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新宿二丁目

(地理)
しんじゅくにちょうめ

日本有数のゲイタウン。「仲通り」と呼ばれるメインストリートを中心に、ゲイバー450店*1を始め、ゲイ関連店舗や男性同士で利用可能なホテルなどが立ち並ぶ。厳密には二丁目を少しはみ出した、新宿三丁目や五丁目にもゲイスポットは点在する。

歴史
江戸時代に内藤新宿と呼ばれた宿場町として栄え、1958年の売春防止法施行までは、男女向けの風俗店が立ち並ぶ赤線地帯であった。二丁目がゲイタウンになり始めたのは、1960年代の半ば頃からだと言われている。それも新宿に最初に開店したゲイバーは要町(現在の三丁目)の「イプセン」(1951年開店)であり、三丁目エリアに「欄屋」、「ラ・カーヴ」、「ロートレック」、「シレ」など比較的多くのゲイバーが集まっていた。他のゲイバーも「夜曲」(角筈1丁目、現在のアルタの裏)、「ユーカリ」(歌舞伎町)、「アドニス」(区役所通り)など、二丁目の外にあった。

それが、1958年の売春防止法施行により空き家となった二丁目(今の仲通りの中心エリアから外れた、新宿御苑にほど近い狭いエリア)の物件に、3丁目要町の「蘭屋」などのゲイバーが移転し始めたことにより、三丁目エリアを含め、ゲイタウンとしての現在の二丁目ができあがった。


現在
現在では、ゲイバー450店を始め、ゲイを対象としたショップ等が立ち並んでいる。ゲイバーでは入り口のドアに「会員制」等のプレートを貼り女客の入店を断るケースがほとんどだが、中にはストレート(異性愛者)の客も入店可能な「観光バー」と呼ばれる店や、レズビアンを対象とした店もある。

昨今、ゲイ・タウンとしての新宿二丁目には往時の勢いがなくなってきたと見る向きがある。異性愛者向けの店舗/オフィスや異性愛女性の客が増え、ゲイタウンのしても特色も薄れつまらない街になってきている。その背景には、折からの不況や少子社会になったこと、出会いの場が都内や全国各地に激増したこと、インターネットの急激な普及で「普通の同性愛者」どうしが気軽に出会えるようになったことなどが重なり、わざわざ二丁目に出向く必要性が薄れてきたことなどがあると考えられる。


2丁目ゲイタウンは消滅する?
また、2008年に地下鉄副都心線の新宿3丁目駅が開設し、2丁目界隈はミニバブルが起きてゲイバーの入る不動産家賃も上がっている。リーマン・ショック以降の不況や2丁目に来るゲイが減っていることとも相まって、店じまいに追い込まれるゲイバーも多い。経営が苦しくなったゲイバーは異性愛者に門戸を開放し難を凌ごうとするが、そのことでクローゼットの同性愛者は益々ゲイバーに入りにくくなり、ゲイの街の特色を薄れさせるというスパイラルに陥っている。薔薇族2代目編集長の竜超氏は「消える新宿二丁目」(彩流社)で、「ゲイの街二丁目は、今や風前の灯」にあるとして、その危機を追っている。

*1:産経新聞7月3日配信「新宿2丁目最大のゲイバーグループ摘発」より

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