春の叙勲】タイガー・ジェット・シンさんが旭日双光章「日本の全てのプロレスファンに与えられた栄誉」
2024/04/29 05:00
政府は29日付で春の叙勲受章者を発表した。最高位の桐花大綬章は大谷直人前最高裁長官(71)に授与。別枠の外国人叙勲で、悪役として日本のプロレス界で活躍した元プロレスラーのタイガー・ジェット・シン(本名・ジャグジット・シン・ハンス)さん(80)に旭日双光章が贈られる…(略)「日本の全てのプロレスファンに与えられた栄誉だ」と喜んだ。
80歳になっても眼光の鋭さは変わらない。日本プロレス界で故アントニオ猪木さんの最大のライバルと言われる。新宿で買い物中の猪木さんと乱闘を起こした〝襲撃事件〟はあまりに有名だが、「猪木が一番強かった」と振り返る。試合後は数週間も打撃の痛みが残ったという。さまざまな因縁があったが「過去のことだ」と…(略)一世を風靡したヒールも、リング外では実業家の顔を持ち、在住するカナダで慈善団体を運営。2011年の東日本大震災に心を痛め、福島県で自宅を失った児童らに義援金を送った。「日本は第二の故郷。日本人は家族のような存在だからね」
あらためて、おめでとうございます。…いやおれ、当時のブクマにこう書いたっけ。
日本政府の決定に強く抗議します。この男はリングにサーベルやターバンを持ち込み、時には火までつけてのおおあばれ、日本人の裏切り者・上田馬之助と組んで乱暴の限りをつくす、天も許さぬ大悪党ですよ!
まあ、その恩讐はひとまず置こう。別の話を紹介したい。
まず、タイガー・ジェット・シンの実像を誇張なく描いた「プロレススーパースター列伝」という本がある。
「事実を事実のまま
完全に再現することは
いかに
おもしろおかしい 架空の
物語を生みだすよりも
はるかに困難である ---」
とアーネスト・ヘミングウェイはかつて言ったが!
原作者がタイガー・ジェット・シンの一代記を 読者につたえたい一念やみがたいのでヘミングウェイのいう「困難」にあえて挑戦した、魂の記録だ。
そこで、インドから旅立ちカナダの英雄になったシンが、彼が奪ったベルトに未練がましく執着する東洋のペリカン男の挑戦を、地元で受けた話が収録されている。(6巻)
この時、既に衰え始めていた「3本勝負」という形式が、なぜかカナダで復活、このルールによって猪木は勝利したが、ベルト奪取はならなかったとか。
しかし……この「3本勝負」について、こんな証言が、少し前に出た座談会本に収録された。
プロレス界のレジェンド達が、闘魂の炎のもとにいざ集結!『KAMINOGE』内の大好評連載「変態座談会」が闘魂スペシャルにて単行本化。
アントニオ猪木のロングインタビューをはじめ、闘魂の時代を共に過ごした9名のレジェンドが集結し、名エピソードと証言で語り継ぐ一冊!
この本の中に、舟橋慶一というアナウンサーが登場する。自分は、この後の古館伊知郎アナ時代からしか新日本プロレスのテレビ中継を知らないので、神話の人物というか、今回ではっきりと名前を認識した人だ。
だが、その文化史に占める位置は大きい。いろいろなフレーズなども定着させたし、古館伊知郎という、まちがいなく文化史に名前を残す特異な人物のアナウンサーとしての骨組みを作った男は彼なのだ。アントニオ猪木に対するカール・ゴッチや力道山のような存在!!
その古館伊知郎に教え込んだ「アナウンサー魂伝承」についてもいちいち、貴重なのだけど……以下に紹介する話があまりにすさまじずぎて、ほかのことは紹介できないのをおわびしたい。
上に書いた、猪木のカナダでのタイガー・ジェット・シンへの王座挑戦。
舟橋アナは、現地にいって試合を実況する仕事を仰せつかった。試合の録画は地元のテレビ局が行う手はずで、一同はリラックスした状態で会場に向かったのだが……
舟橋 そうですね。いろんなところに行きましたけど、一番思い出に残っているというか、ヒヤヒヤしたのは、カナダのモントリオールでやったタイガー・ジェット・シン戦(1975年5月1日) ですね。
玉袋 カナダはシンの地元ですけど、何かあったんですか?
舟橋 ちょうどゼネスト(ストライキ)があって、カナダとかアメリカっていうのは、労働者がみんなユニオンに加入しているから、交通機関だけじゃなく、あらゆることが全部止まってしまうんです。だからあの試合は、ボクと棚井さんだけがモントリオールに行って、録画は現地のテレビ局にやってもらう手はずだったのに、会場にテレビ局の人間がひとりも来ない(苦笑)。
玉袋 それはつらいな~!(笑)。
舟橋 問い合わせたら社員が誰もいないと・・・・ そして管理職だけでは放送できないと...。 契約違反なんだけど、そんなこと言っても仕方がないから、急遽、試合映像が撮れるフリーカメラマンを現地のプロモーターと探してね。間が悪いことに、プロデューサーやディレクターも同行してないから、ボクと櫻井さんと、通訳でニューヨークから来ていた支局長、あとは現地のプロモーターと4人で電話帳使って必死に探したんですよ。
ガンツ 見知らぬモントリオールで、実況アナと解説者、支局長がカメラマンを必死で手配してましたか(笑)。
舟橋 当時はフリーのカメラマンっていうのがなかなかいなくてね~。それで18時からの試合だったんですけど、17時すぎにユニオンに入っていないカメラマンがギリギリ到着してくれたんですよ。ところがそのカメラマン、10分しか撮れない映画のフィルムを20本位持ってきてね、たぶん映画撮影のカメラマンだったのですね。ボクは真っ青になりましたよ。一度に最大10分しか撮れないのに、猪木シンは時間無制限1本勝負ですから(苦笑)。
玉袋 ワハハハハ!それを入場も含めて10分で終わらせなきゃいけない。無理だよ!(笑)。
いや、胃が痛くなる話……ではあるが、ゼネストは労働者の権利である。それに巻き込まれたというなら、それは不可抗力というものだ。今後は外国取材のとき、労働運動の動向にも十分注意しましょう、ぐらいの会社内での通達とかがあって、終わる。
舟橋アナだって中間管理職だったかどうかとかはしらないが、一介のサラリーマンである。ここで「終わったわ」とタバコを吸ってればいいのだ。
カナダ ゼネストで おわったわ
テープが短く 撮れやしない…
1本10分 終わったわ
www.youtube.com
ぐらいの歌になる所だが……
しかし!!ここからが「昭和のサラリーマンは何をやるかわかったもんじゃない」というやつです。
この男、自らが命名した「燃える闘魂」に、とんでもない要求を突きつけるのである。
舟橋 それで急きょプロモーターと猪木さんに懇願して、60分3本勝負にしてもらおうってことになったんだけど。
この時点で、まず正気の沙汰ではないのだが…話はつづく
(略)
舟橋 だから試合前に猪木さんの控え室に行って、「ちょっと猪木さん、独り言なんですけど聞いてください」と。
玉袋 いいですね~、「独り言なんですけど聞いてください」(笑)。
舟橋 「今日、モントリオールがゼネストだっていうのはご存知ですよね?」猪木さんは「それはタクシーも何も動いてないからわかってる」 と言ってあとは聞いている。 それで、「ゼネストだ からすべての労働者が休んじゃってる。 テレビ局も主なニュースは管理職が担当しているくらいでほとんど動いてないんですよ」と僕は言って。
玉袋 独り言をね(笑)。
舟橋 さらに「独り言を続けますよ」と(笑)。「それでプロモーターや我々で仕方がなくユニオ ンに入っていないフリーのカメラマンに頼んだんですけど、10分しか撮れない映画のフィルムし か持っていなくて。もう他のカメラマンを探す時間もない。今日の試合映像を日本に持ち帰って、 今週の金曜日に放送しなきゃならないので、本当に困っちゃいました」ってね。
独り言で切々と訴えて (笑)。
舟橋 それで、ここからが独り言の本題なんですけど、 「あの......10分でフィルムを切り替えると いうことは、8分くらいでこう......試合が決まるとうれしいんですよね。でも、無制限1本勝負 でそんなバカなことはできないですよね?」って言ったら猪木さんが怒り出してね。
玉袋 ワハハハハ!
いや、ここから先の丁々発止のやりとりと、その結果としての試合の顛末の部分を紹介したいのはやまやまなんだけど、さすがに分量的になぁ。
その交渉や、片方の「ひとりごと」によって、禁断の領域を語ろうとする2人のやりとりは、まるで機動警察パトレイバーの後藤隊長vs内海課長を見るようであり……
そして、こんなトラブルによって発生した無理難題を舞台=リング上で解決するのは、演者=プロレスラーの超人的な力量に頼るしかない!そんなハラハラドキドキの展開はそのまま、「ガラスの仮面」である。
というか、ガラスの仮面には似たような話が何本も出てきたよな。
だけど……本当は全部紹介したいが、紹介していないところも合わせて読んだ率直な感想は…。
という画像をネットミームの様にしょっちゅう張っているけど、もはや猪木も舟橋も「プロ」に求められる領域をはるかに超えてるだろ!!
「猪木スゲー!」とか「舟橋さんさすが!」とかじゃない。率直に言って「こいつら人外の、化け物かよ……」だったわ。
ハッキリ言って、ぞっとしたわ。
令和のコンプラな時代的にいえば、こういう人たちとこういう環境で、一緒にお仕事するとか、とても無理とちゃう?と思ったっすよ。
それぐらいすさまじいというか…
猪木の再評価といえば、柔術やサブミッションレスリングの競技的観点からも動きや技が理にかなっている、とかそういうスポーツ競技や格闘競技の面での再評価が多いけど、つまりこういう、スポーツを超えたパフォーマー、エンターテイナーとしての領域における凄さというのも、当然再評価されるべきであろうな、と。
そして、その奇跡の、人外の魔物たちが生んだ奇跡に、見事に一方の当事者として(突然すぎる展開と要求に)応じ得たのが、今度胸に日本国の勲章を飾ることになった「インドの狂える虎」だったのだ。いま、彼は何を思う…(了)