正式にはインディアナポリス500マイルレース。
アメリカンモータースポーツの最高峰とも言うべきビッグイベント。
F1モナコGP、ル・マン24時間レースと並んで世界三大レースと称される。
インディアナポリス・モーター・スピードウェイで毎年5月の最終週に開催される。1周2.5マイルのオーバルコースを200周走る。
第1回開催は1911年。1955年まではAAA、1956年からはUSACの一レースとして行われていた。
1950年にF1世界選手権が始まると、その一戦にも組み込まれたが、F1ドライバーからの参戦は少なかった。
1979年よりCARTに取り込まれたが、CART側との対立によりサーキットオーナーが1995年にIRLを設立し、分裂。翌年からはそのIRLの最大イベントレースとなり現在に至る。2016年に第100回開催を迎えた。
2014年度から前哨戦として、インフィールドセクションを使用したロードコース(かつてF1でも使用されたコースレイアウト)でグランプリ・オブ・インディアナポリスが行われることとなった。
なお、やはりIMSで開催される大レースにブリックヤード400があるが、これははIRLではなくNASCARのレースである。
ここでは参戦した日本人ドライバー最上位も挙げる。
回 | 年度 | ドライバー | シャーシ・エンジン | チーム・エントラント | 日本人最高位 | 備考 |
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1 | 1911 | レイ・ハルーン | マーモン | マーモン | 優勝車両のみ1人乗り | |
2 | 1912 | ジョー・ドーソン | ナショナルMV | ナショナルMV | ||
3 | 1913 | ジュール・グー | プジョー | プジョー | ||
4 | 1914 | ルネ・トーマ | ドラージュ | ドラージュ | ||
5 | 1915 | ラルフ・デパルマ | メルセデス | E.C.パターソン | ||
6 | 1916 | ダリオ・デスタ | プジョー | プジョー | 300マイルレース(打ち切りではない) | |
第一次世界大戦のため中断 | ||||||
7 | 1919 | ハウディ・ウィルコックス | プジョー | IMSコーポレーション*1 | 決勝でドライバーと同乗メカニックの計4人事故死 | |
8 | 1920 | ガストン・シボレー | フロンテナック | ウィリアム・スモール社 | ||
9 | 1921 | トミー・ミルトン | フロンテナック | ルイ・シボレー*2 | ||
10 | 1922 | ジミー・マーフィー | デューセンバーグ/ミラー | ジミー・マーフィー | ||
11 | 1923 | トミー・ミルトン | ミラー | HCSモーターカンパニー | 決勝で観客1人事故死 メカニック同乗義務いったん廃止 |
|
12 | 1924 | ローラ・コラム →ジョー・ボイヤー |
デューセンバーグ | デューセンバーグ | 乗り換えにより両者優勝扱い | |
13 | 1925 | ピーター・デパオロ | デューセンバーグ | デューセンバーグ | ||
14 | 1926 | フランク・ロックハート | ミラー | ピーター・クライス | 雨天打ち切り | |
15 | 1927 | ジョージ・サウダース | デューセンバーグ | W.S.ホワイト | ||
16 | 1928 | ルイス・メイヤー | ミラー | アルデン・サンプソン2世 | ||
17 | 1929 | レイ・キーチ | ミラー | M.A.イェーグル | ビル・スペンス決勝で事故死 | |
18 | 1930 | ビリー・アーノルド | サマーズ/ミラー | ハリー・ハルツ | メカニック同乗義務復活 | |
19 | 1931 | ルー・シュナイダー | スティーブンス/ミラー | B.L.シュナイダー | ||
20 | 1932 | フレッド・フレイム | ウェッタロス/ミラー | ハリー・ハルツ | ||
21 | 1933 | ルイス・メイヤー | ミラー | ルイス・メイヤー | 決勝までにドライバーと同乗メカニックの計5人事故死 | |
22 | 1934 | ビル・カミングス | ミラー | H.C.ヘニング | ||
23 | 1935 | ケリー・ペティロ | ウェッタロス/オッフィー*3 | ケリー・ペティロ | 決勝までにドライバーと同乗メカニックの計4人事故死 | |
24 | 1936 | ルイス・メイヤー | スティーブンス/ミラー | ルイス・メイヤー | 表彰台でミルクを飲む慣習始まる | |
25 | 1937 | ウィルバー・ショウ | ショウ/オッフィー | ウィルバー・ショウ | ||
26 | 1938 | フロイド・ロバーツ | ウェッタロス/ミラー | ロウ・ムーア | 決勝で観客1人事故死 メカニック同乗義務廃止 |
|
27 | 1939 | ウィルバー・ショウ | マセラティ | ボイル・レーシング | フロイド・ロバーツ決勝で事故死 | |
28 | 1940 | ウィルバー・ショウ | マセラティ | ボイル・レーシング | ||
29 | 1941 | フロイド・デイビス →マウリ・ローズ |
ウェッタロス/オッフイー | ロウ・ムーア | 乗り換えにより両者優勝扱い | |
第二次世界大戦のため中断 | ||||||
30 | 1946 | ジョージ・ロブソン | アダムス/スパークス | ソーン・エンジニアリング | ||
31 | 1947 | マウリ・ローズ | デート/オッフィー | ロウ・ムーア | ショーティー・キャントロン決勝で事故死 | |
32 | 1948 | マウリ・ローズ | デート/オッフィー | ロウ・ムーア | ||
33 | 1949 | ビル・ホランド | デート/オッフィー | ロウ・ムーア | ||
34 | 1950 | ジョニー・パーソンズ | カーティス/オッフィー | カーティス・クラフト | 雨天打ち切り F1世界選手権に組み込まれる |
|
35 | 1951 | リー・ワラード | カーティス/オッフィー | ミューレル・ビーランガー | ||
36 | 1952 | トロイ・ラットマン | クズマ/オッフィー | J.C.アガジャニアン | 最年少優勝者(22歳80日)*4 | |
37 | 1953 | ビル・ブコビッチ | カーティス/オッフィー | ハワード・ケック | 酷暑によりドライバーの熱中症多発、1人死亡 | |
38 | 1954 | ビル・ブコビッチ | カーティス/オッフィー | ハワード・ケック | ||
39 | 1955 | ボブ・スウェイカート | カーティス/オッフィー | ジョン・ジンク | ビル・ブコビッチ決勝で事故死 | |
40 | 1956 | パット・フラハーティ | ワトソン/オッフィー | ジョン・ジンク | ||
41 | 1957 | サム・ハンクス | エパリー/オッフィー | ジョージ・サリア | ||
42 | 1958 | ジミー・ブライアン | エパリー/オッフィー | ジョージ・サリア | 決勝で15台がクラッシュ、パット・オコーナー事故死 | |
43 | 1959 | ロジャー・ウォード | ワトソン/オッフィー | リーダー・カード | ||
44 | 1960 | ジム・ラスマン | ワトソン/オッフィー | ケン=ポール | 決勝で仮設観客席が倒壊、観客2人死亡 | |
45 | 1961 | A.J.フォイト | トレビス/オッフィー | ビグノッティ・ボーズ・レーシング | F1世界選手権から外れる*5 | |
46 | 1962 | ロジャー・ウォード | ワトソン/オッフィー | リーダー・カード | ||
47 | 1963 | パーネリー・ジョーンズ | ワトソン/オッフィー | J.C.アガジャニアン | ||
48 | 1964 | A.J.フォイト | ワトソン/オッフィー | アンステッド・トンプソン・レーシング | 決勝でドライバー2人事故死 フロントエンジン車最後の優勝 |
|
49 | 1965 | ジム・クラーク | ロータス/フォード | ロータス | ||
50 | 1966 | グラハム・ヒル | ローラ/フォード | メコン・レーシング | ||
51 | 1967 | A.J.フォイト | コヨーテ/フォード | アンステッド・トンプソン・レーシング | ||
52 | 1968 | ボビー・アンサー | イーグル/オッフィー | リーダー・カード | ||
53 | 1969 | マリオ・アンドレッティ | ホーク/フォード | STP | ||
54 | 1970 | アル・アンサー | PJコルト/フォード | パーネリー・ジョーンズ | ||
55 | 1971 | アル・アンサー | PJコルト/フォード | パーネリー・ジョーンズ | ||
56 | 1972 | マーク・ダナヒュー | マクラーレン/オッフィー | チーム・ペンスキー | ||
57 | 1973 | ゴードン・ジョンコック | イーグル/オッフィー | イーグル*6 | 雨天打ち切り クラッシュ多発、決勝までに3人事故死 |
|
58 | 1974 | ジョニー・ラザフォード | マクラーレン/オッフィー | マクラーレン | ||
59 | 1975 | ボビー・アンサー | イーグル/オッフィー | A.J.フォイト・エンタープライゼス | ||
60 | 1976 | ジョニー・ラザフォード | マクラーレン/オッフィー | マクラーレン | 雨天打ち切り | |
61 | 1977 | A.J.フォイト | コヨーテ/フォイト | A.J.フォイト・エンタープライゼス | ジャネット・ガスリーが女性初の決勝進出 | |
62 | 1978 | アル・アンサー | ローラ/コスワース | シャパラル | ||
63 | 1979 | リック・メアーズ | ペンスキー/コスワース | チーム・ペンスキー | この年以降、CART主催 | |
64 | 1980 | ジョニー・ラザフォード | シャパラル/コスワース | シャパラル | ||
65 | 1981 | ボビー・アンサー | ペンスキー/コスワース | チーム・ペンスキー | ||
66 | 1982 | ゴードン・ジョンコック | ワイルドキャット/コスワース | パトリック・レーシング | ||
67 | 1983 | トム・スニーバ | マーチ/コスワース | ビグノッティ・コッター | ||
68 | 1984 | リック・メアーズ | マーチ/コスワース | チーム・ペンスキー | ||
69 | 1985 | ダニー・サリバン | マーチ/コスワース | チーム・ペンスキー | ||
70 | 1986 | ボビー・レイホール | マーチ/コスワース | トゥルースポーツ | ||
71 | 1987 | アル・アンサー | マーチ/コスワース | チーム・ペンスキー | 最年長優勝者(47歳360日) 決勝で観客1人事故死 |
|
72 | 1988 | リック・メアーズ | ペンスキー/シボレー | チーム・ペンスキー | ||
73 | 1989 | エマーソン・フィッティパルディ | ペンスキー/シボレー | パトリック・レーシング | ||
74 | 1990 | アリー・ルイエンダイク | ローラ/シボレー | ダグ・シアソン・レーシング | ||
75 | 1991 | リック・メアーズ | ペンスキー/シボレー | チーム・ペンスキー | ヒロ松下17位 | 松下は日本人初の決勝進出 ウィリー・T・リブス黒人初の決勝進出 |
76 | 1992 | アル・アンサーJr. | ギャルマー/シボレー | ギャレス・クラコ・レーシング | ヒロ松下DNQ 桃田健史DNQ |
2位スコット・グッドイヤーと0.043秒差 |
77 | 1993 | エマーソン・フィッティパルディ | ペンスキー/シボレー | チーム・ペンスキー | ヒロ松下17位 | 表彰台でオレンジジュースを飲んだ |
78 | 1994 | アル・アンサーJr. | ペンスキー/メルセデス | チーム・ペンスキー | ヒロ松下14位 | |
79 | 1995 | ジャック・ヴィルヌーヴ | レイナード/フォード | チーム・グリーン | ヒロ松下10位 | |
80 | 1996 | バディ・ラジアー | レイナード/フォード | ヘメルガーン・レーシング | 松田秀士8位 | この年以降、IRL主催 |
81 | 1997 | アリー・ルイエンダイク | ダラーラ/オーロラ*7 | トレッドウェイ・レーシング | ||
82 | 1998 | エディ・チーバー | ダラーラ/オーロラ | チーバー・レーシング | ||
83 | 1999 | ケニー・ブラック | ダラーラ/オーロラ | A.J.フォイト・エンタープライゼス | 松田秀士10位 | |
84 | 2000 | ファン・パブロ・モントーヤ | Gフォース/オーロラ | チップ・ガナッシ・レーシング | 松田秀士DNQ | |
85 | 2001 | エリオ・カストロネベス | ダラーラ/オーロラ | チーム・ペンスキー | 服部茂章DNQ | |
86 | 2002 | エリオ・カストロネベス | ダラーラ/シボレー | チーム・ペンスキー | 服部茂章20位 | |
87 | 2003 | ジル・ド・フェラン | Gフォース/トヨタ | チーム・ペンスキー | 高木虎之介5位 | |
88 | 2004 | バディ・ライス | Gフォース/ホンダ | レイホール・レターマン・レーシング | ロジャー安川10位 | 雨天打ち切り |
89 | 2005 | ダン・ウェルドン | ダラーラ/ホンダ | アンドレッティ・グリーン・レーシング | 松浦孝亮17位 | |
90 | 2006 | サム・ホーニッシュJr. | ダラーラ/ホンダ | チーム・ペンスキー | ロジャー安川16位 | |
91 | 2007 | ダリオ・フランキッティ | ダラーラ/ホンダ | アンドレッティ・グリーン・レーシング | 松浦孝亮16位 | 雨天打ち切り |
92 | 2008 | スコット・ディクソン | ダラーラ/ホンダ | チップ・ガナッシ・レーシング | 武藤英紀7位 | |
93 | 2009 | エリオ・カストロネベス | ダラーラ/ホンダ | チーム・ペンスキー | 武藤英紀10位 | |
94 | 2010 | ダリオ・フランキッティ | ダラーラ/ホンダ | チップ・ガナッシ・レーシング | 佐藤琢磨20位 | |
95 | 2011 | ダン・ウェルドン | ダラーラ/ホンダ | ブライアン・ハータ・オートスポーツ | 佐藤琢磨33位 | |
96 | 2012 | ダリオ・フランキッティ | ダラーラ/ホンダ | チップ・ガナッシ・レーシング | 佐藤琢磨17位 | 佐藤、一時首位を走行 |
97 | 2013 | トニー・カナーン | ダラーラ/シボレー | KVレーシング | 佐藤琢磨13位 | |
98 | 2014 | ライアン・ハンター=レイ | ダラーラ/ホンダ | アンドレッティ・オートスポーツ | 佐藤琢磨19位 | 2位エリオ・カストロネベスと0.06秒差 |
99 | 2015 | ファン・パブロ・モントーヤ | ダラーラ/シボレー | チーム・ペンスキー | 佐藤琢磨13位 | |
100 | 2016 | アレクサンダー・ロッシ | ダラーラ/ホンダ | アンドレッティ・オートスポーツ | 佐藤琢磨26位 | |
101 | 2017 | 佐藤琢磨 | ダラーラ/ホンダ | アンドレッティ・オートスポーツ | 左記参照 | フェルナンド・アロンソが現役F1ドライバーとして異例の参戦 |
102 | 2018 | ウィル・パワー | ダラーラ/シボレー | チーム・ペンスキー | 佐藤琢磨32位 |
*1:会場の運営会社所有の車両
*2:シボレー社の共同創業者で20年優勝者ガストンの兄
*3:オッフェンハウザー
*4:長らくIndy500を含む場合のF1における最年少優勝記録でもあった。のちにフェルナンド・アロンソ、さらにセバスチャン・ベッテル、マックス・フェルスタッペンに更新された
*5:F1アメリカGP開催に伴うもの
*6:正式名オール・アメリカン・レーサーズ
*7:オールズモビル