私はよく状況を映画に例えることがある。そのたびに、「あの映画ってそんな話だったんですか?」と首をかしげられることもある。 そのひとつが、『クリムゾン・リバー』(監督: マチュー・カソヴィッツ、2000年)である。 当時、どういう状況でこの映画を例に出したのか。それは「集団の固有性」や「純度」について話していたときだった。 人は集団に属すると、いつの間にか「自分たちは違う」「自分たちは特別だ」と思いたくなる。ある種の「選ばれし者」感が生まれ、外部からの混入を拒みたくなる。それを好意的に、芸大生が置かれた環境になぞらえた。 映画『クリムゾン・リバー』は、そうした発想が一部の関係者によって極端なかた…