ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

夕飯

 スーパーへ行くまでは豚肉を使ってすき焼きみたいなおかずにしようと考えていた。しかし、それってよく考えるとまた肉じゃがみたいになってしまうんじゃないかなぁともね。ところが立ち寄ったスーパーの鮮魚売り場に鰤の刺身を売っていたんだね。しかも、ちょっといつもより安い。あんまり脂ののった部分じゃないけれど。でも良いや、これを買って帰って、ごはんに「すし太郎」をぶっかけてガリと海苔をのせ、その上にこれを載っけて鰤どんぶりにして喰おう!と衆議一決。
 味噌汁は旨い油揚とキャベツ。ゴボウと牛肉のきんぴら。納豆、漬け物ときたらもう満点じゃないか。やっぱり買い物に行って、旨い安いところを見つけるのが一番だというのが今日の教訓でしたね。

驚愕

 先日、103歳になる大叔母さんの告別式でつれ合いが従姉妹の息子と話をしたら、うちの近所に店を持っているという。えっ!?どこに?と聞いたら、ついこの前うちで話をした店のことだった。それで、今日、前を通ったら日曜日なのに電灯がついているので、ちょっと開けてみた。するとその息子じゃなくて、お爺さんが若い人と話しているところだった。こうこうこういう店じゃないの?と聞いたら、そうだけれどといって、そのお爺さんが絶句をしている。なんだろうと思ったら、その従姉妹の先の旦那だった。先の、というのはとっくの昔、かれこれ25年ほど昔に別れているからだ。
 彼は私のつれ合いの死んだ親父に世話になったまま別れて消息を知らなかった。私たちはいったいどうしているのかも聴いていないから、まさか、こんなところで遭遇するとは思っていなかった。驚いたのなんの。しかし、向こうはもっと驚いただろう。
 人生油断しちゃいけないんだよなぁ。あんまり踏み込んじゃいけないところを垣間見てしまったようだ。知らなかったことにしておこう。

上野千鶴子

 建国記念の日東京新聞上野千鶴子が寄稿しました。記事から見るとこれはインタビューを東京新聞の記者がまとめたもののようで、多分彼女のことですからもっともっと盛大に語ったに相違ありません。何しろおしゃべりですから。

◆平等に貧しくなろう 社会学者・東京大名誉教授 上野千鶴子さん
 日本は今、転機だと思います。最大の要因は人口構造の変化です。安倍(晋三)さんは人口一億人規模の維持、希望出生率1.8の実現を言いますが、社会学的にみるとあらゆるエビデンス(証拠)がそれは不可能と告げています。
 人口を維持する方法は二つあります。一つは自然増で、もう一つは社会増。自然増はもう見込めません。泣いてもわめいても子どもは増えません。人口を維持するには社会増しかない、つまり移民の受け入れです。
 日本はこの先どうするのか。移民を入れて活力ある社会をつくる一方、社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか、難民を含めて外国人に門戸を閉ざし、このままゆっくり衰退していくのか。どちらかを選ぶ分岐点に立たされています。
 移民政策について言うと、私は客観的に無理、主観的にはやめた方がいいと思っています。客観的には、日本は労働開国にかじを切ろうとしたさなかに世界的な排外主義の波にぶつかってしまった。大量の移民の受け入れなど不可能です。
 主観的な観測としては、移民は日本にとってツケが大き過ぎる。トランプ米大統領は「アメリカ・ファースト」と言いましたが、日本は「ニッポン・オンリー」の国。単一民族神話が信じられてきた。日本人は多文化共生に耐えられないでしょう。
 だとしたら、日本は人口減少と衰退を引き受けるべきです。平和に衰退していく社会のモデルになればいい。一億人維持とか、国内総生産GDP)600兆円とかの妄想は捨てて、現実に向き合う。ただ、上り坂より下り坂は難しい。どう犠牲者を出さずに軟着陸するか。日本の場合、みんな平等に、緩やかに貧しくなっていけばいい。国民負担率を増やし、再分配機能を強化する。つまり社会民主主義的な方向です。ところが、日本には本当の社会民主政党がない。
 日本の希望はNPOなどの「協」セクターにあると思っています。NPOはさまざまな分野で問題解決の事業モデルをつくってきました。私は「制度を動かすのは人」が持論ですが、人材が育ってきています。
 「国のかたち」を問う憲法改正論議についても、私はあまり心配していない。国会前のデモを通じて立憲主義の理解が広がりました。日本の市民社会はそれだけの厚みを持ってきています。
 (聞き手・大森雅弥)
 <うえの・ちづこ> 1948年、富山県生まれ。認定NPO法人「ウィメンズ アクション ネットワーク」理事長。『ケアの社会学』『おひとりさまの老後』など著書多数。近著は『時局発言!』(WAVE出版)。(東京新聞2017年2月11日)

 この記事を元に、みんな貧乏になれ!移民なんか入れてなんかやるものか!という主張だと捉えている人たちが巷にいて、多分彼女のような男女同権運動の旗手を日頃から面白くないと思っている、自分の価値観を保持するためであれば、つまりかなり低次元での自己保身に凝り固まった人たちから見る論評が取りざたされております。
 彼女の論調は、君たち日本人は世の中の荒波に揉まれたことがないんだから、そういう状況に置かれたらなにをするかわからないから、鎖国した方がまだマシだ、そうである以上、衰退していくのはやむを得ないのであって、それなりに覚悟をして、相応なシステム構築を早くやるべきであって、安倍晋三自公維政権のような甘言に踊らされていると早晩エラいことになるぞ!という警鐘なんであります。

2.26

 そういわれて、あぁそうだ!と気がつきました。今日は「2.26」事件の日ですね。あれは昭和11年、1936年ですから昨年が80周年だったというわけですね。
 この年に、うちの死んだ親父は大学を卒業したんだそうです。この年「大学は出たけれど」というセリフが流行ったというくらいですから、当時そんなに進学率が高いというわけではなかったのに、大学卒の学歴があっても就職先に困るような景気状態だった、ということは大きな意味を持つのだろうと推測することができます。
 うちの親父は工学部の中でもほとんどつぶしがきかない学科を出たわけで、さぞかし就職先はそうたやすくは見つからなかったのだろうと思います。私がまだ高校生の頃、1960年代の中頃、ということですが、親父が50代半ばで大学の同じ学科に学んだ同級生は30人にも満たなかったようです。毎年正月に同級生の間で家族の写真を交換していました。だから、親父の同級生の名前や顔、そして就職先を目にしていました。
 彼らはその後、彼らが戦争中、徴兵されていたときにどんな体験をしていたのか、文集にしておりました。多分、嫌なこと、同級生とはいえ知られたくないことは書かれていないだろうことは想像がつきますが、それでもなかなか興味深いものがあります。多分あの年代の人たちが経験、体験したことは今の私たちには想像がつかない部分もかなり色濃くあることでしょう。その辺のことを全部ねぶってしまって、みんなが一斉に同じ行動をし、同じように中央集権的に一糸乱れぬ行動をとることを美しいといってしまう、異常な動きに棹を差さなくてはならないことが忘れられやすい状況に思いをいたすには、森友学園による国有地搾取事件はちょうど良い具体例だと思います。
 そういえば私たち戦後の生まれは教育勅語や戦陣訓を忌み嫌い、大きく否定するべきものとして、触れずに育ちました。私が教育勅語の最初の部分をそらんじることができるのはひとえに映画「裸の大将」の中で、小林桂樹演じるところの山下清画伯が大人相手に諳んじてみせるところを見てのことでした。
 「チンオモウニ、ワガコウソコウソウクニヲハジムルコトコウエンニトクヲタツルコトシンコウナリ」ったってその意味なんて全然わからない。「朕思うに」だけはわかった。「天皇が思うところによると」ってんだね。しかし、「コウソコウソウ」が皇祖皇宗だってことがわかるのに、時間がかかった。天皇さんのご一家はずいぶん長い歴史があって、系図は大変なものになってんだろうなぁ、しかし、系図なんてのは昔からそこら中に偽物が跋扈していたわけだから、にわかには信じがたいもので、これだって、結構眉唾だろうなぁと思ったのは、おふくろの実家にある系図を爺さんに見せられてからでしたね。なにしろうちの先祖だって桓武天皇だってことになっているんだから。おいおい、これじゃうちだって天皇さんのところと親戚ってことになっちゃうんじゃないの、と思いましたよ。
 あの映画を見た頃、私は小学校4年生です。見たのは清水の駅からそれほど遠くないところにあった映画館でした。その後数年して、清水東高校が会場だったのか、夏休みに「山下清展」が開催されて、ご本人を会場で見たような気がします。多分あの映画も三度ほど見た記憶があります。
 2,26事件の時に、先代の柳家小さん、あの人間国宝だったやっとうが大好きだった噺家ですが、は決起軍の一兵として雪の中、出動したといわれております。あれから日本は怒濤の如く戦争の道を突き進んで行ってしまいました。心すべき記念日として記憶に残すべきかと思います。

2017年02月25日のツイート