(1763-1827) 江戸後期の俳人。幼名、弥太郎、名は信之。別号、俳諧寺など。信濃国柏原生まれ。一五歳で江戸に出、俳諧を葛飾派の二六庵竹阿に学び、のち夏目成美の庇護を受ける。方言・俗語を交え、不幸な境遇を反映して屈折のある異色な作風を示した。老年帰郷し結婚したが、不遇の中に没した。著「おらが春」「父の終焉日記」など。三省堂提供「大辞林 第二版」より
(1763-1827) 江戸後期の俳人。幼名、弥太郎、名は信之。別号、俳諧寺など。信濃国柏原生まれ。一五歳で江戸に出、俳諧を葛飾派の二六庵竹阿に学び、のち夏目成美の庇護を受ける。方言・俗語を交え、不幸な境遇を反映して屈折のある異色な作風を示した。老年帰郷し結婚したが、不遇の中に没した。著「おらが春」「父の終焉日記」など。
三省堂提供「大辞林 第二版」より
先日、飛行機に乗りながら、『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』を観ました。パチパチ! ラストのプロペラ複葉機でのチェイスでは、結果は分かっていてもハラハラドキドキ… そんな時、ふと気づいたんです。 princo.hateblo.jp 「あれ?ワイも今、空の上じゃん、、、、、」 小林一茶の 『世の中は 地獄の上の 花見かな』 じゃないですが、我々は、視野が狭っかたり、目の前のことしか対処できないために気づいていないことがたくさんあるんだろうなーなんて。 もちろん、気づいていないから不幸と言う訳でも無いですが。
我(われ)もけさ 清僧(せいそう)の部(ぶ)也(なり) 梅の花 現代訳 今朝の私は、まるで心の澄んだ僧侶の仲間入りをしたかのようだ。梅の花の清らかな香りと姿を前にしていると、そんな気持ちになる。 歌の意味 この句は、江戸後期の俳人・小林一茶が大和・長谷寺を訪れた折に詠んだもの。一茶は寛政10年(1798)正月、長谷寺に年籠り(としごもり)し、西国行脚の旅の途中で新年を迎えた。 折しも境内には梅が咲きはじめ、その清らかな香りを前に、一茶は自分の心までも洗われるように感じた。その清新な心境を端的に表したのが本句である。 「清僧の部也」は、“清らかな僧侶たちの仲間に自分も加わったようだ”という比喩表…
海宝くんファンの友だちも仕事抜けて☺︎行っていたとLINEきた長野生まれの俳人・小林一茶の知られざる10年を描く、新作ミュージカル『ISSA in Paris』の製作発表会。 昨日は小林一茶のお誕生日だったのですね。https://x.com/issa_in_paris/status/1991118080760836544?s=46 🍵海宝直人ら「ISSA in Paris」劇中歌を生歌唱 アルクマと一茶さんがサプライズ登場 海宝直人、岡宮来夢、潤花、豊原江理佳、藤田俊太郎氏(演出)が20日、都内で開催されたミュージカル『ISSA in Paris』制作発表記者会見に登壇。2026年1月10日…
鋸山の眼下には東京湾が見える 夏山や一足づつに海見ゆる 旧暦5月(現在の6月)、小林一茶(1763—1827)は江戸から房総半島の木更津に舟で渡り、安房方面を旅したという。夏山を登る途中、一歩一歩進んで行くと、海が見えてくる、という光景を描いたものだ。私にとって「郷愁」を誘う一句である。少年時代を鮮やかに思い出すからだ。海は見えない、故郷の「低山」の話だ。
旅の詩人 ききんと一揆 物語日本史9作者:北小路 健Amazon↑ 私の持っている1982年第8刷と表紙が違うので内容も違うかも知れませんが 学研 物語日本史 第9巻 19頁~98頁 ◆旅の詩人 北小路健 絵・秋野卓美 松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶・良寛について、旅に焦点を当てて書かれています。 芭蕉が旅をしたことは有名ですが、他の3名も旅をしていたんですね。この旅をしたことが修行になったということでしょう。 蕪村は文人画から始まり独自の「俳画」というのを始めたという。 土地を巡って継母や異母弟と争った小林一茶の執念と悲しい人生や良寛のこだわらない無欲な人生についても代表的な俳句を紹介しながら…
テレビの影響で俳句が密かにブームになっているようです。私は俳句や短歌を詠むのは「才能ナシ」ですがたまに俳句・短歌をつくります。といってもノートやPCに保存しているわけではないので作って終わりです(笑)。ただ詩歌を読むのは好きです。『万葉集』『古今和歌集』などたまに読んでいます。俳句と言えば松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶の江戸三大俳人が有名ですよね。一応は三大俳人として並び称されていますが、やはり芭蕉が頂点ですね。有名な「古池や蛙飛びこむ水の音」の句は画期的です。蛙が鳴かない。飛んでいるのに滑稽じゃない。それまでの常識を覆した凄い一句です。そして芭蕉といえば晩年に完成した「かるみ(軽み)」の作風が…
男性の自宅での小用方法に『筆洗(250217)』は思う▼日本排尿機能学会の調査によると男性の約6割が自宅では座って用を足すそうだ。ついに多数派となる時代となった▼若い世代ほど座る割合が高い。20、30代の既婚者に限れば75%が座って用を足すという▼夫婦で家事を分担するのがあたりまえの時代であり、「失敗」すれば、自分で掃除しなければならない事情もあるだろう。コロナ禍を経て、衛生意識が向上したことも背景か▼欧州でのある調査によると、ドイツ60%、スウェーデンは50%、デンマーク44%。英国はどういうわけか低くて25%。自宅に限った調査ではないので単純に比較はできないが、日本の6割は高い数字かもしれ…
2026年1月28日更新。 この記事は最新の情報をお届けするため定期的に更新しています。
南無阿弥陀佛 みなさんこんにちは(^O^) 今日は淨蓮寺にある 小林一茶の句碑をご紹介!! この句碑は、ブログを始めて まだ間もない頃に 一度紹介しましたが それ以来、 だいぶ日が経ちましたので 改めてご紹介します(*^^*) この句碑は平成28年11月 淨蓮寺開創400年を記念して 建てられたものです 揮毫は、私の書道の師匠です 小林一茶と淨蓮寺のご縁は 一茶はたびたび南房総に 足を運んでいるようですが その時に淨蓮寺に 宿泊していたようです 文化3年(1,806年)5月19日 房総捕鯨の祖であり、俳句をたしなんでいた 醍醐家4代目醍醐新兵衛定信の招きによって 勝山を来訪し浄蓮寺に宿泊してい…
ご訪問いただきありがとうございます。 まだまだほんの少しですが、アクセス数が増えていくと、とても励みになります。 いざいなん 江戸は涼みも むつかしき 江戸時代の俳人で、松尾芭蕉・与謝蕪村と並び、江戸の三大俳人と称された小林一茶の一句です。 小林一茶は、人生における数々の苦労からか、日常の些細な出来事や身近な風景を詠んだ句が多く、温かくて親しみのある作風の俳句が多くあります。 また、『雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る』を代表するように、小動物に対して優しい気持ちの作品が多いことも特徴です。 さて、『いざいなん 江戸は涼みも むつかしき』の句ですが、 さあお暇しよう。江戸は人が多くて涼むのも…