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紙屋研究所


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2016-05-22 子どもが持つ矛盾 『ぼくだけが知っている』

吉野朔実『ぼくだけが知っている』



ぼくだけが知っている〔文庫〕(1) (小学館文庫) 子どもが持つ矛盾についての物語である。

 小学4年生、すなわち10歳になる夏目礼智とそのクラスメイトたちの物語だ。

 「子供の頃から大人だった。」という印象的なモノローグではじまる。

 夏目礼智は、すでに小さな子ども時代から自分の行為の意味するところを知っていた、とおそらく礼智自身が述べるのだ。そして、自覚していたということを本人以外は知らなかったのだという。だから「ぼくだけが知っている」ということなのだ。

 

 「知っていた」とはどういうことだろう。しかも「ぼくだけ」。

 大人になってから振り返ったようにも読める(小学4年生のあの時までは、みたいなセリフ)が、子どものその時点(3歳なら3歳)で「知っていた」ようにも読める。

 言語化できない形で子どもは「知っている」。

 それは言語化できないので外在化されず、「ぼくだけが知っている」のである。

 しかしその「知っている」というのは大人が言語化して知識化・概念化するような意味で「知っている」のではない。大人から見れば矛盾に満ちた形で「知っている」のである。


 最後のテーマである「なぜ死んではいけないか」は、その矛盾に満ちた「知っている」の最大のテーマだ。

 礼智は、同じ学年に自分とそっくりな、しかし中身は礼智よりも(精神年齢が)上そうな枷島十一(かしま・じゅういち)がいることを知り、知り合いになる。まるで自分の鏡を見るかのようなのだ。そして、十一にすっかり魅せられた礼智は、やがて自殺的な遊び・問いに誘われるようになる。

 本作5巻は酒鬼薔薇事件(神戸連続児童殺傷事件)が起きた頃(直後)に書かれている。

 つまり世間が「命の大事さ」「なぜ人を殺してはいけないか」について喧しくなった頃にちょうど書かれている。

 最初からこのテーマで書かれていたわけではなく、子どもが持つ矛盾をテーマにしていたら、それを突き詰めていった先にこの事件がちょうどあったのだろう。


 10歳以上は思春期が始まり自殺が生じる。

http://tmaita77.blogspot.jp/2014/09/blog-post_9.html

 礼智は零・一(れい・いち)ではないのか。十一はそれを知恵をつけた人間、つまり思春期に差し掛かった人間の姿だ。思春期になった「自分」が子どもである自分を浮き立たせる対立的な鏡(?)になっていく。その時に思春期特有の、エッジの効いた、整然としたロジックに引きずられて死んでしまう子どももいる。十一によってまるで誘われるかのように自殺してしまう子どもたちがそれである。

 子どもとしてできる最も合理的な回答は、クラスで最も聡明な委員長、今林慎一郎が言ったように「痛いから」ということだろう。痛いから死なないのだ。

 だけど、十一はそれをロジックで乗り越えてしまう。人はいつか誰もが死ぬではないか、誰もが死ぬのになぜ今怖がるのか。

 そこにはごまかしがある。ごまかしがあるけどもよくわからない。「今自分は死ぬべきである」。あるいは「いつか死ぬことも今死ぬことも同じではないか」。別にこれそのままの言い分でなくても、飛躍したロジックを真に受けて、子どもたちは思春期に死んでしまう。後から思えば、もしくは大人から見れば、その時はよほど深刻でも死ぬほどのことでもないこと、主観的に切迫したロジックによって死んでしまう。もしくは軽々しく誰かを殺してしまう。


 礼智は「死んでもいいこと」をロジックの上では「知っていた」。「知っていた」けど、死にたくなかった。


「明日の自分が何をするのか

ぼくは見たいんだよ」



 未来に希望を持っていることが、理屈ではなく体感としてあるかどうか、自分にも他人にも。そこが殺さない・死なないということの分かれ目になるのだという。

 最終話のタイトルは「ぼくは地球」である。

 この作品の初めの方から、礼智が地球の気象現象と一体であることを表現する話や言葉がたくさん出てくる。それは地球という、この世界全体と自分が一体であるという子どもの主観の特異な表現ではないのか。

 世界と自分が分かれていない。即自態。

 つまり、まだ幼少期のまどろみの中にその人はいるということである。

 「ぼくは地球」とは、「ぼくは子ども」ということなのだ。

 思春期の始まりは、そのまどろみから引き裂かれて、世界と自分が対立したものであることを知ることでもある。自分と他人は違うものだと知るのである。

 陸橋から飛び降りた十一は、怪我を負いながら、礼智に向かって言う。


「関係ない

 これはぼくの痛みであって

 君のじゃない

 そうだろ?」


 十一が拒絶するかのように突きつけたこの言葉は、礼智と十一は同じ人ではなく、他人であることをきっぱりと宣言したものである。すなわち、礼智の子ども時代はここで終わったのである。1巻の冒頭に「少なくとも小学4年生の春までは」とその時代の区切りを述べているのは、このエピソードによって最終的には完結する。「ぼく」はもう「地球」ではないのである。


 子どもが持っていた矛盾は、大人になってから振り返り、それを矛盾として受け止められる。

 だからこの作品は、基本的には大人目線子どもの矛盾を振り返っている。

 しかし、その中に、わざと子どもとして持つ矛盾の感覚をそのまま混ぜている。

 だから、時々遠近感が狂わされる。

 夏目礼智は、礼節や知性も持った大人のようにも見えるし、何も知らない無知な子どものようにも見える。

 そうした矛盾の時代は思春期の到来ともに「終わり」が始まる。大人として整然としたロジックの中に入っていく。



 子どもが持つ矛盾を振り返ることは、そのまま楽しい懐古となる。

 例えば死。

 死を「楽しみたい」というエピソードが出てくる。前に礼智のクラスにいた転校生が遠くの病院で死んでしまい、クラスメイトたちはその死を「実感」するために、さまざまな騒ぎを起こす。呪いだと騒ぎ、祭壇や宗教のようなものを作り上げ、従わない者を罰しようとする。


 死は子どもにとって得体の知れないものだ。

 小学3年生になる娘は、夜中、眠りながらぼくに聞いた。

「おとうさん……死んだらどうなると? 何も無くなると?」

「うん」

「こわい……天国とか、ないと?」

「ないよ」

「生まれ変わりとかは?」

「ないよ」

「……」

 このやりとりを通じて、久々にぼくも子ども時代に死の後に虚無が待っており、そのあとは何もない、暗黒の永遠の時間が続くような気がして心底恐れたことを思い出した。

 大人は身近な人の死をどう迎えるべきか、厳格な形式がすでに決まっている。

 子どもたちが実感できない死に出会ったとき、それを実感すべく、いろんな形で死と格闘する。死を「楽しむ」こともまたその一つなのだ。

 呪いだと言って騒ぎ、祭壇を作り上げ、宗教をこしらえ、同調圧力のもとで死を悼ませ、信仰を強要する。それは一種の「お祭り」であり、楽しみなのだと吉野朔実は主張する。

 本当に現実の子どもたちにそんな場面があるのかどうは別として、ここでは子どもが死にたいして持っている、矛盾した気持ちが、創作的に表現されている。


 吉野朔実が亡くなった。

 このレビューも決してもはや本人には届くことはない。


愛も

呪いも

悲しみも

みんなみんな

生きている人のもの

死んだ人には

届かない

(本作4巻p.177)


という言葉の通りであるが、アップせずにはいられなかった。

2016-05-05 伊藤野枝『無政府の事実』精読

伊藤野枝『無政府の事実』精読



 前のエントリで書いた伊藤野枝であるが、いくつか彼女の書いたものを読む。読みやすくて面白い。被差別部落出身者の運命の悲惨さ、そこに蓄積される(負の)エネルギーを身も蓋もなく描いた小説「火つけ彦七」もよかった。その中の一つで短い論説である「無政府の事実」を読む。


 前のエントリで書いたとおり、「無政府の事実」は、近代国家政府行政などなくても、人々は立派に支えあって生きているではないか、というクロポトキン『相互扶助論』の日本的な展開を書いている。


 そして、ここに上がっているのは、他でもない(現)福岡市の片田舎にあった、今日でいうところの「町内会」が描き出されているのだ。

 町内会が明治・大正期にはどのように相互扶助をしていたかを生き生きと描き出している。

 むろん、これは伊藤が見た「福岡市今宿)の町内会」であり、都合がよすぎる書き換えということもあるかもしれない。必ずしもこれが丸ごと史実というわけではないだろう。それを差し引きながら読むべきなのは、いうまでもない。(強調は引用者。以下全て同じ)



 私共は、無政府主義の理想が、到底実現する事の出来ない、ただの空想だと云う非難を、どの方面からも聞いて来た。 中央政府の手を俟たねば、どんな自治も、完全に果たされるものでないと云う迷信に、皆んながとりつかれている。

 殊に、世間の物識り達よりはずっと聡明な社会主義者中の或る人々でさえも無政府主義の『夢』を嘲笑っている。

 しかし私は、それが決して『夢』ではなく、私共の祖先から今日まで持ち伝えられて来ている村々の、小さな『自治』の中に、其の実現を見る事が出来ると信じていい事実を見出した。

 所謂『文化』の恩沢を充分に受ける事の出来ない地方に、私は、権力も、支配も、命令もない、ただ人々の必要とする相互扶助の精神と、真の自由合意とによる社会生活を見た。

 それは、中央政府の監督の下にある『行政』とはまるで別物で、まだ『行政機関』と云う六ケ〔むづか――引用者注〕しいもののない昔、必要に迫られて起った相互扶助の組織が今日まで、所謂表向きの『行政』とは別々に存続して来たものに相違ない。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 朱書した部分にある「所謂『文化』の恩沢を充分に受ける事の出来ない地方」というのが、伊藤が生まれ育った福岡今宿)のことである。

 伊藤がそこで「人々の必要とする相互扶助の精神」、お互いの支え合いというものを見たと言っているのだが、大事なのはそこに「真の自由合意」を付け加えている点である。

 伊藤にとって、生まれ育った田舎は自分に因習を押し付けてくる不合理な場所であったに違いない。にもかかわらず、そこには「相互扶助」の精神があったのだという。

 古い相互扶助共同体は、一人ひとりが共同体の紐帯から引き離されておらず、自立し独立した人格を持っていないのではないか。にもかかわらず伊藤はそこに「真の自由合意」、つまり、一人ひとりの人格が独立して、押し付けや強制なしに自由な意思でお互いの支え合いをやっていたと考えたのは、伊藤のひいき目であり、フィクションがまざっているようにも思える。



 私は今此処に、私が自分の生まれた村について直接見聞した事実と、それについて考えた事だけを書いて見ようと思う。

 見聞の狭い私は、日本国中の何処にも遍在する事実だと断言する事は出来ない。 が、そう信じても恐らく間違いではあるまいと云う事は信じている。 何故なら、此の事実は、或る一地方のみが持つと云う特異な点を少しももっていない。 万事に不自由な生活を営んでいる田舎の人には、どの地方の何んな境遇に置かれている人にも一様に是非必要な一般的な性質のものだ。 そして悉ゆる人間の生活が、是非そう云う風ではなくてはならぬと云う私共の大事な理想が、其処に確かりと織込まれている。

 私の生まれた村は、福岡市から西に三里、昔、福岡唐津の城下とをつないだ街道に沿うた村で、父の家のある字は、昔、陸路の交通の不便な時代には、一つの港だった。 今はもう昔の繁盛のあとなどは何処にもない一廃村で、住民も半商半農の貧乏な人間ばかりで、死んだような村だ。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 はい来ました。これが福岡市ですねー。福岡市西区海岸線のあたりですね。古い福岡市とは別の「村」ですね。

 「今はもう昔の繁盛のあとなどは何処にもない一廃村」「死んだような村」とあるんですが、うむまあ、見方によっては今もそういうふうに言えなくもない。しかし「一廃村」「死んだような村」とまでは…。東京に憧れていた伊藤からすればまさにこう見えたわけ。

 街道に大型店などがはりつき、にわかに新たな開発が始まっている昨今の方が、よほど往時のにぎわいに近いものがあるのかもしれない。つまり、伊藤の時代が、さびれかたとしては最悪の頃だったというわけ。



 此の字〔あざ――引用者注〕は、俗に『松原』と呼ばれていて、戸数はざっと六七十位。 大体街道に沿うて並んでいる。 此の六七十位の家が六つの小さな『組合』に分かれている。 そして此の六つの『組合』は必要に応じて連合する。 即ち、一つの字は六つの『組合』の一致『連合』である。

 しかし、此の『連合』はふだんは解体している。 村人の本当に直接必要なのは、何時も『組合』である。 『組合』は細長い町の両側を端に順から十二三軒から十四五軒づつに区切って行ったもので、もう余程の昔からの決めのままらしい。 これも、連合とおなじく、用のない時には、何時も解体している。 型にはまった規約もなければ、役員もない。 組合を形づくる精神は遠い祖先からの『不自由を助け合う』と云う事のみだ。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 「字」はまあ、今でいうところの町内会ほどの単位である。今はよく「1丁目」くらいの単位で町内会をつくっているけども、そんな感じである。ただし、人口の密度が違うから面積でいえば、例えば「本町1丁目」でなく「本町」全体(1〜4丁目すべて)くらいを合わせたものが「字」になるだろう。

 「組合」は、今でいえば町内会の「班」とか「組」に相当する。十数世帯で一まとまりをつくる。

 そして、普段は町内会(字)ではなく、現代の「班」「組」に相当するこの小グループ=「組合」が相互扶助の機関として機能する。

 ぼくの田舎でも、人が死んで葬式などを取り仕切るのは、だいたい集落の十数世帯であった。まさにここで伊藤がいう「組合」の規模である。


 中川剛は『町内会』(中公新書)の中で適正規模のコミュニティについてアリストテレスを引いて「一目でよく見渡し得る数の範囲内」ということを挙げている。

コミュニティが実効性を有する要件として、「一目でよく見渡し得る数の範囲内」という具体性が示された。情報交流の面からも、管理の面からも、妥当なところであろう。(中川p.100)

 ぼくも拙著『“町内会”は義務ですか?』の中で中川の議論にも触れつつ、「町内会、できれば班から考えよう」という節を立てたが、それはまさにこの中川の見地からである。

 そして、伊藤が実例として、生き生きとその活躍を紹介するのも、この十数世帯規模=「組合」のレベルなのである。


 ぼくが素晴らしいと思うのは、「用のない時には、何時も解体している」という点である。必要において組織が起動するのであって、ふだんは眠っているのである。

 つまり必要性とまっすぐに結びついているのだ。

 現代ではPTAでも町内会でも、初めは意味や意義のあったイベントや組織が、さしたる理由もなく続けられ、もう何のためにやっているのかよくわからなくなっているのに、続けられている例がたくさんある。

 前回のエントリに対する中学校教師の方のコメントがあるが、まさにそれである。


特に伝統の長い小学校や中学校のPTAを見ていると、なぜこのような活動がずっと続いているのかななどと、中にいる教員でも思うことがあります。前年度踏襲を基本として、その活動の意味を問いかける場が設定されない、もしくは忙しいので惰性で回っているように思います。

http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20160502/1462200460#c

 大塚玲子が『PTAをけっこうラクにたのしくする本』(太郎次郎社エデュカス)の中で「『いまの姿』をアタマから追いだし、本来の目的がなんだったかを話しあってみましょう」(p.28)とあるのも、これである。


 「型にはまった規約もなければ、役員もない」というくだりは、前近代の悪夢のように一見思える。

 しかし、本来十数世帯で運営される組織であれば、そのようなものがいらないことはすぐわかるだろう。職場の飲み会の仕切りをやるときに、役員だの規約だのがないのと同じである。

 ぼくも『“町内会”は義務ですか?』で書いたが、規約などを設けずに素でいろいろ率直におしゃべりする方が、よほど民主的な場合がある。


 役員を作り、規約を作り、恒常的に組織を維持することによって、日常的な(無駄な)仕事を作ってしまう面がある。

 やはり前回のエントリのコメントで、

広報紙作成も,こんなもん作って誰得よ?他にも各学級や委員会PTAからもまめにプリント配ってるからいいじゃんと疑問を素直に口にだしましたら,学校だってやりたくてやってるわけじゃないの,上の団体が作れって言ってるから作ってるの,だそうで。

http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20160502/1462200460#c

とあるのは、まさにそれ。ぼくもPTAの広報委員をやって、時間をかけた「いい広報」をつくるのを熱心にやった。それはそれで学校のことが知れて意義がなかったとは言わないけど、本当にそんな手間暇かけて広報を作る必要があるのかは疑問だった。今引っ越してきて入った小学校のPTA広報はなおさらで、ただの学校行事紹介である。これなら学校の先生が作ればいいし(というか、学校後援会であることを否定しているのがPTAなのだからそういう学校の下請みたいなことをやってはいかんのである)、WEBにアップしてパスワードとか配って見られるようにしたらいいんじゃないかと思う。*1


 ぼくは、今の町内会とPTAの組織の「ムダ」仕事の多さ、負担の大きさの根源は、行政の下請化という点が大きいと思うのだが、それを差し引いても、役員や規約のようなもので組織を維持することによって独自にムダ仕事を生んでいる面も否定できないと感じる。


 そもそもPTAや町内会は現代では数百世帯、多いところは1000を超える世帯が相手になっている(現代の町内会の平均規模は250世帯くらいである)。「顔の見えない範囲」を相手にするようになれば、規約や役員はどうしても必要になる。

 しかし、これは本来の「コミュニティ」ではもはやないのである。



 組合のどの家も太平無事の時には、組合には何の仕事もない。 しかし一軒に何か事が起れば、直ぐに組合の仕事がはじまる。

 家数が少ないのと、ふだん家と家が接近し合っているのとで、どの家にか異なった事があれば直ぐに組合中に知れ渡る。 知れれば、皆んな直ぐに仕事を半ばにしてでも、其の家に駆けつける。 或は駆けつける前に一応何か話し合う必要があるとすれば直ぐ集まって相談する。

 相談の場所も、何処かの家の門口や土間に突っ立って済ます事もあれば、誰かの働いている畑の傍ですます事もあり、或はどの家かの座敷に落つく場合もある。

 人が集まりさえすれば、直ぐに相談にかかる。 此の相談の場合には、余程の六かしい事でなくては黙って手を組んでいる者はない。 みんな、自分の知っている事と、考えとを正直に云う。 人が他の意見に賛成するにも、その理由をはっきりさせると云う風だ。 少し六ケしい場所に出ては到底満足に口のきけないような人々でも、組合の相談には相当に意見を述べる。 其処には、他人のおもわくをはかって、自分の意見に対して臆病にならねばならぬような不安な空気が全くないのである。

 事実、組合の中では村長だろうが其の日稼ぎの人夫であろうが、何の差別もない。 村長だからと云って何の特別な働きも出来ないし、日傭取りだからと云って組合員としての仕事に欠ける処はない。 威張ることもなければ卑下する事もない。 年長者や、家柄と云うものも田舎の慣らわしで尊敬されるが、感心に組合の仕事の相談の邪魔になるような事はない。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 この部分では、「組合」が課題解決を行う際に、意思決定がどのように民主的に行われるかが書いてある。

 PTA総会にありがちな、シャンシャン大会、決まりきったプログラムを何の意見もなく進んでいく形式主義は、ここには微塵もない。

 異論を述べたらどうなるか。ぼくがPTA総会で味わったような、全く予定外の、凍りつくような対応もここにはない(ちなみにぼくが動議提案をしたPTA総会の閉会あいさつの折に、役員から「5時に終わる予定だったのが5時15分になってしまいました。申し訳ありません」と全体に向かって「謝罪」があった。簡単な意見を述べ、討論をすることすら予定されていないのである)。

 自由に意見が述べられる。

 これは、ぼくが体験した新しい団地自治会の雰囲気によく似ている。ボランティアで集まった世話人たちはめいめいに自由な意見を言い合う。そうやって夏祭りが決まる。必要な打ち合わせの日だけを決め、必要なことを言い合う。定められたプログラムだの、定期的な会議だのはない。必要な人が発議し、意見を言うのである。


 「少し六ケしい場所に出ては到底満足に口のきけないような人々」とは、たとえば改まった、それこそ数百人の「総会」のような場ではとても意見が言えないようなおっちゃん・おばちゃんでも、誰かの家の軒先に集まって相談するようなものには「いや、それはそうじゃないよ」と異論を言える自由な空気があるというわけだ。



 相談の最後の結論は誰がつけるか? それも皆んなできめる。 大抵の相談は具体的な、誰の目にも明かな事実に基く事であって、それに対する皆んなの知識と意見が残りなく其処に提出されれば、結論はひとりでに出来上る。 誰がつくり上げるまでもない、誰に暗示されるまでもない。

 大抵の事なら直ぐに相談がきまる。 しかし、どうかして、意見がマチマチになってどうしても一致しない事がある。

 例えば、組合員の家族が内輪喧嘩をする。 其の折り合いをつける為めに組合のものが皆んなで話しあう、と云う場合などは、家族の幾人もの人達に対する幾人もの観方がそれぞれ違っていて、それに対する考え方も複雑で、容易にどれが真に近いかが分からなくような事がある。

 そんな時には、皆んなは幾晩でも、熱心に集まって話し合う。 幾つもの考えを参酌折衷して纏めるにも、出来るだけ、皆んなが正しいと思う標準から離れないように努める。

 もし又、此の相談の席上で、皆んなに納得の出来ないような理屈を云ったりそれを押し通そうとしたりするものがあれば、皆んなは納得の出来るように問い糺す。 そして、何うしても納得が出来ず、それが正しい道でも方法でもないと分れば、皆んなは正面から其人間をたしなめる。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 ここは、異論が出た時の決着のつけ方についてである。

 有力者が一決してしまうようなことはない。

 あるいは明示されていないが、多数決で押し切ってしまうこともないことはこの文章からは分かる。

 つまり、一つの意見に対しては、気の済むまで尋問がくりかえされ、それが不合理なものなら、どんどん遠慮なく暴かれていくというわけである。

 そのことによって、どの案が望ましいかが、だいたい参加者の胸におちるのである。

 団地の夏祭りでぼくが「財政がいますごくゆとりがあります。いちいち団地住民から100円、200円取り立てて買わせるのもどうでしょう。もういっそ、タダにしたらどうでしょうか。それでもたぶん財政は増え続ける一方ですよ」とぼくが新自治会で提案したことがある。最初はそれに決まりかけたのだが、役員でもない年配者が、

「いや、やっぱりぜんぶタダっていうのはムリがあるよ、紙屋さん。独り占めしちゃうやつとかいるよ」

「そうですか? じゃあ、その場で『独り占めはダメですよ』って言えばいいのでは」

 そうすると、他の人からも異論が出て、結局タダにする案はお蔵入りとなったのである。

 ぼくが味わったPTA総会で、半分以上の人が態度を決めかねているのに、強引に多数決で決めてしまうこともないのである。



 或る家に病人が出る。 直ぐに組合中に知れる。皆んなは急いで、其の家に馳けつける。 そして医者を呼びに行くとか、近親の家々へ知らせにゆくとか、其の他の使い走り、看病の手伝いなど親切に働く。 病人が少し悪いとなれば、二三人づつは代り合って毎晩徹夜をしてついている。 それが一週間続いても十日続いても熱心につとめる。

 人が死んだと云う場合でも、方々への知らせや(これは以前には十里もある処へでも出掛けて行ったのだそうだ。)其の他の使い走りは勿論の事、墓穴を掘ること、棺を担ぐ事、葬式の必要な道具をつくる事、多勢の食事の世話、其の他何から何まで組合で処理する。

 子供が生れると云う場合には組合の女連が集る。 産婦が起きるようになるまで、一切の世話を組合の女達が引きうける。

 其の他、何んでも人手が必要だと云う場合には何時でも文句なしに組合で引き受けてくれる。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 ここは、組合の課題解決がどのように行われるかが具体的に描写されている。医療・葬儀・出産という3つの行為が描かれているが、ここに出てくる専門家は「医者」だけである。産婆さえいない。


 このようなサービスは、現代では、公的医療機関公的な保険で支えられている、という意味で)が担うか、サービスを企業体から買うか、どちらかによって得られる。

つまり社会保障の発達と、科学技術の発達、そして労働者側の購買力の向上は旧来の組合=町内会の仕事を奪った、というか、取って代わったのである。


 前にも書いたかもしれないが、かつて防災は、共同体にとって死活の仕事であった。例えば1軒から火事が出る。性能のよいポンプのない時代、そして消防車なんて来ない時代には、延焼しないようにすることが「防災」なのである。よって、火を水で消すことではなく、延焼させないために周りの家を壊す。壊して空き地を作ることで防火ゾーンを生み出し、火が来ないようにするのである。


 消火能力にはさしたる向上は見られなかったものの、延焼阻止を目的とした都市防災対策には高度な方策が講じられている。当時の消火は、出火地点周辺の家々を破壊し延焼を阻止する、いわゆる破壊消防が専ら用いられ、これは江戸時代を通じて一貫していた。(消防防災博物館HPより)

http://www.bousaihaku.com/cgi-bin/hp/index.cgi?ac1=R101&ac2=R10102&ac3=1108&Page=hpd_view

 もちろん、それ以外も、小さな火の段階で水で消せるようにした。

 こうした仕事をするためには、共同体の力は不可欠だった。「共助」どころではない。

 それが科学技術の発達と行政サービスの向上により、消防車が駆けつけて火を消してくれるようになった。もちろん、消防車が来るまでに火を消すことは大事だけども、そこであまり町内会をアテにするということもない。



 組合の中の家でも、勿論皆んなから好かれる家ばかりはない。 何かの理由から好く思われない家が必ず二軒や三軒はある。

 そんな家の手伝いをする場合には、皆んなお互いに陰口もささやき合えば不平も云う。 が、しかし手伝っている仕事を其の為に粗末にすると云うような事は決してない。 其の家に対して持つ各々の感情と、組合としてしなければならぬ事とは、ちゃんと別のものにする。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 ここにはちょっと微妙な問題がある。

 いけ好かない奴はどう扱われるか、ということだ。

 陰口は言われるけども、必要な公共サービスは相互扶助としてちゃんと与えられますよ、というわけである。

 現代ではどうか。

 例えば自治体や国がある行政サービスには、こういう陰口だの不平だのは言われることはない。絶対に言ってはいけない。企業のサービスをカネで買う場合も同じである。

 PTAや町内会などの「サービス」はどうかすると、例えば脱退をしていないとしても、「義務を果たしていないから」などと言われて、受けられないような場合もある。


 組合の事務、と云うようなものはないも同然だが、ただ皆んなで金を扱ったと云う場合に其の出入りは、皆んなで綺麗に其の時、其の折にキマリをつける。

 組合員は時々懇親会をする。 それは大抵何処か一軒の家に集まって午餐の御馳走を食べたり飲んだりする会で、米何合、金幾可ときめて持ち寄る。

 一年に一度は、この会食が二三日或は四五日も続く風習がある。 そんな時の後始末は可なり面倒そうに思われるが、実際には割合に故障なく果たされる。 集めた丈けの金で足りなければで皆んなで出し合う。 あまればみんな其の場で使ってしまうか、何かの必要があるまで誰かが預って置く事になる。

 酒飲み連がうんと酒を飲んだ、そして割合に酒代がかさんで、予定の金では足りない場合がよくある。 そんな時には、飲む者は飲まない者に気の毒だと云うので其の不足分を自分達だけで出そうと云う。 しかし、そんな事は決して取りあげられない。 飲む者は、御馳走を食べない。 飲まない者は盛んに食べる。 それでいいぢゃないかと云うので結局足りない金はみんなで当分に出す。

 他家の葬式、病人、出産、婚礼、何んでも組合で手伝った場合には大抵の買い物は組合の顔で借りて済ます。 其処で、何時でも手伝いの後では計算がはじまる。 この計算には皆んな組合中の者が集まる。 そして一銭の金にも間違いがないように念入りに調べる。 それで、いよいよ間違いがないと決まれば、はじめて其の調べを家の人に報告する。 それで、組合の仕事は終わったのだ。 こうして何があっても其の度びに、事務らしい事は関係者総てが処理する

 たまに、何か連続的にやらなければならぬような仕事があっても、大抵一番最初に相談する際に、順番をきめて置くから、何んの不都合もない。

 此の皆んなが組合に対して持つ責任は、決しておしつけられて持つ不精不性のものではない。 自分の番が来てすべき事、と決まった事を怠っては、大勢の人にすまないと云う良心に従って動いている。 だから、何の命令も監督も要らない

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 ここでは、会計実務を中心に仕事がどう始まり、終わるのかが描かれている。

 つまり、必要ごとに人が集まり、会計が発生し、終わるのである。

 職場の飲み会のようなものである。

 ぼくの理想は、PTAや町内会における仕事の引き受け、役(幹事)の負担を「職場の飲み会」的負担にまで下げることである。

 「何の命令も監督も要らない」のは、必要が明確であり、事業ごとに集まってパッと解散するからであろう。

 PTAや町内会のような「会計監査」さえ不要なのだ。

 会計監査は、世帯数が多くなって、扱う金額が多くなったために必要が生じた。そこに輪番制が加わり、いつでも信頼できる人にまかされるものではなくなってきたからだろう。さらに言えば、行政のつくった「自治会マニュアル」のようなパンフレットには必ず総会や規約の整備、そして会計のしっかりした報告を求めている。そりゃ、そこに補助金をつぎ込むんだから明朗会計にしてもらわんと困るわなあと思う。

 しかし、「職場の飲み会」には会計監査はない。

 「あいつがやってくれるんだから文句は言うまい」と誰もが思っているのだ。そしてたいがいは、飲み会のその場で簡単な原則がみんなの前で決まる。

「はい、飲んでない人は3000円でいいよ」

「遅れてきたAさんとBさんは2000円でいいでーす」

みたいな。


 ちなみに、この一節にはいわゆる輪番制についても書かれている。


 此の皆んなが組合に対して持つ責任は、決しておしつけられて持つ不精不性のものではない。 自分の番が来てすべき事、と決まった事を怠っては、大勢の人にすまないと云う良心に従って動いている。

 これはつまり、必要性が明確になっているからであろう。

 逆に言えば必要性が明確でない輪番ほど、「おしつけられて持つ不精不性のもの」にならざるをえない。

 PTAや町内会はまさにこれである。

 「そんな…。防災や防犯は必要性が明確だろ?」と思うかもしれないが、これはまさにこの間ぼくがくり返し書いてきたように、本当に現代で防災や防犯が必要になっているのか、という問題でもある。

 地震や水害が起きた時に、実際には機能しない(しなかった)町内会の防災のしくみ。町内会の見回りとは無関係に減っていく犯罪件数

 そういうもとで本当に住民一人ひとりが納得されるほどの必要性が説明されているだろうか。

 「うちは企業にセキュリティシステムを頼んでいます」「町内のつながりは防犯パトロールじゃなくて夏祭りと草取りだけでいいと思います」「地震の時に助けてくれるのは隣近所だと思うけど、隣近所の付き合いはしていくのでわざわざ高い会費を出して町内会に入る必要はないと思います」――こうした論理に本当に対抗するだけの説得性があるのかどうか。

 そこを乗り越えて説得できるほどの必要性をみんなが感じた時、はじめて町内会の加入と輪番制は機能するのではないか。

 火の番、神社の清掃、修繕、お祭と云うような、一つの字を通じての仕事の相談は、六つの組合が一緒になってする。 此の場合には、どの組合からも都合のいい二三人の人を出して相談する。 相談がきまれば、組合の人達にその相談の内容をしらせ、自分達だけできまらない事は組合の皆んなの人の意見を聞いて、又集まったりもする。

 相談が決まって、いよいよ仕事にかかる時には、組合の隔てはすっかり取り除かれる。 小さな組合は解体して連合が一つの組合になってしまう。 連合の単位は組合ではなく、やはり一軒づつの家だ。

 みんなで代りあって火の番をしよう、と云う議が持ち上がる。 一つ一つの組合でするもつまらないから字全体でやろうと云う相談がきまる。 すると直ぐ、各組合の代表者たちが、大凡そ何時から何時まで位の見当でやろうと云う事を決める。 毎晩何軒づつかで組んで、何回まわるか、北側から先にするか、南側から初めるか、西の端からか、東の端からか、と云うような具体的な事をきめる。 若し、北側の西の端から三軒づつ毎晩三回と云う事にでもきまれば幾日と云う最初の晩に、その三軒の家からは誰かが出て村中を太鼓を叩いたり、拍子木を打ったりして火の番をする。

 翌日になると、其の太鼓や拍子木や提灯が次の三軒のどの家かに渡される。 そしてだんだんに、順を逐うて予めきめられた通りに間違いなく果たされる。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 組合が連合して一つの仕事をするときの話が書かれている。

 現代でいえば、さしずめ、PTA連合とか自治会連合会のようなものであろう。

 ここでも、必要性に応じてのみ、連合体は機能する。

 仕事が終われば「解体」してしまい、組織としては眠り込んでしまうのであろう。

 多くの場合、現代ではここからまさに仕事は降ってくる。

 連合体が持ち込む、必要がどうかわからない仕事が、個別の単位の町内会やらPTAやらに押し付けられるのである。行政はその連合体に仕事を持ち込むことで「自治」「任意」の名前で個別組織に仕事を押し付けることができる。

 神社の修繕費などは、なかなか急には集まらない。 其処で皆んなで相談して貯金をする。 一つの箱をつくって、字全体の戸主の名を書いた帳面と一緒に、毎日一戸から三銭とか五銭とか云うきめた金高を入れる為にまわされる。 これも毎日間違いなく隣から隣へとまわって行く。

 学校へ通うのに道が悪くて子供達が難儀する。 母親達がこぼし合う。 すると、直ぐに、誰かの発議で、暇を持っている人達が一日か二日がかりで、道を平らにして仕舞う。

 一つの字でそれをやれば他の字でも又、お互いに誰が通るときまった道でもないのに、彼処の人達にだけ手をかけさせては済まないと云うので、各自に手近な処を直す。 期せずして、みんな道が平らになってしまう。

 斯うしてすべての事が実によく運んでいる。 大抵の事は組合でする。 他との協力が要る場合には組合の形式は、撤回されて字全体で一つになる。

 此の組合や字の自治に就いて観ていると、村役場は一体何をしているのだろう? と不思議に思われる程、此の自治と行政とは別物になっている。 組合や字の何かの相談には熱心に注意をする人達も、村会議員が誰であろうと、村会で何が相談されていようと、大部分の人は全く無関心だ。

 役場は、税金の事や、戸籍の事、徴兵、学校の事などの仕事をしている処、と云うのが大抵の人の役場に対する考え方だ。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 この箇所には、行政がいかに村人の日常の扶助にとっては不要なものかということが書かれている。

 この箇所は、現代のぼくらから見て少し違和感のあるところではないか。

 というのは、行政は、例えば年金、例えば介護、例えば医療(保険)、例えば児童扶養手当の支給……などにかかわっている。

 この違いは明瞭だ。

 この文章が書かれた20世紀の初頭の日本では、資本主義国家はまだ夜警国家に近いものがあり、労働運動の発展によって、国家が社会保障を担うような機能はまだほとんど備わっていなかったということでもある。

 つまり、伊藤野枝が主張した「無政府の事実」のうち、かなりの部分は、社会保障によって公が担うようになった。また、ここでいう「神社の修繕費」は、公民館の修繕費に相当する。そうしたお金は、公的な予算から支出されるようになった(貧弱かどうかは別にして)。

 さらに、先ほども述べたように、企業サービスを買うことで肩代わりするような部分が大きく広がった。それは、伊藤の時代に比べて、労働者購買力が大きくなったせいでもある。

 行政が常にやっかいなものを押し付けたり、税金を「搾取」しにくるだけの存在だった伊藤の時代と現代が大きく変わった点である。町内会の「共助」、無政府の事実は、そうした環境の違いをもとに論じられなければならない。

 村の駐在所巡査も、組合のお陰で無用に近い観がある。

 人間同志の喧嘩でも、家同志の不和でも、大抵は組合でおさめてしまう。 泥棒がつかまっても、それが土地の人間である場合は勿論、他所の者でも、成るべく警察には秘密にする。

 最近に斯う云う事があった。 或る家の夫婦が盗みをした。 度々の事なので大凡の見当をつけていた被害者に、のっぴきならぬ証拠をおさえられた。

 盗まれた家では此の夫婦を呼びつけて叱責した。 盗んだ方も盗まれた方も一つ組合だったので、早速組合の人も馳けつけた。 彼方でも此方でも、此の夫婦には余程前から暗黙の中に警戒していたので、皆んなから散々油を絞られた。

 しかし、兎に角、以後決してこんな事はしないからとあやまるので、被害者の主人も許す事になった。 組合では再びこんな事があれば組合から仲間はづれにすると云う決議をして、落着した。

 此の事件に対する大抵の人の考えは斯うであった。 『盗みをすると云うことはもとよりよくない。 しかし、彼等を監獄へやった処でどうなろう。 彼等にだって子供もあるし、親類もある。 そんな人達の迷惑も考えてやらねばならぬ。 彼等も恥を知って居れば、組合の人達の前であやまるだけで充分恥じる訳だ。 そして此の土地で暮らそうと云う気がある以上は、組合から仲間はづれになるような事はもう仕出かさないだろう。 そして、みんなは又、彼等にそんな悪い癖があるならば、用心して機会を与えない様にする事だ。 それでうまく彼等は救われるだろう。』と云うのだった。

 実際彼等は慎んでいるように見える。 警戒はされているが、彼等に恥を与えるような露骨な事を決してしない。 其処は又、田舎の人の正直なおもいやりがうまくそれを覆っている。

 此の話は、字中の者の耳には確かにはいっている。 が、巡査の手には決してはいらないように充分に注意されている。 どんなに不断巡査と親しくしていても、他人の上に罪が来るような事柄は決してしゃべらない。 若し、そんなおしゃべりをする人間があれば、忽ち村中の人から警戒される。

 斯ういう事も、ずっと遠い昔から、他人の不幸をつくり出す事ばかりねらっているような役人に対して、村の平和を出来るだけ保護しようとする、真の自治的精神から来た訓練のお蔭だと云っても、間違いはあるまいと私は信じている。

 組合の最後の懲罰方法の仲間はづれと云う事は、その土地から逐われる結果に立ち到るのである。

 一つの組合から仲間はづれにされたからと云って、他の組合にはいると云う事は決して出来ない。

 組合から仲間はづれにされると云うのは、よくよくの事だ。 事の次第は直ぐに其処ら中に知れ渡る。 此の最後の制裁を受けたとなれば、もう誰も相手にしない。 結局は土地を離れて何処かへ出掛けるより外はない。

 が、みんなは此の最後の制裁を非常に重く考えている。 だから余程の許しがたい事がない以上は、それを他人の上に加えようとはしない。 私の見聞の範囲の私の村では、此の制裁を受けた家の話を聞かない。 その位だから、若し此度何々したら、と云う条件付で持ち出されるだけでも非常に重大だ。 従って効目は著しい。


 ここは、いわゆる「暴力装置」である警察権力が必要なのかどうなのか、という問題を論じている箇所である。

 だいたいは自治的に解決できるでしょ、というのが伊藤の主張である。

 この場合、例えば現代では、学校という空間がわかりやすいかもしれない。例えば次の記事を見てほしい。


女性高校教諭が男子生徒とわいせつ行為 警官の職務質問で発覚

 兵庫県教育委員会は26日、教え子の男子生徒とわいせつな行為をしたとして、県立高校の30代女性教諭を懲戒免職とするなど、3件の処分を発表した。

 県教委によると、女性教諭は男子生徒から学校での悩みなどを聞くようになり恋愛感情を持ち、昨年10月以降、放課後に自家用車内でキスをしたり、互いの体を触ったりした。

 教諭は今年3月、「2人で会うのはよくない」と伝えようと生徒と会ったが、再びわいせつ行為に及び、巡回中の警察官に職務質問されて発覚した。県警から青少年愛護条例違反容疑で事情を聴かれた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160426-00000004-kobenext-l28

 この場合、「青少年愛護条例違反容疑」で警察が介入する。

 伊藤がもし現代に生きてこの事件を見ることがあったなら、学校の中で自治的に解決すべき問題だとしたのではないか。教育という自由な営為が法令によって縛られすぎ、なんでもかんでも警察を介入させていると。

 だが、かつて体罰や暴力、性被害などが隠蔽された空間であった学校が厳しく律されることを喜ぶ向きもある。そしてぼくもそれは当然だろうと思う。

 そうであるとすれば、伊藤がここで無政府の事実を主張したいあまり、警察の否定、自治の称揚をしているのは、いささかやりすぎであろう。



 実際田舎の生活では、組合に見放されてはどうする事も出来ない。 組合の保証がありさえすれば、死にかかった病人を抱えて一文の金もない、或は死人を抱えて一文の金もない、と云う場合でも少しも困る事はない。 当座を切り抜けるのは勿論の事、後の後まで心配して事情を参酌して始末をしてくれる。

 組合の助けを借りる事の必要は、殆ど絶対のものだ。 殊に、貧乏なものにとっては猶更の事だ。 貧乏人は金持ちよりはどんな場合でも遥かに多くの不自由を持っている。 その大から小までの悉ゆる不自由が、組合の手で大抵は何んとかなる。

 私はこれまで、村の人達の村でのつまらない生活に対する執着を、どうしても理解する事が出来なかった。 一たん決心して村を離れた者も大抵は又帰って来る。 都会に出て一かどの商売人になる事を覚えた青年達までが、何んにもする事のない村に帰って来て、貧乏な活気のない生活に執着しているのを不思議に思った。

 けれども、此の村の組合と云うものに眼を向けた時に、私は初めて解った。 村の生活に馴れたものには、他郷の、殊に都会の冷ややかな生活には、とても堪え得られないのだ。 成功の望みはなくとも、貧乏でも、此の組合の力で助け合って行く所の暖かい生活の方が、はるかに彼等には住み心地がいいのであろう。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 かつて伊藤は自分の自由を縛る村落共同体批判した。

 しかし、大人になって相互扶助観点からそれを見直した時、その必要性を捉え直すことができた。


 今、PTAや町内会が「嫌われる」のは、まさにそれがやりたくもない仕事を押し付けられ、個人の自由をしばるからである。

 そこで反発するのは、まるで若い頃の伊藤のようである。

 「それは若気のいたりだ。だから相互扶助の必要性を感じて戻ってくるべきだ」とPTAや町内会の役員の人たちは言うかもしれない。

 しかし、その時に現代のPTAや町内会の役員たちがしなければならないことは、伊藤がそこで「無政府の事実」に目覚めたような、PTAや町内会の現代的な必要性、それがなければどうしても成り立たないような理由をきちんと現代の無数の伊藤野枝たちに説明することである。

 そして、そのような必要性はほとんど説きえないだろうというのがぼくの予想である。せいぜい1つか2つくらいの事業の理由ではないのか。そのように説明できる事業だけを残して、町内会とPTAは大幅にリストラされるべきなのである。


 くり返すが、伊藤が「無政府の事実」として見た相互扶助の多くは、20世紀に入って独占資本主義から国家独占資本主義、つまり修正資本主義福祉国家が誕生することによって、社会保障などが大幅に改善され、行政=公助の中に取り込まれることになった。

 あるいは、市場経済や科学技術が発達して、さまざまな需要を探り当てて労働者に必要なサービスを掘り起こす努力が進んだことと、そのサービスを労働者が買えるようになったことによって、解決したものも多い。

 例えば、洗濯機は昔よりもずっと安い値段で提供され、それを使えば家事労働の時間は一定短縮されることができるようになった。

 こうした結果、かつての相互扶助は、行政と企業サービスにとってかわられた。

 相互扶助が本当に必要な分野は狭まり、対象が選定されている。

 たとえば無料塾。

 学校の授業という公的サービスがありながら、それについていけない子どもが生まれた場合、お金のある家庭ならそれを塾・家庭教師という形で購買する。しかしお金がない家庭は、それが買えない。

 そこで勉強がついていけない、なおかつお金のない家庭に絞り込んで「無料塾」という相互扶助が始まる。*2

 あるいは高齢者の見守り。

 お金があるなら、もしくは家族の支えがあるなら、見守りはお金で解決したり、家族労働で解決すればいい。

 身寄りもない、お金もない老人にとっては死活問題である。

 ではそこで、相互扶助ということになる。


 しかし、無料塾にしても、見守りにしても、それはあくまでプラスアルファのボランティアで行われるものだ。それが欠如したままの状態で放置されることが好ましくないことは言うまでもない。

 それは、本来、行政の学習支援とか、高齢者介護保険(もしくは地域支援事業)として行われるべきもので、実際にそういう行政のサービスが始まっている。

 したがって伊藤野枝がうたいあげた「無政府の事実」が行政のそらぞらしい実務を駆逐してしまうような現実はもはやないであろう。国民の運動によって、社会保障は前進している。また、市場経済も発達している。

 市場で買えるようにするか、行政サービスとして受けられるようにするか、その組み合わせをするかして、これらのサービスを手に入れる、そういう時代になっている。相互扶助、今言われるところの「共助」はせいぜいその間のつなぎでしかない。

 

*1パスワードは定期的に変え、ネット環境がない保護者には希望した場合プリントアウトしたものを配布するようにする配慮などが要るだろうが。

*2:実際にはお金のない人だけじゃなくて、宿題を持ち寄るようにしていろんな経済状態の子弟が集まっているんだけどね。

2016-05-02 再び「半強制の牢獄」へ 『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』

栗原康『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』


 新しく引っ越したところの町内会の堅牢さにほとほとまいっている。別に今何か役を押し付けられたわけでもないけども、ピラミッド状のがっちりした組織が、引き受けなくてもいいような行政仕事を請け負って、その負担の重さに悲鳴をあげている様子が、総会のパンフレットから痛いほど伝わってくる。いわば「勝手に」苦しんでいるのだ。

 そして、小学校のPTA

 総会に自民党議員だけが招かれ、あいさつをし、学校から自主独立の団体と規定されながら、学校の仕事にがっちり組み込まれた規約が厳然と存在する。

 任意制であることを確認しましょうよ、それにふさわしい組織のあり方に見直すように1年間かけて調査・検討を始めましょうよ――ぼくがそういう提案を総会でいきなり出してみたら、否決された。

 ぼくはPTAの一つの委員会の副委員長をくじ引きでやることになったのだが、その際に、やはりくじで選ばれたシングルマザーの方の苦境を聞いた。とてもできないと会長にも訴えたが聞きれてもらえなかったという。お母さんたちの会話から漏れる「1年だけのがまん」というため息。

 なんでそんなにしてまで、PTAをやらされないといけないのか。


 町内会とPTA

 ここにきて、再び「半強制の牢獄」に逆戻りである。

 「会長」とか「役員」というポストを得られない場合は、ヒラの会員としてモノを言わないといけない。そこからだ。

 知ってるよ。「まずは1年間役員などをやってみて、現場の空気をつかみ、仲間を増やして……」。そういう方法が順当なのは。独りであがけば、浮き上がってしまい、見苦しい始末になりかねないんだろう。

 だけど、今回そういうやり方をとりたくない

 あえて。

 ヒラのままでどこまでできるのか。民主主義が機能するのかどうかをしっかりやってみる。民主主義ってなんだ!? これだ! って言えるものが本当にここから生まれるかどうか。


 PTAのシャンシャン総会の空気をまったく読まずに、挙手をしてヘンテコな提案をする空気の冷たさを知っているか。

 こんなものが普通の人間に、できるものなのか。

 少なくとも徒党を組まずにはできるものではない。

 否決された瞬間の冷え冷えした空気を体験した時、ぼくは高校時代に、孤立無援で「校則押し付け反対」のビラをまこうとして生活指導教師に説教され、泣きながらそのビラを捨てた、あの時の情けなさというか、心細さを思い出した。


 小説『神聖喜劇』の中で、軍隊の中で不条理に立ち向かう主人公・東堂が、戦友1人と連れ立って「意見具申」(上級者への請願)をしに上級者の部屋へやってくる、その時の上官上級者たちの冷たい視線の描写が、わがことのようである。

「東堂二等兵、『意見具申』のため参りました。」

冬木二等兵、『意見上申』のため参りました。」

 われわれの背後で堀江隊長、久保軍曹、片桐伍長、三者の雑談が、にわかに跡絶えた。山中准尉は、虚を衝かれたような・腑に落ちかねたような表情で、しばし応答しなかった。中隊事務室内は、数秒間しんとしていた。まもなく山中准尉の面上にあらわな困惑の色が動いた、と私は見た。そして、その困惑の色は、『隊長殿の眼の前でそんな険難なことを公言してしまったのでは、事を穏便に運ぼうにも運びようがなくなるではないか。始末に負えないな。』というような意味に私には想像せられたけれども、あれもこれも、私の僻目であるのかもしれなかった。……われわれの背後における三者の雑談は、跡絶えたまま、再興しなかった。そこから、沈黙の冷ややかな指先が、私の首筋背筋を無気味にいじくりつづけた。(大西巨人神聖喜劇』第五巻、光文社文庫p.216-217)

 ぼくは、PTAの成人教育委員会の一人として、「人権同和教育」を推進させられるらしい。

 いったい、日本国憲法世界人権宣言に定められた「結社の自由(結社しない自由)」を侵し、個人の尊厳や幸福追求の権利を剥奪して進められる「人権同和教育」とは何か。

 泣く泣くこの委員会を押し付けられたお母さんたちには、今自分たちがとるべき武器としての人権=「PTAは任意であり、その活動も任意・志願であり、拒否できるものだ」ということなど、およそ思いもつかないであろう。

 人権とは、自分ではない「かわいそうな人たち」への施しや温情、もしくは差別いじめをしない「道徳」であって、決して自分たちを守る「武器」なんかではない――そのことを徹底して叩き込む、実にすぐれた「教育」の場ということだろうか。いま刻々、PTAの成人教育の現場で人権破壊教育そのものが行われているんだよ。ふざけるな馬鹿野郎。


村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝 そんな折に偶然手にしたのが、本書・栗原康『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波書店)である。

 いや、偶然ではない。

 もともと福岡市にあるため池のことを調べていて、伊藤野枝のことが出てきた。恥ずかしながら、伊藤野枝が現在の福岡市の出身であることをぼくはまったく知らなかった。伊藤野枝は、アナキスト無政府主義者)の大杉栄とともに関東大震災の後、憲兵隊に虐殺されたアナキスト・女性解放運動家である。あっ、伊藤野枝って、福岡出身だったのか。それで本を探して読んでみようと思って本書を手に取ったのである。

 ぼくはもともと福岡の人間ではないが、地元で「郷土の偉人」としていろんな人がもてはやされている中で、伊藤野枝はほとんど出てこない。例えば『農業全書』を著した宮崎安貞を記念する地元行事が町内会や小学校挙げて取り組まれるのに対し、伊藤野枝はむしろタブーに近い存在である。*1

 伊藤と同年代の人間が存命だった頃の、今から十数年前の話で、地元の郷土史家が伊藤のことでテレビ取材を案内した時に、ある老婆が怒鳴り込んできたという。

「おまえはなにを考えとるんじゃあ! テレビなんかにうつったら、世間さまに、ここがあの女の故郷だと知られてしまうじゃろうが!」。どういうことだろう。大内さん〔地元の郷土史家――引用者注〕がけげんそうな顔をしていると、おばあさんはこうさけんだという。「あの淫乱女! 淫乱女!」。ひゃあ。(栗原前掲書醃)

 奔放で自由な伊藤は、福岡の田舎の村で、陋習に悩まされる。おこがましいと言われることを承知で書くが、そういう姿にぼく自身が重なった。まさにこれじゃん。変わってないじゃん。そして、今でも伊藤は地元で黙殺され続けている。


 本書を書いた栗原は、伊藤の生き様を次のように一言で要約している。

これから本書では、野枝の人生の軌跡をおっていくが、あらかじめその特徴をひとことでまとめておくとこうである。わがまま。学ぶことに、食べることに、恋に、性に、生きることすべてに、わがままであった。そして、それがもろに結婚制度とぶつかることになる。(栗原前掲書ⅺ)

 たしかに、本書を読んだ時(あるいは伊藤の生き様を知った時)、まず「自由恋愛」についてどうしても目がいってしまうのだが、言い方をかえれば、自分なりに当たり前の、平凡で、快適な幸福の追求をしようとした、しかし、それは様々な障害にぶち当たらざるをえなかった、平凡さを徹底して貫こうとすれば、それはラジカルにならざるをえなかった――こういうことであろう。それが「わがまま」という意味だ。


 その「わがまま」を貫くことが大杉や伊藤の原理であった「直接行動」となる。国家や行政のような制度に頼らないということである。

 そして、そういう行動をとった結果、貧しくなったり、つまはじきにされたりするわけだが、「なんとかなる」というのが、伊藤について回った、よき結果であったと栗原は考える。

いいたかったのは、野枝の良さもそこにあったんじゃないかということだ。いざとなったら、なんとでもなる。……欲望全開だ。稼ぎがあるかどうかなんて関係ない。友人でも親せきでも、たよれるものはなんでもたよって、臆面もなく好きなことをやってしまう。(栗原p.167)

 そして、そこに無政府主義の相互扶助の考えが結びつく。

 相互扶助については、前にぼくも書いた。

クロポトキン『相互扶助論』、平居謙『「ワンピース」に生きる力を学ぼう!』 - 紙屋研究所 クロポトキン『相互扶助論』、平居謙『「ワンピース」に生きる力を学ぼう!』 - 紙屋研究所

 貧しく飢えている人がいたらどうするか。

 食べ物を分け与える。それが人間として、当たり前の感情と行動ではないのか。「貧困解決は国家のやることでしょ」といって、同じ地域に飢えている人がいるのに贅沢な食事をしてはばからない――これは近代人の病気じゃねーの、というのが無政府主義者クロポトキンの主張であった。


 無政府主義者である伊藤野枝は「無政府の事実」という一文の中で、このことを書いていて、栗原はこの一文を詳しく紹介している。

 私共は、無政府主義の理想が、到底実現する事の出来ない、ただの空想だと云う非難を、どの方面からも聞いて来た。 中央政府の手を俟たねば、どんな自治も、完全に果たされるものでないと云う迷信に、皆んながとりつかれている。

 殊に、世間の物識り達よりはずっと聡明な社会主義者中の或る人々でさえも無政府主義の『夢』を嘲笑っている。

 しかし私は、それが決して『夢』ではなく、私共の祖先から今日まで持ち伝えられて来ている村々の、小さな『自治』の中に、其の実現を見る事が出来ると信じていい事実を見出した。

 所謂『文化』の恩沢を充分に受ける事の出来ない地方に、私は、権力も、支配も、命令もない、ただ人々の必要とする相互扶助の精神と、真の自由合意とによる社会生活を見た。

 それは、中央政府の監督の下にある『行政』とはまるで別物で、まだ『行政機関』と云う六ケしい〔むずかしい――引用者注〕もののない昔、必要に迫られて起った相互扶助の組織が今日まで、所謂表向きの『行政』とは別々に存続して来たものに相違ない。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 伊藤は、自分が生まれ育った福岡の寒村での自治の空気、ここにある「組合」は今日で言えばまさに自治会・町内会のようなものであろう。それがいかに行政とは違い、相互扶助と自由合意によって地域課題を解決していくかを詳しく描いている。


 人が集まりさえすれば、直ぐに相談にかかる。 此の相談の場合には、余程の六かしい事でなくては黙って手を組んでいる者はない。 みんな、自分の知っている事と、考えとを正直に云う。 人が他の意見に賛成するにも、その理由をはっきりさせると云う風だ。 少し六ケしい場所に出ては到底満足に口のきけないような人々でも、組合の相談には相当に意見を述べる。 其処には、他人のおもわくをはかって、自分の意見に対して臆病にならねばならぬような不安な空気が全くないのである。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 相互扶助は自由合意によって支えられている。

 自由に参加し、自由に意見が述べられなければならない。

 もっとも伊藤は田舎の陋習に苦しんだのは紛れもない事実なのだから、ここに書かれたことは、現実の自治組織のそれではなく、多分に伊藤にとっての「理想の自治組織」像が入り込んでいるに違いない。


 しかし、そうであったとしても、ぼくはこのあたりのくだりを興奮しながら読んだ。

 なぜなら、今まさに福岡の辺境で起きているPTAや町内会をめぐる、自由合意を忘れ、その結果、本当の意味での相互扶助の精神を忘れ、逆に半強制の元で行政や学校の下請けになってしまっている事態は、まさに忘却された郷土の「偉人」たる伊藤野枝の精神を思い起こすことで批判されなければならないと感じたからである。地元のお前ら、宮崎安貞なんか顕彰している場合じゃねーよ。いまこそ思い起こせよ、伊藤野枝を。


 ぼくはマルクス主義者であるから、伊藤のように、制度への強い不信を感じてはいない。国家や行政といった制度にアプローチするチャンネルを作り出そうとしているのがぼくの日常だし、より良き結婚制度のために改革をするのがぼくのスタンスだ。


 それでも、やはり真の自由な合意のもとで、相互扶助の精神が蘇ってくることは、無政府主義から謙虚に学ぶべきことの一つである。身近に困っている人がいたら、それを助ける、なんとかする、という当たり前の精神の発露が必要であり、そのために硬直化してしまったPTAや町内会のあり方を破壊に近い形で変えなければならないだろう。「村に火をつけ、白痴になれ」というのは、そういうエネルギーのことである。


 なお、本書の書籍としての魅力についても少し触れておく。

 一つは、本書の文体である。

 まるでブログ文体のようである。軽妙で、すらすらと読める。伝記にありがちな難しさ、学者にありがちなペダンティックさがまるでない。素晴らしい。

 もう一つ。著者の栗原自身が伊藤の思想に近い。だからこそ、伊藤のエネルギッシュさがそのまま伝わってくる。「今に生かす伊藤野枝の思想」みたいな傍観者的な歴史解説ではないのだ。栗原自身が求める「あばれる力」のようなものを伊藤の思想と人生から感じさせようとしている。本書が死んだ解説・伝記ではない所以である。

*1:伊藤死後90周年に地元自治団体などで伊藤をふりかえる講演会をやったようではあるが。

2016-04-30 貪欲に 『絢爛たるグランドセーヌ』

Cuvie『絢爛たるグランドセーヌ』


※少しネタバレがあります。

絢爛たるグランドセーヌ 1 (チャンピオンREDコミックス) 面白い。

 このマンガの面白さを支えているのは何だろうと考えた。

 バレエマンガである。

 主人公の有谷奏(ありや・かなで)が幼いころに見に行った近所の「おねえちゃん」のバレエ舞台に魅せられて、バレエを始めるところから物語がスタートする。現在5巻まで出ているが、奏のバレーダンサーとしての成長を一歩一歩描いていく、いわば「王道」ともいえるビルドゥングス・ロマンである。

 このマンガの面白さを支えている一番の要素は、やはり主人公・奏のあまりにも一途なひたむきさ、というか、成長への貪欲さである。「貪欲」という、やや狂気じみたニュアンスを含む言い方がぴったりくる。

 才能はそれなりにある。しかし「天賦」というほどではない。そうしたスタート地点であることをライバルたちとの比較の彫琢によって浮かび上がらせつつ、何よりも他人の技、美点、優れたところを貪欲というほどに観察して盗みとっていく。



 例えば、2〜3巻に出てくる小学生時代のエピソードが、ぼくはとても好きだ。

 ライバルの一人である栗栖さくらの黒鳥(オディール)役。『白鳥の湖』に出てくる悪魔の娘役である。奏はその妖艶さにあてられて…というか魅せられてしまうのである。

 奏の踊るのは、『コッペリア』というまったく違ったバレエ作品で、その中のスワニルダという村娘の役である。妖艶さとは縁もゆかりもない。ところが奏は、このスワニルダを、さくらオディールにあてられた気分のまま演じてしまい、「妖艶」に踊ってしまうのである。


――コッペリア(人形)を誘惑するスワニルダ!


WF2008限定 ドラえもん 【 ヴァイナルコレクティブルドールズ Special No.105  きれいなジャイアン 】 審査員が吹き出してしまうほどの、飛躍したキャラ解釈なのである。

 ぼくはバレエに全然詳しくないのでよくわからないのだけれども、うーん、たぶん、「セクシーなのび太のママ」とか「イケメンのジャイアン」みたいなもんじゃないかと想像しながら読んでみた。


 表情がいい。

 作者のCuvieが、このシークエンスを描くとき、コマの一つ一つに頬を赤らめながら上気している奏がぼくらに迫ってくる。奏が入り込んでいるという説得力がある(左下図:Cuvie前掲書3巻、秋田書店位置no.13/213)。



f:id:kamiyakenkyujo:20160430130754j:image:w360:left このように「まねぶ」=まなぶことで、奏は、対象を自分の中に貪欲に消化し、吸収していってしまうのである。

 特に小学生にとっては、この過剰が果たす役割は大きいだろうと最近つくづく思う。

 小3になるぼくの娘は、本当にマンガを毎日読み、毎日コマを割ってマンガを描いている。好きなマンガの展開、表現をそれこそ「貪欲」に取り込んでいく。そのプロセスを見せられている。我が娘のあまりにも低いスタート地点ながらも、ぐんぐんと「傾き」をつけて変化していくその姿に、模倣の果たす重要な役割を見ている(ちなみに娘もこの『絢爛たるグランドセーヌ』をよく読んでいる)。



 奏にぼくが惹かれるのは、人が真摯に学び、成長する姿、貪るように学びつくそうとする情熱が正面から感じ取れるからであろう。

 そのような成長や努力は、半分くらい意思や理性の力でそうしているという面があるのだろうけども、半分はそうでもない。

 好きなものに情熱を傾けてのめり込んでいく、いわば「淫する」ように、例えて言えば「おいしい食べ物を食べることがやめられない」みたいな、ある種の不健全さ、病的な偏執を含んでいるところが、それを見る者を慄然とさせるのである。

 もちろん、そのような情熱を羨ましいと感じるのであるが。


 ぼくにはバレエの知識がほとんどないのでこの作品が専門的な目から見てどうなのかはよくわからないのだけども、成長ごとの課題が示されることはもちろん、

  • 「マンガ」のような大逆転劇はバレエではありえないぜ
  • 型通り踊ることの美しさ
  • 基礎へのリスペクト

という視点や意見を十分にふまえている。そのことによって、このマンガが、虚構として興ざめな飛躍をしてしまわないような細心の注意が払われている空気を感じ取れるのである。

 そして、そういうエクスキューズをつけた上で、とんでもない飛躍をしているところが、まさにドラマの醍醐味なのだが。


 このマンガは、セクシャルな魅力にもあふれている。うん、いわばエロいのである。マンガ上は公然とは言いにくい、隠されたコードではあるが。いや、ここで公然とぼくは言っちゃってるけど。


 半分むき出しになって無防備にさらされた、若い女性(小学生高学年女子以上)の肢体を抑圧をかけることなく、眺めていられる作品なのである。さっき挙げた、コッペリアを誘うスワニルダの描写も見てもらえばわかるが、まさに「妖しい」のである。エロいのだ。

 こうしたセクシャルな要素は、間違いなく本作の魅力の一つである。



 バレエマンガは巨峰がいくつもそびえ立つ、険しい場所である。そこに挑むのは、ある意味で無謀と言えなくもない。

 だが、Cuvieがそこへ殴り込みをかけられるのは、表情や体のリアルさを豊かに搭載できるグラフィックのせいでもあろう。表情だけでなく、さっき挙げたような筋肉や汗の質感までも描ききることができるものとして。

 見蕩れる、とはこういうことを言うのだ。


不安を感じる点について

 ただ、主人公以外のキャラクター設定に少々不安を感じないでもない。

 例えば、栗栖さくら

 母親=大人から一つの作品として仕上げられていくときのストレスやメンタルの弱さが、強調されるエピソードがある。踊っている時以外は生きた顔をしていないとまで奏に指摘されるような強度のストレスにさらされた人間がそんなに早く立ち直るだろうか?

 この点は作者もおかしいと気づいたのか、それとも最初からの予定なのかはわからないが、作品の中で「修正」をしている。


 あるいは、奏と一緒にバレエを習い、常に奏の少し上のレベルにいる女性で、伊藤翔子という少女がいるのだが、その父親。翔子が趣味でなくプロをめざしていることを知ると、それに厳しく反対する。それは、父親が昔アスリートとして挫折した経験を持っていたからだと、のちに翔子は知る。

 だけど、最初の父親のキレ方は、どう見ても無理解な親のソレだろ。酸いも甘いも知った挫折者としての含蓄がない。


ニコ・ニコルソンのマンガ道場破り 破 (ジェッツコミックス) 羽海野チカは、ニコ・ニコルソン『マンガ道場破り・破』の中で、マンガ家にとって一番大事なことを「嘘をつかないこと」だと書いている。

 ニコ・ニコルソンが描いてきた原稿を直す際に、


「気の弱いこの子がここでこんなこと言うかなぁ…」

と疑問を呈する。ニコ・ニコルソンは、「でも話の流れ上、そうしないとバトルにならんので」と羽海野の疑問を退けようとする。羽海野の再反論。


「私なら… 最初から台詞の応酬を書いていって…

 『この子はこんな選択肢選ばないなぁ』となったら

 話の筋を変えるよ」

 これが羽海野のいう「嘘をつかないこと」、つまり「嘘の感情を描かない」ということであり、別の言い方をすれば、キャラクターをストーリーの従属物にしない、ということでもある。(ただ、ニコ・ニコルソンの『破』を読むと、別の作家は逆にストーリーを大事にしている方法を取っており、それは作家が選ぶ方法の一つに過ぎないのであろうが。)


 いずれにせよ、ぼくはこの翔子の父親の描写に違和感を覚えた。


 しかしである。

 冒頭に述べたように、このマンガの命は、何と言っても主人公・奏のエネルギッシュな貪欲さだ。その力強さが、少々の他の瑕疵を補って余りある。6巻以降を楽しみにしている。

2016-04-17 小児性愛者を「合法的に手助け」する人形の議論について

小児性愛者を「合法的に手助け」する人形の議論について

 この問題。

小児性愛者を「合法的に手助け」する人形の製造は是か非か〜BuzzFeed Japan記事への賛否両論 - Togetterまとめ 小児性愛者を「合法的に手助け」する人形の製造は是か非か〜BuzzFeed Japan記事への賛否両論 - Togetterまとめ

 原理的にはあまり難しい問題はない。

 まず、こうしたドールが小児性愛者を「合法的に手助け」するかどうかは、本筋の論点とは思われない。結論的にいえば、小児性愛者の欲望を助長し、反社会的傾向を促進することがありえないとはいえないからだ(もちろん、欲望を解消し「合法的に手助け」することもありうる)。

 しかし、基本的には規制すべきではない。

 なぜか。


 実写児童ポルノ子どもを描いたポルノコミックの関係と同じである。

 直接の被害者がいない以上規制はできない。

 ごく粗くいえば、実写児童ポルノには、被写体となる子どもがいるので人権侵害がはっきりするが、子どもを描いたポルノコミックには現実の子どもは原則的に出てこないので、人権侵害ではない。


 「子ども全体の人権を侵害する」というような論点がありえる。その論点は無視してよいものではなく、十分傾聴に値するものだと思うが、虚構は一般的に人によい影響も悪い影響も与える。「人間を何百万人も殺すような戦争を『いいもの』と感じるおそれがある」といって戦争賛美小説を規制したり、ウヨク的なマンガを取り締まったりすることはよくない。


 虚構を愛でることは、誰かを傷つけていたり、暴力的にふるまっているおそれがある。そういう自覚は必要だし、批判をうけたら、よく考えるべきものなのだ。ぼく自身もポルノコミックを読み、快楽を「享受」する側に身をおいているが、「ポルノコミックは女性への侮辱だ」という批判に対して「これは虚構だ。何が悪い?」とだけ返すのはあまりにも無自覚な行為だ。



 異性愛者も、同性愛者も、小児性愛者も、「同じ」性嗜好の一つだとぼくは現時点で考える。そういう把握が批判されることもあることは一応承知しているが。

 まず、この3者がどんな嗜好をもつかは自由である。

 しかし、たとえば「相手強姦してはいけない」というのは外形的な、共通したルールである。最初の自由は、公共の福祉から考えて、他人の権利を奪わない範囲で尊重されるべきである。

 同じように「子どもをセックスの対象にしてはいけない」というのも共通したルールである。*1子どもは性的な自己決定が不十分な恐れがあるからだということが社会合意になっている。

 「同性をセックスの対象にしてはいけない」または「異性をセックスの対象にしてはいけない」という共通ルールを設けることも可能である。しかし、それは社会合意になっていない。


 本人がどういう性嗜好を持つかではない。

 対象となる相手人権などが具体的に侵害されるかどうかが問題で、その人権を保護するために規制がかけられる。

 仮に「強姦性愛者」という、強姦でしか性的に興奮できない人がいるとしたら、そういう嗜好をもつこと自体は自由だが、実際に強姦に及べば処罰されるのと同じである。


 ただ、今思考実験として例にあげた「強姦性愛者」について「そういう嗜好をもつこと自体は自由だが、実際に強姦に及べば処罰されるのと同じ」とぼくはのべたけども、そういう切り分けが現実にはできるのかは不安になるというのはわかる。

 ヤコブ・ビリング『児童性愛者』(解放出版社)を読むと、冒頭に「デンマーク児童性愛愛好者協会」の潜入の様子が描かれている。子どもには手出ししない、というタテマエながら、実際にはどうもそうでないという話が随所に出てくる。切り分けなどできないのではないか? こういう不安があることもすごくよくわかることなのだ。

児童性愛者―ペドファイル

 だから、原理的には実にすっぱり割り切れることのはずなのだが、この記事の最初に紹介したtogetterにおいて規制の必要を説く人たちの不安にどう応えるのかは、考えねばならない問題だといえる。

*1:「子ども」の年齢的線引きには議論があるにせよ。