天龍源一郎

天龍源一郎

(スポーツ)
てんりゅうげんいちろう

元プロレスラー。

profile

本名 嶋田源一郎
生年月日 1950年2月2日
出身地 福井県勝山市出身
ニックネーム ミスタープロレス
得意技 パワーボム・延髄切り
所属 フリー

1963年12月、大相撲・二所ノ関部屋入門。天龍のしこ名で前頭筆頭まで上り詰めるが部屋内の騒動に巻き込まれて力士を廃業。1976年10月に全日本プロレス入門した。
アメリカ・ファンク道場で修行し、同年11月13日にはテキサス州ヘレフォードにおいてVSテッド・デビアス戦でデビュー。
全日本プロレスでは、長い間ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田に続く「第三の男」のポジションに留まっていた。しかしジャンボ鶴田とのタッグ鶴龍コンビで長州力率いるジャパンプロレス軍団を迎え撃つ内に長州に対してむき出しのライバル心を見せるようになり、長州離脱後には一転全日本隊に反旗を翻して阿修羅原と天龍同盟を結成。天龍革命をスタートさせ、ぬるま湯体質だった全日マットで妥協のないシビアなファイトを展開し一躍マット界の台風の目となった。その後は「ようやくやる気になったエース」ジャンボ鶴田との鶴龍対決、第2代三冠ヘビー級王者君臨など、全日の先頭を走り続け、1989年11月29日にはタッグ対決ながら御大ジャイアント馬場からピンフォールを奪う快挙を成し遂げた。
1990年4月19日横浜大会を最後にSWSに移籍。
SWS崩壊後、1992年7月WARを設立。新日本プロレスとの対抗戦で並み居る強豪を撃破し続け、1994年1月4日の東京ドーム大会でアントニオ猪木からピンフォールを奪い、“ミスタープロレス”の称号を得た。老いたりとは言え、団体のエースとなって以降のジャイアント馬場、アントニオ猪木の両巨頭からピンフォール勝ちしたことのある日本人レスラーは天龍源一郎ただ一人である。
1998年2月からはフリーとなり、2000年には古巣の全日に復帰。その後再びフリーへ。2006年1月15日、「キングスロード」旗揚げ興行に参戦。

2015年11月引退。

寿司処「しま田」を経営している。


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