yyzz2;虫撮記【虫画像・他】

昨年までは虫撮りの記録および虫の話題です。

苫小牧から転勤して,現在は遠軽町で活動……していません。

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当面は,火曜日には必ず更新するということで頑張りたく思っています。

16-06-21(火)

[][]番外編。中世におけるワニチドリ伝説の発展について(3)。

 (1)(2)

 

 相変わらず,ワニの歯を掃除するチドリの話の変遷史が続く。

 本質的に行き当たりばったりでブログを書いているので,復習しながらじゃないと自分も分からなくなる。

  • 前5C:ヘロドトス
    • これがおそらく記載としてはプロト。ワニの習性とトロキロス(ワニチドリ)について。ワニが口をあけていると鳥がやってきて,ワニの口の中の蛭を食べるという話。
  • 前4C:アリストテレス
    • 抑制された記述。ワニが口をあけているとトロキロスが来て歯の掃除をするという話。

 ここまでは,とりあえず真っ当な記述と言えそうである。ローマ帝国時代の大プリニウスになると話がインフレする。エジプトも帝国の一部となって,そこからの情報量が増えたのだろう。

  • 1世紀:大プリニウス
    • トロキロスはワニに口をあけさせて,食べ残しを食物とする。ワニはその心地よさに口をあけたまま寝てしまう。するとイクネウモン(マングース)がワニの口に入り込み,内蔵を食べてしまう。

 イクネウモン云々は,アリストテレス『動物誌』の直前の段落の記載が混入してしまったもの。

 これ以後,大プリニウスは権威として基本テクストとなる。

  • 3世紀:ソリヌス
    • 大プリニウスのそれを簡略化したもの。

 

 と,ここまで来た。

 思想史の世界では,しばしば古代と中世の分水嶺は6世紀のボエティウスに置かれる。

 というわけで,中世。

 中世ヨーロッパはやっぱり,少なくとも自然科学の著作においては「暗黒時代」であって,ワニチドリについてもめぼしいものがないようだ。Raven は「イシドルスはこれに類する話を述べていない」という(前掲書,p.19)。イシドルス(Isidorus)は7世紀の神学者で,中世における百科全書の嚆矢たる『語源(Etymologiae)』の著者。イシドルスが論じていないのなら,独自研究のない時代の後続者はかなりきびしい。

 

 時代は一気に12世紀末まで飛ぶ。いわゆる「中世12世紀ルネサンス」の頃。中世の自然学の大物ロジャー=ベーコンの活躍より半世紀早い。

 ネッカム(Alexander Neckam)はイギリスの神学者。科学技術史では羅針盤についてヨーロッパで初めて記述した人物として知られる。

 彼の自然学上著作『諸物の本性について(De naturis rerum)』も,中世の百科事典の1つ。これはネットにアーカイブがある(https://archive.org/details/alexandrineckam00neckgoog)。

 さて,このネッカムの第57章にワニチドリ伝承が現れる。

   ストロフィロスについて。 ソリヌス。

 ストロフィロス(Strofilos)はごく小さな鳥であって,餌を求める時には,ワニの口を少しずつくすぐり,用心深く心地よいくすぐり方で,次にはのどへと近づいて行き,はらわたを損ない生きたままむさぼって出てくる。このように,へつらい,甘言,甘い毒が,多くの者を誘惑する。

https://archive.org/stream/alexandrineckam00neckgoog#page/n195/mode/1up

 マングースの話が消えているのは,おそらくアリストテレスのテクスト批評が行われているのだと思う。

 それはいいのだが,今度はワニチドリがワニの内臓を食べることになってしまった。イソップのような「説話」性を持たせるために,どうしてもワニは損なわれなければならないらしい。自然界に人間的な教訓を見いださせざるを得ないあたりが,中世の自然学の神髄なのである。

 

 次(ラスト)は Bartholomeu Anglicus。13世紀である。

 

(つづく)

16-06-09(木)

[][]7月1日からのみくに会の申し込みがまだ間に合ってしまいそうな件について。

 さてUさんからメールが来た。

 日本蛾類学会の重要イベントの一つである「みくに会」がピンチらしい。

 http://www.moth.jp/jp/page_fj.html

 今のところ申し込み人数が思いの外少ないらしい。まあ,北海道開催だからね。北海道といえば,やっぱり日本じゃないし。

 交通費と会費で路頭に迷う人は仕方ないとして,何とかなる蛾好きの方は是非ともお申し込みを。ちなみにわたしは申し込みました。繁忙期です。職場をこれまで以上に敵に回すことになります。

16-06-08(水)

[][]番外編。中世におけるワニチドリ伝説の発展について(2)。

 (1)のつづき。脱線中。ワニの歯を掃除するチドリの話の変遷史である。

 ヘロドトス → アリストテレス → 大プリニウスからそして,といったバトンリレーのただ中。

 次走者のガイウス・ユリウス・ソリヌス(Gaius Julius Solinus)は3世紀ローマの文法家,なのだが,著作としては『De mirabilibus mundi (世界の驚異)』(またのタイトル『Polyhistor(博識家』)で有名。内容はほぼ大プリニウスからの引き写しであるという。一応,原文同士を比べてみたが単語が相当入れ替わっていて,単純なパクリではない。

 Solinus, DE MIRABILIBUS MUNDI, XXXII, 25, The Miscellany The Latin Library The Classics Page から。

 奪格の用法の読み取りに自身がないのだが,おおよそこんな意味。

ストロフィロス(Strophilos)というごく小さな鳥がいる。彼は(ワニの)食物の残りを欲するとき,この獣の口を少しずつ突っつき,それから,用心深く心地よいようにあちこちくすぐって喉の中と進んでいく。これに気づいたイクネウモン(マングース)は,獣に入り込み,獣を傷つけ生きたまま内臓をむさぼって出てくる。

http://www.thelatinlibrary.com/solinus5.html

 ソリヌスの記述はかなり簡潔である。簡潔すぎてつまらないらしく,16世紀の英訳ではネタ元の大プリニウスから記述を補って水増ししたりしている。そのくらいのことは昔は平気である。今だって註をつけたくなくて本文に説明を組み込んでしまう翻訳があるらしい。

 なお,英訳では「ichneumon」(エジプトマングース)を「Enhydre」と訳して,「水ネズミの一種」と割り註をしている。ユーラシアカワウソのつもりか? ちなみに現在は「enhydra」ってラッコである。

 

 次のランナーは Neckam。

 

 (続く)

16-05-31(火)

[][]番外編。中世におけるワニチドリ伝説の発展について(1)。

 3泊4日の卓球高校生引率@網走がやっと終わった。1泊2食で4千8百円。食事がかなり良い。昼間は高校生のわあわあ言う声とピンポン音の中で,Raven『English Naturalists from Neckam to Ray』を居眠りしながら読み進める。

 Moffetレポートの予定ネタ本の1つである。この人の英語にはだいぶん慣れてきた。

 

 中世の自然研究は,「自然の観察と記述」ではなく,「自然に関わる過去の文献の引用と注釈群」の合わせ鏡のような世界だったりする。すると,その過程でどんどん伝承と想像の尾ヒレが付いて大変なことになる。徐々にその夾雑物がそぎ落とされて,観察に入れ替わっていくのがルネサンスの学問の過程。モフェットはルネサンスに位置づけられる。

 

 上掲書,pp.18〜19にその「尾ヒレ具合」の例が挙げられていたので紹介。

 

 ワニの口に入って歯の掃除をするとかいうナイルチドリの話。これは眉唾であると言われているようだ。ワニの背中に乗るくらいだから,この鳥がたまたまワニの口をつつくことがあってもおかしいとは思わないが。

 Ravenによれば,この話(伝説?)の元祖はおそらく前5世紀のヘロドトス『歴史』。この本は混沌としていて面白いのだけど余り読まれていないように思う。

 翻訳のあるものは使っていく。ヘロドトス,松平千秋訳,世界古典文学10 ヘロドトス,第2巻68節,p.91,筑摩書房,昭51。

[鰐は]水中に棲息するので,いつも口内には蛭が充満している。ところでほかの鳥や獣は鰐を恐れて近づかないが,鰐鳥(トロキロス)だけは,鰐の役に立つので鰐と仲が良い。鰐が水から出て陸に上がり,口をあけると──鰐はほとんどいつも西風の方角に向かって口をあける習性がある──,鰐鳥はその口の中に入って蛭を食べてしまうのである。鰐は楽にして貰うので喜んでおり,鳥には何も害を加えない。

ワニと関わっている現地人なら,ワニの口にヒルなんか詰まっていないとを知っているだろう。鳥の話を聞いた人が逆算して「きっとヒルとか食べている」と推測したに違いない。権威者が書くと事実になる,というよりは,「事実というもの」のとらえ方が異なるのだろう。

 少なくともオクシデントの人々にとっては,ワニにもワニドリにも一生関わることはないだろうから別に困らない。

 

 前4世紀のアリストテレス『動物誌』がそれを引き継ぐ。アリストテレース,島崎三郎訳,動物誌(下),第9巻6章,pp.126〜127,岩波文庫,1992。

ワニが口を大きく開けると,チドリ〔ワニチドリ〕が口の中に飛び込んで歯をきれいにする。チドリは〔口の中で〕餌を取り,ワニはそのお蔭をこうむっていることを知っているので,チドリを害わず,チドリを外に出したいと思うと,頸を動かして警告し,かまないようにするのである。

さすがにアリストテレスは堅実である。

 それが1世紀の大プリニウス『博物誌』第8巻37章になると「物語は成長する」(Raven)。たびたび本ブログで言っているように『博物誌』の邦訳は信用ならないので,Perseus Digital Library の Bostock & Riley の英訳から重訳する。

魚で満腹になると,ワニは川岸で眠りにつくが,食物の一部がいつもその口の中に残っている。そこに小さな鳥が,エジプトではトロキルス(trochilus)として知られており,イタリアでは「鳥の王」とされている鳥が,食物を得るためにワニにあごを開くよう誘いかける。そして,回りを跳ねながら,始めはワニの口の外側を,次に歯を,それから口の中をきれいにする。その間,動物は鳥にくすぐられて感じる快楽によって,あごを目一杯広げている。こういう時,イクネウモン(ichneumon)〔マングース〕は,ワニが引き起こされた心地よい感覚によってぐっすり寝ているを見て,ワニののどに矢のように飛び降り,ワニの臓物を食べ尽くす。

 他のソースからの情報が入ってきて,話が詳しくなる。不正確だけど平気である。

 「鳥の王」とは普通はミソサザイだから,まあ似ていないこともない。ご愛嬌。

 マングースが突然出てきたのは,アリストテレス『動物誌』引用箇所の直前に記述されている「コブラと闘うマングース」が,ワニの話にも敷延してしまったものだろう。

 

 Raven によれば,大プリニウス以後は,3世紀のソリヌス(Gaius Julius Solinus。ラテン文法家。『世界の驚異について De mirabilibus mundi』あるいは『Polyhistor』)は「大プリニウスと同じ記述だが,鳥がひっかくことを強調している」と述べる。 調べてみるとネットに原テクストがあった。読まないわけにはいかないだろうな。

 

(というわけでラテン語読みです。間に合いませんでした。続く。でも今週こそ中間考査のためラテン語どころでなさそう。きっと更新しません)

16-05-24(火)

[]さてどうしよう。

 やっと解放されて,安ワインをラッパ飲みしながら書き始めている。

 

 とにかく愚劣に忙しい。高体連で明日から3日間卓球部の引率で網走行き。高倉健とは全く関係ない。今日はのべ15クラス分の自習課題を作って印刷した。授業も5時間こなした。最後の6校時目はボロボロだったけど。先週から取りかかっていた,その高体連期間中の特別時間割の出欠管理の段取り作りもだいたい終わらせた。明日の午前は生徒たちと汽車の旅である。本当は授業の方が楽しい。

 やっぱり自分は自由人では全くなく,働く道具(奴隷)でしかないことがつくづく身にしみた。ズボンが下がってきて仕方ないのだが,糖尿が悪化しているのかもしれない。奴隷だからそんなものである。

 

 ところで Moffet はどうなっているかというと,Gesner で引っかかっている。そして迷っている。

 すなわち,

  1. ルネサンスの Gesner - Aldorovandi - Wotton - Penny - Moffet といった具合に昆虫学史の流れを追いながら進めていく。とりあえず,Aristoteles と Plinius はそのようにしたつもりである。ただし,これをはじめると際限なく時間がかかりそうである。モフェットにたどり着くまで最低でも1年はかかる。面白くて魅力的なんだけどなあ。
  2. 代案。あれこれはすべてカットして,いきなり Moffet の「De Papilionibus(蝶蛾について)」の訳を始めてしまう。ロマンはないが現実的ではある。どうしよう。

 

 網走から帰ってくると,今度はすぐに中間テストと成績処理である。奴隷だなあ。

 どちらで行くかはさっさと決めなければならない。でも奴隷だしね。とりあえず次回の火曜も更新は期待薄である。

16-05-10(火)

[][][]手元の資料で調べよう。フレデリック・ムーア。(追記・メモ2/2)

 本編(1)追記(1)

 

 『インドの鱗翅目 Lepidoptera Indica』第7巻,p.119の註は,前回書いたように,スウィンホーによる引き継ぎの挨拶である。

 ムーアの業績賛美や人柄の回顧については本項ではカット。わたしにとっては優先順位が高くない。思想と人間とは別。

 

 註の最後。段落が変わって命名法の話になる。(わたしの英語力ではかなり厳しい文章。間違っていたらご指摘をおねがいします)。

 わたしは,もちろんムーア博士の方針の下,この著作を続けねばならない。そうしなくてよいなら,ロスチャイルド,ハータート,ヨルダン諸氏が用いている,あの優れた三名式体系を取りいれるべきだと思う。

 ロスチャイルドについては16-03-15記事参照。Hartert,Jordan はロスチャイルド博物館の学芸員。両名ともドイツ人でハータートが鳥屋,ヨルダンが虫屋であって,ともにイギリスへの三名式導入のパイオニア。

 確認しておこうか。「三名式」というのは学名用語で,リンネの「二名式」(属名 genus + 種小名 species)に亜種 subspecies の下位区分をもうけて,「属名 + 種小名 + 亜種名」3語で表すもの。現行の命名規約ではこちらが使われている。

 「亜種」をどうとらえるかは相当のごたごたや試行錯誤が会った模様で(今でも?),Stresemann, 1936, The Formenkreis-Theory, Auk. 53 (2), pp.150-158 の前半部には,亜種の概念が必要とされた経緯や,1844年に鳥類学者のシュレーゲルが「subspecies」の語を初めて用いて以後の受容史がまとめられている。これが面白い。分類という営為が経験科学でありながらも,それでも同時に「世界のとらえ方」に依拠することが見えてくるのだが,そちらは後日。

 「二名式」のムーアと異なり,スウィンホーは「三名式」を支持する。

名前を重ねることについてはたわ言が沢山書かれてきたのだが,ともあれ,これこれが一つの種であったりそうでないかに関して,三名式体系は,1つの名称が1つの昆虫に与えられるのだから,その昆虫が区別された種を代表していることを意味しない,とコレクターに示すには必要なものである。

 訳が下手くそで申し訳ない。つまり補えばこういうこと。

 ムーアは「二名式」を用いている。従って,ムーアの記載は,例えば,「Null point という種について述べて,次に「allied(類似の,同類の)」な地域型の種 topomorphic species としての N. hoge について説明する」というスタイルをとる。

 するとこの場合,「N. hoge」は「N. point」の地域的な変異(どちらがオリジナルかは問わない)であって,身分としては同種となりそうなものだが,少なくとも形式的には別種となってしまう。

 三名式なら「N. point point」と「N. point hoge」となって種としては同種で,しかも後者が種の代表ではない(もっと言えば,新種ではない)のが一目瞭然だということである。

 ムーアは別種で仕方ないと考えていただろう。外観が異なるのだから。同時にそれは,新種であることを喜ぶ採集者の心情にもかなうものだったに違いない。

変異型,地域・季節型の研究は進化論のまさしく本質である。従って,便宜上,それが便宜のためだけであっても,型ごとに1つの名前が必要である。わたしは三名式体系を用いることができないので,最初にタイプ種をあげて,次に同類の型(allied form)を続けるよう努力したい。

 旧世代の権威の立場に立つムーアと違って,スウィンホーは一応は進化論以後の立場にある。

 一つの著作としての統一性を保つために,スウィンホーは周回遅れと分かっていた方法論を強いられたようだ。『インドの鱗翅目』が結局は蛾の記載に至らなかったのは,それに要するであろう莫大な労力と費用の問題ばかりではなく,学問的な葛藤の帰結でもあったのかもしれない。