* つれづれに 
 ◎ 年金生活に入ると経済世情に疎くなると聞いていたが、そのとおりである。
 景気に大きく左右される一つが歯医者というが、半年ぶりに歯石をとりに先週二回、
に行ったが、いずれもガラガラ。またスポーツセンターも、3年半前の開業時
から何割か減ったようだが? 

 ◎ 阿部首相の思い切った解散。どのように国民が判断するか。圧倒的多数の議員数を
 1〜2割減らしても、残り任期の2年を4年に延ばした方が得策と考えたのだろう。
とすれば、今しかない。二割は減るだろうが、来年なら四割は減るだろう。 
政治家はしたたかだ。三割減なら首相辞任になる?ため、思いきった賭けでもある。

 ◎ こう思いのまま書いていると、年齢相応の胡散臭い自分に気づかされる。
 68歳では当り前だが、精神年齢が40歳半ばで留まってしまったようだ。 
年齢は、時節時節が初体験。老いるたび世の中の端に徐々に追いやられている。
それも仕方がないが・・ 

 ◎ 年寄りの婚活も注意もの。【京都青酸カリ殺人】で、連続不審死が7人になったが、
 商品取引で失敗した老女が、婚活で金持ち独居老人を探し出し、殺して資産を奪う手口。
被害額が8億とか。ここまで放置していた警察も警察。
 こういうのが、ファージーを含めると多くあるのだろう。彼女の結婚相談所での
希望用件が、「高齢で、身寄りのない、年収一千万以上、病弱の人の面倒がみたい」
というから恐ろしい。引っかかるのが真面目な人で、勝手に相手も真面目!と思い込んで
しまう人。 やもめの男性で、家に引きこもれば、一週間、二週間、誰とも話さない人が
多くいるようだ。殺さないにしても、こういう類が増える?(;"ε")σ アナタ σ("ε":)
・・・・・・
4637, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか ー5
2013年11月26日(火)
             『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著)
   * ウィークカップ
 ウィークカップルの現実をみると、近い将来の日本全体の現実が思いやられる。高齢者を含めた
単身世帯の寄与率が2001年で、41%。(*寄与率とは、貧困世帯全体に占めるそれぞれの世帯累計の%)
母子家庭を加えると45・8%。この12年で、更に悪化しているため過半数は軽く超えている。
・(夫の年間所得が100万円未満という超低所得階級における妻の有業率は)1982年に比べて、
 調査年ごとに低下しており、20年で10ポイント近く低下している。このことは、夫の所得が低いにも
 かかわらず、妻が働かない夫婦の比率が上がっていることを示している。 ・・衝撃的なことは、
 夫婦の合計所得の最も低いグループと、最も高いグループとで、実に年間800万円以上の大きな
 所得格差が生まれていることである。恐ろしいのは、子孫まで受け継がれること。
・夫の年間所得が300万円未満であれば、妻の年間所得も200万円未満という割合が70%を占めている。
 つまり夫も妻も低所得という組み合わせが非常に多いことがわかる。
・年間所得1600万円以上の夫では、妻の年間所得も1000万円以上という夫婦が約13%おり、
 パワーカップルの象徴と言える。
貧困状態にある夫婦は学歴が低い傾向があり「男性の17%が中卒、3分の2が高卒、女性も中卒が15%、
 高卒68%」になっている。また、若い夫婦に関しては、配偶者がいても貧困に苦しむ世帯が少なくない
(配偶者がいる20代男性の26%、20代女性の約20%が貧困状態)。ウィークカップルの典型例とは、
「ともに低学歴かつ低収入で貧困にあえぐ若年夫婦である」と結論。
▼ ネット検索で、《 日本の母一人子一人の母子家庭で、貧困率が57・9%で、OECD平均
 の21%の3倍近くと飛びぬけ2007年(平成19年)の国民生活基礎調査では、✩単身者で手取り
所得が127万円、✩2 人世帯で180万円、✩3人世帯で224万円、✩4人世帯で254万円が貧困層。》。 
現在、三組に一組が離婚するというが、子持ち離婚の6割が貧困家庭に陥る。 著者は、
「貧困になりたくなければ離婚だけは避けるべき」という。先日、書いた、タクシードライバー
の嘆き「母子家庭に育ち、直ぐに働いて、転職を繰り返したあげく水商売に、ホステスと結婚した
妻が客と浮気。1人娘の引き取りで裁判で勝ったが、その子も手元から離れ、現在90歳の母親と一緒。 
 現在の収入では、生活がギリギリ。人生何も良いことが無かった」。一度貧困に陥ると、三代、四代、
と続く典型的ケース。それでも、結婚できた人は良いか? 
 人生には、登り坂、下り坂、まさか、の坂が待っている。どの坂も、平坦な道より味わいあるが?
厳しい事は確か。陥るのは一瞬だが、這い上がるのは何代もかかるから始末が悪い。
「親の因果が、子に祟り」 他人ごとでないか?
・・・・・・
4272, 閑話小題 −つれづれに
2012年11月26日(月)
* 過去の随想日記を改めて読み返すと、結構、面白く可笑しい時間をすごしている。恵まれていた
 時代に生きていたということか。 自分が経験したことや、本を読んで納得した以外のことは、
 全て想像と思い込みでしかない。それは他人にも言える。一歩退いて、きし方を振り返ると、
 その時には気づかなかったことが今になって気づくことが多いが、それも思い込みでしかない。
「事実などない、あるのは認識だけである」という道理がある。事実が真実とは限らない。
 そのことを知識だけでなく、人生経験から理解出来る人と、理解出来ない人がいる。
 とはいえ、真実と思い認識していることも、怪しいもの。
* 情報化=ネット社会が世の中を根こそぎ変えている。ひと昔なら想像すら出来ない情報機器から
 限りなく情報が入ってくる。さらに一人ひとりの情報発信基地を持てるようになってきた。
 しかし情報が豊富になって、人間が豊かになったか?というと、そうではない。むしろバカに
 なっているところが多いのは自分自身を見ればわかること。それでも年々、面白くなっている。 
 こういう時代は、落語の御隠居とか、はっつぁん、熊さんみたいな、暇人ほど良い。それに教養の
 ベースがあれば、ネット社会では色いろな世界と繋がることが出来る。繋がった先の世界から逆照射
 して、自分の世界を見ることが出来る。
* もう、以前のような事業生活には戻りたくない。右下がりの世相もあるが、今ぐらい状態が丁度
 良い立ち位置である。専業主婦は、暇の効用を知り尽くしている。バーチャルのTVの世界と、
 人工頭脳空間の都会を彷徨う楽しみを知っている。人生は夢幻と割り切ってしまえば、
 これだけ面白い時代はない。自分が幻想する前に、誰かの幻想空間が我々を魅了する。
 それは、逆に私たちの空想、幻想の力を削いでしまう。
* あと一月あまりで、今年も終わる。間違いなく、株の暴落か、イスラエルによるイラン攻撃が
 あると見ているが、今のところ、静粛を保っている。この時期の衆院解散が吉となるか凶となるか? 
 どちらにしても、政権交代は必要。ここでシャープ、ナショナルに引き続いてソニーの格付けが
 危険水域まで下がった。2〜3年前では考えられないこと。戦後の日本の家電を引っ張ってきた
 世界に名だたるブランドの会社がである。恐慌前夜の風景といえば、その通りだが。
 まあ新幹線最終駅の、あの業態で、これほど堅い商売と思っていた私の事業が、
 いともあっさりと終わるのだから、何も不思議でないといえば、それまでだが。
 ・・・・・・・
3897, 腰痛は、脳内システムの不全が原因 ー2
2011年11月26日(土)
 先日、鎌倉の散策で起伏の激しい坂道を歩いていたら腰痛がきた。その前日、スポーツジムで
ツイストのマシーンをしすぎと相まったこともある。鎌倉の坂道で頭に浮かんだのは、腰痛はストレス
などで脳内の痛みをコントロール機能が弱まるためか? の疑問。その時、三人の間で海外旅行の話に
気持ちが集中したためか、腰痛のことを忘れていた。 成る程と実感したが7ヶ月もスポーツジムで
鍛えた割に、いとも簡単に腰痛が出るとは・・ しかし帰りの駅のタクシーの乗車の間に腰痛は嘘の
ように消えていた。そして翌日起きると、ほぼ全治。やはり腰を鍛えていた効果があったようだ。 
鎌倉は坂の多いところ。 
 ところで二年以上、重症の腰痛が起きてない。今回のように少しは出ても直ぐに元に戻る。
しかし人生の節目の後遺症のストレスは消えていないので、注意しなければならない。 私の場合、
多くの腰痛対策の複数効果が明らかに出ている。 腰痛は完治は無理。重症にならないように
付き合うしかない。身体全体を冷やさないこと、常にエビ反りマシーンで背筋を伸ばすこと、寝室と、
居間と書斎の椅子に低反発マットを敷くこと、冬期間は腰にホッカイロを当てること、など注意を
怠らないなどである。 脳内システムといえば、スポーツジムでインストラクターが、
「ストレッチの時に、腰のストレッチだったら腰に、大腿部だったら、大腿部に気持ちを集中
してください。そうすると、効果が数倍上がります!」という。 実際に、そこに気持ちを集中
すると成る程、効果的なのが分かる。 人間の気持ち=脳は不思議である。 
でも、寒くなると軽い鈍痛が、常に付きまとう。
 ・・・・・・
3532、何か哀しい北朝鮮
2010年11月26日(金)
 どちらが先に砲撃をしたか分からないが、28日の米韓の合同演習の直前というところがポイント。
その二日前に、金親子が砲撃をしてきた基地を視察した?ということからみて北朝鮮の先制と報じている。
12月4日に日米による尖角列島付近の合同演習も控えているので、中国と北朝鮮が打ち合わせを充分にした上の
攻撃と見ることも出来る。これはアメリカにとって黄海での原子力空母派遣の大儀名分を手に入れたことになる。
韓国軍の中に前回の哨戒艦の撃沈に対し沈黙をせざるを得なかった反発から、アメリカ空母からの攻撃の誘発を
狙った砲撃を北朝鮮に仕掛ける兵隊が出て、一挙に全面戦争もありえる。アメリカにとって、北の原子炉を破壊するに
丁度良い機会になる。そうあって欲しくないが、アメリカも何を考えているか分からない得体に知れない国。
あのドン様も、病気であとさき短いと考えて、自分の命と道づれに戦争の中で死を選択しても不思議でない。
と同時に、日本にテロを仕掛ける可能性もある。昨日の新潟駅には、いやに警官の姿が目立っていた。
この数日は、黄海から目を離すことは出来ない。あの「緊張感のない息子の顔」からして、瀬戸際を越えてしまう可能性は充分。
中国も、一つ判断を違えれば、動乱になるほど多くの問題を抱えている。またオバマ中間選挙の敗戦で追い詰められている。
北京万博、アジア大会、そしてアメリ中間選挙も終わり、この辺で、朝鮮で一騒動を起こすに丁度良いタイミングである。
年末まで、あと少し。今年の後半期のイベントは、これになるのか? 欧州はアイルランド危機で、極東の小紛争でしかない。
アメリカも体力が消耗し尽くしているのを見込んだ上の、北の仕掛けで、我慢するしかないのか、ここも。
 もし、全面戦争になったとしたら、アメリカにとって一番有利な展開になる。中国と日本に対する威嚇という面でも。
ところで「何か哀しい北朝鮮」からすると、この国の現状は「何か惨めな日本」「何か哀れな日本」ということになる。
・・・・・・・・
3157,つれづれにー 閑話小題
 2009年11月26日(木)
  * 金か〜
 金の動向が気になってはいたが 一月前あたりからジワジワ動き出してきた。金が上がるのではなく、他の貨幣が下がるのだ
という理屈は言いえて妙である。住宅価格下落をよんで、下げで大もうけをしたジョン・ポールソンが近く金《ゴールド》
を中心としたファンドを始めるという。彼のことだから、3〜5年の最低のスパンで金に兆単位を投資するというのだから、
ズッシとくるのは当然である。 恐らく、2〜3倍の高騰を予測しているのだろう。銀も、一年前から高騰を始め、
年に90パーセント以上も値上がりをしているというから、銀に正比例すると、金はまだ40パーセントというから、
50パーセントの値上がりが見込めることになる。そうはいかないのが、相場の世界の恐ろしさである。どうなることやら。
 * その時、犬が吼えた ワン!
 まだ忘れることが出来ないが、ウソのような本当の話がある。
学生時代のドイツ語の授業のことである。 ドイツ語を日本語に誰かが訳していた時のこと。
「そこで犬が吼えた」と訳した時に、ハカッタように何処かから犬が「ワン!」と吼えたのである。
部屋中、教授も含めて大爆笑だった。 あれほどの面白タイミングの面白い偶然は、後にも先にもない。
あれから44年もたったか。年齢を重ねると、一年前も、50年前も同じようなものか。
 *「ランチョンテクニック」
 食事をともにした相手に心を許しやすい心理傾向を「ランチョンテクニツク」という。
我われは自律神経が午前中と午後とでは働きが違うが、これは人類がまだ狩猟生活に明け暮れていた頃の名残で、
「交感神経」が「闘争と逃走」を、「副交感神経」に、午後は「休憩と食事」のモードを司っているからである。
つまり朝から昼にかけては論理が支配する「論理モード」に、夕方以降は「感情モード」になっている。
 これをさらに応用すれば、ランチ時は「論理モード」なので、契約や提携などビジネスモードのシビアな話をしても
「ランチョンテクニック」で緩和される。 そして「感情モード」の夜に食事をする相手は、ビジネスの話はそこそこに
親密度がアップする接待モードが効果的になる。 だからロジカルにビジネスの話を進めようとする外国企業はランチを
共にすることを好み、取引先との人間関係を大事にしたい日本は夕食を共にしたがる。
 そういえば、自分をみるに、朝一番には、この随想日記の最後の仕上げをし、出社した後には前日の数字を見て、
新聞と手帳や手書きの日記帳に何やら書きつけ、それが終わると遊びモードに入ってしまう。
自由に気ままにインターネットをしたり、本を読んだり、とにかくリラックスをして考える。
・・・・・・・・・
2792.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・1
 2008年11月26日(水)
 ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法のコトバ  −1
    「ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法のコトバ 」 スティー ブ・モリヤマ (著)
 この本はユダヤ民族に流れる哲学や思想が151の名言・フレーズとして紹介されている。図書館で借りてきて何気なく読んでみたが、
中味の濃い内容が次から次へと出てくる。ユダヤ流「成功のヒミツ」は、ビジネスの成功者やノーベル賞受賞者は人口比でみても
多いのですが、ユダヤ人の成功哲学には「金儲方法」の類はまったく見当たらない。実践の結果として、財力や知性が身につく教えが多い。
彼らに一貫しているのは、「知識」ではなく、「知恵」に対すこだわり。彼ら成功者たちは、先人や親からのそうした教えを自分で消化し、
実践している。  ー以下は、この本の説明文と、9つの成功法則である。
  〜〜〜
この本ではユダヤ流・成功法則を以下の9項目に分け、各項目に関連するユダヤ人成功者たちの名言を付記している。
各法則を一つ一つ文字でこと細かに説明するよりも・この方がより効果的に行間に流れているユダヤ哲学を伝えられるのでは
ユダヤ人は他人と差別化することを重視しているため、多種多様の解釈がでてくるが・読者の置かれている状況も
多種多様である以上、そのほうが具体的事例に当てはめやすいかもしれない。
ユダヤ流・成功法則 1        自分を大切にするものは、他人も大切にできる。.
ユダヤ流・成功法則 2        なんでも鵜呑みにするな人間は鵜ではない。
ユダヤ流・成功法則 3        口はひとつ、耳はふたつ。
ユダヤ流・成功法則 4        カネを追うな! お金には追われるようになれ。
ユダヤ流・成功法則 5        「学ぶ」ことは「知る」こと。「知る」ことは「変わる」こと。
ユダヤ流・成功法則 6        失敗を恐れるな。やろうともせずに逃してしまうチャンスこそ、恐れるに値するのだ。
ユダヤ流・成功法則 7        何もしないことこそ、最大のリスクなのだ。
ユダヤ流・成功法則 8        無から有を生み出す喜びを知れ!それには「質問力」が大切だ。
ユダヤ流・成功法則 9        笑ってツキと若さを引き寄せろ!
 〜〜〜
 これらの内容は、著者が過去十余年にわたってヨーロッパで働きながら集めた世界中のユダヤ人による
 名言の一部である。収集した約1万の名言の中から厳選したというだけのことはある。                        
・・・・・・・・・
2007年11月26日(月)
2427, 自分自身に「なる」こと     (。・ω´・)っノXXXXXXXXXX>C【才ノヽ∋―】
 人生を振り返ると、全てが自分自身に「なる」ためのプロセスのような気がする。先日、小学校の同期会があったが、
それぞれの生き方をしてきたとしても、突きつめてみれば「自分らしく生きてきたかどうか」である。人生の質でも濃さでもない。
そんなことは生きてきた、生きていることからみれば、些細なことである。死線を何回か乗り越えてきた人、北アフリカとフランスに
十年住んでいた人など、色いろな人生を背負った、それぞれの人生を垣間みて、「人生で何をしたかより、その人らしい生き方を
したかどうか」こそ、振り返った時に問題になる。残るのは「本人らしさ」だけである。
以下は、『哲学の教科書』・中島義道ー の中の文章である。
 −−−
 ここに、最高の自己表現、誰にでも適性があり、かつ人生の最高目標に据えるにふさわしいことが一つ残されています。
それこそ、はじめに触れました(自分自身になる」というとです。 全ての人は個人なのだから、そのまま何もしなくとも
人生の最高目標をもう達成していると考えるなら、そんな甘いものではない。マザー・テレサは、視線を絶えず苦しんでいる
人達に向けながら、このうえなく「自分自身になる」ことを実現している。あるいは自分のよい個性を伸ばす事も
「自分自身になる」である。特別世間的には偉くなくとも、その人のそばにいるとホッとするような人や安心するような人は
どこにでもいるものです。しかし「自分自身になる」ことは、必ずしも世のため人の為になることを含意してはいません。
この言葉には「よいこと・悪いこと」といった枠を越えたもっと根本的な意味があります。
それは、「生きること」そのことを目標にする「生きること」そのことを問題にすると必ず「死ぬこと」が影のようについてまわる。 
前に紹介した禅の坊さんたちの修行の目標は、例えば白隠の「いつかは生死を離るべき」のように、あるいは道元の、
「生をあきらめ死をあきらめるは仏家一大事の因縁なりのように、「生死の区別」そのものを幻と自覚するようなところにある。
最終的にはこうしたことに収斂することは認めながらも、しかし多くの若い人々は必ずしもつねに,「生」、や「死」そのものに
悩んでいるのではなくーすでに見たように一就職とか結婚、あるいは自分の肉体とか性格など目前の具体的なことに
悩んでいるのではないでしょうか。そこで、次にこうした悩みについて考えてみます。 
私はいかなる(いわゆる)些細な悩みであれ、本人がそれを悩むかぎりは、彼〔女)にとって悩む理由はあると思っております。 
(字数制限のためカット 2011年11月26日)
・・・・・・・・
2006年11月26日(日)
 2063, 親戚の交通事故
一昨日の夜20時過ぎに家内が柏崎の実家の近くに住む妹に電話をしたところ、彼女の連れ添いが交通事故にあったという。
「入院中の義母が、数日前から具合が悪い」という連絡が数日前に義妹から入り、私と見舞いに行く打ち合わせの電話をした時に、
その知らせを聞いた。 「数時間前に亭主が交通事故にあい、病院で手術中」という。昨日の朝さっそく病院に行き、集中治療室に
入っていた本人と話したが、身近の人の重傷の交通事故の人は初めてである。顔は倍近く腫れあがり脚は二箇所骨折、
来週ふたたび手術という。 首の骨も折れているという。たまたま、義妹と家族が買い物に出ていたが、頭はしっかりしていて、
見舞いのお礼をいっていたが、正視できない姿であった。オートバイで直進していたところ、交差点で右折の軽自動車と激突。
意識不明のまま、救急車で運ばれたという。タバコも吸わず、酒ものまず、「家業の自転車屋と、社会保険労務士と、貸家、
貸し駐車場を経営、真面目を絵に書いたような人。今まで事故も一切起こしたこともなく性格どおり平穏な人生であった。
(字数制限のためカット 2011年11月26日)

つれづれに

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 今日のYoutube

 あと数日で、師走。 はやいものである。充実はしているが、
変わりばえのない日々だから、早く感じるのだろう。 
 身辺では、
・次男に、初孫が出来たこと。
・小学校同期の、「古希」の会があったこと。
・小・中学の最終年の比較的親しかった同級生が亡くなったこと。
 政治的には、衆院解散といったところ。
あとは、病気や事故など無事何事もない事が、最大の出来事になる。

 毎年、師走の月初めにある「大学の同級会、今年から二年に一度に
しようか、迷ったが、二年に一度なら、何があるかもしれないので、
やはり出席をすることにした。 一年後に生きている保障がない、
年齢になったということ。


・・・・・・
2063, 親戚の交通事故
2006年11月26日(日)

一昨日の夜20時過ぎに家内が柏崎の実家の近くに住む妹に電話をしたところ、
彼女の連れ添いが交通事故にあったという。
「入院中の義母が、数日前から具合が悪い」という連絡が数日前に義妹から入り、
私と見舞いに行く打ち合わせの電話をした時に、その知らせを聞いた。
「数時間前に亭主が交通事故にあい、病院で手術中」という。

    昨日の朝さっそく病院に行き、集中治療室に入っていた本人と話したが、
    身近の人の重傷の交通事故の人は初めてである。
    顔は倍近く腫れあがり、脚は二箇所骨折、来週ふたたび手術という。
    首の骨も折れているという。
    たまたま、義妹と家族が買い物に出ていたが、頭はしっかりしていて、
    見舞いのお礼をいっていたが、正視できない姿であった。

オートバイで直進していたところ、交差点で右折の軽自動車と激突。
意識不明のまま、救急車で運ばれたという。

タバコも吸わず、酒ものまず、「家業の自転車屋と、社会保険労務士と、
貸家、貸し駐車場を経営、真面目を絵に書いたような人である。
今まで事故も一切起こしたこともなく性格どおり平穏な人生であった。
人生何が起こるかわからないものだ。
来週の手術次第で、どうなるかは今のところわからないとか。

私が同じ状況なら、
誰もが、「ヤツも、やっと罰が当たった!ざまをみろ」と、
異口同音言われるだろうし、それも肯けるが・・

    交通事故は車を運転している限り、
    一生のうちに、平均すると重傷の人身事故(軽傷から死亡事故までを均すと)
    に出合うという。
    車や、オートバイで人を殺傷してしまったという話は、
    何度か聞いたことがあったが、本人が重傷のケースは初めてである。

二十年ほど前に、日光街道で‘ありがとう右折’で、
止まってくれた車の後ろから直進してきたきたオートバイを撥ねたことがあった。
撥ねた瞬間、その場面がスローモーションのように展開したのが、今でも脳裏に
鮮明に残っている。
ボンネットにライダーが宙返りをして、バッタと、かぶさった影像である。
たまたま人身事故にはならず、オートバイの損害保険程度で済んだが・・・

一期一会は、
決して感激・感動・感謝の場面だけではない。

   家内がいった、
 「事故の前に時間を引き戻したいでしょうね!」
   という言葉が、印象的である。


・・・・・・・・
・・・・・・・・

2005年11月26日(土)
1698, 辺境へ -3


この本の内容とは、少し違うが私が行った辺境を
 印象深い順にあげてみる。
  (辺境というよりむしろ、異境ー‘Σq|゚Д゚|p ワオォ ’
                    という意味である。)

1、やはり一番は
  中国ウィグル地区のタクマカラン沙漠の
   インド側のホータン~カジュカル~パキスタン国境のクンジュラフ峠
    ~カラコルムハイウエー
     ~フンザ~アフガン国境のペシャワール~イスラマバード
   2、アルゼンチンとチリーパタゴニア地方
    3、南米のベネゼイラのギアナ高地
     4、タンザニア
      5、イスラエル
       6、北インド
        7、アイスランド
         8、ケニアのヌーの河渡り
          9、ネパール
           10、シリア・レバノン・ヨルダン
            11、エジプト
             12、モロッコ
              13、桂林
 (~O~)ふぁ・・       14、ペルー
              15、ブラジルのカーニバルと、イグアスの滝
             16、カナダのロッキー山
            17、アラスカ
           18、南アフリカ
          19、スイス・アルプス
         20、北スペイン
        21、フィジー
       22、西アフリカ
      23、南スペインーアンダルシア地方
     24、ベトナム
    25、ニュージィランド
   26、メキシコ
  27、北欧4カ国
  ーノルウェーデンマーク・スエーデン・ロシア
 28、ノルウェーのトロムソ

 の順であろうか。
 特に10辺りまでは、どこが一番と いいづらい。

 ツアーとはいえ、注ぎこんだエネルギーは膨大であった。
  生命の危機の場面は無かった?が、
   一回の旅行に何らかのカタチのトラブルは全て出る。
    それに対していかに対処するかにある。
     トラブルを楽しむことだ。
      どうして楽しむかというと、トラブルは当然あるもの、
       あくまでも楽しみの塩コショウで、丁度良いバランスに
        直面しているだけと割り切ってしまう。 
         あとで振り返ると全てが、その範疇でしかない。
          人生と同じである。
   (◎-◎;)!!
         一番辛かったのは、生理現象である。( ̄ω ̄;)!!
         時差と食べ物の関係で2~3日 体調を崩す。    
       それを恐れていては、何処にもいけるものではない。
     ただどういうわけか、強盗・窃盗にはあったことはない。
    ツアーの良いところだろう。
   
   大自然や異文化から受ける大きな感動や驚きからみれば、
  その前に立ちふさがる壁は踏み石でしかない。
 それだけ、素晴らしい景色と感動が待ち受けていた。
  
  できる時に、できる事を、できるだけしておいて
   本当に良かったのが、実感である。
                    ヾ(^-^)ゞ
   ・・・・・・・
   ・・・・・・・

2004年11月26日(金)
1333, 2000年前のポンペイ -4

遺跡の中でポンペイの遺跡は、奇跡に近い状態で
当時の世界をそのまま閉じ込めて現在に提示してくれている。
この世界のグラビアの本を開いているだけで、
気持ちが2000年の時空を飛び越えてローマの時代にはまりこんでしまう。

この小プリニウスの手紙には、大きな衝撃を受ける。
この青年の知性にも、驚きざるをえない。
それと、大プリニウスの行動にも当時の知的レベルの高さを知ることができる。

この内容が、2000年前の事実がそのままドキュメント風に記載されているから
迫力があるのだ。人間の変わらない感動、恐怖、そして生活がそのまま伝わってくる。

街全体が、当時のまま残っているから、更にこの手紙の内容が生々しい。
18世紀の初頭まで人々の記憶から忘れ去られたことが、当時のままの姿を
残すことにもなった。

35年前の日記を昨日のように感じるのは何ら不思議ではない。
全て昨日のようなものである。

数ヶ月前に放映されたTVドキュメントは、この手紙を忠実に映像化をしていた。
そして、爆発が起きてからポンペイが埋まるまでの19時間も、当時の遺体の様子から
想像をしたドキュメントが生々しく時系列で構成されていた。。


ー6月20日の手紙

私は先に、あなたの求めに応じて、伯父の死についての手紙を書き送りました。
手紙を読で、ミセヌムに残されたこの私がいったいどんな恐怖を味わい、
そしてどんな危険にあったかぜひ知りたいと貴兄はおっしゃいます。

実は、先の手紙ではそれを書こうとしていて、筆を置いてしまったのです。
「思い出すのもつらく、悲しみは深いけれど、とにかくやってみましょう」
(訳注:ウェルギリウスアエネーイス』からの引用)。

 伯父が出発した後、私はずっと勉強をして過ごしました。
そのために残ったのですから当然です。
それから入浴と食事をし、そして短く途切れがちな睡眠をとりました。

それまでも、前ぶれのような地震が幾日も続いていましたが、カンパニア地方では
珍しいことではなかったので、さほど恐ろしくはありませでした。
しかし、その晩起こった地震はあまりに激しく、もはや揺れているという
程度ではなく、すべてがひっくり返ってしまったかのようでした。
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中略ー
字数の関係で、カット。
あとは、分類の検索に載っています。
 
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  以上が私の身に起こった出来事です。
歴史に残すにはふさわしくないつまらない話ですから、お読みになっても
貴兄の著作に書き入れる気にはなれないでしょう。
また、もしこれが手紙の名にさえ値しないとしたら、
私に頼んだ貴兄自身を責められるべきです。
では。

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 2003年11月26日(水)
966, 悪口についての一考察 -2

 どんなに憎んでも、面と向かって言ってはいけない言葉がある。
だから、その人の居ないところでいう悪口は楽しいのである。
これが人間の悲しい性である。

 4~5年前にある泥酔の高校の同級生二人に呼び出されたことがあった。
片っ端から知人の悪口を言っていたが、私を呼び出す前までは
私の悪口を言っていたのがミエミエであった。
そして「人の悪口は楽しい!」といっている姿に唖然とした。
そう、こう書いているこの文章も、彼らの悪口である。

 私の場合、こと人間の真髄に関しては何を話しても悪口になってしまう。
虚飾などどうでもよい?
見えるのは裸の猿の狂った姿である。
大学のたまたま入った学部が社会学部であった。早くいえば人間学である。
人間関係の網の構造を瞬時に洞察する訓練を受けているから始末が悪い。

さらに、こういう社会学的な本が好きで40年近くも読み続けているから
知らないうちに外語化しているのだろう。
表面的な付き合いの人間には、全てが悪口に聞こえるはずだ。
同級生のスナックのママに説教をされたが、その道のアマチュア
ということは知らないようだ。

 ところで悪口という概念は、なんの思想も持ち得ない。

ー怒れば、ストレス解消・精神衛生などという隠れみので、自己のプライドなど
微塵もみせず?に罵詈雑言をいい続ける。

ー気分の良い時は調子よく聖句などを持ち出してきて、
「悪口はいけません」とのたまう。
この二面性を持っているのが人間の姿である。
悪口の後で「仕方ないさ、人間だもの」と繰りかえす。

ー悪口をいま思い出せる言葉を羅列してみるとー
「服のセンスが悪い」「だらしがない」「カスが人間をまとっているような奴」
「子狐のような奴」「屑どもめ」「仕事が出来ない」「気がきかない」「痴呆迷死」
「ミス何々ー失敗ばかりする女」「ダニ」「自民党のような奴」「たかり」
「くそったれ」「共同便所のような女」「東京ガス
 悪口はまるで無尽蔵である。

嫉妬心・怒り・敵意・ねたみ・憎しみ・優越感・軽薄など心の底に渦巻いている
ドブから発するガスである。
 
 ーインターネットで調べた内容をコピーしておきます。
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「悪口をやめよ 」
ヤコブ4:11~12
箴言26:17~28
マタイ5:21~24


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 592,ーこころにのこった詩ー2
 - 2002年11月26日(火)

 ー兄弟ー 
 びーと たけし

兄ちゃんが、僕を上野に映画を見につれていってくれた

初めて見た外国の映画は何か悲しかった

ラーメンを食べ、喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ

兄ちゃんが、後で入ってきた、タバコを吸っている人達に

殴られて、お金をとられた

帰りのバス代が一人分しかなく

兄ちゃんが僕をバスに押し込もうとした

僕はバスから飛び降りた

兄ちゃんと歩いて帰った

先を歩く兄ちゃんの背中がゆれていた

僕も泣きながら歩いた

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これを読んで子供のころの出来事を思い出した
詩的に書いてみるー


小学校の低学年の頃、兄と歩いていた
兄が急に頭に手を当てた

帽子を取ると頭が血だらけだった
兄はそれを見て泣き出した
帽子に穴があいていた

すぐに誰かが空気銃を撃ったのが解った
近くに不良の中校生がいた
彼だろうと思った

兄の手をひいて帰った
その問題は大きくはならなかった
それから10年経ってその少年は殺人事件をおこした

ざまみろと思った

・・・・

この文章を考えて寝たため昨日の朝
ビートたけしの兄弟の夢をみた。
夢の中の対談で私が司会者だった。

たけしが兄にふざけて昔貸した200円を返せという。
また二人で読んでいる新聞を取り合いをしている。
兄弟でいつの間にコントをしている。
それがこの詩のように仲がよいのだ。

何か失われた家族を見ているようであった。
また自分の脳の想像力の凄さ単純さに驚かされる。
自分でいっているのだから間違いがない。


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ある時間の断片 
          1968年
11月26日
9時15分に起床。
10時半に学校へむかう。
川崎と待ち合わせて、ノートを借りる。
食事後川崎と「サルビア」へ行き話す。
「昔の彼女に会って婚約を知り、再び結婚を前提で付き合いたい」と
いったという。聞いていて馬鹿馬鹿しくなってきた。
「身勝手もいい加減にしろ」と思ったが、口には出さなかった。

試験勉強をする為に、独りで図書館に行き、その後再び川崎と食事をする。
帰寮後、川崎に借りた本をうつしていると、駒村が来る。
少し彼と話す。
その後、炊事場で米林から、南波嬢と蒲生が何とやらと聞く。
本当かどうか解らないが、もしそうなら南波嬢もその程度の人かと
失望をする。佐藤に知られなければ良いのにと心配だ。
佐藤は気が多い男だからだ。

その後、大妻の宮本さんがくる。
彼女から、その女性が「清田」さんと聞かされる。
何回か会ったことがあるが、別に何とも思ってなかったが。
確かにスゴイ美人である。しかし、それを鼻にかけているのが気になる。
逃げる理由も無いが、追いかける理由も無い。

宮本さんも面白い人だ。
間中君の「自他とも認める何」だから気楽に傍に寄せているが。
彼女が帰った後に、食事に行く。
その後、集中して勉強。
夜半0時に米林がくる。
佐藤嬢とのノロケを聞かされる。
彼は今は女性のことしか頭がないみたいだ。不安なのだろう。
それにしても、シモの具体的なことを何故言いたがるのか理解できない。

後記 2003年11月26日
 
 書き写していると当時をアリアリと思い出すものだ。
そして、よくもまあ、色いろのことがあったものだ。
何事も忘れるから生きていけるのだろう。
日記に書いてなければほぼ全てを、忘れていることだ。
過去を振り向かないことを自分に課してきたが、このように思い出すのも
面白いものである。