アーリア人

アーリア人

(読書)
あーりあじん

「アーリア人」には、主に以下の二つの意味がある。

  • 古代の民族のひとつで、インド・ヨーロッパ語族に属するインド・イラン祖語を話していた人々。中央アジアが発祥の地と考えられ、後にイランや北インドに移住。現在これらの地域で使われている言語の多くは、古代アーリア人の言語の末裔である。現代まで伝承されている古代語であるサンスクリット語(特にヴェーダ・サンスクリット語)やアヴェスター語は、古代アーリア人の言語に近い姿を保っていると考えられる。
  • 古代の北インドを征服したサンスクリット語を使う民族。現代ヨーロッパ諸民族の祖先でもある。

「アーリア人」という概念は、近代になってインドに進出したヨーロッパ人が、現地の古典語であるサンスクリット語を「発見」したことに始まる。
サンスクリット語は、ラテン語・ギリシア語といったヨーロッパの古典語とよく似ており、しかもそれらよりも「完璧」な姿をしていた。また、サンスクリット語で書かれた聖典ヴェーダでは、この聖典の主人公であるアーリア人がインドを征服した様子が描かれていた。これらのことから、ヨーロッパ人とインドの支配者階級は「アーリア人」という共通の祖先を持ち、ヨーロッパの諸言語も「アーリア人の言語」すなわちサンスクリット語から生まれた、という仮設が生まれた。
インドの支配者階級とヨーロッパ人の共通祖先としての「アーリア人」という仮説は、比較言語学という新たな学問を生み、「インド・ヨーロッパ語族」という概念を打ち立て証明するなど、言語学に多大な貢献をすることになった。ただし、トカラ語やヒッタイト語などの発見、その他研究の進展によって、サンスクリット語はインド・ヨーロッパ語族の共通祖先ではなく、あくまでその一派に過ぎないことが明らかになり、「アーリア人」という概念も、インド・ヨーロッパ語を話していた民族のうちイラン・インド方面に移住した一派、という立ち位置に落ち着くことになった。これが前者の意味での「アーリア人」である。
一方、言語学的には徐々に時代遅れの概念となっていった「インドを征服し、ヨーロッパ諸民族の祖先となったアーリア人」というイメージは、「諸文明を築き上げた勇ましいアーリア人を祖先に持つヨーロッパ諸民族」という形でヨーロッパの思想界・政界に浸透し、「インドの古典に基づく」というオリエンタリズムな響きとも相まって一部でオカルト的人気を博するようになっていった。これが後者の意味での「アーリア人」であり、そのひとつの極みが、「すべての文明を築き上げたのはアーリア人であり、ゲルマン民族はその最も純粋な子孫である」というナチの思想である。

以下のアーリア人の概要は、主に後者の定義に基づく。

Aryan

 南ロシア地方に居住し牧畜を営んでいた民族のひとつであると考えられている。背が高く、色は白く、鼻は真っ直ぐに長く、容姿が整っていた。使われていた言語は現代ヨーロッパ諸民族の古語と同一系である。「インド・ヨーロッパ語族」とも言う。アーリアとは高貴なものと云う意味。
 属する言語として、サンスクリット語、ペルシア語、トカラ語、ギリシア語、ラテン語、英語、バルト語、ロシア語、アルメニア語、アルバニア語などが挙げられる。つまり、ヨーロッパ北大西洋沿岸から現在の中国「新疆ウイグル自治区」に該当する地域までの広範な版図が入っている。またトカラ語のように滅びていった言語も多数有るようである。

アーリア人の民族移動

 歴史学的には紀元前2000年〜1800年頃カスピ海、黒海沿岸からコーカサス地域に居た遊牧民族が北上しバルト海沿岸へ、また西方へはギリシャや今のトルコがある小アジアへ、そして南下は今のイラン(イランとはアーリア人の国という意)、インドへ到達した。つまりは、中央アジアからヨーロッパ全域にわたっている。
 アナトリア高原で建国したアーリア人はヒッタイト王国を築き先住民族から鉄の精製を得た。「旧約聖書」ではヘテ人と呼ばれメソポタミアの古バビロニア帝国を滅ぼし、ラムセス2世の率いる古代エジプトと戦いその軍を破りシリアまで版図とした。
 またギリシャまで至った部族は「ミュケナイ文書」を、イランへ侵入したアーリア人はゾロアスター教の最高教典「アヴェスター」を、インドへ到達したアーリア人は「ヴェーダ聖典」を残し「ウパニシャッド哲学」と呼ばれている世界最古の哲学的思惟で書かれているものを残した。ウパニシャッドの熟成時代は紀元前700年から500年頃と見られその後仏教の誕生を迎える。

インド・イラン系アーリア人の習俗

『リグ・ヴェーダ』に拠れば古代アーリア人には死者(自分の祖先達)の霊魂を崇拝するという原始宗教の源基があったことが知られている。
 先祖の霊が今生きている家族を加護しその祈願のために供物を捧げる。当初は供養の儀式は他家の者は参加できず、従ってその神は一家の成員の供物しか受け取ることをしない。つまり家族神である以上子孫の礼拝しか認めない神であったのである。そしてまた、祭儀が外部の者に見られると穢されたという認識もあった。つまりそれぞれが独自の祭事を行いその家に伝承された祈祷や呪文と讃歌を持っていて家長が神官として存在していた。インド・イラン系古代アーリア人にとって竈の神(アヴェスタ)は同時に氏神(ペナテス)となり守護神(ラアレス)であり祖先の超人的な霊魂である。竈を象徴するゆえ祭壇には火が絶やされることはなくその一族の家長が取り仕切った。リグ・ヴェーダ時代のアーリア人社会はこのような祭儀を頂点とした家父長制家族であり一夫一婦制を中心にした基盤を持っていた。つまり祭儀も神官である父から息子へ伝えられ竈を維持し祖先神に礼拝する権利も授けたのである。女子は子供を授かる役目にしか過ぎず娘が夫を選ぶ場合は家長である父がその権利を持ち、父が死んでいる場合は自分の男系兄弟の長子が権利を継承していった。このように女子は男子と違い祭儀についての処遇も違い、家族神とは父方のみを指し母方の祖先には供物も捧げられなかった。つまり女子が嫁ぐと言うことは自分の血族集団と別れると言うことを指していた。

ウパニシャッド (講談社学術文庫)

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