虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

山口多聞・・・海軍随一の司令官

全4回に渡る「太平洋戦争」を巡る将官の話。
不規則にエントリーします。その2。

山口多聞wikipedia



 太平洋戦争の長い戦闘の中で、一際輝くのが、第二航空戦隊の指揮官・山口多聞中将です。彼が全指揮権を握っていれば、戦の経過も相当変わっていたろう、という意見もあります。私が彼の名を知ったのは、私が中学1年生のころ日本テレビ系列で放送された「アニメンタリー決断」という戦記物のアニメを見たときからです。監修は児島襄(こじま・のぼる)、アニメ制作は「吉田竜夫タツノコプロ」という超一流のスタッフの手による傑作です。タツノコプロは、「科学忍者隊ガッチャマン」「新造人間キャシャーン」「タイムボカンシリーズ」などで知られます。番組のキャッチフレーズ:「人生で最も貴重な瞬間、それは決断の時である。太平洋戦争はわれわれに平和の尊さを教えたが、また、生きるための教訓も数多くのこしている・・・」


 彼・山口多聞戦歴は上司の南雲忠一との相克の歴史です。南雲忠一は臆病者で、空母4隻を任され、「壊さないよう」控え目な指揮を旨としていました。真珠湾攻撃でも、もはや時代遅れの戦艦に損傷を与えた程度で、修理施設、燃料施設は攻撃せず、また敵空母にも手を出しませんでした。これに対し、これらへの二次攻撃をするべきだという山口中将の献策を無視し、そのまま退散し、ただアメリカ国民の日本への敵愾心を奮い立たせるだけの戦果でした。もし修理施設、燃料施設を破壊し尽しておれば、アメリカはあと半年は太平洋に艦隊を送れなかったでしょう。


 そして、運命のミッドウェイ海戦。(1942.6月)この海戦で日本海軍は主力空母4隻を失いますが、これには裏があります。このころの日本海軍首脳部は、アメリカを侮っており、「鎧袖一触:がいしゅういっしょく=容易く打ち破れる」であるとしていました。ここに油断があったのです。


 そもそもこのミッドウェイ海戦連合艦隊司令長官山本五十六が立案した作戦で、その目的は二つありました。

1)ミッドウェイ島の占領
2)敵空母の撃滅

この戦術目的自体が「あいまい」だったのです。


 そして、その「あいまい」さが大惨劇に繋がります。索敵機は日米、双方にとってほぼ同時に、敵空母を発見します。近代的な空母VS空母の戦闘では、先に相手を発見したほうが絶対有利です。この意味で、勝機は五分五分だったのです。そして、アメリカはすぐに爆撃機を飛ばしますが、日本の司令官・南雲はここで苦慮します。そのとき、艦載機は、ミッドウェイ島攻撃用の爆弾を搭載していて、南雲はこれを対艦用の魚雷に付け替えようとします。(ここに、この作戦のツメの甘さがあります。攻撃対象をどっちつかずにしていたので、爆弾の装着に齟齬が生じたのです。)山口は「直ニ発進ノ要アリト認ム」(そのままの装備でよいから、直ぐに攻撃に出るべきだと考える)と打電しますが、南雲は無視します。一方、日本艦隊を発見したアメリカ海軍の司令官・冷徹なレイモンド・A・スプルーアンス提督は、日本空母を目指し、一直線に攻撃機を飛ばすのです。



 そして、爆弾を取替え、いざ発進という5分前、アメリカの爆撃機殺到し、被弾した空母「赤城」「加賀」「蒼龍」の3隻は炎上します。ここで南雲はそそくさと退艦してしまいます。たった5分・・・いえいえ、この戦闘の勝敗は、索敵機が相手を発見した2時間前に決していたのです。
山口は、残った「飛龍」で単身アメリカ機動部隊・空母3隻に戦いを挑み、みごと「ヨークタウン」を仕留めますが、「飛龍」も大破し、山口も船とともに海へ沈んでいきます。彼は手段と目的を正確に把握していた提督でした。


 なんで、これほど優れた提督が死に、無能な提督が生き残るのでしょうか。当時の海軍のゆがみが透けてみえるようです。山口の場合、部下思いでもあり、訓練は鬼のごとき指揮官でしたが、慕う兵も多かったようです。


以下、アメリカ軍の山口多聞評:


一説によると、ニミッツ提督が山本機の撃墜の是非を(「ヤマモトを殺しても、後任により優れた指導者が現れては困る」と)情報部のレイトンらに諮った際、山本の後継者として真っ先に名が挙がったのが多聞だったと言われる。レイトンは「彼は既に戦死しているから安心だ、ヤマモトに代わり得る人物は日本には他にいない」と返答したという(半藤一利保坂正康『昭和の名将と愚将』など)。
wikipedia  より


今日のひと言:山口多聞海軍大学校甲種24期首席卒業、アメリカの国情をよく知り、山本五十六井上成美(いのうえ・しげよし)と並び、アメリカとの戦争は避けるべきだとしていました。でも、いざ戦争となると、毅然と立ち向かうことが大事なのですね。ただ、山本五十六には、否定的な人物評を述べる人もいて(元海軍少尉・生出寿(おいで・ひさし)氏:「凡将 山本五十六」)、このミッドウェイ海戦の首謀者なのに、後方で安全な戦艦大和(ヤマト・ホテルとも言われた)におり、将棋を指していたというのです。空母がやられる度ごとに「ほう、またやられたか」などと発言し、自分がいかに大物か、アピールしていたというのですね。この態度は良くない、と。いっぽう山口多聞には、賞賛の声を捧げています。

山口多聞―空母「飛龍」と運命を共にした不屈の名指揮官

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烈将 山口多聞 (徳間文庫)

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ミッドウェー海戦「運命の5分」の真実

ミッドウェー海戦「運命の5分」の真実


今日の詩

今まさに
私は
うな重
食べんとす。


この店は
軒並み
値段を大幅に上げる
うなぎ屋のなかで
少ししか上げていない
店である。


シラスウナギが不漁で
卸値が高騰している。


うなぎは貴重だ。
スーパーで扱う
どうせ不味いうなぎを
食べるなら、


スーパーには
卸さず
うなぎ専門店
廻すのがよかろう。




以上の詩の反歌(俳句)


どうせなら
スーパーに卸すな
うなぎかな


    (2012.05.24)



*この木なに?・・・解る人は教えてください。

木の奥の葉は緑ですが、枝が真白くなっています。