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藤圭子

音楽

藤圭子

ふじけいこ

1970年代を代表する歌手。

宇多田ヒカルの母親としても知られる。

1951年生まれ。岩手県出身。本名宇多田(旧姓阿部)純子。

1969年新宿の女」でデビュー。

1971年前川清と結婚。翌1972年、離婚。

1982年宇多田照實と結婚。1983年、長女光出産。

2013年8月22日、死去。飛び降り自殺だとみられている。

略歴

1969年新宿の女」でデビューし、ハスキーな歌い方に当時の歌謡界に衝撃を与えた。その後、「圭子の夢は夜ひらく」や「女のブルース」、「京都から博多まで」などハスキーな歌声で人気を集めて、1970年代の代表的な歌手になった。1979年に引退するが、その後、復帰。1990年代にもテレビにたびたび出演していた。

多額の借金騒動や宇多田照實氏との離婚など騒動が多かったが、2013年8月22日東京都内のマンションで自殺を図ってしまった。62歳だった。芸能界から完全に身を引いておよそ15年、復帰を願う声もあったが、突然の死で芸能界に衝撃を与えた。

エピソード

  • 「圭子の夢は夜ひらく」は、もともと園まりの「夢は夜ひらく」をアレンジしたもの。藤圭子がヒットしたことにより、おなじみになった。
  • 紅白歌合戦には、5回出場してる。中でも1971年の紅白では、自身も曲を歌ったものの、出場予定だった内山田洋とクールファイブ前川清(藤圭子の前夫)が急病のため、出れなくなり、飛び入り参加の形でクールファイブの曲も歌ったことがあった。

圭子の夢は夜ひらく?藤圭子RCA BEST COLLECTION