古市古墳群は、大阪府藤井寺市から羽曳野市にかけて、東西・南北約4kmの範囲に広がる古墳群。 墳丘長400mを超える巨大な前方後円墳の応神天皇陵古墳から、一辺10mに満たない小型方墳まで、120基を超える様々な墳形と規模の古墳からなる。 現存する45基のうち、墳丘長200mを超える巨大な前方後円墳は7基も含まれている。
古市古墳群巡り、最終章。 iechiko.hatenablog.com iechiko.hatenablog.com ラスト10期の古墳巡り ⑰東馬塚古墳 前回最後にご紹介したテニスコート越しにしか見えなかった二ツ塚古墳。 東馬塚古墳は、このテニスコートの駐車場脇に位置しているのですが、写真を撮り忘れていました・・・ Googleマップで見るとこんな感じ。 応神天皇陵の陪塚として管理されている方墳ですが、正直住宅とテニスコートに囲まれた空き地にしか見えないっていうね・・・ ちなみに今気づいたけど、このGoogleマップの航空写真を載せれば、全体像が伝わりやすかったんだ。 でも、あくまで実際に現…
少し間が空きましたが、古市古墳群巡りの続きです。 前回のブログはこちら。 iechiko.hatenablog.com 古墳巡りを開始して約3時間が経過しましたが、資料館見学やランチで時間を使い、いまだ26基中5基しか古墳見れていません。 ここから怒涛の古墳巡りスタートです。 続・古市エリアの古墳 ⑥青山古墳 全長72m、古市古墳群内で最大級の円墳。 大きいゆえ、円の全貌は目視では分かりません。 ただ、周囲に巡る濠は今も残っており確認することができます。 こちらの周濠からは、円筒埴輪や複数の形象埴輪が発掘されました。 ⑦浄元寺山(じょうがんじやま)古墳 この後ご紹介する墓山古墳の外堤に接して作…
2026年3月7日古市古墳群に行ってきました。 高屋城、即ち安閑天皇陵の後です。 時折小雨がぱらつく中、ひたすら歩きます。 ①軽里大塚古墳 結構大きめの古墳なんです。 濠が大きいですね。 規模は大きいのですが…… デカ過ぎて分からない(´・ω・`) 白鳥のマークです、ということは、白鳥伝説を持ったあの人! 日本武尊命さんの御陵、別名白鳥陵です。 この方、九州を平定して後、東征を行い、伊吹山あたりで病に罹り、三重県亀山市で力尽きます。 死して後、白鳥に姿を変え、大和を目指して飛んで行くのです。 あれ、でもここ河内は大和をオーバーしちゃってますね。 白鳥は大和だけではなく、河内にも降りて、そして飛…
■羽曳野市#第13弾 配布場所:羽曳野市役所別館(下水道部) アクセス:古市駅から徒歩15分程度マンホールカード 竹内街道が日本遺産 古市古墳群が世界遺産 記念に作製中央にご当地キャラのつぶたん座標位置(カードの現物) 羽曳野市役所付近にあります 場所的に土埃が被りやすい場所で汚れてましたちなみに カード配布場所の下水道部に展示蓋がありました 🔻ポチッとお願いします🙏ランキング参加中【公式】2025年開設ブログランキング参加中gooからきましたランキング参加中はてブロ みんな初めは超初心者ですよ!支えあおう会^^(長いw)ランキング参加中マンホールランキング参加中マンホールカード収集ランキング…
『日本書紀』の中の仁徳天皇の記事に 掘大溝於感玖、乃引石河水而潤上鈴鹿・下鈴鹿・上豊浦・下豊浦四處郊原、以墾之得四萬餘頃之田 (大きな溝を感玖に掘る。石川の水を引いて、四カ所の荒原を潤し、四万頃の田を得た)」とあります。 「感玖(こんく)」とは、かつての石川郡あたり、今の富田林から羽曳野市古市あたりを指した呼び名です。 富田林の東部にある古刹龍泉寺に咸古神社があります。近くには、「こんく」がなまった「寛弘寺/かんこうじ」の地名が残っています。龍泉、佐備、甘南備一帯を治めていた古代豪族である紺口県主(こんくのあがたぬし)から生まれた地名です。 「感玖の大溝(タイコウ・おおみぞ・おおうなで)」は、…
私が小さい頃の遊び場は大和川の支流石川だった。喜志には都会のように公園と呼ばれるものはなかった。今でもない。だから寒い冬であろうが、石川が私たちの遊び場だった。 昭和30年代の終わり頃、「2B弾」という花火が流行った。花火といっても火を噴くものではなく、爆竹のような爆発音と破壊力が売りだった。 一本がタバコほどの大きさで、先に燐が付いていた。それをマッチ箱でこすると、着火して黄色い煙を出し、5秒ほどして爆発するのだ。それを地面に埋めたり、ビンの中に入れたりして破壊力を楽しんでいた。時にはカエルの尻に突っ込んだりもしていた。 火を着けてから「イーチ、ニーイ」と数えて「サン」ぐらいで投げると、うま…
前回の続き。全国的にも珍しい #水鳥形埴輪 が出土した #津堂城山古墳 考察。#古市古墳群 中の最古級、最大の応神天皇陵に次ぐサイズ。さてどのような人物が埋葬されていたのでしょうか。#消された河内の古代史 #恵我5か村 目次 津堂城山古墳・考 津堂八幡神社(旧 深居神社) 「恵我、えが」地名は古代勢力のこん跡? 忘れられた河内の古代勢力 本文 前回(津堂城山古墳)の続き。 www.zero-position.com 津堂城山古墳・考 津堂城山古墳 後円部の墳丘 応神天皇陵(誉田御廟山古墳、惠我藻伏崗陵/5世紀初頭=古墳中期)を中核とした世界遺産・古市古墳群の最北に位置し、 津堂城山古墳 墳丘か…
新大和川ウォーキング中 #二上山 の雄岳と雌岳の真ん中に手前の丘(羽曳野市飛鳥)が重なる所を探していたら #津堂城山古墳 に。世界遺産 #古市古墳群中、最古級の前方後円墳で、ここからは最大最古の #水鳥型埴輪 が出土しています 目次 大鳥を正面に見る場所を探して寄り道 津堂城山古墳(つどうしろやまこふん) 二上山の大鳥を正面に見晴るかす所 「近つ飛鳥」と「遠つ飛鳥」 本文 大鳥を正面に見る場所を探して寄り道 www.zero-position.com 前回、志貴皇子の万葉歌「鴨の羽交(はがい)」を紹介しましたが、 手前の丘が、二上山の雄岳と雌岳のちょうど真ん中におさまって「大鳥」のように眺望で…
連休の中日はまたも夏日。紅葉を観に行くって感じではないので近場でなにか…ってことで、2年位前の日経夕刊で知った、歩いて登れる古墳群あたりを散策しようかなと(近場というほど近場ではなかった) 天王寺駅から近鉄に乗り換え、土師ノ里駅へ。 駅を出てすぐ、古墳が見えますね! でもまずそっち(南東側)ではなく、北側の古墳1基見なくては!(手前の登ったけどね) で、駅を背に右側に向かうと北側が市野山古墳(允恭天皇陵)。 170号を北上するのですが、ぜんっぜん見えない。道路沿いに並ぶ住宅の裏っかわですね… 角っこを曲がってようやくチラッと。 曲がっても、また民家の裏っかわが続きます。 200mくらい、ほとん…
本日は2023年10月22日。先週は55km。今週はどこに行ったものかなーとということで、今回の安治川トンネルの反対側よりスタート。エレベーターには大体5台くらいの自転車が乗れるのですが、何時も一杯で、需要の多さを感じます。 では、漕ぎだしていきましょう。最初の目的地まではしばらく距離があるので、どのようにして車通りを避けながら進んだもんかなーと思ったのですが、 阪神高速下の道路が良さそうでした。 阪堺電車の線路を渡り、 50分ほどで南海電車の住之江車庫を覗きに針路をとったのですが・・・高架車庫でしたか。 大和川に到達するまで約1時間。 更に堺市内の名所めぐり看板を見つつくねくねと道を変えてい…