏楽部に所属する中学生の周囲との軋轢が描かれるディストピアSF児童文学です。SF設定はありますが、少女たちが置かれている精神的にも経済的にも過酷な環境は、現代の日本そのものです。美しさという点でも、2017年の日本児童文学のトップレベルの作品です。
七時間目のUFO研究(新装版) (講談社青い鳥文庫)

七時間目のUFO研究(新装版) (講談社青い鳥文庫)

ところで、2017年に1作も新作を出していないにもかかわらず、異様な存在感を放っていた作家がいました。「七時間目シリーズ」の新装版刊行、日常の謎ミステリのロングセラーとなった『ハルさん』のドラマ化。珍しい中華武侠小説の佳作『紫鳳伝』の文庫化と、10年ほど前の作品の再評価が集中した藤野恵美です。
児童文学作家藤野恵美として重要なのは、やはり「七時間目シリーズ」(2005〜2007)です。このシリーズは、オカルト現象を楽しく語りつつ科学リテラシーに目を向けさせる作風で、00年代児童文学に大きな成果を残しました。「封魔鬼譚」シリーズや『嘘の木』など、「合理主義精神」を重視しつつエンターテインメントとしても完成度の高い作品が2017年には目立ちましたが、藤野恵美はすでにそれを10年前に成し遂げていたのです。この功績は記憶されるべきです。

*1:佐藤まどか『一〇五度』戸森しるこ『理科準備室のヴィーナス』濱野京子『ソーリ! 』等