自転車置き場と専門家・ベリベリ

専門家のしてることというのは予備知識が無いと理解できないことも多いもんで。素人の誤解し易さに専門家も困ったりします。

恐らくはあらゆる業界の専門家は、その専門性が高まるほどに、外から見ると「いいかげん」に見られてしまうリスクを抱えてしまう。

専門家には、「本当の専門家」と、「専門家っぽい人」とがいて、「っぽい」人の意見は、治療に何ら貢献しないのだけれど、たいていの場合、手柄は全部、その人に持って行かれる。

「専門家っぽい人」が訳知り顔で自説を披露してる時は、どこかで専門家が苦い顔をしていないか探してみると良いかも。

大学の循環器内科では、初期輸液は例外なく「ラクテック」と決まっていた。

この輸液は本来、脱水のきつい人なんかに用いるもので、心臓が悪い患者さんには、むしろ「良くない」輸液だと習う。

「教科書通り」に考えれば、一見間違った使い方です。専門家で無くても教科書見れば批判できます。

心臓には「人の手が届かない場所」というものがあって、大学では、それは「冠動脈内の血栓である」なんて習う。

ヤバイですね。そんな血栓なんてどうやって取り除いたら良いんでしょう。

血栓は脱水になると出来やすい。心不全の急性期は、患者さんはたいてい冷や汗をかいていて、血管内の水分量が足りなくなっているから、この状態は、出来るだけ速く回避しないといけない。だからラクテックを使う。

ここまで聞けばもうラクテック使うしかないでしょう。教科書じゃ間違いだけど。

本当の専門家は、患者さんが抱える問題を、「人間に手が出せるもの」と、「人の手が届かないもの」とに切り分ける。

あとからでも救済可能な問題は後回しにして、まずは人の手が届かない問題を回避することに全力を挙げる。「人の手が届かない問題」は、たいてい目に見えないし、そこを目標にした治療というのは、もっと目につきやすい、「手の出せる問題」には、むしろ悪いことをしているように見える。

いやはや、何が本当に大切かを理解したプロの仕事ですね。しかし・・・

原子炉の建設のような議題については、誰も理解できないためにあっさり承認が通る一方で、 市庁舎の自転車置場の屋根の費用や、果ては福祉委員会の会合の茶菓となると、 誰もが口をはさみ始めて議論が延々と紛糾する」という現象 には、「自転車置き場の議論」という名前が付けられていて、自分達の業界には、たぶん「自転車置き場の専門家」が増えている。

専門家に対して見当違いな意見や批判をする門外漢というのは昔からいたんでしょうけど、最近医療分野に目立って増えているらしい。変に注目されるとそんなことになるのかな。
そしてネット上では「『偽科学批判』批判」なんてのが目立ってきていた。これもやはり関心が高まってきたんだろうか。

 少数のアクティブが、その内で濃密な議論やコミュニケーションを取り交わすとき、その少数に含まれない人から見て一見不可解な、興味の方向性が現れてくることがある。その少数の中ではきちんとした経緯があり、展開があるのだが、それが周りの追随をぶっちぎってしまうのだ。僕はそうした現象を「尖鋭化」と呼ぶのだと思っている。

 ここで、id:finalventさんは、十分に(たぶん、標準以上に)知的な人だと思うが、一方で、ニセ科学運動の外側の人であり、それについて議論を積み重ねえてきた者から見れば、蒙昧で稚拙な素人、つまり大衆の一人に過ぎない。

特別興味を持って追いかけていなかった「外野」にはいまいちわかり難いのが「偽科学批判」である。批判に対して何を批判しているのかわからないという人が良くいる。
そして「外野」からこんなテストが提示された。*1

 ウィキペディアの以下の項目に含まれている引用部分は、極めて偽科学的説明である可能性が高い。科学的説明の逸脱とその理由を説明しなさい。

江戸時代の江戸では、富裕層のあいだで玄米に替えて精米された白米を食べる習慣が普及し、将軍をはじめ富商など裕福な階層に患者が多かった。江戸時代末期には一般庶民も発症し、江戸患いと呼ばれた。大正時代以降、ビタミンB1を含まない精米された白米が普及し、副食を十分に摂らなかったことで非常に多くの患者を出し、結核と並んで二大国民病とまで言われた。

高木は海軍において西洋式の食事を摂る士官に脚気が少なく、日本式の米を主食とし副食の貧しい下士卒(兵曹および兵。のちの下士官兵)に多いことから、栄養に問題があると考え、明治17年1884年)軍艦筑波に、この前年別の軍艦が行なった遠洋練習航海と食生活以外は全く同じ内容で遠洋練習航海を行なわせる試験案を上策し、それが採用され、結果として西洋食の艦において脚気患者が出なかった。このことから栄養障害説を確信したとされる。下士官兵にはパン食は極めて不評であったので、西洋食(パン食)から、同じ麦を食材とした麦飯に海軍の食料は変更された。これによって、海軍における脚気は根絶された。

これに対してお水関係の科学者として偽科学を批判し続ける天羽氏が批判した。

もし、高木の推論の仕方や試験への持って行き方が、今の知識を基準とした場合に何か問題があるものであったとしても(同じことを今実行したら擬似科学と呼ばれるものであったとしても)、それは当時の実験医学の水準の限界によるものであり、現代の科学の知識を元にして批判すべき対象ではない。

 なお、「スキャンダルの科学史」には、史実としての記述として、高木が、「脚気は栄養のバランスの問題」であると考えるに至った理由として、監獄食と海軍食の比較からだと書かれている。が、これも、史実をどう確認するかという問題であり、擬似科学の問題ではない。

過去に成された判断の中に、当時の知識で正しい結論を得ようとした結果として間違いが含まれていたとして、それは疑似科学・偽科学との謗りを受けるものではない。
「結果が間違っていれば偽科学・正しければ科学」というものではないのだ。科学と偽科学の違いは結果の正しさではなく、結果を正しくしようとする方法を取るか否かである。正しくあろうと努めるのが科学、学問のはず。
仮説を立て、実験し、批判を受け、また仮設を立て実験し・・・そこに答えを探す姿勢が有れば良い。歴史のある時点で科学者が間違った実験方法とか答えに至ったことなど珍しくは無いだろう。それが間違いであることが後に証明され、正しい答えに近づいていくのが科学である。「後に間違いと証明された仮説」は偽科学ではない。
さらに言えば医者が現場で行う治療方法は必ずしも科学的に解明されたものではなかったはずで、時代が遡るほど「なぜかわからないが治る」というものが増えることになる。それは命を預かる現場だから、理由なんかどうでもとにかく治さなければいけないので当たり前の話である。それを後から間違った方法だった非科学的だと言ってもしょうがない。
まぁWikipediaの記述に問題があるというのは正しい指摘なんだろうけども。
偽科学批判についてはこれも参考に。

さておきこの戦時中研究された脚気についての話はなかなか面白い。

脚気は米を主食とする日本や東南アジアに多発した病気で、定説ではビタミンB1の欠乏が原因とされる。ところがカビ毒が原因であるという異説もあり、調べ始めたらこれが面白い。そのうちブログに書くが、とりあえずは定説の成り立ちを理解していないと面白さがわからない。そこでまずは定説を解説してみた。教科書的に書いても良かったのだが、面白く読んでもらおうと思ったらこうなった。

というわけでやる夫ですw
そんな超わかりやすい説明は主にリンク先で見て貰いましょう。

森の言うように、厳密に言えば高木の実験は対照群が不適切である。しかし、人を対象とした実験の場合、常に理想的な実験系が組めるわけではない。高木の実験は、現代の疫学で言うところの介入研究に相当し高く評価されている。また、現代の知識から見ると、炭水化物過大・蛋白過小が脚気の原因であるとする説は誤りである。麦食が脚気を予防するのは、蛋白質ではなくビタミンB1を多く含むからである。ただ、麦食が脚気を予防するというのは事実であり、米食にこだわった陸軍は日清戦争(1894年〜1895年)、日露戦争(1904年〜1905年)において、多くの脚気患者を出す。

            / ̄ ̄\
          /   _ノ  \   馬鹿な…
          | し   -□-□)  海軍では脚気患者ゼロで、
          |     (__人__)  陸軍では40000人の患者と、
             |     ` ⌒´ノ  4000人の死者だと…
              |  し      }   俺は認めんぞ…
              ヽ        }
            ヽ、.,__ __ノ
   _, 、 -― ''"::l:::::::\ー-..,ノ,、.゙,i 、
  /;;;;;;::゙:':、::::::::::::|_:::;、>、_ l|||||゙!:゙、-、_
 丿;;;;;;;;;;;:::::i::::::::::::::/:::::::\゙'' ゙||i l\>::::゙'ー、
. i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|::::::::::::::\::::::::::\ .||||i|::::ヽ::::::|:::!
/;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;!:::::::::::::::::::\:::::::::ヽ|||||:::::/::::::::i:::|
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|;;;;:::::::::::::::::::::::\:::::゙、|||:::/::::::::::|:::

「なんだかわかんないけど効いてる」っていうのが認められなかったがための悲劇ですかねぇ。

南極大陸には、「エイクマン岬」「フンク氷河」「ホプキンス氷河」「マッカラム峰」などの著明なビタミン学者の名前がついている地名がある。その中に、ビタミン学説が提唱される30年前に、すでに食事の改善によって脚気の予防に初めて成功した功績による「高木岬」がある。

すげぇ。
そして脚気話はどんどん続く。

脚気に関する論文をひもといていると、けっこう人体実験がなされている。昔のことだから、おおらか。二つほど紹介しよう(いずれも引用文中の強調は引用者による)。

人体実験キタコレ。

大正10年(1921)夏まず6名の軽症入院患者にこのビタミン欠乏食をとらしめ、その症状増悪するを知って(そのうち1名は衝心状態に陥り心配するほどであったが、そのため自分は自分のねらいに確信を得た)、ついで秋9〜10月健康者2名、翌11年冬2〜3月同じく健康者1名、都合3名について同様の食餌をもって試食試験を行った。そのうち1名は自分である。試験期間は14〜40日間であった、いずれも普通脚気に見らるる症候を呈するにいたり、そのほか脚気と異なる症候は一つも認められない。

自分も実験台にしつつ患者は死にかけってすさまじいことしてんな。

まず患者から実験したのです。ちなみに衝心状態とは心不全状態のこと。患者が死にそうになっても「自分のねらいに確信を得た」とポジティブ思考だ。偉いのは、自ら被験者になるということ。■モルモット科学者のリストに載れるぞ。

脚気ビタミン欠乏説だけじゃなく、カビ毒説を支持する人体実験もある。私が調べた限りでは、脚気カビ毒説を検証するためになされた人体実験はこれが唯一。

要するにその当時は黄変米というものの研究途上で行きましたので、黄色いのを見れば何でも黄変米だと自分は考えたわけです。これはおもしろい、これをひとつ兵隊に食わして様子を見てやろうというわけで、百トンばかり着きましたから三〇%くらい混入したのです。それを今度は兵隊に食わして、自分も食つてみたところが、自分は一週間くらいで足がだるくなつて、これはすぐやめてしまつた。それから二週間後には病院のベツドが全部脚気患者でふさがつてしまつて衛生兵の方が悲鳴をあげた。

「これをひとつ兵隊に食わして様子を見てやろう」
自分も食ったけどすぐやめたwwwヒドスwwwww

「これはおもしろい」って、角田先生、正直過ぎ。やはり自分の体で実験しているけど、自分は1週間でやめて、他人に食べさせるのは2週間ひっぱったわけですな。ウィキペディアには、「研究会では、角田や浦口などの努力により極めて短期間に黄変米の高い毒性が解明される事になった。研究会の成果と、世論の強い反発のため黄変米の配給は継続できなくなり、同年[1954年]の10月には黄変米の配給が断念された」とある。浦口健二をはじめとするカビ毒の研究者が、日本人をカビ毒(マイコトキシン)から守ったというのは事実であろう。

というわけでビタミン欠乏もカビ毒も人体実験済み。

ビタミン欠乏が突き止められた経緯です。取り合えずAA面白いw

               -― ̄ ̄ ` ―--  _
          , ´  ......... . .   ,   ~  ̄" ー  _
        _/...........::::::::::::::::: : : :/ ,r:::::::::::.::::==::.:: :::......` 、 だりい…
       , ´ : ::::::::::::::::::::::::::::::::::::/ /:::::::::::::: : {○} ::::::::::::::::ミ 力が入らねえ
    ,/:::;;;;;;;| : ::::::::::::::::::::::::::::::/ /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ミ 歩けねえ
   と,-‐ ´ ̄: ::::::::::::::::::::::::::::::/ /:::::::::::rウヽ:::::::::::::::::::::::::::::ミ 息苦しい…
  (´__  : : :;;::::::::::::::::::::::::::/ /:::::::::::`<_:}:::::::::::::::::::::::::::ミ ていうか死ぬ…
       ̄ ̄`ヾ_::::::::::::::::::ノノノ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ミ
          ,_  \::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: : {○} ;;;;::-"
        ミ__  ̄~" __ , --‐一~ ̄ ̄ ̄
            ̄ ̄ ̄
              ニワトリ(脚気状態)
              ,,.-‐─-:..、
            /   ;;;;;;;;;;ヽ   なぜかはわからないが
           /      ;;;;;;;;;;;;;、 元気になりました。
           l       .;;;;;;;;;;;;ヽ
           {0}/¨`ヽ{0}    ;;;.;;;;;ヽ
            ヽ._.ノ       i;;;;;;;;ヽ、
             `ー'′  ;;;;;;;//;;;;;;;;;i;;;;;;ヽ、_
         /)    ヽ、;;;/;;l;;;;;;;;;;/;;;;;;;;;;;;;;;;;;;`‐-、
    _   / :/      |;;;; /;;;;;;/;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;  ヽ、
   ノヾ `‐-" l    , -‐"i  /;;;ノ;;;;;;;/;;;;;;,-‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;゙ヽ,
   ノヽ      |  /  .ヽ!;;:/;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;li
   l      ,  :l / ,    ;/       ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ
   (      ヽノ .i i;    ;l     ,,    ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|
   ヽ、      \l/_,-‐ 、:;|     :;\,,-‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;/
    ヽ、i      \i;;;;;:));|    ;;;;;;;;;/  ;;;;;;;;;;;;;;;;;;‐、;;;;;;;;;;/
      \      \´);;|    ;;;;;;;/  ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;\;;;;;i
              ニワトリ(元気状態)

きめぇwww

エイクマンは炭水化物なしで脚気が発生する点に関しては当初反対したが、議論のすえにフレインスに同調した。言語で伝えられる情報には限りがあるので図にまとめる。

図とか詳しくはリンク先参照。

脚気の発症に食事が関係することを高木が指摘し、発症を阻止するのは蛋白質ではなく米糠に多く含まれる未知物質であることをエイクマンが指摘し、炭水化物には毒性がないことをフレインスが指摘した。科学的仮説が少しずつ修正されていく過程がわかる。

これは良い。科学ってこうなんだよと教えるのに丁度良さ気。

米糠に抗脚気因子が含まれ、脚気のモデル動物であるニワトリをアッセイ系として使用できることがわかれば、あとは化学者の仕事である。1910年、鈴木梅太郎が米糠から抗脚気因子を精製(当初アベリ酸、後にオリザニン命名)した。1911年、フンク(Funk)が栄養欠乏因子に対してビタミンの呼称を提唱し、以降、さまざまなビタミンが発見されていくことになる。

大きな転換期だったんですねぇ。

さぁ本題に近づいてきました。なんか「ショーシン・ベリベリ」って楽しそうだな。病名に見えん。

最近、脚気づいているのは、脚気とカビ毒に関する異説を紹介する前に定説を理解してもらおうって流れから。今回は、脚気の病型の一つである衝心脚気(しょうしんかっけ)についての医学的定説を紹介する。というのも、「衝心脚気は通常の型の脚気とは区別される独立した疾患であり、ビタミン欠乏とは直接関わりがない」という主張があるからである。さあ、どんどん話がマニアックになっていくよ。

脚気は大きくわけて、神経症状が優位なもの(dry beriberi)と、心血管症状が優位なもの(wet beriberi)に分けられる。心症状が優位なもののうち、急性で劇的な経過をたどるものが衝心脚気というわけ。dry beriberiとwet beriberiがくっきり区別できるわけではなく、その混合型も多くある。衝心脚気についても通常の型の脚気と完全に区別できるわけではなく、軽度の脚気症状を持つものが、運動、発熱、分娩などを誘引として急激に悪化することが多いとされている。白米を食べる習慣のない国では、脚気の多くがアルコール多飲と関連する。アルコールそのものがビタミンB1を消耗させ、あるいは貧弱な食習慣がビタミンB1摂取不足につながるからである。

大酒飲みになるとつまみを食べないことも多くなるので注意ですな。

アルコール多飲者だけでなく、ビタミンBの補給なしに長期の中心静脈栄養を行うと衝心脚気を起こすことが報告されている。また、白米を食べる習慣がある日本では、アルコール多飲や医原性のほか、極端な偏食、ダイエット、健康食品などによっても発症する。最近の日本の症例を紹介する。()内は私による補足である。

これまたグラフなんかもある具体例が紹介されているのでリンク先参照。

以上のように、衝心脚気は通常の脚気と重なり合う疾患であり、原因はビタミンB1欠乏であるというのが現在の医学的な定説である。根拠は、臨床経過、ビタミンB1に対する反応、ビタミンB1摂取不足との関連、ビタミンB1欠乏の存在などである。日本では1930年ごろまでは「脚気の原因はビタミンB欠乏かどうか」について激しい議論があり、私もいくつか文献にあたってみたが、ビタミンB欠乏と脚気の関係を疑う臨床医はたくさんいても、「衝心脚気は通常の脚気と異なる独立した疾患ではないか」と主張した臨床医は、私の知る限りいない。衝心脚気とカビ毒とを関連付けた症例報告も、私の知る限りない(動物実験ならある)。衝心脚気の流行・集団発生の報告も、私の知る限りない(通常の脚気の集団発生ならある)。

せいぜいビタミン欠乏との関係を疑う程度で、独立した疾患と主張した臨床医はいない。

ここからが本番です。米の汚染と脚気の関係について検証。

脚気がカビ毒(マイコトキシン)に関係するとする説もいろいろであり、「カビ毒は衝心脚気症状を起こす」という脚気とビタミン欠乏の関係を否定しないものから、「脚気の原因はビタミンB1欠乏ではなくカビ毒である」とするトンデモ説まで幅がある。

ずいぶん幅があるなぁ。

辰野/浦口の主張は、要約すると、「ビタミン欠乏による脚気の存在も否定しないものの、衝心脚気はカビ毒が原因であり、明治の終わりから大正の初めにかけて衝心脚気が日本から消失したのは、公の米の検定によりカビに汚染された米が流通しなくなったためである」、というものである。

辰野の主張を改めて要約すると以下のようになるだろう。

  • ビタミン欠乏により起こる通常の脚気と、急性の経過をたどる衝心脚気は異なる。
  • カビ毒の一種・シトレオビリジンは実験動物に衝心脚気によく似た症状を起こす。
  • 全国で米の管理が行き届いた時期に、衝心脚気で死亡する患者が認められなくなった。
  • 日本での衝心脚気の消失はビタミンB1の発見では説明できない。
  • 明治から大正にかけての衝心脚気の原因は、ビタミンB1欠乏ではなく、カビ米由来のシトレオビリジンである。

仮説として提唱するのであれば、問題はない。しかし、『十分に「衝心性脚気」と「カビ毒」と「お米」の関係が、余すところなく解明できた(P64)』、あるいは、『心臓障害による致死性の高い衝心性脚気がカビ毒によって発生することは証明された』『衝心性脚気はカビ毒で引き起こされるが、衝心性脚気以外の脚気ビタミンB1不足によっておきるとする「部分カビ毒説」がもっとも妥当性が高い』とまで言えるのかが問題である。

要約された元の内容についてはリンク先にあります。

さぁ問題点の指摘です。

まず目に付く問題点は、通常の脚気と衝心脚気の混同である。医学的な定説に立てば、両者は病因を同じくする連続した疾患であるのだが、辰野/浦口によれば、「通常の脚気の原因はビタミン欠乏、衝心脚気の原因はカビ毒」であるので、両者を明確に区別しないとおかしい。衝心脚気の病理解剖数が米の公の検定により減っていったことを示すグラフに「一時的に1916年に脚気が増加したことにより1916年〜1918年の期間に高い平均値を与えた」とあるが、「ビタミン欠乏による脚気」が増加したからって「カビ毒による衝心脚気」が増加するのはおかしい。混同は他の場所にも見られる。

衝心脚気の病理解剖数を示すグラフの中に脚気全体の増加に伴って増えた期間があるわけですね。
わざわざ病因を分けたのにこれを疑問視しないのはおかしいですね。

辰野/浦口の主張の問題点として、衝心脚気がビタミン欠乏症と考えられている理由について、まったく反論がなされていない点も挙げられる。辰野が本を書いた時点ではもちろんのこと、浦口が衝心脚気とマイコトキシンについての論文を書いた1969年の時点でも、医学的な定説では、衝心脚気は通常の脚気の一タイプであり、ビタミンB1欠乏が原因であるとされていた。

自説が既存の説と矛盾するのに反論しなかったのか。

「衝心脚気は原因がカビ毒であり、ビタミンB1欠乏による通常の脚気と独立した疾患である」と主張するならば、衝心脚気ビタミンB1による治療にきわめてよく反応するのはなぜか、慢性の脚気状態に併発するのはなぜか、カビ米を摂取していないアルコール中毒患者に発生するのはなぜか、

これだけでもカビ毒説は支持できないですね。

現代であれば、ビタミンB補充なしの中心静脈栄養によって衝心脚気が起こることが知られている。点滴中にカビが混入したのか?健康食品を中心とした食生活のため発症した脚気衝心の症例は、カビに汚染された米を食べていたのか?

なるほど。現代でも「衝心脚気」が発生しているのにカビ米が問題になっていないことからも、カビ毒の関与は無いのがわかる。

「衝心脚気は、ビタミンB欠乏で起こることもあるし、カビ毒で起こることもある」というところまで後退すれば、上記した問題点は回避できるが、今度は「カビ毒で起きる病気は、はたしてビタミンB欠乏で起きた衝心脚気と同じ病気か?」という点が問題になる。浦口/辰野は、実験動物では、「シトレオビリジンで発生した中毒症状はビタミンBでは軽快しない」と述べている。カビ毒・シトレオビリジンで起きるのは、衝心脚気そのものではなく、衝心脚気と似てはいるが異なる「衝心脚気様の病気」であることを示唆する。シトレオビリジンは、ビタミンB1と拮抗することで病気を起こすという別の話もあり、それはそれで検討に値する仮説である。だとすると「カビ毒で通常の脚気も衝心脚気も起きる」ことになる。公の米の検定で脚気による死亡者は減っていないところからみると、かつて日本で猛威を振るった脚気はやはりビタミンB1欠乏が原因であり、米によるカビ毒は主因ではないことになる。

カビ毒が脚気に似た症状を起こす可能性とビタミン欠乏を起こして間接的に脚気を起こす可能性はある。しかし米の管理によって脚気による死亡者が減らなかったことで、カビ毒と過去日本において猛威を振るった脚気の関係はほぼ否定されてしまう。

さて再び当時の研究模様です。

脚気栄養欠陥説の反対者の言い分は「白米によって起こるニワトリの病気は、ヒトの脚気とは異なる」というもので、これはこれで考慮すべき主張ではある。そんなわけで、ビタミンB欠乏によっておこる実験動物の病気は「白米病」とされ、脚気とは区別されていた。脚気栄養欠陥説の反対者には、森林太郎のほか、青山胤通、緒方知三郎といった東大医学部出身者が多いが、東大で脚気栄養欠陥説に基づいた研究をしていた人もいた。

諸説あった、ちゅう話ですね。東大では不人気だった説でもその研究者がいた。

青山胤通は、当時、東京帝国大医科大学校長であった。青山は脚気病原菌説を強固に主張し、一説によれば鈴木梅太郎オリザニンに対して「糠が効くのなら小便でも効くだろう」と批判したという。脚気論争の歴史が語られるときには悪役にされがちで、東大関係者からみたら面白くないのであろう。米糠水エキスの効果を伝えられた青山の反応が書かれていないのは残念である。ただし、田沢による米糠水エキスは力価が低く、大量に使わないと効かなかったそうである。なお、入澤というのは、第二内科教授の入澤達吉のことである。入澤も後に医学部長となるが、当時は青山より立場が下である。部下が「糠は脚気に効く」という研究をする一方で、上司は反対派なわけだ。ちなみに、入澤達吉による大正10年(1921年)の「脚気(臨床講義) 糠エキスの奇効」という論文を読んでみたが、糠エキスは脚気に効くと言いつつ、白米病とヒトの脚気は異なるとする微妙な立場をとっている(引用者により、旧字体・旧かなづかい等を改めた)。

入澤さん大変ですなぁ。部下の研究とその説に反対の上司で板ばさみ。んでツンデレ。AAはリンク先で。
それにしてもブックマークの自己コメント、「家のパソコンで見たらAAでかかった。AA付きだと、ブクマ数が倍増することが疫学的にも証明されました。」ってw

*1:それにしてもコメント欄を読み進めたらなんだありゃ。延々同じやりとりの末に予告無くIDブロックする始末。自説を押し通したいだけにしか見えない。いやそれどころか「釣り宣言」に近い状態まであったぞ。もっとましかと思ったのに残念なものを見てしまった。これが「アルファブロガー(笑)」か・・・