臼井吉見

臼井吉見

(読書)
うすいよしみ

小説家、文藝評論家、編集者。古田晁唐木順三と筑摩書房の創設に関わる。

略年譜

明治38年
(0歳) ●6月17日、長野県南安曇郡三田村(現安曇野市)田尻の農家に、父貞吉・母きちの次男として生まれる。
明治45年
(7歳) ●堀金小学校へ入学。
大正 7年
(13歳) ●松本中学校へ入学。同級生に古田晁、松本克平、一年上級に唐木順三。二年上級に青柳優(同村)。在学中校友会誌に「ある山小屋の出来事」等を発表。
大正12年
(18歳) ●松本高等学校へ入学。金井融と親交。校友会誌に詩、評論、小説等を発表。
大正14年
(20歳) ●徴兵検査で甲種合格となる。
大正15年
(21歳) ●東京帝国大学国文科入学。
昭和 3年
(23歳) ●上伊那郡中箕輪実業補習学校の代用教員を努める。
昭和 4年
(24歳) ●東大国文科卒業。古田晁に将来の仕事について相談を受け、出版を勧める。
昭和 5年
(25歳) ●中箕輪実業補習学校退職。高崎連隊に入隊、幹部候補生となる。12月除隊。
昭和 6年
(26歳) ●福島県双葉中学校へ国語教師として就職。
昭和 7年
(27歳) ●烏川村(現安曇野市)下堀の黒岩あやと結婚。
昭和10年
(30歳) ●長野県伊那中学校へ転任。
昭和15年
(35歳) ●松本女子師範学校へ転任、附属小学校主事を兼ねる。
●古田晁、筑摩書房を創立。
昭和18年
(38歳) ●松本女子師範学校退職。上京、筑摩書房出版。週半分は東京女子大学へ出講。10月、陸軍少尉として応召。
昭和20年
(40歳) ●復員、古田晁、唐木順三、中村光夫らと雑誌「展望」を企画、編集長となる。
昭和21年
(41歳) ●1月「展望」創刊。
●以後、戦後のおよそ二十年、編集・著述、文芸評論、文化評論、講演等多彩な活動を展開。
昭和39年
(59歳) ●「安曇野」執筆始める。
昭和40年
(60歳) ●「安曇野」第一部筑摩書房より刊行。
昭和41年
(61歳) ●白内障のため右眼手術。
●「安曇野」執筆休む。
昭和43年
(63歳) ●左眼手術。12月脳血栓で倒れる。
昭和44年
(64歳) ●鹿教湯温泉で治療、四月虎の門病院へ入院。十月退院。
昭和48年
(68歳) ●10月、古田晁、筑摩書房社長死去。
昭和49年
(69歳) ●「安曇野」第五部完結、刊行。
昭和54年
(74歳) ●「獅子座」第一部(上・下)筑摩書房より刊行。
昭和55年
(75歳) ●五月、唐木順三死去
昭和56年
(76歳) ●脳血栓の再発、左半身不随となる。
●「獅子座」第二部(上・中・下)刊行。
昭和62年
(82歳) ●妻あや脳梗塞で倒れる。
●7月12日、吉見死去。
●11月7日、妻あや死去(79歳)

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