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野茂英雄

スポーツ

野茂英雄

のもひでお

プロ野球選手。

右投右打、ポジションは投手背番号は11→16→11→10。

トルネード投法で投げ続け、現在の日本人メジャーリーガーのパイオニア的存在*1となった偉大なピッチャー。身長188cm、体重104kg。

電卓検定1級の資格を持つ。野球殿堂(日本=2014年殿堂入り*2

経歴

1968年8月31日生まれ。大阪府大阪市港区出身。

成城工高を卒業後(甲子園出場なし)1987年新日鐵化学入社社会人野球新日鉄堺に所属。

1988年、ソウルオリンピック日本代表として筒井大助?古田敦也野村謙二郎潮崎哲也吉田修司らともに出場し、銀メダル獲得の原動力となった。

1989年、ドラフトで当時史上最多の8球団から指名を受け近鉄バファローズに入団。

1990年最優秀防御率を獲得、新人王沢村賞MVPベストナインに選出され、90〜93年、最多勝最多奪三振王。「ドクターK」の異名を取るようになる。

1994年8月、肩を故障して8勝7敗の成績でシーズン終了、複数年契約と代理人制度を希望したが通らず近鉄を退団し、任意引退選手となった。日本での成績は5年間で78勝46敗。

1995年、ロサンゼルス・ドジャースに入団、その年にはオールスターゲームに先発出場、13勝を挙げてナ・リーグ新人王、236奪三振奪三振王。96年には対ロッキーズ戦でノーヒットノーランを達成。

98年、ニューヨーク・メッツへトレード。99年、メッツを解雇され、シカゴ・カブスマイナー契約したが昇格できず解雇。今度はミルウォーキー・ブルワーズマイナー契約をした後昇格、12勝をあげ復活を遂げる。

2000年、デトロイト・タイガースに移籍。01年にはボストン・レッドソックスア・リーグ)に移り、4月4日の対オリオールズ戦で96年に次ぐ2度目のノーヒットノーランを達成。ア・ナ両リーグでの快挙はメジャー史上4人目の大記録であった。またこの年、220奪三振で95年以来の2度目の奪三振王のタイトルを獲得した。

02年FAで古巣ドジャースに移籍。

同年3月には共同出資で独立リーグエルマイラ・パイオニアーズのオーナーになり、2004年1月には社会人時代を過ごした大阪府堺市に社会人クラブチームNOMOベースボールクラブ設立した。

2004年オフにFA申請したが、チームからは年俸調停を申請されなかった。そのためドジャースを退団し、2005年1月にタンパベイ・デビルレイズマイナー契約。シーズン開幕前にメジャーベンチ入りを決めた。

2005年6月15日(現地)に日米通算200勝を達成した。7月、デビルレイズから戦力外通告

2005年7月、ニューヨーク・ヤンキースマイナー契約

2006年、シカゴ・ホワイトソックスマイナー契約

3Aシャーロットでメジャー復帰を目指すも、故障のため1試合登板したのみで6月に解雇

2007年はどのチームにも所属せず、2008年、ロイヤルズマイナー契約

2008年7月17日(日本時間)、現役引退を表明。

2014年トルネード投法で2度のノーヒットノーランを達成したことなどが評価され、野球殿堂入り。

*1:ちなみに第1号はサンフランシスコ・ジャイアンツでプレーした村上雅則。実は長嶋茂雄も現役時代にロサンゼルス・ドジャースからオファーを受けていた。読売ジャイアンツMLB移籍を禁止した為に残留した。

*2アメリカ野球殿堂にも2014年にノミネートされたが、得票率が5%に満たさず来季以降のノミネート権を失った