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紙屋研究所


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2017-06-24 爽やかな衝撃 『はっぴーえんど』1

魚戸おさむ(大津秀一監修)『はっぴーえんど』1巻


小林麻央さん逝去に がん専門医が思うこと(中山祐次郎) - 個人 - Yahoo!ニュース 小林麻央さん逝去に がん専門医が思うこと(中山祐次郎) - 個人 - Yahoo!ニュース


 この記事で、

多くの方は映画やドラマなどで、ラストシーンがかなり悲惨なものだと思っているかもしれない。例えば抗がん剤副作用でゲーゲー吐き、何も食べられず、痛みと苦しみでのたうちまわる――。

しかしそれは昔の話で、今はそんなことはほとんどない。

なぜなら、そういったラストシーンでの苦しみを取り除く治療がかなり発達し普及したからだ。この治療のことを、痛みや苦しみをやわらげるという意味で「緩和ケア」という。

https://news.yahoo.co.jp/byline/nakayamayujiro/20170623-00072448/

という部分に注目した。

 数年前にぼくの親しい人が、若いうちにがんで亡くなっていたからである。

 その人の毎日の病状を見ていたわけではないけども、亡くなる直前の病床を見舞った時に相当に苦しそうだったので印象に残っていた。


 ゆえに、がんの「ラストシーン」は、少なくとも若いうちのそれは相当に苦しいものではないか、という刷り込みがぼくにはある。


 フツー『ガンカンジャ』(KADOKAWAアスキー・メディアワークス)1巻を読んだ時も、がんの苦しみや孤独が強く心に残ってしまい、それと戦うことへの不安が募った。

f:id:kamiyakenkyujo:20170624052958j:image:w360*1

f:id:kamiyakenkyujo:20170624103157j:image:w360

*2

 図1(前掲書p.118)のような苦痛の描写は淡々としたタッチであるがゆえに苦痛が強く伝わってくるし、合間にさしはさまれる図2(同前p.161)のようなタッチは、メルヘンのようなのどかさではなく、むしろうなされてみる夢のようでもあり、闘病中に考える死後の世界のようでもあり、気持ちが暗くなった。(だからマンガとして悪い作品なのではなく、気持ちを揺りうごかすという点では、優れた表現だと感じた。)



はっぴーえんど 1 (ビッグコミックス) そういう「がんの『ラストシーン』」観を持ったぼくが読んで、爽やかな衝撃を受けたのは、魚戸おさむ大津秀一監修)『はっぴーえんど』(小学館)だった。


 一言で言えば、こういう穏やかな終わりを迎えたい、というこの作品が狙うところに100%的中した読後感を得た。


 才能もあり将来も嘱望されていた大学病院の外科医が、パートナーをがんで失い、そのことを後悔して医者としての生き方を見つめ直し、町で往診を行う在宅診療所の医師として、また「みんな穏やかな気持ちで亡くなっていけるといいなあ」をテーマにする「緩和治療」を行う医師として活動する。

患者さんの痛みを取り、

穏やかに過ごせるように支えてあげる、

高い技術を持っています。

(kindle版71/217)

 正直、こう書くだけでいかにもハートフルな、「感動秘話」のようなものが待っているのではないか、と思うかもしれない。

 いや、実際、その通りであった。

 たとえば第1話・第2話で取り上げられるのは、息子夫婦が洋食屋を継ぐべく函館の実家に帰ってきたとたん、がんの「ステージ4」となる話で、意固地で絶望していた息子が「死」や「残された時間」に向き合うまでの変化を追っている。

 しかし、少なくとも本書を買う際にも、読み始めてからも、そして読み終えてからも、そうした「感動のための造作」といったわざとらしさをぼくは1グラムも感じることはなかった。書評を書こうとあらすじをまとめているうちに、その自分の書いた筋だけを見ていたら、なんだか「得体の知れないもの」のように思えてきてしまったのである。作品を読めばそんなことはないのがわかる。


 いや……つうか、図3を見てほしいのだが、これが本作の主人公・天道陽(てんどう・あさひ)のグラフィックだ。相当にまっすぐな、相当に正しそうな、相当に暑苦しそうなキャラクターのように見える。

f:id:kamiyakenkyujo:20170624053936j:image:w360*3


 ところが、1巻を読み終えるまで、そうした「正しさ」「まっすぐさ」が与える押し付けがましさを、ぼくは一度も感じなかったのである。魚戸もそこは気になったのか、天道に「抜け」を作ろうとしている。例えばこのコマは「熱く」何かを語っていそうに思えるシーンであるが、実はアイドルオタクである天道がそのことを隠して患者家族と話しているシーンである。

 むしろ、このグラフィックは狙ってこうしているのかもしれない。後述するように「正論」によって後悔を刻んでしまった、屈折を描きたいのだから。


 「爽やかな衝撃」と本作に触れた部分の冒頭に書いたのは、緩和医療というものについて、「がん患者は選択によっては、こんなに穏やかに死を迎えることができるんだ」という驚きがあったからである。

 それはこの作品についてもさることながら、緩和医療というものが、科学技術として具体的に患者に何を与えられるのかということをぼくが初めて知ったことによる。


 1巻後半部分は、主人公のパートナーであった理絵が、妊娠が判明した矢先に全身転移のがんであることがわかり、産むことを断念して治療に専念するという話である。

 治療に専念して生存すれば再び生むチャンスはある、という判断。

 これは全く正しいように思える。

 しかし、本当は「産みたかった」というのが理絵の隠された、真の希望だったし、死の直前が苦痛や失望に満ちていた時間だったことを考えると、天道選択は間違っていたようにも思えてしまう。


 どちらが正しかったのか、読んでいても迷う。

 現実にこの選択を迫られたら、相当に迷うだろう。


 ただ、がんと闘うにせよ、そうしないにせよ、科学的に合理的な結論を下す前の段階で「本人がどのように人生の選択をしたかったのか」ということが尊重されなくてはならない、というメッセージが本作から強く伝わってくる。(他方で、そうは言っても、抗がん剤を用いてがんと闘おうという人や家族が読んだときに、これをどう思うのかは、気になるところではある。)


 「死」とどう向き合うか、それによってどういう「生」を選択するか、というテーマは、本来仏教のような宗教が扱うテーマであった。

 ちょっとした病気があっという間に死につながった近代以前の社会では、このテーマについて科学技術を用いずに考えることはまさに宗教以外に出番はなかったであろう。

 しかし、医療技術が飛躍的に進歩した現代では、多くの人は「死」を具体的に意識せず、したがって区切られた死までの期間をどう生きるかを切実に考えることは日常的には、ない。

 余命を宣告されて初めてそのことを具体的に考えるようになるが、宗教というツールを失った人たちはそこで何を骨組みにして考えていい分からなくなってしまう。

 それを、痛みを和らげる技術とセットにして自分で考える土壌を作ろうというのが、こうした緩和医療であり「緩和ケア」なのかもしれない。*4本作を読んで、そういうことも感じた。


 いずれにせよ、緩和治療とはどういうものか知らない人や、がんがかなり進行した段階では辛く苦しいという選択肢ししかないと思う向きには、読んでみると、「爽やかな衝撃」が訪れるのではなかろうか。

*1:フツー『ガンカンジャ』(KADOKAWAアスキー・メディアワークス)1、p.118。

*2:フツー『ガンカンジャ』(KADOKAWAアスキー・メディアワークス)1、p.161。

*3魚戸おさむ大津秀一監修)『はっぴーえんど』1、小学館、11/217kindle版。

*4:ちなみに「緩和治療」と「緩和ケア」が同じなのか違うのか、これを書いた時点ではよく分からないまま書いている。「だいたい同じもの」というほどの認識。

2017-06-15 高校時代の伝説の先輩 『モキュメンタリーズ』

百名哲『モキュメンタリーズ』1巻


 「高校時代の伝説の先輩」というカテゴリーが自分の中でえらく響いてしまった。

 本作第3話「野宿の墓」に出てくる、「オーホリ先輩」の「伝説」はこうである。

――夏休みに北朝鮮へ単身密航

――ヤクザが抗争中の福岡の繁華街で野宿。

――そしてイケメン。

 安野モヨコの『ジェリー・ビーンズ』に出てくる蘭堂もこんな感じ(こんな「伝説感」)と言っていいのかな。

 ぼくも進学校の高校生だったけど、こういう先輩いたわ。

 ちょうどぼくが入学した時、高校3年だった、その先輩。

 そういう「高校時代の伝説の先輩」。

 ぼくの「高校時代の伝説の先輩」が、今何をしているのかはしらない。進学校にありがちな話なのかもしれない。


 ただ、そこから四半世紀がたって振り返ってみると、その「伝説」はどういうポジションになっているのか。その無残さについても考える。


 山形浩生がこんなことを書いていた。

当時のぼくのまわりは、ぼくよりはるかに頭のいい連中ばかりだったからだ。高校生ながら異様なプログラムを書き、信じられないような絵や詩を書き、生徒会などで驚異的な組織力を発揮し、先鋭的な思想や知識に精通し……ぼくはずっと、この連中にはかなわないと思ってきた。

http://www.asahi.com/edu/center-exam/TKY201201090192.html

そして高校時代に戦慄させられた同級生や後輩、いまやぼくの遥か先を行っているはずの連中に20年ぶりに会ってみると……その多くは当時と同じレベルで止まっていた。ぼくがずっと追いつこうとしていた背中の多くは、実はそこにはなかった。

http://www.asahi.com/edu/center-exam/TKY201201090192.html

 高校時代に「スゲエ」と思っていた人たちが、高校時代のままで止まっている、という話を印象的に読んだ。


 ぼくは、いわゆる「いいところの大学」を出ながら、大企業にも入らず(入れず)、弁護士のような専門職にもならず(なれず)、(それらから見れば)低い賃金の職場にいる。政治思想についても高校時代は高校生としてそこにいるというだけで「過激」さをアピールできた政治団体に属していたが、そのままそれを引きずって現在までいる。……とまあ、人様から見れば、ぼくもこう見えるのではないか。


 つまり「高校(若い頃)のままの価値観をこじらせてしまい、人生選択に失敗した人」と思われているかもしれない。ぼくの人生を、他人からの視点でそう総括することもできるだろう。


モキュメンタリーズ 1巻 (HARTA COMIX) 本作第3話「野宿の墓」に出てくる、ドミグロがオーホリ先輩を高校時代から慕い続け、高校時代からひょっとしたらその価値観のまま、あるいは少なくともそこで「こじらせて」しまったものを、引きずりながら、今も「自分探し」をしていることは、他人から見ると、ぼくに似ているかもしれない、と思う。

 ドミグロは他人から見たぼくに似ているのかもしれない、と。


 本作は、ドキュメンタリー映画風に仕立てたフィクションで、タイトルは「モック」(まがい物)と「ドキュメンタリー」を合わせた言葉だという。あくまでフィクションだ(その虚構と現実の配合具合は半分〜9割だと作者はいう)。

 作者によく似た名前の百野哲(ももの・さとる)が狂言回し


 例えば第1話「Tig****はWEB上から消えた」は「ネットオークションで同一のアダルトビデオ落札し続けるID『Tig****』を追え!」(カバーより)っていう話。だいたいどんなテイストの短編集かわかるでしょ。



 んで、冒頭話題にした第3話は、百野自身が仕事に挫折し、アパートを追い出され、高校時代の友人・ドミグロに誘われて、「自分探し」の旅に、バングラディシュに出かける話である。

 ドミグロ自身がバングラディシュに長期滞在しており、そこでヤバそうな仕事に手を染めながら「自分探し」をしていた。


(以下、第3話についてのネタバレあり)


 ドミグロは、自分探しではなく、失踪してしまったオーホリ先輩をバングラディシュで探していた「だけ」ではないか、と百野に言われる。

 それはつまり高校時代に憧れていたものを探すことを通じて「自分探し」をしていたということでもある。

 そして第3話のオチとして、海外での失踪者を探すNPOを勢いで立ち上げてしまう。

 百野と、やはり高校時代の友人であるタクボンは、そのことについて語り合い、

感化されやすいアホだけど

行動力だけは

異常にあるんだった

瞬間的な熱量だけで

この世の果てまで

あるのかどうかも

わからんものを

探しに行けちゃうんだもんな

とつぶやく。

 「失踪者を探す」という社会貢献につながることで、ドミグロの自分探し=自分のしたかったことを形にした、というオチでもあろう。


 タクボンは、安定した社会人の代表である。

 タクボンはドミグロや百野のような生き方は、実は自分のやりたいことを探して社会につながる形にしてしまった人間として肯定し直し、対比的に自分を「さすらいそびれた」存在だと描く。そして、それは「多いのかもしれない」と総括する。

 世の中の多くは自分探しというさすらい、つまり自分のしたかったことを探求することをしなかった人生ではないのか、というわけだ。


 そういうオチを聞いたからといって、ぼくは救われた気分になるわけでもなかった。

 自分のしたいことを見つけて形にする、というのは、やはりかなり「みっともない」さすらい・探求・彷徨・試行錯誤をせねばならぬのだなと、改めてそれが修羅の道であることを確認したのである。

 それは、ぼくの気持ちに重いものを残した。

 いいとか、悪いとか、関係なく。

 ただ、読んだ人に重いものを残せるのだから、本作はきっと良い作品である。

2017-06-08 ぼくのPTA退会を促した鋭い一面性 『PTAという国家装置』

岩竹美加子『PTAという国家装置』


こんなに傲慢任意団体があるだろうか?

 最近、PTA問題を特集した読売新聞の記事「PTAは必要ですか」(2017年6月1日付)を読んだ。

 3人の識者がコメントしているが、日本PTA全国協議会・専務理事の高尾展明のそれをしみじみ読む。


交通事故や犯罪の発生など、子どもを取り巻く地域の問題がある。家庭もいろんな家庭があって、お互いに助け合っていく必要がある。そういう条件の中に我々はいる。PTAは任意だ、入退会は自由だと言う前に社会の状況をよく見ていただきたい。

 「地域」という言葉とセットで「交通事故」「犯罪」「家庭の状況」という逆らいがたいテーマが押しつけられる。そして、この有無を言わせぬテーマと任意制が関連づけられるのである。

自由ですといったら、負担のないほうを人間は選んでしまう。その前に、子どもたちの環境がどうなっているのか考える必要がある。

 ぼくの知り合いは地元で「子ども食堂」の運営に参加している。貧困対策の一助になれば、ということで始めた。

 もちろん、任意の団体だ。PTAと同じである。

 しかし、知り合いは「子ども食堂」の運営への参加をこんな言い回しで押しつけたりはしない。

子ども貧困をめぐる状況は大変なんですよ? 参加しないんですか? 参加は任意だ、入退会は自由だと言う前に社会の状況をよく見ていただきたい。『参加する自由があるだろ』だって? 自由ですといったら、負担のないほうを人間は選んでしまう。その前に、子どもたちの環境がどうなっているのか考える必要があるんじゃないですか」

 ぼくが前のエントリーでPTAを退会したことを書いたら、「結局この人はなぜ退会したのかわからない」というリプを書いてくる人がいた。理由はいくつか書くことができる。しかし、任意団体、つまりサークルに入らないことに、いちいち理由など不要なはずだ。

 あなたは、ぼくの知り合いが運営している「子ども食堂」になぜ参加しないんですか? どんな理由ですか? そんなこと、聞くか? 「自由ですといったら、負担のないほうを人間は選んでしまう。その前に、子どもたちの環境がどうなっているのか考える必要がある。」などという、「脅し」で参加させるのだろうか。

 そしてこう書けば、「うわっ、めんどくせえやつ」と思われるかもしれないが、「めんどくせえ」言い回しをしているのは、どう考えてもPTA側(ここでは日P協の高尾)なのである。

ちゃんと説明しているPTAが多いと思います。大半の人がわかってくれると思う。それでもひとり、ふたりは加入しないと言う人もおそらくいるでしょう。それを強制することはできません。その意味では任意です。

 くりかえすが、どんなにその「地域」に貢献しているサークルであっても、説明したら、大半が入るというものではない。それなのに「ひとり、ふたりは加入しない」という扱いなのだ。いわば「変わり者」である。

 「子ども食堂」運営でこんな傲慢な発言をすることは、おそらく許されまい。

「ちゃんと説明している子ども食堂が多いと思います。大半の人がわかってくれると思う。それでもひとり、ふたりは運営に参加しないと言う人もおそらくいるでしょう。それを強制することはできません。その意味では任意です。」


 ふつうの任意団体ではありえない「傲慢」さだと言ってよい。

 どんなに「任意」だと明らかにされようとも、「地域」のため、「子ども」のため、という逆らいがたい言い回しで参加を事実上強制してくる、このPTAの「体質」はどこから生じ来たっているのか。


 あたかもこの高尾の発言を読んでの違和感を解説するかのように書かれているのが、岩竹美加子『PTAという国家装置』(青弓社)である。




奉仕と修養の近代プロジェクト

PTAという国家装置 この本は、“奉仕と修養を通じて、母の国民化を求める近代プロジェクトを完成させようとするもの”だというPTA把握に立つ。

 うむ、むずかしい言い回しだな。

 いいかえると、こうなる(以下は、ぼくによる本書の理解である)。

 何かに「つくす」(奉仕)、そのために自分を「みがく」(修養)、その練習をさせられる場がPTAだ。

 何につくすのか。その中身、ソフトは国家(国、大きなもの)が決める。

 「いや、私は国に言われてPTA活動をしているつもりはない」とあなたはいうかもしれない。

 PTAをふんわりと包み込むような同調圧力のもとでやらせる大きなしかけが「地域」という全体主義的概念だ。「地域みんなで」「地域ぐるみで」という言い方。地域みんなでやっていることの中身は、決して「非」とされない。

 PTAは「民主主義」的な組織だから、異論があればモノが言えるではないか――しかし、自主的・民主的・任意と言われながら、それらはただの形式に過ぎず、実際には、いかに強制的であるか。さらに「前例踏襲」で有無を言わせない力がある。

 任意だと戦後からくり返し強調されながら、事実上「全員参加」がそのたびにいろんな手口で強制されてきた。

 このようにして、国家がやらせたいことを保護者、主に母親に、「やさしく」求め、そのやらせたい中身については異議を唱えさせず、その目的につくさせ、「自分みがき」をさせていく。「母」は、国の思うことを自分の中にとりこんだ「国の民」、つまり「国民」に育て上げられていく――これが著者の言いたい「国家装置としてのPTA」だ。しかも、この「母」を「国の民」として取り込むことは、戦後日本でたまたま起きたことではなく、実はどの国であっても近代国家にありがちなことであり、そういう意味では戦前の続きとして「近代のプロジェクト」を完成させたものがPTAなのだ。

 ――以上が、ぼくが読み取った著者・岩竹の主張のコアである。


「早寝・早起き・朝ごはん」や「通学路の見守り」も…

 そう読んでみて、思い当たるフシがぼくにはある。

 戦前、「母の会」や「学校後援会」は、国につくし、戦争に子どもを送り出す国家プロジェクトの一端を担った。

 戦後の今、各地のPTAで行われていることの一つに、「早寝早起き朝ごはん」の運動がある。これは文部科学省を先頭に旗を振っているキャンペーンで、福岡でもPTAが率先してやっている運動の一つだ。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/asagohan/

http://www.fukuokacity-pta.jp/officer/497/

http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/data/anbi-jirei.pdf

 何を隠そう、ぼくもPTAの広報副委員長として、このキャンペーンにもとづくアンケート結果をPTA広報に書いた(ただDTP作業をしただけだが)。

 「早寝早起き朝ごはん」は「当たり前」の話のように思えるが、これは第一安倍内閣によって改定された新教育基本法の中で新たに家庭教育の責務として盛り込まれた「生活のために必要な習慣を身に付けさせる」(第10条)に対応している。また、いま成立がねらわれている、自民党の「家庭教育支援法案」でも同様の文言が入っている(法案第2条)。

 PTAの会員、つまり普通の親たちは、自分たちが旗を振っている運動が、国家目的の一環として行われていることをあまり知らない。


 PTAがやっている登校時の見守りはどうか。

 これこそ、一人ひとりの親の善意から出てきたもののようにも思える。

 しかし、学校保健安全法の第30条は「地域の関係機関等との連携」として

学校においては、児童生徒等の安全の確保を図るため、児童生徒等の保護者との連携を図るとともに、当該学校が所在する地域の実情に応じて、当該地域を管轄する警察署その他の関係機関、地域の安全を確保するための活動を行う団体その他の関係団体、当該地域の住民その他の関係者との連携を図るよう努めるものとする。

とされ、「学校安全の推進に関する計画」にもとづいて実は推進されているのだ。


 「別に悪いことじゃないし、当たり前のことだろう」とどちらも思うかもしれないが、「地域」という概念を媒介にした「国家意思」の貫徹ではあるのだ。


 「早寝早起き朝ごはん」によって「生活のために必要な習慣を身に付けさせる」ことは、次のように批判することもできる。

人は、基本的生活習慣ということばの合成に成功してからというもの、機械に似てきた。資本の論理の要求する、決められた時間内に決められた量以上の物を、決められたコスト以下でやり遂げるためのシステムの交換可能な部分として、人が、基本的生活習慣という何人も抗し難い名称の統一規格を強要されている。(樋渡直哉『普通の学級でいいじゃないか』地歴社、p.222)

 まあ、ここでは、この命題に反対するか賛成するかはどうでもいい。

 ぼくらが自発的意思のように思っているPTAの活動の中に、さまざまな形で国家意思が貫かれているのだ、ということにまずは注目してほしいのだ。

 

 いずれにせよ、本書の核心は、このPTA把握――“奉仕と修養を通じて、母の国民化を求める近代プロジェクトを完成させようとするもの”ということにつきる。これを仮に「岩竹PTAテーゼ」と呼ぼう。

 この「岩竹PTAテーゼ」の立場から、PTAの現状、および、それを改革しようとする種々の勢力への評価も定まるのである。


コントロールし難い得体の知れない「怪物

 例えば、「PTAには、何かを主催する権利はない」(p.18)とか、連合体の「タテ」の関係と地域組織の「ヨコ」のつながりなど、PTAは全体像が「見えにくい」(p.10)とする主張・例証が本書にはくり返し登場する。

 近代的アソシエーションとしての明確性(「コレ」をやる組織です、というはっきりした目的)がなく、ぬらぬらと動く、得体の知れない、境界線のはっきりしない「怪物」をイメージさせる。

 いったん入り込むと、民主性をつらぬくことは至難で、コントロールできずに取り込まれてしまう……という印象を本書はあたえる。


戦前との連続性――近代のプロジェクト

 あるいは「岩竹PTAテーゼ」の立場から、「連続」論がとりあげられる。

 「連続」論というのは、戦前と戦後は「連続」しているのか、「断絶」しているのか、という議論である。

 左派リベラル派の運動は、この断絶を強調することが少なくない。

 戦争に子どもを送り出した戦前の教育を反省してPTAがつくられ、「かしこい親、自立した公民である親になろうということでできた組織がPTAなんだぜ!」という具合に。

 しかし、岩竹は、本書第3章で、戦前の父母組織などをとりあげて、PTAといかに「似ているか」を明らかにしようとしている。

 つまり、戦後のPTAも、戦前の「母の会」なども、「奉仕と修養」を求めるものであり、それを通じて「母の国民化」を求めるものだというのである。すなわち戦前と戦後はある意味で「連続」しており(ネオ連続論)、それは近代のプロジェクトの連続した過程なのだとする。(したがって、PTA的なものは日本的なものではなく近代国家共通するものだと岩竹は主張する。)

 このくだりを読み、先ほどの「早寝早起き朝ごはん」運動を思い出す。

 この運動のめざすものは間違いなくいいものだということをくり返し講演会などで馴致させられ、改悪された教基法に定められた「生活のために必要な習慣」を「身に付けさせ」られた、すなわち身体にとりこんだ子どもをつくらせる……そうとらえれば、岩竹の指摘はある意味鋭い。


戦後のリベラル左派PTA改革運動への評価

 あるいは、「岩竹PTAテーゼ」を基準として、過去の、そして現在のPTA改革運動への評価も定まる。

 例えば、日本子どもを守る会。

 例えば、全国PTA問題研究会。

 例えば、山住正己。

 例えば、川端裕人、大塚玲子、山本浩資。

 前三者は、左派系のリベラル運動である。これらは「地域」という全体主義的概念を無防備に使っていたり、PTAへの多数参加(できれば全員参加)を是としているがゆえに「ダメ」扱いされている。

 川端・大塚・山本らは前三者と相対的に区別された改革潮流であるが、「楽しいものに改革しよう」的なこれまた無防備な運動と扱われ、全員参加を結局補完し、全体主義概念や国家意思の貫徹に抗する武器を持たないナイーブな存在としてやはり批判されている。


本書の一面性がぼくを動かした

 「岩竹PTAテーゼ」より導かれる実践的な結論は、こうである。

学校の保護者組織は、必要に応じて保護者が作るべきだろう。すでに構築されている国家組織に組み込まれるのではなく、必要な組織があれば柔軟に作っていくべきである。「PTA改革」は、これまで繰り返し言われてきた。しかし、PTAの枠組みの中での改革は、微小なものにとどまって根本的な解決にはならず、結局、現状維持につながる。「子どもの幸せ」や「健全育成」「親睦」などの明確や、加入しないと子どもに不利になるなどの理由をつけて入会を誘い、実際は奉仕と修養を求めるPTAという国家装置につながれたままでいていいかを考え、議論し行動していく必要があると思われる。(本書p.228)


 一面的な結論である。しかし、一面的であるということは、真実の一面を鋭くついているということでもあり、その一面性が、ぼくをしてPTA退会にまで踏みきらせた。その意味で、本書には一面的な主張が持つ、生命力や力強さ、鋭さがある。


 ぼくは町内会長としては「脱退」という方向を取らなかった。

 町内会が任意であることは、PTAよりもかなりはっきりしたものになってきた。ぼくの今住んでいる町の町内会には、入会と退会が明確に規約にうたわれているが、学校のPTA規約には、どんなに食い下がっても盛り込んでもらえなかった。

 町内会への加入率・参加率はみるみる低下している。

 その中で、ぼくが会長をつとめた町内会は地域の連合体から実際に外れることもできたし、シンプル化(ミニマム化)できたし、行政の下請組織化からも自由でいることができた。新自由主義的な行政運営の圧力に抗して、そういう町内会を実際に住民とともにつくることができたのである。

 さらに、公団自治協といって、UR団地の自治会の協議会に加わることで、URという政府系の住宅政策と緊張感を持って対峙する流れにも合流できた。

 つまり、国家装置であることから現実に外れることができたのだ。町内会の場合には。


 他方でPTAはどうだったか。

 年月をかけて役員を務め、信頼を得て、会長職にたどり着き、一歩一歩改革を進める、ということが決してできなかったわけでもないだろう。

 しかし、現実に参加してみて思ったことは、PTAは町内会に比べると、(少なくとも九州では)加入率・参加率が高い。つまり、同調圧力が非常に強い。任意である、という雰囲気が非常に弱いとも言える。

 そして、学校当局=行政の力がすぐそばにある。

 具体的には、いつでも校長や教頭と「相談」し、その同意・承認のもとで動かされることになり、この圧力の強さは、町内会の比ではない。

 町内会の場合は、ふつう行政は連合体をコントロールすることで全体を管理しようとするので、個別町内会までは直接容喙しないのである(もちろん、地域によっては、個別町内会をそのまま下請け的な「行政協力員」「特別職公務員」扱いしている自治体もある)。

 したがって、校長の「拒否」のもとに、「国家装置」であることを外れる改革を行うのは、相当難しいだろう。

 つまり、長期にわたって自分の意に反する活動をPTAで行う恐れが強かったのである。特に、役員としてではなく、「一会員」として改革の同意を全体に取り付けようとするのは、本当に難しいと感じた。

 活動の根本を問う場は、実質的に年1回の総会しかない。しかも学校には日常的に保護者全体に向けて訴える場所もないし、ビラをまく自由もない。全て学校(校長)の承認がいる。敗北は初めから決定づけられていると言っていいほどだ。それでも辛抱強く「同志」を募り、総会で改革をしていくことはあり得るだろうが。


 そうした中で、ぼくは本書に出会った。

 町内会活動において行政側からの新自由主義的な下請け意思、保守的なイデオロギー浸透が企図されているのと同様に、PTAにも国家意思が貫かれようとしていることは確かに警戒すべきことであった。PTAに参加したり、改革に挑むにせよ、そのことに対して無警戒でいることは、あまりにもナイーブだ。

 そのことを気づかせてくれた(明確に再認識させてくれた)ことが本書の最大の収穫であった。

 ゆえに、「退会」が選択肢に入ってきた。

 そして、退会し、特に不利益も感じない*1のを実際に示すことで、「加入しないと子どもに不利になる」という無言(あるいは有言)の圧力を実践的に反論することができるだろうとも思い至った。


本書の不満な点――改革実践への冷たさ

 他方で、本書の不十分な点、不満点を述べる。

 それは何と言っても、PTAを改革し、PTAを通じて子どもたちのために何かをしようとする実践に対して、あまりにも評価が低すぎる点である。

 まず、戦前型の保護者組織からの脱却を試み、子どもの権利の実現のために尽力しようとした戦後のPTA改革の運動への批判が、ひどい。

 「地域」という全体主義概念を使っているから、とか、「全員参加」を結局はめざしているから、とか、そういう点だけでの批判のように思える。

 ぼくは「地域」という概念そのものが問題なのではなく、「地域」の中には進歩的な要求もあれば反動的な要求もあり、それを一つ一つ弁別することが大切だと考える。『どこまでやるか、町内会』(ポプラ新書)で防災・防犯・見守りなどの各分野に分け入り、そこに新自由主義的な意図がどう流れているかを示して警戒を促したのは、そうした努力の一つである。

 また、戦後のPTA改革運動の多くが「全員参加」をめざそうとする点についても、PTAを(教員ではなく)保護者の学校参加・意思反映のテコにしようとする戦後の民主主義改革の流れを引き継いだものであり、それだけをもって批判することはあまりに性急である。

 川端・大塚・山本らの任意制強調のとりくみも、委員制(事業を先に定めてそれに合わせて人狩りをするシステムと言ってもいい)を解体し、本当の意味で任意になれば、「国家装置としてのPTA体制には大きな打撃となる。言い方をかえれば、真に保護者が自発的に参加するPTA(あるいは保護者組織)となりうるのだ。


 根本的・ラジカルな立場から、PTAの問題点をえぐることは、一つのリアルさがある。

 しかし、そのラジカルな視点からのみ、当面の改革に苦闘する取り組みを冷笑することは許されない。

 かつて、左翼運動の中にあった「革命と改良」の関係に似ているのである。

*1:この「不利益」を感じないことについて、「お前が参加していないことを他の人が犠牲になってカバーしているんだ」式の批判をする人がまだいるので、一言言っておくが、PTA任意団体である。任意団体に参加しないことで、その任意団体がしている「社会的に良いこと」をぼくの代わりに犠牲になってやっている、という批判が成り立つだろうか? 「お前は子ども貧困対策である子ども食堂の運営に参加していない。お前が子ども貧困対策への参加をサボっている間に、食堂運営参加者が犠牲になって負担しているのだ」などと批判する人がいたら、どうかしていると思う。

2017-06-01 PTAを退会した話と音楽鑑賞会で100円多く払った話

PTAを退会した話と音楽鑑賞会で100円多く払った話


退会しても別に不利益はこうむりませんよ

 PTAを退会した。

 うちの小学校でただ一人(厳密にいうと、ただ1家庭)のようである。


 公式には(つまりPTA相手には)何の理由も告げていない。

 きっかけとしては、PTAが任意加入であることをきちんとしてほしい、と役員会にお願いして、「入学の際に説明する」まではやってもらえたのだが、「規約に盛り込む」まではやってもらえなかった(総会で提案し否決された)から抜けたのである。*1


 ぼくが求めることを、うちの小学校のPTAは取り合わなかったので、それならやめる、ということだ。

 PTA任意団体に過ぎない、つまり一種のサークルと同じなのだから、契約・合意・交渉が成り立たなかっただけなのである。

 まことにシンプルな話だ。


f:id:kamiyakenkyujo:20170601030055j:image:w360:right ただ、それとあわせて、「抜けたらそんなに不利益なのか」を実際に体験してみたい、というのもあった。

 実際にトラブルに巻き込まれた人の話も聞いているけれども、ネット上で「子どもが人質に取られているから抜けるなんて、そんなに簡単にはできない」という怖さを語る人が少なくないように感じていて、「いや、そこまで恐れなくてもいいんじゃないか」と思っていた。

 あくまでぼくの体験の範囲だろうけど、「抜けてもそんなに不利益はこうむらないと思うよ。PTAをやるのに都合が悪ければ、気軽に抜けてみればどう?」ということを示せればいいなと思う。


 詳しくはまた体験をまとめるつもりでいる。


音楽鑑賞会のお金を100円多く払う

 ところで、一つだけ思ったことをポツリと書く。

 先日、娘(小学4年生)の音楽鑑賞会への参加代を学校から700円求められた。他の人はPTAに入っているので、PTAから補助が100円出るので600円である。ぼくの家はPTAに入っていないので、700円であった。


f:id:kamiyakenkyujo:20170601030349j:image:w360:right まずあらかじめ言っておくと、このような措置自体は、ぼく自身がPTA退会にあたって、PTAとは別に学校側に対して文書で、お願いしていたことである。つまりぼく自身が望んでいたことなのだ


 お願いしていたことというのは、学校の時間や授業時間のうちにPTAの関わるイベントや事業があって、その時、我が家庭だけが知らないで、結果的に子どもが排除されたような形になってしまうことがないように、あらかじめ知らせてほしい、ということだった。


 具体的にいうと最悪のケースというのは、「一人だけPTAを抜けている」という状況のもとで、我が家庭に何の連絡も前触れもなく、「あなたのところはPTAを抜けているので、音楽鑑賞会への補助がないので、音楽鑑賞会に参加できません」というやり方を学校側にされることである。

 もちろん、このケースでそんな馬鹿げた対応はないだろうけども、例えばPTAは卒業式のとき、PTAのお金で卒業生に紅白饅頭を配る。

 他に卒業証書の入れ物などもPTAがお金を出しているようで、どういう細かいところにPTAがお金を出しているのか、わからない。不意打ちのようにそれは、やってくるのだ。

 その時、一人だけ紅白饅頭がない、という状況が(当日突然)出現したらどう思うだろうか。

 ぼく自身がこれをやられても別にアレだけども、娘は子どもであり別人格なので、「自分だけ一人違う」という状況をどう思うかよくわからない。*2

 あらかじめ、「お前のところはPTAに入っていないので、どうする?」と言ってもらえるとこういう不意打ちがなくて助かる。1人だけ要らないのか、別にお金を出して買うのか、もしくは1人だけ「特別な、別のもの」にするのか。


 幸い、退会した際に、校長先生から「紅白饅頭も買えますし、他のことも別途お知らせします」という丁重な電話があった。ありがたい話である*3


 というわけで、ぼく自身はこの追加の100円を「喜んで」払った。

 ここまでの時点で、PTAを退会しても、何の不利益も被っていない

 学校側も、(おそらくPTA側も)かなり慎重に取り扱ってくれている配慮を感じる


PTAから抜けた家庭の子どもを、PTAの事業の対象にしない?

 その上で、書く。

 ここからがこの記事の本題。


 PTAから抜けた家庭の子どもを、PTAの事業の対象にしない……というのはヘンではなかろうか?


 PTAは、親と教師が教育について考える、(有志の)社会教育団体である。

 親と教師が有志でやっていることだから、子どもは関係ないはずだ。互助会共済事業ではないのだから、加入しているから子ども適用範囲になる、加入していないからならない、という理屈立てをするのは、いたく奇妙なことなのだ。

 本来その学校の子どもたち全体がどう健やかに育つのかを考えるのがPTAの建前だというなら、「この子は会費を払っている家のだから、健やかに育つべき。この子の家は会費を払っていないので、排除しよう」という「健全育成」というのは一体なんだろうか。

 この理屈だと、今後学校でやるPTAのフェスティバルとかで、うちの娘が小銭を握りしめて模擬店フランクフルトを買いに行った時、「紙屋さんちの子だよね? 紙屋さんのところは、PTA会員としての労役を負担していないので、みんなは300円だけど、500円負担してね!」となるのだろうか。そんな「面白すぎること」は、まさかないだろうけど。


 なるほど、PTA任意団体である。

 サークルと同じだ、とさっき言った。

 サークルと同じである以上、サークルの自治があり、どんなヘンテコな方針を採用していても、それはそのサークルの権利である。

 さらに、そこに入っていない(退会した)ぼくのような人間がそのサークルの方針の是非を云々すること自体が「越権」と言えば越権なのかもしれない。

 そこはよくわかる。

 なので、これはあくまで、外部から見た、一つの助言だと思ってほしい。



「会員だけの特典サービス」?

f:id:kamiyakenkyujo:20170601030052j:image:w360:right 「いや、この音楽鑑賞会への100円補助というのは、PTA会員への互助的・共済的事業なんだよ」という議論もあるかもしれない。

 つまり、広く子どもたちを健全育成するのではなくて会員だけの特典サービス、というわけである。

 さっき、うちの学校のPTAのフェスティバルで、うちだけ「300円」でなく「500円」というような妄想をしたけど、そんな「面白すぎること」をPTAはやらないだろう。それは、PTAのフェスティバルは「広く子どもたちを健全育成する」目的でやっているからだ。仮に、地域の外からやってきた人や子どもがいても同じ価格、同じ待遇で対応する。

 だとすれば、音楽鑑賞会の問題は、「広く子どもたちを健全育成する」のではなくて、「会員だけの特典サービス」と考えると少しは合点が行く……ように思えるが、さにあらず。

 「会員だけの特典サービス」として100円補助を考えると、ますますワケがわからなくなってしまうのだ。


タコの足としての100円

 というのも、(少なくとも我が校の)PTA補助金をもらっておらず、会費(とごくわずかな事業収入)で成り立っているからだ。つまり、その100円補助の原資は、圧倒的に自分が払った会費なのである。

 自分で払ったお金が、「PTA補助」という体裁をまとって戻ってきている――ただそれだけである。タコの足である。

 全額公費負担が筋であることを前提として、それがかなわない時期は、PTA会費を100円下げて、(PTA会員ではなく)全保護者から100円集めたほうがいいのではないか。


PTAの入退会と子どもの問題は連動させるな

 なぜこの問題を取り上げたのかというと、PTAの入会・退会と連動させて、PTAの事業対象にどの子どもを含めるか・含めないか、という発想をするPTA関係者や保護者が、世の中にはまだまだ非常に多いからである。

 「抜けたんだからサービスが受けられないのは当たり前」という発想は、本来、「すべての子どもに笑顔を」(うちの学校のPTAスローガン)と言っている団体にしては、ヘンテコな発想なのである。偏狭つうか。

 PTA社会教育団体*4である。民間保険とかじゃないんだから。

 むろん、くり返すが、そういう方針をとる自由任意団体であるPTAに、ある。そのことは百も承知である。


 しかし、そうなると(つまりPTAの事業と子どもへの適用を連動させてしまうと)「第二PTA」という考え方は、ヘンな角度から現実味を帯びてきてしまう。つまり自衛策として。

 PTA任意団体であるなら、もう一つ、学校の中にPTAを立ち上げて悪い法はない。「こちらは会費はとりません。輪番の役もありません」という、「もう一つのPTA」が出てきても、全然不思議ではないということだ。

 それだけじゃない。「卒業式には紅白饅頭じゃなくてショートケーキを、希望者に実費で渡します」なんていうのも生まれてくるんじゃないか。馬鹿馬鹿しいけど。

*1:一応言っておくと、前の学校で広報委員を2年、今の学校で成人教育委員といって講演会担当のようなものを1年やった。通算3年。うち副委員長として2年。役員経験はない。

*2:ひょっとしたらすごく喜ぶ可能性もあるけども。

*3:このようなことを書くと、「お前のわがままが教員の業務を増やしている」という批判が出そうだが、そもそも紅白饅頭も、卒業式の入れ物もPTAが拠出することは不要であると考える。また、音楽鑑賞会のようなものは、公の予算から全て拠出すべきだ。学校後援会的なお金の貢ぎ手としてのPTAのあり方は文科省自身が否定してきたし、憲法の義務教育無償化条項や学校教育法第5条「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する」の精神から言えば、そうであろう。たとえ文科省が下記URLのように、現在「授業料以外は無償化ではない」「教材費の一部は自己負担だ」という見解を取っているにせよ。 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/gijiroku/04053101/002/003.htm

*4社会教育団体とは「公の支配に属しない団体で社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とするもの」(社会教育法10条)であり、社会教育とは「主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動」(同法2条)である。つまり、オトナのための教育=勉強団体なのであって、本来、子どもすら関係ねえ。戦前、「アホな保護者」が子どもを戦争に送り出したと考えられたので、戦後「かしこい公民のオトナ」を作ろうとしたのが社会教育の流れだ。PTAもその一環であった。

2017-05-22 社会の側が適応する 『史群アル仙のメンタルチップス』

『史群アル仙のメンタルチップス 不安障害とADHDの歩き方』


史群アル仙のメンタルチップス ~不安障害とADHDの歩き方~ (書籍扱いコミックス) タイトルにある通り、不安障害ADHDを抱えた作者の自伝であり、「メンタルチップス」、つまりメンタルの面でのちょっとした(自分流)対処法である。


 うまく学校や社会になじめず、生活が破綻し、死ぬ直前まで追い詰められる様は『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』の永田カビを思い出す。

 ただ、永田カビの方を読んだときは永田の苦悩の天よりも、性が自分を解放するカギになっていて、「フーゾク」(この場合「レズ風俗」)がその解放の契機となる可能性について驚かされた。そしてそれは説得力があった。


 史群アル仙(しむれ・あるせん)の本書については、もっとまっすぐに、障害をもった自分がどう社会に「適応」するのか、という点が読む者に伝わってくる。


 ぼくが興味を持ったのは、第29話「ADHD、働く」である。

 ADHDと診断されても、「何か変わるワケではありません」(本書p.129)。つまり、そのまま職場がその診断を受け入れて急に寛大になってくれるわけではないのである。

 ただ、史群は、商品を壊して叱られているとき、上司の顔をよく見ると、上司自身が困っている……と気づき、自分も工夫をしてみようと思うのである。

 自分のミスと、弱点をノートに書き出し対策を練る。


 このとき、いくつかのポイント、ステップがあるのだが、その中で自分のことを相手に「カミングアウト」してみる、というステップがある。

 それは「欠陥を受け入れてもらう」のではない、と史群はいう。

「仕事」をするための私の「情報」なのです(本書p.132)

 得意なものを、自分のペースでまかせてもらい、そのとき自分の弱点をカバーする工夫(例えば計算機を持参する)をする……などの相互性だ。


 どうしてぼくがそこに注目するのかといえば、これは単に障害を持った人たちの問題ではないと思うからである。

 誰かが職場で働く、というのは、その「誰か」にカスタマイズして職場が変形するということを含んでいる。職場に合わせて一方的に自分が変わるのではないということだ。


社会への出かた―就職・学び・自分さがし 青年が社会にうまく出ていくことをどう支援するかを書いた、白井利明『社会への出かた』(新日本出版社)には、重度聴覚障害者が自動車運転をともなう職場はムリだとされていた話が出てくる。

 しかし2007年に道路交通法改正され、死角を減らすワイドミラーなどがあれば運転できることになった。適性の内容や条件が変わったのである。

いいかえれば、作業環境を変えると、適性の内容や条件も変わるのである。(白井p.189)

 その職場が自分に合うとか合わないとかは、一方的に労働者側の中にある「適性」の問題にされてしまうことが多い。就職試験に落とされる、ということは、自分にその適性がなかったのだ、と。

 しかし、本当の(あるべき)労働契約というのは、そういうものではないはずだ。

 小さい子どもを抱えているので、働く時間はこういう配慮をしてほしい、とか、こういう障害を抱えているのでこういう仕事ならできる、とか、そういう「交渉」をして、それはOKだとか、それはダメだとか労使で協議する。おたがいに歩み寄るということになるだろう。

 そのとき、職場は「変わる」。変わらねばならない。

 労働者もまた変わる。成長することになる。


 白井の本の中では、重度聴覚障害者の運転の話を聞いて、ある就職活動中の学生が「非常に衝撃的」と告白する。新卒一括採用というシステムの中では、往々にして就職の「当落」は自分の中の「適性」としてだけ処理されるからである。

 もし「交渉」という、本来の労働契約らしいあり方が探れるのであれば、「適性」は変わるはずである。


 そのような相互性が、史群の職場との付き合いの中には含まれている。


 資本が示した労働条件に一方的に従わせるのは、いうなれば「ブラック企業」であるが、そのような労働に対する専制性は、実は「ブラック企業」だけのものではなく、資本の本性でもあるのだが。


 これは労働契約だけの話でもない。

 働き始めてからずっと続く話でもある。職場の民主化の話といってもいい。


 実は、ぼく自身がいま直面していることでもある。

 職場の方は、ぼくの事情を真剣に考えてくれて、カスタマイズしようとしてくれている。それに応えるように、ぼくも工夫をするつもりだ。


 史群がここで試みたいくつかのステップは、まさにぼくの今の課題と重なって、響いた。

 先ほどぼくは、

障害をもった自分がどう社会に「適応」するのか

と書いたが、実は社会の側がどう適応したかを含んでいるのである。