このところの参禅をきっかけに、釈迦の思想や瞑想の技法について、これまでになく強い関心をいだくようになった。二十歳前後の私にとっては、仏教は2500年の歴史を持つ世界的な宗教の一つとして、たとえばキリスト教とは基本的に大きく異なるものであり、東アジアを舞台に壮大な歴史や多様性をもった世界だ、という漠然とした理解しかなく、また一方で坐禅という独自の修行形態をもった独特な身体操作や意識認識を試みる魅力的な世界であると考えてきた。特にその思想が個々人の身体性と密接不可分にあることは、西洋哲学でも特異な位置づけをもつメルロポンティの身体論と比較しても、その独自性は際立っていると感じられた。 一人ひとりの…