この忠度には、心やさしい話がある。 彼はさる皇女から生れた女房を恋してそこへ通っていたが、 ある夜、訪ねてゆくと、合憎、女の来客中であった。 話がはずむのか客は帰らず、夜は空しく更けてゆく。 客は高貴な女房であるから、忠度といえどもお帰り願う訳にはいかない。 焦《いら》だった忠度は軒端近くたたずみ、 扇を手荒く使ってそれとなく意志を伝えようとしたが、一向にその効果はない。 夜は、いよいよ更け行く。軒端の忠度の扇がばたばた物すごい音を立てる。 すると室内から優しい声が外に洩れてきた。 「野もせにすだく虫の音よ」 この口ずさむ声に忠度は、おとなしく扇を収め、そのまま家にもどったのである。 その後、…