yyzz2;虫撮記【虫画像・他】

昨年までは虫撮りの記録および虫の話題です。

苫小牧から転勤して,現在は遠軽町で活動……していません。

HPはhttp://yyzz2.sakura.ne.jp/。Twitterは更新連絡と愚痴。https://twitter.com/yyzz22

当面は,火曜日には必ず更新するということで頑張りたく思っています。

16-05-24(火)

[]さてどうしよう。 さてどうしよう。を含むブックマーク さてどうしよう。のブックマークコメント

 やっと解放されて,安ワインをラッパ飲みしながら書き始めている。

 

 とにかく愚劣に忙しい。高体連で明日から3日間卓球部の引率で網走行き。高倉健とは全く関係ない。今日はのべ15クラス分の自習課題を作って印刷した。授業も5時間こなした。最後の6校時目はボロボロだったけど。先週から取りかかっていた,その高体連期間中の特別時間割の出欠管理の段取り作りもだいたい終わらせた。明日の午前は生徒たちと汽車の旅である。本当は授業の方が楽しい。

 やっぱり自分は自由人では全くなく,働く道具(奴隷)でしかないことがつくづく身にしみた。ズボンが下がってきて仕方ないのだが,糖尿が悪化しているのかもしれない。奴隷だからそんなものである。

 

 ところで Moffet はどうなっているかというと,Gesner で引っかかっている。そして迷っている。

 すなわち,

  1. ルネサンスの Gesner - Aldorovandi - Wotton - Penny - Moffet といった具合に昆虫学史の流れを追いながら進めていく。とりあえず,Aristoteles と Plinius はそのようにしたつもりである。ただし,これをはじめると際限なく時間がかかりそうである。モフェットにたどり着くまで最低でも1年はかかる。面白くて魅力的なんだけどなあ。
  2. 代案。あれこれはすべてカットして,いきなり Moffet の「De Papilionibus(蝶蛾について)」の訳を始めてしまう。ロマンはないが現実的ではある。どうしよう。

 

 網走から帰ってくると,今度はすぐに中間テストと成績処理である。奴隷だなあ。

 どちらで行くかはさっさと決めなければならない。でも奴隷だしね。とりあえず次回の火曜も更新は期待薄である。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yyzz2/20160524

16-05-10(火)

[][][]手元の資料で調べよう。フレデリック・ムーア。(追記・メモ2/2) 手元の資料で調べよう。フレデリック・ムーア。(追記・メモ2/2)を含むブックマーク 手元の資料で調べよう。フレデリック・ムーア。(追記・メモ2/2)のブックマークコメント

 本編(1)追記(1)

 

 『インドの鱗翅目 Lepidoptera Indica』第7巻,p.119の註は,前回書いたように,スウィンホーによる引き継ぎの挨拶である。

 ムーアの業績賛美や人柄の回顧については本項ではカット。わたしにとっては優先順位が高くない。思想と人間とは別。

 

 註の最後。段落が変わって命名法の話になる。(わたしの英語力ではかなり厳しい文章。間違っていたらご指摘をおねがいします)。

 わたしは,もちろんムーア博士の方針の下,この著作を続けねばならない。そうしなくてよいなら,ロスチャイルド,ハータート,ヨルダン諸氏が用いている,あの優れた三名式体系を取りいれるべきだと思う。

 ロスチャイルドについては16-03-15記事参照。Hartert,Jordan はロスチャイルド博物館の学芸員。両名ともドイツ人でハータートが鳥屋,ヨルダンが虫屋であって,ともにイギリスへの三名式導入のパイオニア。

 確認しておこうか。「三名式」というのは学名用語で,リンネの「二名式」(属名 genus + 種小名 species)に亜種 subspecies の下位区分をもうけて,「属名 + 種小名 + 亜種名」3語で表すもの。現行の命名規約ではこちらが使われている。

 「亜種」をどうとらえるかは相当のごたごたや試行錯誤が会った模様で(今でも?),Stresemann, 1936, The Formenkreis-Theory, Auk. 53 (2), pp.150-158 の前半部には,亜種の概念が必要とされた経緯や,1844年に鳥類学者のシュレーゲルが「subspecies」の語を初めて用いて以後の受容史がまとめられている。これが面白い。分類という営為が経験科学でありながらも,それでも同時に「世界のとらえ方」に依拠することが見えてくるのだが,そちらは後日。

 「二名式」のムーアと異なり,スウィンホーは「三名式」を支持する。

名前を重ねることについてはたわ言が沢山書かれてきたのだが,ともあれ,これこれが一つの種であったりそうでないかに関して,三名式体系は,1つの名称が1つの昆虫に与えられるのだから,その昆虫が区別された種を代表していることを意味しない,とコレクターに示すには必要なものである。

 訳が下手くそで申し訳ない。つまり補えばこういうこと。

 ムーアは「二名式」を用いている。従って,ムーアの記載は,例えば,「Null point という種について述べて,次に「allied(類似の,同類の)」な地域型の種 topomorphic species としての N. hoge について説明する」というスタイルをとる。

 するとこの場合,「N. hoge」は「N. point」の地域的な変異(どちらがオリジナルかは問わない)であって,身分としては同種となりそうなものだが,少なくとも形式的には別種となってしまう。

 三名式なら「N. point point」と「N. point hoge」となって種としては同種で,しかも後者が種の代表ではない(もっと言えば,新種ではない)のが一目瞭然だということである。

 ムーアは別種で仕方ないと考えていただろう。外観が異なるのだから。同時にそれは,新種であることを喜ぶ採集者の心情にもかなうものだったに違いない。

変異型,地域・季節型の研究は進化論のまさしく本質である。従って,便宜上,それが便宜のためだけであっても,型ごとに1つの名前が必要である。わたしは三名式体系を用いることができないので,最初にタイプ種をあげて,次に同類の型(allied form)を続けるよう努力したい。

 旧世代の権威の立場に立つムーアと違って,スウィンホーは一応は進化論以後の立場にある。

 一つの著作としての統一性を保つために,スウィンホーは周回遅れと分かっていた方法論を強いられたようだ。『インドの鱗翅目』が結局は蛾の記載に至らなかったのは,それに要するであろう莫大な労力と費用の問題ばかりではなく,学問的な葛藤の帰結でもあったのかもしれない。

16-05-07(土)

[]ケイさんからの虫メール。アシベニカギバ,ハバチの幼虫。 ケイさんからの虫メール。アシベニカギバ,ハバチの幼虫。を含むブックマーク ケイさんからの虫メール。アシベニカギバ,ハバチの幼虫。のブックマークコメント

 道東の地ではサクラはまだ不十分。

 黄金週間のことあれこれ書いたけれども,読み返すとすべてグチと思考停止の産物でしかないので抹消。

 神奈川のケイさん@「ケイの言ってみようか!」管理人からメールがきていた。5月3日。

 何回返信しても「Undelivered Mail Returned to Sender」が戻ってくる。ブロックリストがどうのこうだそうだ。受信はできても送信はできないのか? わたしのケータイも同じである。そういう運命らしい(思考停止)。

 

 彼は小売業なので休日は忙しい。それに比べればわたしは呑気な商売に違いない。

 

 彼の写真はますます上達している。うらやましいが,わたしは何もしていないのでしかたない(思考停止)。

f:id:yyzz2:20160505191322j:image

 アシベニカギバだなあ。これはとまっているところではなく,床の落ち蛾らしい。HPで取り上げて,それきり縁遠くなった蛾。やっぱり蛾はいいなあ。

 近頃はますますやっていることが「蛾」だか何だか分からない領域だから,こういうのは単純に心が洗われるの感。

 

 もう1枚。

f:id:yyzz2:20160505191323j:image

 こちらもかわいい。ハバチだね。イボ足もそうだし,大きな眼もハバチの特徴。コンボウハバチ系統らしいが,特定は控えておく。あぶない。

 

 ケイさんもなかなかの「虫眼(むしめ)」を身につけているようだ。ご同慶に堪えない。実用性みたいな卑しいものはそこには微塵もない。

 ちなみにわたしは目がかすむので虫眼力(むしめりょく)は全盛期の50%ほどしか残っていない。きっと老化だよね。生活を改めようがまじめに血糖を下げようとしてみても「何だか瞑想」を毎日やろうとも,そこは老化だからさあ(思考停止)。

ケイケイ 2016/05/09 03:56 おはようございます。掲載ありがとうございます。
私のホットメールの設定が悪いのでしょうか?んー、なんだろう・・
虫には敏感になっていますね(笑)
このハバチというのですか。白くて小さくて、「お、かわいいイモムシ!」ってわくわくしながら撮ってしまいました。
まあ、私も老眼が進んでいるのですが^^;

yyzz2yyzz2 2016/05/09 21:54 どうもでした。お礼を言うべきはこちらの方です。
>私も老眼が
衰えではまだまだケイさんには負けないですよ(泣。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yyzz2/20160507

16-05-03(火)

[][][]手元の資料で調べよう。フレデリック・ムーア。(追記・メモ1/2) 手元の資料で調べよう。フレデリック・ムーア。(追記・メモ1/2)を含むブックマーク 手元の資料で調べよう。フレデリック・ムーア。(追記・メモ1/2)のブックマークコメント

本編(1)

 すじ肉を煮込んだり,コンピュータ将棋をネットで見ていたりして原稿書きができなかった。

 いろいろなことは明日。

 

 ムーア『Lepidoptera Indica』の補足。

 やっと見つけた。『Lepidoptera Indica』は第6巻まででムーアが死に,第7巻から はCharles Swinhoe の引き継きで10巻完結する。その第7巻は「承前」から始まっている。引き継ぎの挨拶が何もないのはおかしいと思っていた。今日調べ直すと,第7巻119ページに突然「NOTE」があって,こうあった。

ここで,フレデリック・ムーア博士のこの著作への貢献は事実上終わりである。残りについては,わたしが所持する彼のノートで進めていくことになる。

 そして,追悼の文章が十数行続く。

 

 それに続いて,ムーアとスウィンホーの命名に関する考えが述べられる。

気力がないままここで切れる。明日へ)。

 

 ごめんなさい。

16-04-26(火)

[][]『Theatrum Insectorum』の「蝶蛾」を読む。(3)大プリニウスにおける蝶蛾の発生。 『Theatrum Insectorum』の「蝶蛾」を読む。(3)大プリニウスにおける蝶蛾の発生。を含むブックマーク 『Theatrum Insectorum』の「蝶蛾」を読む。(3)大プリニウスにおける蝶蛾の発生。のブックマークコメント

 (1)(2)

 昆虫研究史は,前4世紀のアリストテレスから1世紀の大プリニウスへと,大プリニウスから16世紀のゲスナーへと三段跳びをする。間がずいぶんとあいている。この隙間隙間には光度の落ちる星々がなかったのではないのだろうが,詳細な史的研究の場面以外では,ほとんど特筆されるべき研究者はいない。

 すでに記述したように,それほどまでにアリストテレスの権威,そして遅れてプリニウスの権威は他を圧している。

 

 では,プリニウスが「蝶蛾(papilio。蝶に限定されない)」についてどう書いているかを見ていこう。アリストテレス同様,彼が「蝶蛾」に触れることは多くない。ほとんど関心もなかったようにすら思える。

 例えば,カイコ(ヤママユ)について,「成虫のカイコがクモのように巣を作る」とか,「木の葉の綿毛を集める」とか『博物誌』にはある。産地の企業秘密だったかもしれないが,プリニウスにもっと関心があればきちんと調べられそうなものである。

 ここでは,アリストテレスの昆虫発生を扱った前回を受けて,蝶蛾の発生についてプリニウスの述べるところを検討していこう。アリストテレス・プリニウスからモフェットへは時代を超えてすぐ地続きであって,両権威の記述については見ておく必要があるだろう*1

 

 引用は,プリニウス,中野定雄他訳,1986,『プリニウスの博物誌 −第7巻〜第11巻−』,第11巻37,雄山閣,p.198。*2(斜体・記号引用者)

三七 しかし別な生まれ方をする昆虫もたくさんある。(A)まず露から生まれるのがある。春の初めに露がダイコンの葉に宿る。そして太陽の熱によって凝縮し,アワ粒の大きさになる。それから小さなウジが生じ,三日後にはイモムシになる。そして日が経つにつれてだんだん大きくなる。それは動かなくなり,硬い殻をかぶっていて,触ったときだけ動く。そして(B)クモの巣のようなものができてそれにくるまれている。この段階ではそれはサナギと呼ばれる。それからその被いを破り,チョウとなって飛び出す。

 プリニウスの著作は様々な資料の寄せ集めである。この節の原典はおそらくアリストテレスの『動物誌』。

 

 ただし(A)の部分はアリストテレスにはない。他の書物を経由しているのかもしれない。

 アリストテレスの『動物誌』ではこうである。引用は,アリストテレース,島崎三郎訳,『動物誌(上)』,第5巻19章,岩波文庫,p.240。(斜体・記号引用者)

 いわゆる「チョウ」はアオムシから生まれるが,これは緑の葉,ことにラバノス〔キャベツ〕(これを「クランぺー」という人々もいる)の葉の上にいるもので,初めはアワ粒より小さいが,次に小さい蛆になり,さらに,三日たつと小さいアオムシになる。その後生長をつづけて,ついに動かなくなり,形が変わると「蛹」と呼ばれるが,これは外皮が硬くて,さわると動く。(B)クモの巣のような糸で物についているが,口もないし,その他はっきりした部分は何もない。間もなく外皮が破れて,翅の生えた虫が出てくるが,これをチョウというのである。

 少なくとも,『動物誌』や『動物発生論』を見る限り,アリストテレスはアオムシの自然発生について述べていない。むしろ,「交尾するものはすべて蛆を産む」(同書,p.239)とし,チョウの交尾を見たことないとは考えられないので,蝶は蛆(卵)を産むと見なしていたと思われる。

 だから,プリニウスの記述は別の伝承とアリストテレスとの接ぎ木の産物でしかない。アリストテレスが観察していたであろう蝶の産卵をプリニウスはおそらく見ていない可能性が高い。

 ちなみに「露」と訳されているのは「ros」であって,これは「露」としか訳しようがない。本当に露だったら蒸発するだろうが,「詩的・物語的」なイメージであるとは言える。こういう所がプリニウスがルネサンス期に広く読まれた理由の一つなのだろう。

 

 もう一カ所。(B)の記述。翻訳文を読む範囲で,プリニウスとアリストテレスとでは少し異なっている。

 アリストテレスでは,これはいわゆる「帯糸」の描写。「糸」は原文でも「poros」(管,すじ)で,Rossらによる1910年の英訳でも「filaments」の語が使われている。どう考えても,モンシロチョウかオオモンシロチョウの蛹。

 ところがプリニウスはおかしい。「クモの巣のようなものにつつまれている」という日本語からわたしが連想するのは,モンシロチョウではなくコナガの繭である。

 さて原文は「araneo accreta」。強引に直訳すれば「クモの網で増強される」。Bostockらの1855年の英訳では「covered with a web like that of the spider」(クモの網のようなもので覆われた)である。ここから「帯糸」をイメージするのは難しい。モンシロチョウの蛹とは異なると思われる。プリニウスはアリストテレス的な正確さを欠くと思った方がよい。

 とはいえ,それでもプリニウスは昆虫学に名を残すべき人物だそうである。例えば,昆虫学者の M. Burr は『The Insect Legion』(1939)で次のように述べている(この本には次回以降しばらく頼ることになる)。

 彼は,手広いが無批判な書き手であって,ヘロドトスよりもずっと軽はずみだった。しかしプリニウスの中に,われわれは宝石のような観察と思索を見いだす。彼は,甲虫には刺針がないと気づき,そして,有針である膜翅目と,双翅目との違いを明らかにした。つまり,ハチがハエでないことを知っていたのである。(p.270)

 うーん。そうなんだろうか。

 

 さて今度はモフェットと関わったルネサンス期の学者たちへ。でもゲスナーの資料があまりないんだ。彼の昆虫関係の著作は見つからないし,原書はとても読んでられないしで。次の火曜に間に合わなかったらごめん。

(この項続く)

*1:どうして「発生」なのかというと,蝶蛾のことは発生しか論じられていないのである。

*2:この翻訳書の問題点については過去記事「プリニウス『博物誌』第11巻第7章の邦訳について」を参照されたい。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yyzz2/20160426