Hatena::ブログ(Diary)

服と明日のおしゃれなカンケイ

2017.02.26

トシちゃんへの感謝をこめて

「トシちゃん」の愛称で親しまれてきたプラスチックス中西俊夫さんが、2月25日、天に召されました。

今年の1月13日、トシちゃん61歳のお誕生日にアップした、私が運営するサイトの「70年代原宿、思い出のあの店、あの場所」にトシちゃんが寄せてくださったエッセイを、哀悼の意をこめて、貼り付けます。

http://www.nonnakamura-presents.com/relayessay/cafe/toshio-nakanishi/

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執筆をお願いしたのは、昨年のクリスマス、退院されたのを知ったときでした。

その三か月前の9月に、自分が食道癌であることを、フェイスブックで告知したトシちゃんは、その後の闘病の様子を毎日のように、フェイスブックに投稿し続けていました。

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トシちゃんの様子を遠巻きに知っていながら、あまりにもデリカシーのない行為かと大きく迷いながらの思いきってのお願いでしたが、fbのメッセージでお願いを送った途端、「書きたい!ありがとう!」というお返事が返ってきました。

ただし、「今はまだちょっと体力的にきついので、もう少し元気になったら書きたい」とのことでした。

執筆に体力が必要なことは、私も身をもって重々知っています。なので

「もしよかったら、fbのメッセージに、つぶやきを送ってくれたら、それをこちらでまとめますよ」とお返事をしたら、「了解。ではつぶやきで」とすぐに返事があり、それから年末までの毎日、朝から夜中まで、fbのメッセージで連続して送られてきた「つぶやき」の数は何十にも及びました。

途中、「どこどこにあった何々の名前は何だったっけ?」といった質問もあったり、答えると「そうだ!何々だったね」といったおしゃべりをしながらの原稿のやりとりでした。

つぶやきを繋げてみたら文章として完璧で、私が手直しする部分はまったくありませんでした。

年末の約1週間、トシちゃんと毎日交わしたメッセージのやりとりの中には、

トシちゃんの生年月日が1956年の1月13日、私が1956年の1月14日の一日違い、私の娘の誕生日がトシちゃんと同じ1月13日とわかったことから、

「奇遇!縁だね!」なんてトシちゃんからメッセージがきたりしていました。

原宿デビューの時期が同じ頃だった、同じ学年、同じ東京っ子のトシちゃんとは、70年代から、同じ場を共有していることは何度もありましたが、挨拶を交わす程度で、親しくしてきたことはまったくありませんでした。

共通友達が何人もいたものの、テクノが台頭してきた時代にキラ星のように現われたアーティスト集団のバンド、プラスチックスは、私にとって「最高におしゃれな時代のスター」であり、隣にいても気軽に声をかけられる存在ではない感じでした。

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そのトシちゃんと「奇遇!縁だね!」と言葉を交わし合ってから2か月後に届いた訃報に言葉もありません。


昨年2016年の1月29日、トシちゃんも私も十代の頃から大好きだったデヴィッド・ボウイが1月10日に★になったことを受けて開かれた追悼の意の「デヴィッド・ボウイナイト」では、ボウイの曲を振り付きでキレッキレで歌ったトシちゃんでした。

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「いなくなっちゃって悲しいね」「うん、悲しいね」

シンプルな言葉を交わし合っていたあの日が、つい昨日のことのような

遠い昔のことのような気もしている今ですが、トシちゃんはきっと、もうすぐボウイに会えるんだね。あちらの世界には国境もなく、お金もないから旅費もいらなくて、「思えば目の前に現れる」と、昔、何かの本で読んだことがあるから。

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告知されたその日に、自らの病気を公表したトシちゃん。

頬がこけてゆきながらも、毎日の中で、それでも楽しんでいる写真をフェイスブックに投稿し続け、家族や友達への愛と感謝を発信し続けていたトシちゃん。

エッセイを書き終わって、「ありがとうございました」とお礼を送ったら

「こちらこそありがとう。とても楽しかった」と書き送ってくれたトシちゃん。

そして、私へのメッセージのトシちゃんの最後の言葉は

「何かに繋がってゆくと良いですね。残していかないと。」でした。

「残していかないと」というトシちゃんの言葉を胸に、トシちゃんの最後のエッセイをどうかお読みいただけますようお願いいたします。

http://www.nonnakamura-presents.com/relayessay/cafe/toshio-nakanishi/


1日違いのお誕生日の同時代を遊んできたトシちゃんからもらった「残していかないと。」という言葉、永遠に胸に刻み、響かせ続けます。

どうか安らかに。

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2017.02.14

『YACCO SHOW 』の凄さ

1月14日〜2月12日まで、約一カ月間にわたって新宿のBEAMS JAPANのB GALLERYで開催された『YACCO SHOW』が大盛況のうちに終わりました。

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箭内道彦さんがアートディレクション、鋤田正義さん撮影の立派なフライヤーには

「日本第一号のスタイリスト高橋靖子。その真髄と生き様」と書かれ、

サブタイトルに「Let's enjoy my Dream Box!」と書かれています。

そう、この展示のコンセプトは、スタイリスト歴50年、75歳高橋靖子の「ヤッコのビックリ箱」だったのです。

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売り場とガラスの壁で仕切られた会場に展示されていたのは、

ヤッコさんの昔の写真。

ヤッコさんが友達と撮ったスナップ。

ヤッコさんが撮影のときに持ちだす仕事道具。

ヤッコさんが保存してきたコンサートのバックステージパス。

ヤッコさんが著者からサインをもらった書籍の数々。

ヤッコさんがスタイリングした、清志郎さん、布袋さん、リリー・フランキーさん、中村達也さんの衣装(すべてミュージシャン)

ヤッコさんが、イギ―・ポップにサインしてもらったバッグ。

ヤッコさんが、デヴィッド・ボウイにサインしてもらったギター。

等々。

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ここ数年、「デヴィッド・ボウイのスタイリスト」として、あちこちのメディアで紹介される機会も多いヤッコさんですが、来場した人たちのほとんどは、ヤッコさんの交友の広さにまずはビックリしたことと思います。

ご存じの方も多いと思いますが、私がヤッコさんと出会ったのは、17歳、高校生のときでした。

当時、ヤッコさんは32歳でしたが、既に「日本で一番の大御所スタイリスト」であり、スタイリストという職業が大人気だった時代の「時の人」でもありました。最初は一ファンだった私が、ヤッコさんのアシスタント(最初は専門学校に通いながらのアルバイト)になったのは18歳のときでした。

この写真はその当時のヤッコさん。

ヤッコさんの赤ちゃんのオムツを替えたり、保育園の送り迎えをすることもあるアシスタント生活でした。

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そして、私が毎日通っていたヤッコさんの自宅兼事務所の原宿の静雲アパート(この建物は今も健在です)。

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ヤッコさんは私にとって、血を分けた家族の次に縁の深い人。

約45年間、ヤッコさんの側で、その「人生の歴史」を見続けてきた立場として、その交友の広さや多岐に及ぶ仕事の幅が、今更ビックリするものでなかったのは当然です。

私の「ビックリ」がみんなとは違うものであったことを、ここに書き留めておきたいと思います。

改めて言うまでもありませんが、スタイリストの仕事は「裏方」です。

世間が思っているほど華やかなものでもありませんし、自分が表に出ることなど滅多にない仕事です。

仕事の結果は、「カメラマンの作品」「アートディレクターの作品」「タレントの顔」「企業の広告」として世に出ます。スタイリストは名前がクレジットされることはあっても、「スタイリストの作品」として認知されることも、まして顔がでることなど滅多にありません。そこが同じファッションを扱う仕事でも、ファッションデザイナーとも違うところです。

スタイリストの大御所であるヤッコさんといえども、日常でやっていることは「裏方のコツコツ」の連続です。

そんなヤッコさんがドカンとやったイベントの展示会場にこれでもかとばかりに貼られていたヤッコさんの顔、顔、顔。

そして、コンサート会場を出たら誰もがすぐに剥がして捨ててるはずの、バックステージパスの数の凄さ。

スタイリスト歴50年のヤッコさんがやられてきたポスターやファッショングラビアの展示を期待してきた人にとっては、意外な展示だったことと思います。

ヤッコさんの家から持ち出した本棚の中に、参考になるファッション関連やロック系の本を期待してきた人にとっても、宇野千代さんや佐藤愛子さんのサイン入り本だったことも意外なことだったかもしれません。

ヤッコさんと一度でも会ったことのある人は、必ず「まるで少女のよう」「可愛らしい人」と言います。

小鳥のさえずりのような声、柔らかい話し方、恥じらうような笑みをたたえた表情は、たしかに昔の映画にでてくる(今ではあまり見ることのできない)少女の姿を彷彿とさせます。

でもでもでも、私は今回、はっきり感じたのです。

ヤッコさんがヤッコさんであることの凄さは、普段はコツコツしていながらも、「いざとなれば、自分を全面に押し出すことを辞さないエネルギー」にこそあると。

昔から「私はスタイリスト界の宇野千代を目指すわ」と言い続けてきてるヤッコさん。

宇野千代さんは、かなりの高齢になられてからも「私は死なないと思うんです」といつも言われていたことでも有名です。

そして、90歳を過ぎてベストセラーをお出しになった佐藤愛子さん。

このお二人を尊敬してやまないヤッコさんのエネルギーが、「スタイリスト」の枠を超えたものであることをまのあたりに実感した「YACCO SHOW」でした。

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最終日を飾ったのはヤッコさんとチャーのトークショーでしたが、

進行役を務めたビームスの藤木さんが「ヤッコさんは運がいい人ですよね」と言ったのを受け、チャーが即座に、

「いや、オレはそうは思わない。デヴィッド・ボウイやT・REXにも会えて仕事ができたのも、ヤッコさんがアクションを起こしたから。あの時代にロンドンに行ったのも、ヤッコさんのアクション。そのアクションがなければ叶わなかったこと」(運が向こうからきたわけじゃない。運を掴むためのアクションを起こしたから、といったようなこと)をきっぱり答えたのが印象的でした。

他の人がなかなか真似できないヤッコさんの凄さは、そのアクション力であり、生涯変わらないであろう、そのミーハー力。そして、20年ほど前にヤッコさんが「カネボウヒューマンドキュメンタリー」で大賞を取ったときに開いた祝賀パーティのタイトルが「パチパチパーティ」だったこと、著書のタイトルが「私に拍手!」(幻冬舎)だったことからもわかる、「自分、大好き力」にこそあり!と思っている私です。

(「コツコツ」だけだったら、できる人はたくさんいる)

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私はオープン初日(私の誕生日でした)、リリー・フランキーさんとのトーク野宮真貴さんとのトーク、チャーとトークした最終日の計、四回、会場に足を運びました。

そのときの様子を、ヤッコさんのフェイスブックからいただいた写真も交えてここにアップしておきます。

オープニングパーティには私は参加しませんでしたが、

ヤッコさんが大大大好き&大尊敬の鋤田正義さんとのツーショット。

めちゃめちゃ嬉しそう。

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リリーさんとのトークには、山本寛斎さんもいらしていました。

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野宮真貴さんとヤッコさんの共通のお友達として来場されていた丸山敬太さんと手塚眞さんとの記念写真には「のんちゃんも入って!」とヤッコさんに呼ばれて私も参加。

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サプライズで中村達也さんがドラムを叩いた日には私は行けませんでした。

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チャーは15歳のときにヤッコさんと出会って

私は17歳のときにヤッコさんと出会って

私は20歳のときにチャーと出会って

それから続いているそれぞれの関係。

時代について、思い出について、ヤッコさんについて語りながら、随所で同意を促すように、最前列に座っていた私の目を見ていたチャーと、「ヤッコさん、ありがとう。これからもずっとお元気で」、そんな思いを共有していたような気がしています。

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会場で私の作った写真集を販売してくださったビームスさん、ならびに、Bギャラリーの藤木さん、設楽洋社長にも心から感謝申し上げます。

ちなみに、表紙の写真は、ヤッコさんと50年の仲の染吾郎さんが撮られたヤッコさんと山口小夜子さん。

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それぞれのゲストとのトークの途中で何度も

「これからの私の夢は本を書くこと。それも、戦争体験も含めて、今までとは違うタイプの本を」と宣言するように言っていたヤッコさん。執筆することは、リリー・フランキーさんもトークで仰っていたように「99パーセントが体力勝負」。どうか、これからも健康第一で夢の実現に向かって、得意のコツコツを続けていかれることを祈ります。

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ヤッコさんが歩んでこられた人生の凄さを知りたい方は、2015年に出版したこの本をお読みください。

時をかけるヤッコさん

こちらの文庫本も購入可能です。

表参道のヤッコさん (河出文庫)

いつか「私にとってのヤッコさん」についての本を書いてみたい気もしています。

ヤッコさんみたいに「私、絶対、書くわ!」と言いきれないところが、私の弱さであることを、ヤッコさんと出会ってから約45年、実感しっぱなしです(笑)。

2017.01.30

原宿レオンの写真展 by染吾郎 を終えて

1月6日〜25日まで原宿の喫茶店「シーモアグラス」で開催していた染吾郎さんの写真展『FRIENDS 70S AT CAFE LEON 』が終わりました。

会期中、何度も足を運びましたが、展示スペースが喫茶店ということもあって、いつ行っても、まるで70年代のレオンが蘇ったかのような、懐かしく、あたたかい「気」が店内に充満していました。

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来場してくださったみなさんへの感謝を込めて、素敵な思い出をブログに残します。


【昔の私、今の私シリーズ】


写真集「70’HARAJUKU」に収めた写真の中でも、もっともインパクトのあった女の子、当時、16歳のモデルだった鹿間ケイさんは、二度も来場してくださいました。

レオン店内でも特別なオーラを放っていたケイちゃんと会うのは約40年ぶりだったけど、今も変わらずスレンダーでチャーミングでした。

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来場された方の中には、写真集に写っている人、会場に展示された写真の人も少なくありませんでした。

みなさん、昔の自分を眺めながら「楽しかった青春」「原宿」の尽きない思い出をいっぱい語ってくれて、初対面の人とも、昔から友達だったような気持ちになりました。

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染さんと並んでいるこの方は、下のベンチの写真でバッグを下げてるカメラマンの三浦順光さん。

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黒い皮の上下に身を包み、バイクでやってくる舘ひろしさん、岩城滉一さん率いるリーゼントのクールスは、当時、レオンの華でした。

隣の席に座ることがあっても、かっこよすぎて、近くて遠い存在だったクールスのメンバーとも、大人になった今は、同級生気分で話すことができて嬉しかった。

左は、表参道で、鹿間ケイちゃんとじゃれつく村山一海さん。

私が写真集のキャプションに「レオンの周辺にはいつも映画のようなシーンが」と書きました。


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やはりクールスのメンバーだったオオクボ・キイチさん。

当時の不良ライフ(笑)について綴られたエッセイ集が、もうすぐ復刻されて発売だそうです。すごく読んでみたい。

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村山さんもオオクボさんも、もう60代ですが、相変わらずクールでかっこよかったです!


そして、レオンのマネージャーだった堀内さんの奥様とお嬢さんも来てくださいました。奥様の記憶の良さは圧巻で、レオンに出入りしていた人たちのこと、周辺のお店のこと、知らなかった貴重なエピソードを次から次へとお聞きして、とーっても楽しかった!

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幼馴染(?)も初対面も入り乱れての、和気藹々のみんなの笑顔と、染さんの作品をランダムに並べます。

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「70’HARAJUKU」のアートディレクターの白谷敏夫さんと染さん。

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おかげさまで30冊入荷した写真集も完売しました!

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2014年11月に私が主催したイベント「70s原風景 原宿」に参加してくださった2か月後の1月、ご自身の写真展の開催途中で倒れた染吾郎さん。

あれからちょうど2年。

努力のリハビリと、ご家族、ご友人の愛と、写真への情熱に支えられてお元気になり、素敵な写真展を開催してくださったことに、心から感謝しています。

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そして、素敵な企画を染さんに提案してくださったシーモアグラスの坂本織衣さんにも、本当にありがとうございました!

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写真集のサブタイトルにした言葉「出会うことが、青春。」

いくつになっても。。。どんなときでも。。。。

その思いを強くさせてくれた染さんの写真展でした。

2017年、いいスタートを切れました!

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2017.01.09

DAVID BOWIE is in TOKYO 初日に行きました!

今日、1月9日は、デヴィッド・ボウイのお誕生日と命日の狭間の日。

お誕生日である昨日から寺田倉庫での開催が始まったデヴィッド・ボウイ回顧展『DAVID BOWIE is』に行ってきました。

http://davidbowieis.jp/

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昨年の1月8日にボウイのニューアルバム「★」(ブラックスター)が発売され、回顧展が日本で開催されることも発表され、大喜びしていた私ですが、その時点ではまさか、その2日後にボウイがこの世からいなくなることは夢にも思っていませんでした。

これは2013年に、ロンドンのV&Aで開催されたときに行った私の写真。

展示の内容は同じだけど、展示を観ながら胸に湧き上がってくる思いは、ロンドンのときと昨日の東京とでは、まったく違うものだったことは当然です。

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とはいえ、とても興奮して楽しめたことも当然です。

レポートや感想を書こうと思うと、エンドレスに書き続けてしまうと思うので、撮ってきた画像だけを貼り付けることにします。

ちなみに、展示会場内の撮影はNGでした。

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物販コーナーはロンドンよりも充実していましたが、また絶対来るし、と思って、

鋤田正義さんの写真がカバーだし、ヒステリックグラマーオリジナルのトートバッグもついていたので、宝島社が出版した本だけ購入しました。

オレンジ色のトートは、ロンドンに行ったときには完売でガッカリだったのですが、そのことを知っているイラストレーターの那須慶子さんが、昨年の私の誕生日にプレゼントしてくれたものです。

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中身を見ないで買った本でしたが、帰宅して開いてみたら、付録もついての1800円が申し訳なくなるくらいの充実ぶりでした!

なんてったって、鋤田さんが撮られた日本での貴重な写真がいっぱい!

日本との縁が深かったボウイ。そして、写真家の中でももっともボウイが信頼していた鋤田さん。

日本での開催記念として、ふさわしいお買い物ができたと思います。

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寝る前にベッドでインタビューページを読みました。

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好奇心が強くて、頭が良くて、ユーモアたっぷりなボウイのインタビューはどれを読んでも興味深く、これまでにもずいぶん読んできたものですが、ちょっと意外な言葉を発見しました。2002年(ボウイ55歳のとき)に行われたインタビューです。

「(略)僕は実際のはなし、物事が人間的なスケールに収まっている方がずっと居心地がいいからだ。軍事技術にしても、核エネルギーにしても、副作用がまだわからない発明にしても、物事がテクノロジー主体になりすぎると、自分たちの作ったものをコントロールできなくなったような気がしてくる。それが何にも増して、僕の一番の恐怖だね」

私のように、ボウイがキング・オブ・グラムの時代からファンだった人、80年代に入って、レッツ・ダンスが世界的大ヒットになった頃からのファンの人、また、10年ぶりのアルバム「the NEXT DAY」からファンになった人、人によってボウイを好きになった時代は色々だと思うけど、誰もがやっぱり好きなのは、ボウイの音楽性とファッションだと思います。

でも、ボブ・ディランジョン・レノンとは違うアプローチで、ボウイが歌詞やコンサートやインタビューを通して、世界にたいして大事なメッセージを示してきたことも、多くの人に知って欲しいと思うのです。

宇宙の申し子デヴィッド・ボウイは、69年間を過ごした地球のことを心配しながら、宇宙に戻っていったのだと思います。

とにかく、ボウイ展、行ってください!感じてきてください!

ファンじゃなくても、深く、楽しめる展示であることは、絶対です!

詳細はこちらから↓

http://davidbowieis.jp/


DAVID BOWIE IS A JOY FOREVER!

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会場を向こうに見た写真。バスもボウイ展を応援してくれてるのかな(笑)

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2017.01.04

70年代、原宿「レオン」の写真展

あけましておめでとうございます。

新年の御挨拶として二つの嬉しいことをお知らせします。

ひとつめ。

2015年8月に私がディレクションして出版した写真集『70’HARAJUKU』が12月22日に重版発売となりました!

本が売れないと言われている今、まして写真集はなかなか難しい(らしい)時代に、発売して約一年半後に2刷となったことは、

一重にキラキラした時代と街を切り撮った写真の力と、共感してくださったメディアの皆さん、そして、読者の方たちが広げてくださったおかげと感謝の気持ちいっぱいです!

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70’HARAJUKU (小学館SJ・MOOK)

70’HARAJUKU (小学館SJ・MOOK)

ふたつめ

山口小夜子さんと高橋靖子さんが写っている写真集のカバーのカメラマン・染吾郎さんの写真展を、1月6日〜25日まで、原宿京セラビルの地下の喫茶店「シーモアグラス」で開催します。

今回は、シーモアグラス20周年の記念イベントとして、

また、祝!重版『70' HARAJUKU』も兼ねた形での開催です。

タイトルは『Friends 70s at Leon

70年代原宿の伝説の喫茶店、レオンの写真ばかりを集めた写真展です。

染さんは写真集の中にもっとも多くの写真を提供してくださったカメラマンですが、写真集に収めきれなかった貴重な写真も展示されます。

シーモアグラスは、70年代の雰囲気いっぱいの私が前々から大好きな喫茶店です。コーヒーを飲みながら、レオンの片鱗と、70年代原宿の雰囲気を感じていただけたら嬉しいです。

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染吾郎写真展『Friends 70s at Leon』

いろんなことを許しあえたあの頃。

1月6日(金)〜1月25日(水)12時〜18時 土曜定休

場所:シーモアグラス

渋谷区神宮前6-27-8 京セラビルB1

電話 03−5469−9469

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