あの、安倍元総理の現場に立ち寄ったとき、現場周辺地図を見たら、その地点から600mくらいしか離れていないところに、 「孝謙(称徳)天皇陵」 があるのを知った。当時、女帝は、適任な皇太子が現れるまでの「つなぎ」として、天皇の未亡人や皇女が立つものだったと思うが、孝謙・称徳天皇のように、次代に信任が置けず、重祚する事例もあったのだ。ちなみに、正倉院に多数の宝物を献上し、毎年正倉院展を開催できるだけの功績をなした光明皇后(と当然、聖武天皇)の皇女でもある。聖武天皇・光明皇后は、成人する男子に恵まれなかった。 私は古墳、とりわけ、前方後円墳マニアなのだけど、残念ながら横から見ても、こんもりした森を見る…