『サミング・アップ』/モーム著/行方昭夫訳/岩波文庫 いま私の手元にあるサマセット・モームの文庫本はすべてF先生宅から貰い受けたものであることは前回に書いた。書いた後で思い出したことがあり、思い出した後で考えたことがある。 「モームだけでいいんじゃないかって気がする。全部書いてあるんだもの」 いつか何かの折に、F先生はそんなことを言っていた。先生が家出をする数ヶ月前、もしくは一、二年程度前かもしれない。時期も話の前後もはっきりしないが、酒を飲んでいたことだけはたしかだ(先生と会って酒を飲まなかったことは一度もない、学生時代の講義を別にすれば)。先生にそう言わせたのは代表作でも短編集でもなく、『…