終戦後からしばらくの間、靖国神社をめぐる問題は「政教分離という国内の憲法解釈」の範囲に収まり、大きな外交摩擦を生むことはなかった。吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作といった歴代首相は淡々と参拝を重ね、昭和天皇も定期的に親拝を行っていた。 グレーゾーンのまま実務的に管理されていたこの問題が、なぜ「天皇の参拝停止」と「中韓からの格好の外交カード化」という最悪の袋小路に突入したのか。歴史を検証すると、1966年、1978年、1985年に起きた「3つの致命的なミス」が、ドミノ倒しのように事態を不可逆な泥沼へと追い込んだことがわかる。 第1の過罪(1966年):官僚の形式主義と無頓着な大臣(鈴木善幸・厚…