後嵯峨天皇

(社会)
ごさがてんのう

鎌倉時代前期の天皇。
後鳥羽天皇系皇族の即位は認めない」としてきた幕府だったが、四条天皇の急死により後堀河天皇の血統は断絶し、再び後鳥羽天皇の孫でかつ土御門天皇の子である彼が即位。
後深草天皇に譲位した後、その弟・亀山天皇とその子・後宇多天皇の代まで治天の君として君臨する。
後深草天皇の子ではなく、その弟・亀山天皇の子・後宇多天皇を皇太子に選んだことから、後嵯峨上皇亡き後朝廷は持明院統大覚寺統に分裂してしまう。

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