ナチ党による独裁が確立して以後のこと。 ドイツ国内に張り巡らされた鉄道網。その上を走る汽車のひとつに、日本人の姿があった。 べつに政府関係者でも、大企業の重役でもない。ただの単なる旅行客、それも気ままな一人旅である。 彼の傍には地元民らしき少年ふたりが腰かけて、如何にも元気に、溌溂と、黄色い声でおしゃべりに興じ合っていた。 (微笑ましき情景よ) どうやらこの邦人は子供の声にいちいち神経を尖らせずにはいられない、狭量短気な因業野郎でなかったらしい。和やかな気分で見守っていると、そのうち小腹が空きでもしたのか、少年たちは鞄を開けて、中からバナナを取り出した。 皮を剥き、如何にも美味そうに咀嚼する。…