自分の観測範囲で評判になっているのを知って映画館に足を運ぶ場合もあるが、この監督の新作と知れば当たり前のように行くと決めている人もそれなりにいる。『ドライブ・マイ・カー』により、濱口竜介もワタシの中でそういう位置づけの監督になったのだが、はじめから映画館で観ると決めている新作は、できるだけ事前情報を入れずに観ることにしている。
本作の場合、予告編も観ることなく臨んだ。が、情報を完全にシャットダウンするのはどだい無理な話で、山奥の集落にグランピング場建設の話が持ち上がり――というあらすじと、あとラストに驚く人が多いというのも、さすがに小耳に挟んでいた。
主人公の娘が、その山奥の自然の中を歩く場面から本作は始まるが、『ミラーズ・クロッシング』を少し思い出した下から見上げるカットをはじめ、本作はとにかく映像が美しい。どのカットも素晴らしいのだ。というか、この映画には良くないカットがない。特に横方向の移動のカットにハッとさせられた。
冒頭流れるメインテーマと言える美しい音楽がブツ切りされるのをはじめ、本作で音楽が何度もブツ切りされているのも意図的なはずで、これが作品に緊張感を加えている。
『ドライブ・マイ・カー』と異なり、でてくる演者はワタシの知らない人ばかりだったが、それもまた本作に合っているように思った。
住民説明会の場面も良かったし、芸能事務所でのクソコンサルとのオンライン会議も本当に良くて、そして、集落に向かう車中でも芸能事務所の男女二人の会話が無茶苦茶良い。男性が、女性の同僚をどうしても「お前」呼ばわりしてしまうところといい、大声を出して同僚に引かれ、拒否反応を示されるところなど、この男性の人物造詣がよくできている。うどん屋で「身体が温まるというか――」と、住民説明会のときと同じく自分の言葉でない紋切り型の文句を言ってしまい、「それ、味じゃないですよね」と冷たく指摘される場面では笑いがもれていた。
果たしてこの素晴らしいカットに満ちた映画にどんな結末が待っ……待ってええええっ!!!!!?
そこで思考が停止したまま映画は終わってしまったのだが、本作で語られる、鹿は人を襲わない、襲うとしたら手負いの鹿だけだという主人公の台詞を踏まえれば、というのに後から合点がいった。