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プログ

2017-01-02 地元の廃れっぷりにビックリ!

年末年始、地元に帰り、北九州は寂れた、とか自分が言っても親が反論しなくなった。

人口は100万人を割り、スペースワールドは廃業に追い込まれ、日本のデトロイトと書いているブログも目にした。

地元の友達もほとんど、北九州にはいない。

流石にいたたまれない気持ちになって、何で北九州はこんなに廃れたのか、と考えてみる。


お正月、ブラタモリを見ていると、江戸時代はどこの地方都市も結構発展してたんじゃないかと感じる。

それは人々が藩と言う縛りから簡単には出られなかったからではないか。

人は自由になると大都市に向かう。


あるいは、藩の殿様が江戸ぶっつぶすぞ、くらいの気持ちで政治をしてたからじゃないだろうか。

日本では絶対に内戦は起きないだろう。

しかし、内戦が起きるくらいの国は内戦を起こせるくらい地方が発展していて、そう簡単には首都に引っ越したりしないだろう。

つまり、地方に魅力があるからこそ、内戦も可能なのだ。


また、地方の首長も権力闘争に参加せざるを得ない。

江戸時代を振り返っても、薩摩長州など、強力な都市は外様大名が多い気がする。

そう考えると、橋下徹市長の大阪都構想や、翁長知事の国政無視っぷりも、地方の首長としては実に真っ当な事だ。

対して北九州はどうだろうか。

北橋健治さんは市民に人気があるが、若干行儀が良過ぎるのではないか。

彼に国政と戦い、権限を国から奪うくらいの気持ちがあるのか。


江戸時代は260年間も続き、地方は十分に発展していた。

江戸時代ブラック企業が無かったと言う書籍もある。

そう考えると、江戸時代ユートピアだったのではないか、とすら思えて来るが、資本主義に洗脳されたのか、江戸時代に戻りたいとは思わない。

都市への一極集中資本主義の成れの果てだと思っている。

地方再生をするためには国を分断するしかないのか。

はたまた、グローバル化が進み、世界が一つの国みたいになって、世界のニューヨークみたいなところだけに人が住む様になるのか。


高校の英語の教科書はOne Worldだったけど、今思えば恐ろしいタイトルだ。

2016-04-07 善福寺川の桜

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今回はテキトーにピアノを弾いていて、あれ、いいじゃん、みたいなフレーズを膨らませて一曲にしてみました。

今回はかつてない量のアドレナリンが脳内で放出され、割と構成という面倒な作業も乗り切る事ができました。

出来には満足しています。

春という事もあり、ピアノを弾いているときはずっと夜桜が頭の中で浮かんでいたので、近くの川の桜を撮影して載せました。

初めは「ハルニノゾムコト」ってタイトルにしようとしていましたが、なんかサブカル臭が強いので辞めました。


そういえば、前に書いたアプリも順調にできつつあります。

もうすぐお見せできると思います。。!

2016-01-25 sister.piano-ver

この前、ライブでやった曲を上げました

D

ついでに大分前に作った曲ですが。。

D

2015-12-20 再上京してから

再上京してから3ヶ月が経ちました。

アニメ会社の仕事は予想どおり大変です

色んなものを失いましたが、上京してから実現できた事が3つあります。






1、Lineスタンプ出した

https://store.line.me/stickershop/product/1215993/ja

前に作った聖アニマル学園のスタンプを出す事ができました

全然儲かって無いですが、台湾では1万通くらい送られている様です

買った極少数の人が送りまくってくれているということでしょう




2、脚本書いた

人生で実現したい2つのアニメがあって、そのうち一つの脚本を仕上げる事ができました。評判はイマイチですが・・




3、オリジナル曲でライブできた

前から少しずつ作り溜めた曲でピアノ弾き語りライブをしました

大学時代の友人のつてで、自由が丘グランチェルトという場所でやりました。オリジナル6曲とクラシック1曲やって丁度30分くらいでした








こんな感じで、あまりどこに向かうかは考えずにやっています

それが自分の人生ということでしょう

しかしやはり、仲間のアドバイスというのは、とても大事なものです

九州にいるときは今以上に時間があったのに、それほど色々な事ができていなかった様に感じます

東京の空気を吸えば、何かクリエイティブな事ができるわけではなく、やはり時々飲んだりする仲間が、僕をクリエイティブな方向に向かわしてくれてるんだと思います

再上京という選択は正しかったのか、分かりませんが



次は、iphoneアプリ作ります

前はプログラミングは友人にやってもらいましたが、今度は自分でやります

結構何度も挫折してるんでどうなるか分かりません

2015-01-27 ヨーロッパ旅行紀〜最終章〜

2年前なので、少しうろ覚えですが、書きます。



11日目〜オジサンとの出会い〜

イギリスでの2日目の朝は、とりあえず孤独を感じたのでユースホステルにいる人に話かけました。

アジア系の人なら話しやすいかと思って、話かけたら、韓国人でした。

シャーロックホームズが好きらしくて、そのゆかりの地を見に来たとの事でした。



9時にロンドン三越に集合して、ツアーに参加しました。

標準時子午線を巡るツアーだった気がします。

そこで、オジサンに話かけて仲良くなり、一緒に観光しました。




雨が降って来て、慌ててはいましたが、とりあえず標準時子午線を跨いで写真を撮りました。

その後、バッキンガム宮殿ビッグベン時計台にも行きました。

f:id:atomic104:20150127173329j:image

バッキンガム宮殿にも行きましたが、割とがっかりな感じでした。




その夜は、1人でロンドンアイと言う、ロンドンを一望できる大観覧車に乗りました。

待ち時間に、ロンドンアイからの映像を映しているテレビを見ました。

30台くらいのテレビがズラリと並んでいたのですが、全部サムスン製品で、韓国企業の勢いを感じました。








12日目〜エリザベス王朝の陰で〜

その次の日は、オジサンとバスと言う町に行きました。

英語のバス(風呂)はこの町で発祥した事が由来になっているそうです。

ギリシャ人がイギリスを支配した時に大浴場をこの町に作ったそうです。

その後、バスに城がある、と言う事でオジサンに案内されて行きました。

写真はその途中の木です。

魔女の木みたいでしょ?

ヨーロッパ独特、日本には無い感じです。

枝がクネクネと曲がっているんです。

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ヨーロッパ遺伝子というか、雰囲気ってのは、こういう自然のデザインから作られているのかもしれない、と思いました。




城の写真は、うまく撮れていなくてありません。。


とりあえず、バッキンガム宮殿より数倍大きくて、良かったんですね。

ロイヤル・クレッセントってヤツですので、よろしければググって下さい。


ジョージ王朝と言う事で、今のエリザベス王朝とは違う系譜らしく、全く国を挙げて見せようとはしてません。

何か黒々としたエリザベス王朝の流れを感じました。



その後は、ブリストルにある、世界一高い吊り橋に行きました。

ここも良い写真が無いんですが、その途中で撮った教会の写真です。

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虹が、かかってたんですよ。

あんまり有名じゃない観光名所ですが、こう言う場所が好きですね。

しかも知らないオジサンと二人で来る、って言う訳分かんない状況が面白かったですね。







13日目〜グラストンベリーには行けなかったけれど〜


最終日は、伝説のロックフェスウッドストックが開催されたと言うグラストンベリーに行きました。

いや、行こうとしました。

が、日曜日はバスが休みなんですね。

そこでオジサンの会社のイギリス支社に行く旅に同行しました。

「旅は道連れ、世は情け」

とはこの事です。

ヤットン」

と言う、いかにも田舎臭いネーミングのその町は、やはり田舎でした。

この駅ですね↓

http://www.dudleymall.co.uk/loclrail/brisexeter.htm

道を歩いていると、歩道も無いし、後ろからバンバン車が来て、メチャメチャ危ないんですね。

道も暗くなり、終電に間に合うかどうか、非常に不安な状況でしたが、とりあえずその支社を目指します。

不安になりながら、地図通り歩く事1時間。

その支社はありました。

支社と呼ぶにはあまりに小さな片田舎の工場です。

オジサンは社員証でも持ってて、中に入るのかと思いきや、外から見るだけ。

しかし、オジサンはウンウン、と頷き、満足した様子。

帰りは終電を考えると、歩くと間に合いません。

そこで、近くのガソスタでタクシーを呼んで駅まで帰りました。

寒かったなぁ。。

なんとか終電に間に合ってロンドンまで。

ロンドン駅でオジサンに奢ってもらったフィッシュ&チップスは一生の思い出になりました。

マズいマズいと聞いていたわりに、割と美味しかったですよ。

14日目

最終日は帰るだけですね。

成田まで13時間の長旅です。

エコノミークラスの隣の席に船乗りのポーランド人が乗っていました。

ガタイが良い上に、真ん中の肘掛けを独占しちゃって結構窮屈でした。

後ろには空いている席もあって、オバサンが4席も取って横になって寝てるし。

不平等を感じたので、強引に交渉して一席譲ってもらってそこで寝ました。


イギリスを総括すると、オジサンとの思い出が大部分を占めていた気がします。

私はこれから会社員になるぞ、って時期でした。

20代の夢を追っていた時期を終了させ、30代は地元で細々と生きて行く、、

まぁ、こんなものかなぁ、と思いつつも、少し残念でもあり。

東京への未練もあり。



オジサンはイギリス支社を見ながら頷いていました。

オジサンにとってそれは、キリスト教徒が眺めたマリア像だったのかもしれません。

無宗教の日本にとって、会社とはそこまで心の拠り所となり得るものなのか。

自分は果たしてどうか。

そんな事を考えながら。



あれから2年が経ちました。

2014-11-27 ヨセミテから戻したい方のために

Mac 10.10 Yosemite から前のOSに戻したい方のために書きます

必用なモノはMac付属のリカバリーCDのみです

タイムマシーンを使ってもうまくいかない方向けです

1 リカバリーCDをセットし、キーボードのCを押して起動

2 言語設定で「日本語を主に使用する」を選択した後、上のタスクバーでディスクユーティリティを選択

3 Machintosh HDを消去(一瞬で終わります)

4 Machintosh HDにOSインストール。2時間程度かかります(これで普通に購入時の状態で使えます)

5 タイムマシーンを使いたい方は、タイムマシーン用のハードディスクを付けて起動

6 タイムマシーンから復元を選択。3時間程度かかります(これでタイムマシーンも使えます)

OSアップデートは賭けですよね。。基本的に買ったときのOSが一番PCにフィットするんだと思いました。。

2013-06-29 ヨーロッパ旅行紀10日目

最近、ブログ熱が高まっているので、調子に乗ってヨーロッパ旅行紀書きマス。

〜10日目 イギリス入り〜

アムステルダムを抜け、オランダ成田空港スキポール空港よりイギリスに行きました。

何の変哲も無い日でしたが、スキポール空港は混んでいました。

期待していたほどお洒落ではなく、それはフランス・シャルルドゴール空港の方がお洒落でした。


一時間くらいでイギリスヒースロー空港に付きます。

相変わらずの孤独を感じます。

ヒースロー空港からは地下鉄に乗り、ロンドンを目指します。

距離的には羽田浜松間の様な感じです。

フランスのシャルルドゴール空港からパリまでの国鉄・RERは、はっきり言って恐ろしかったですが、こちらは健全な空気に満ちています。


東京地下鉄ばりに乗り継ぎが難しかったですが、何とかオックスフォードサーカスと言う駅まで辿り着きました。

そこからが結構大変でした。

方向感覚にはかなり自信があり、地図があれば行ける、と思っていましたが地図は盗まれました。

持っているのはプリントアウトした住所ペラ一枚。


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路駐が多いイギリス

予約しているユースホステル迄行けるのか。。

別の予約してないユースホステルに泊まってやろう、と思いましたが既に入金済みなのです。

片言の英語で聞きまくって何とか辿り着きました。



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ユースホステルスキポール空港


辿り着いて荷物を置いたら午後4時。

今回の旅の目的は美術館巡りなので、何としても美術館に行かなければいけません。

自分の中の計画では、この日はテートモダンと言うイギリス現代美術館に行く予定でしたので、開館時間は18時までで時間が無いですが、絶対行かなければなりません。

地下鉄の中でもう腕時計は午後4時半を指しています。

多分着いたら1時間も見れないな。。そう思った矢先、地下鉄の駅の時計を見たら、午後3時半なのです。

オランダイギリスでは一時間の時差があったのでした。

腕時計を巻き直して無かったんですね。

時差に感謝する事なんて、もう人生で無いと思います。




テートモダンはもともと火力発電所で、建物も迫力がありました。

中身も素晴らしいものでした。


日本の美術館は、「ゴッホ展」等、誰かの展覧会なのですが、こちらは「現代美術」そのものの展覧会なのです。

現代美術がどのようなもので、どの様な流れを汲んで来たのか、1900年くらいの作品からズラーっと並べられています。

これを見れば、だいたい意味不明と言われがちな現代美術が、何故意味不明になってしまったのか、おそらく少し分かります。


と、同時に少し淋しい気もします。

ある意味宗教の様に現代美術を信じて来た自分としては、それが比較化され、客観的に見られてしまうと、もはやつまらないモノになってしまった気がしました。



旅行前に読んだ、村上隆の芸術起業論、と言う本には現代美術の世界は金持ち達の御機嫌取りだとありました。

便器の様な作品にオークションで生涯賃金くらいの値が付く事はよくある話です。

いかに現代美術の空気を読み、金持ち達に気に入られる作品を作り出せるか。

全くその通りの世界がそこには広がっていたのです。

そんなつまらないモノを宗教の様に崇めていたのか、そんな気すらしました。


だけど、比較化されてしまっても、そこに霊的な何かはやはり残ります。

金持ち達の御機嫌取りだとして、それを超えてボクの機嫌を取ってくれるモノもありました。

霊的な何かを感じる作品がありました。


現代美術が金持ち達の御機嫌取りの産物だったとして、自分にとっても素晴らしいものだったら、それはそれで良いのではないか、そう思いました。





ホステルに戻り、カフェテリアでゆっくりしていると音楽が流れて来ました。

The smith。

ザ・スミスが当たり前の様に流れて来たのです。

D

あぁ、イギリスに来た。来てやった。

2013-06-28 似顔絵の仕事しました

http://www.paonetwork.co.jp/staff/

あまり大きな声で言えませんが、フクギョーしました。

ブログ書いてるじゃん、って誰も見てないから、ココは。。

ほんと、アクセス解析とかすると、面白い程誰も見てない。


だから割と思い切って書けていいです。

映画学校時代の友達からもらった仕事です。

むかーし、大学とダブルスクール映画美学校って言う映画学校に行ってたんですよ。

40万も払って。半分自分で出して、半分は親からでしたが。


得たモノは、、人脈かと。

いや、もっと得れるモノはあったかと思うんだけど、当時、映画と漫画を天秤にかけていて、結局漫画が勝っちゃった訳です。

だから、途中からほとんど行かなくなったんですよね。

映画美学校は、今は渋谷にありますが、昔は京橋にあって。


今、日本の隅っこに住んでるから、あの大都会京橋の雰囲気は超懐かしい。

というか、最近は東京の全てが懐かしい。

東京にいる人が羨ましい。


ホームレスですら。東京に転がってる石ころですら。

石ころですら!!