書くとは霧を掴むことに似ている。 目には霧が見えているのに、手をいくら伸ばしても触れることはできない。 書くための言葉を探す。言いたいことをずばり言い得てくれる、ジグソーパズルのピースのような言葉を。 しかしいくら探しても目当ての言葉は見つからない。言いたいことから離れていく気がして、言葉を足す。それでも言いたいことは表せない。また言葉を足す。そのうち何を言いたかったのかもあやふやになってしまう。霧に迷い込むように。 小林秀雄は「文は人なり」という言葉について、文章が文章を越えて、それを書いた人間に見えるには相当な時間と努力を必要とする、と述べている。読書とは「人間から出て来て文章となったもの…