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2012年06月17日

日記はいいぞ―自己教育のための日記のススメ―本当の美容とは・自分の意識を観察することの効用・原則ぼくは正直でありたいなど

日記はいいぞ―日記は本当の幸せを希求する道の人に必携のツールである

毎日、日記に率直な考えや気持ちを綴っていると*1

後々、自身の変化を観察できるから自己教育にとって有用である*2

*3の日記を開いてみると、内容が拙くて、「こいつ未熟だな」と、

子どもを温かく見守るような目で眺めることもあれば、

逆に、書いてあることの意味がわからなくて「こいつ賢いな」と思うこともよくあるし、

今では思いつかないようなアイデア等が綴ってあり、「こいつおもしろいな」と思うこともよくあるし、

今とは比較にならないほどの鋭敏な感受性をもっていたり、苦しみの中で誠実に生きようともがいていたりして、

「こいつ素敵なやつだな」とか「こいついいやつだな」と思えることもしばしばある。

日記を書くことの効用は、少なくとも、もう一点あって、毎日、日記で自分の感情や考えを記述していると、

最初こそ構えてしまって自分を飾ってしまうことがよくあるのだが、次第に自分の感情や考え、出来事を素直に記述できるようになるとともに、文字として書かれた自分との対話がはじまり、結果、心のいびつが解消されていくということが起こる。

こんなふうに、適度な自己肯定感を持ちつつ、自身の進歩(あるいは変化)に気づくことができ、さらには心のいびつが解消されればきっとうまく生きていけるし、それが周囲にも波及してよい影響を与え、結果、充実した迫力のある文化の形成につながる=次の世代の幸せにつながる。

はずだ。


ちなみに、今は書くモチベーションと必要性があまりないから、基本的には書いていない。

ある状況群が整えば、自然に書かざるを得ない状態に陥ると、私の経験は言っている*4。だから、そういうときに書けばよいと思っている。




それでは、約5年前の日記を見てみよう。


豊かな感性と健康な心身と知的好奇心があってはじめて人は本当の幸せになれる

2007年8月21日の日記

もう なんだか ぼくは

都会がいやになっちゃったなあ

木はやさしい

ぼくが思いっきり こころをひらいて

近づくと やさしい歌をうたってくれるから

人間は怖い へたに心をひらくと

ナイフでグサッと刺してくるから

お父さん お母さん 直ちゃん*5

ぼくは 都会の生活につかれました

大きくて 粗雑な声のする

都会から離れて

よほど 耳をすまさないと

聞こえない しゃべらないものたちの

声をききたい。

大地に 自然に 虫たちに

鳥たちに 木や花たちに

囲まれて 思いっきり 心を

五感をひらいて 会話をしたい

うぐいすのような

きれいな声で鳴きたい。

これは実質的な遺書である。

人間関係等に疲れて衰弱している人に共通して見られる発言であるとともに、

人間の命を輝かせるための環境を切に求める発言でもある。

当時の色々な自身の未熟がもたらした災いによるところも大きいけれども、

後半の「大きくて 粗雑な」以降の思いに関しては今も同じである。

当時と比較して、今はずいぶんと感性が鈍った。

感じる喜びは減ったけれども、楽で生きやすい。

感受性が鋭敏すぎると疲れすぎて生きづらいのだ。

けれども、適度に豊かな感性が育まれていないと、本当の幸せには到達できないと感じる。

モノがあっても感じる能力がなければ幸せになることはできない。


現在の自分から過去の彼へのコメント

お疲れ様です。

ゆっくりと傷口の治癒に努めてください。

あなたの望んだ生活は今、実現しています。

そして、精神が飛躍的に発達しましたし、よくも悪くもタフで鈍感になっています。

精神の健康な仲間に囲まれてノンストレスで生きております。



続いて、当時から一年後の今から4年前の日記を見てみよう。



幸せをつくりあげていくための目標設定

2008/8/27の日記

自分の身近な人10人ぐらいを少しでもより幸せにしてあげることを目標にしようと思う。両親、私、友人、将来いてくれたらうれしい妻と子ども

いくらお金があっても体は1つだし時間は平等。だからテレビを100コ同時に見ることはできない。

考えてみれば日本は聖徳太子以前から中国の文化をパクリまくってきた。今ちょっとパクられたくらいで細かいこと言うなと思ったり。欧米は「個人」にこだわりすぎて所有とか著作権とか裁判とかうるさすぎるところがある。

太陽の下における平等

コメント

身近なところから幸せのカタマリを作っていくというスタンスは継続しておりますし、

一定の成果も出てきております。その他にも、様々な夢や目標が着実に叶っております。

最近では、たいていの夢や目標は「適切な努力をすれば」叶うものだと実感しております。

本当の美容について・調心は大人のマナー

2008/8/28の日記

本当の知恵とか教養というものは骨や内臓のように体のオクに静かに、しかし、しっかりと機能を果たしながらおさまっているものだと思う。内臓をひけらかす人はいない(きっと)。書いていて思ったのだけれど、外皮系や骨格、筋肉など、わかりやすい美容にばかりこだわるのではなく、内臓や神経系の美容をもう少しがんばるフンイキになるといいのだと思う。美しくなろうとすることはきっとすばらしい。私は今、こういうのを重視して心身の美容に励んでいる。美しくなりたいという思いは多くの女性(や男性)と同じ。全体を美しく。これがきっと大切。容姿か中身かとかは本質的ではない。この二つは本来「1つ」である。分ける必要はない。

人心が乱れている。自分の人生を咀嚼し、一応の満足をすることは大人の勤め(義務)である。それにより、周りに幸せが伝搬する。

私はそう思うから、そういう方向に自らを導く。

家庭の民主化

人は老いる。私の親も、友人も。私も。

コメント

美容とはそういうものだと思います。

ぼくは美しくなりたいし、他者を美しくしたいし、美しい人に巡りあいたいし。

そして、心を整えること=調心は大人のマナーだと思っています。

2008/9/5の日記

私はものを知らないから、悲鳴はあげられても不満は言えない。

怒りではなく慈悲を原動力に動くということもできる。

コメント

ええ、怒っている状態というのは、不幸だと思います。


正直であることのメリットと理想的生活実現の誓い

2008/9/6の日記

原則、ぼくは正直でありたい。

鋼鉄の意志と緻密な戦略・計画性、地道な努力により、絶対に私のしたい生活を実現させようと思う。

コメント

今も正直でありたいと思っております。

まず、一人ひとりの人を尊重し、誠実に生きたいという倫理的な動機。

そして、様々な他者との誠実なコミュニケーションを通して信頼関係を築くことにより、

効率的な共同体運営につなげたいという動機があります。

その他には、以下の理由が挙げられます。

嘘をついてしまって、仮にそれがバレてしまった場合、自身の信用を落とし、結果、生存上不利に働くことになってしまいます。

だから、嘘をついてしまった場合には、嘘を逐一記憶しておき、さらに、つじつま合わせをし続けるために、脳のメモリを常時余計に使用する必要が生じます。パソコンでいう「重たい」状態になってしまうのです。ぼくは自身の脳のパフォーマンスを最大化して、のびのびと思考をしたいので嘘はきらいです。

嘘をつかないための根本的な対策としては、嘘をつかなくてもよい生活をすることが一番でしょう。

ぼくは、現在、とりたててやましいことはなにひとつありませんから、気楽なものです。つまり幸せですし、余計なことに脳のメモリを割く必要がありませんから、のびのびと生きることができます。

鋼鉄の〜について。

よい意気込みです。今もその思いは変わりません。あなたのしたい生活は着実に実現しつつあります。

夢や目標はたいてい叶います。ただし、自分を客観視する能力は不可欠です。


再び日記の効用について

2008/9/7の日記

おそらくもっとも私の心のバランスがよいときの判断を長期的方針として採用するのが好ましい。それだけ状態が変わるのならそうするのがよさそう。

たとえどんな社会になろうとどういう人が多数派を占めようとも、ガンとして動かないフワフワのきれいでやわらかい心の大きなしかも枯れない瑞々しい花でありたいしそうなれるよう努めたい。短い人生 くいなきよう 本当にくいなきよう


ぼくはしばしば障害者と呼ばれる人たちと関わる機会があるし、また、話を聴く機会もあるのだけれど、そういう触れ合いがある度に強くなる思いがあって、それは人間のより高次なコミュニティのあり方があるように思えてならないということ。たとえその背後にたくさんの苦しみや悲しみがあったとしても、それでも、固定観念や習慣から簡単に逸脱することのできる個性というのは素晴らしいといつも感動するし、目を開かされることが多い。

長老=生き方のコンサル

実はもう遺跡はでている

眼前に広がっているという想像力

常々、日記をつけていると、「もっとも私の心のバランスがよいときの判断」が何なのかが浮き彫りになってくる。

これも日記の効用の一つである。

コメント

ええ、くいなきよう生きていきましょう!



それでは、上の頃から一年後の、今から約3年前の日記を見てみよう。


意識に占める過去現在未来のバランスについて

2009/7/5(日)(8:35)デパス*6。内臓キモチ悪い。最近すぐに寝られない。が、起きるのは早いし、途中で目覚める。なんか嫌な夢見てるような。うまく生きるためには、過去現在未来をバランスよくしかも柔軟にいろんな尺度で適切な物語性をともなって見られる必要があると思ったり。3つのうちのどれかが欠けるとペースがくるう。PTSD(トラウマ)は意識と感情をカコの一点にしばりつけてくるし、不安や快楽などにかたよった状態からくる刹那主義や快楽主義の場合、現在にしばりつけられてしまい、いずれにおいても適応的に生きられなくなりがちだし。未来ばかり見ていて過去や現在を直視できていない場合にはただの口だけの夢想家になってしまったり暴走してしまったりする。過去現在未来のどれか二つだけを見ている場合にも、またうまくいかないことが多い。今日は(この部分解読不能)。着実に。

きのう見た虐待された子のドキュメントはそのキモチやあり様がイタイほどよくわかるけれども、それを「なぜ」そうなるのか「説明」するのは今の僕にはもうむずかしいし する気もない。今はそういうアタマの使い方をしたくない。

今はわりとうまくいっているから起きてから早く動き出せるというのはありそう。

14:20デパス 20:00デパス、ジェイ*7

23:00デパス


この時から、約3年が経った。



当時は過去の一点に縛られていた。その過去の一点への吸引力は凄まじいものだった。

そこに精神の自由はなかった。つまり不幸だった。けれども多くの学びは得られた。

今は当時と比較すれば極めて健康であり、かつ、幸せである。

このように、自分の意識が向かう方向を静かにモニタリングすることはうまく生きていくためにしんけん*8重要である。

ぼくは最近、毎日朝から夕方まで農作業をして

その後、時間があるときには、暗くなるまで志民農園の手入れをして

夜には、家庭教師の仕事をしたり、書道教室に通ったり、中国語講座に通ったり

帰宅後、お風呂とご飯を済ませ、布団に倒れこみ数秒で寝付く。

早朝、本を読みあさることしばしば。

毎日が充実していて、かつ、中長期目標に従い着実に前進できている。

気がする。

一般に、中長期計画というのは、常に意識していると脳のメモリがもったいないので、

日々の活動指針や活動内容をその中長期計画から導き出し、適度にルーチン化しておくとよいと思われるのだが

ある頻度以上で、どこに向かっているのか確認する作業をしておかないと、現在に囚われすぎてしまって、過去と未来を見ることができなくなりがちである。つまり、視野が狭くなる。そして、手段の目的化というやつが起こる。

結果、モチベーションの低下やペースの上げすぎ等を招き、心身のバランスを崩し、幸せから遠ざかることがあるから注意が必要だ。

ぼくは最近、この傾向に陥りがちであったので、現在、周辺環境整備に努めている。例えば、優先順位の低い中国語講座をやめることを決意したり、仕事等においても無理をしすぎず適度に休みをとったり、今まで二日間で三人の生徒をみていたのを、一日にまとめたりすることにより、夜に空白の時間をつくる工夫をしている。

ぼくにとって、やりたくてやっていることをやめるというのは、やりたいことをし始める、あるいは、やっていることを継続すること以上に難しいことなのだが、これができるようになったのは大いなる進歩だと思う。




そして、最後に数ヶ月前の日記を見てみよう。



たいていの事故や怪我の前にはそれを予見する本当にささいな異変が見られる・本当の反省の再稼働を

2012年3月の日記

書きかけでふと気づけば、就農計画を立てていたはずが、いつの間にか関係のなさそうな本に囲まれている。

早期発見ができるし、だいぶんマシになってきている。

けれども、プラトンを参照して就農計画を立てていたのでは、十中八九、就農する前に死んでしまう。

さかのぼりすぎてしまう癖があるんだ。

それは長所でもあると思っているのだけれど、重大な欠点が少なくとも二つはあって

ひとつは、そんなことをしていると儲からない=死に接近するということであり

もうひとつは、日常生活に支障をきたす=これまた死に接近するということ。

そして、個人に特有の事情として、脳に負荷をかけ過ぎると、閉じかけていた傷が再び開き、頭のうずきがひどくなるという欠点もある。

これは典型的な「内」ばかり見ているモードに陥ってしまっているときの傾向で

毎日身体を十分に動かしてバランスよく生きられていないときによくこうなる。

ここ二三年、限りなく無職に近い自営業者になってしまう冬には、特にそうなりやすい。

他にも、最近は常にうわの空だし、昨晩は会話や考え事に夢中になって駐車場の閉鎖時刻に間に合わなかったり、今日はインロックをしてしまったり、プールでも考え事をしながら半ば無意識にひたすら歩き続けていたし。


上でも述べたように、重大な過失を回避するためには、こういう「リーチ目」を軽視しないほうがよい。


たいていの重大な事故や怪我の前には見逃してしまうほど小さいが、実は超重要なサインが出ている。


経験は私にそう語りかける。



よく小学生や政治家などが反省する際に、「気をつけます」とか「注意します」とか書いたり言ったりするけれど

実はそんなのは意味のある反省にはなっていなくて

ただ意志でなんとかしようとしているだけ(あるいはその意志すらない)でたいした予防法にはならないんだ。

強い意志を持つだけで予防できるような事柄など、もともとたいして深刻でない事態なのである。

有効な反省の方法としては、なぜそうなったのか掘り下げた上で、具体的に何をするのかを決め、行動に移す。

そして、そのサインが出ないよう、あるいは、出た時にこの「本当にささいなサイン」を重大な過失が起こりうる前触れだと認識(これが本当に難しいのだけれど)し、素早く修正をすること。これができるようになったころには、すでに反省前の自分とは全く別の存在になることができている。深い反省とは自分が根本的に変わることである。変わるのは楽ではない。けれども、変われた暁には、自分の周りの人々をより幸せにすることができる。



反省とは本来学びの最たるものである。


しかし、残念ながら、少なくとも現在の日本においては、反省というものは過失の咎めに対する弁明や謝罪というレベルに留まってしまっている。

「本当の」反省をするためには、これを一つの技術として捉え、適切で継続的な訓練を積み重ねる必要があるのだが、おそらく、ほとんどその訓練がなされていない。

だからぼくは自身の「政治生命」をかけて、他者が反省する際の「安全性」を担保したいし、本当の反省を「再稼働」させ、「国民生活」を守りたい。

そうしないと、「日本の中長期的な経済的・知的・文化的損失」が計り知れないので。

*1:基本的には殴り書きで、もちろん推敲はしませんし、本来、平仮名やカタカナで記述しないような語句もそれらになっていることがよくあります。人にはあまり見られたくないようなことも普通に記述します。そうしているうちに、やがて、他人に見られてもいいかなという心地になりますし、心の平安を保った状態で、言おうと思えば何でも言えるような人物になってきます。

*2:「ブログに限らず書くということ全般について」ブログ情報 - 岡安賢治随想録(okayasukenji’s essay)の二番目の理由を参照

*3:過去の自分

*4:ブログに限らず書くということ全般についてブログ情報 - 岡安賢治随想録(okayasukenji’s essay)の一番目の理由をご参照ください

*5:11年前に亡くなった妹

*6:服用している薬の商品名

*7ジェイゾロフトの略。服用している薬の商品名。

*8:舞鶴でしばしば使われる方言で、「とても」のように程度の甚だしいことを意味する言葉。

2011年12月07日

もう中学生は偉大である

ぼくが通っていた中学校は、詰襟の学生服だった。

「カラー」というポリプロピレンか何かで出来たプラスチックを襟の内側に固定し、あごの下についている金属でできたホックをかけることを強制された。

そうしないと、校則違反だからダメだと言われた。

カラーは常に首にあたって痛いし、夏には汗を吸わないからベトついて気持ち悪いし、冬には冷たいし、真剣に考えてみたけれど、まったくそれらの効用が見いだせなかった。

むしろ、勉学や学生生活にとって妨げでしかなかった。

本当はもっと心地よく勉強を、生活をしたかった。

それでも、当時の僕は個が確立されていなかったから、長いものに巻かれて三年間それを着用し続けた。

でも今は違う。

たぶんというか、ほぼ確実に今のぼくが中学校に学生として通うことになったらあの制服は着ないと思う。

おそらく、スウェットにジャージとスニーカーで、リュックを背負っていく。

学校指定のカバンは重い物を持ち運ぶ際に、身体への負担が大きすぎたし、加えて機能的でなかったから使用しない。

制服を改造するなどといった、枠組みの中でもがくようなこざかしくてダサいことはしない。

卒業式や入学式等の式典の際には、周りに配慮をしてスーツを着ていくかもしれない。

校則違反だぞと言われたら、「はい。存じ上げております。」と笑顔で答えるかもしれない。

しつこい場合には、「察しいたしますが、勉学の邪魔になりますから、その話はせめて週に一回程度に控えていただけませんか」という展開になるかもしれない。

そして次の日は制服で行ってみる。

その次の日は制服を着ない。

ツンデレである。

これで笑ってくれたりツッコんでくれたりするのなら、なかなか大人だなと思うのだろうけれど、きっとそうはならない。

その後、もっとしつこく勉学の妨害をされた場合には、

「お忙しいところ申し訳ございませんが、少しお時間をいただけますか。一つ質問があるのですが、伝統ということの意味、イニシエーションの役割、帰属意識を高めることの長短、機能性、様々な面から検討を加えたうえで、ひとまずあなたの職業上の責務はおいといて、ひとりの大人の人間として、この制服と、この制服を強制することに対するあなたのお考えを聞かせていただけませんか。そして、ルールというものに対する捉え方をあわせてお聞かせいただきたい。仮に保身に走っておられるだけで、自分の思想をお持ちでないのだとしたら、申し訳ございませんが、あなたとこれ以上お話しても何も生まれませんから、おひきとり願います」

と言うことになる。

そして次の日は制服で行く。

このへんのバランス感覚は大切にしたい。

学校が終わり次第、言動がだいたい読める校長先生はすっ飛ばして、教育委員会と市長、市議会議員にアポをとってさっさと話をつける。必要ならば弁護士にも相談するし、生徒会長に就任するか、実行委員会を組織して内から改革をしてしまうという選択肢も検討する。顛末をネット、新聞への投書などを活用して情報発信する。

そうしながらも、淡々と勉学をはじめとした自身のやりたいことは進めていく。

この過程で心労から病気になってしまう先生がいるかもしれない。

見舞いにはもちろん行く。

その後、あまりにもオオゴトになるようであれば

「皆さん、まあ一度落ち着いて考えてみてください。何もシリアスな問題は起こっていないのですよ。そんなにオオゴトのように捉えなくてもよいのですよ。一度深呼吸をしましょう。ともかく皆さん、今後ともよろしくお願いいたします。」

と言う。

こんなに些細なことでクソマジメになってはならない。

これが一番大切なことなのだけれど、この、中学生にしてはタフなネゴシエーションの過程で、ぼくの心身はきっと極めてリラックスをしていて、幸せで満ちあふれた毎日をすごすことができていると思う。

これをもって、また少し大人になれたのだと、ぼくは判断する。


たしかにルールは大切である。

けれども、ルールをつくるのは人間だし、ルールはより適応的なものに変えていく必要がある。

その過程でカドがたつこともある。

でも、カドにもたてかたというものがあるし、誰かが生贄にならなくてはならないときもある。

生きのびるためには、ときにそういうことも必要だと思う。

けれども、ピンで頑張るのはなかなか大変なのである。

「もう中学生」*1が偉大な所以である。

中学生当時を振り返ると、教職員のお一人お一人は、大事な思春期のまっただ中にいる生徒のひとりひとりに対して、まだ中学生ではなくもう中学生として、ひとりの人間として接することをもっと重視してもよいとぼくは思う。

*1:@吉本興業

2011年09月07日

〇〇ぐみのみんなへ

この文章は、ぼくが2011年4月末に幼稚園の先生を急きょ退職することになった日の夜に徹夜で書き、翌日の退職日当日、子どもたちに手渡した手紙を一部改変したものです。ぼくの教育観の一部が反映されたものになっているため、公開しておく価値があると判断し、本ブログに掲載しておくことにしました。




〇〇ぐみのみんなへ


〇〇〇くん、〇〇くん、〇〇〇ちゃん、〇〇〇〇〇くん、〇〇〇ちゃん、〇〇〇くん、〇〇〇ちゃん


たとえ、お父さんお母さんにこのお手紙を読んでもらったとしても、むずかしくてわからないことだらけだと思うけれど、本当に、本当に、大切だとせんせいが思うことを、どうしても伝えておきたかったから、どうか許してね。手書きで書けなくてごめんね。


みんなが、小学生になったときにも、中学生になったときにも、成人式を迎えたときにも、読み返してくれたとしたら、本当にうれしいな。



じつは せんせいは、4がつ28にちで、ようちえんを やめることになりました。

だからもう ざんねんながら みんなと たのしくあそぶことが できなくなってしまいました。


きゅうに こんなことになってしまって ほんとうにごめんね。



きょうのよる、〇〇ぐみのへやで、みんなのロッカーを見つめたり、そうじをしたり、みんなのいすをいつものようにまるくならべたりしているうちに、なみだがとまらなくなってしまいました。


みんなの、ひとりひとりのかわいい笑顔、心のぬくもり、肌のぬくもり、かけてくれた言葉…一緒にいろんな歌を歌ったね、さよならぼくたちのようちえんも歌ったね、虫とりもパン屋さんごっこも、おうちごっこも、こおりおにも、泥団子づくりも、折り紙も、スゴロクも、かたぐるまもしたね、そして…他にも…数えきれないほどいろんなものがワーっと浮かんできて。


おいのりでは、〇〇ぐみのみんなが、そして他の組のみんなが、怪我や病気をせず、健康にすごせたことを感謝し、そして、今後のみんなの健康と、病気で休んだお友達の健康、そして、みんなにたくさんの感動や学びが訪れることを祈ってきました。ひょっとすると、ほんとうの礼拝にはなっていなかったのかもしれないけど、じつは、せんせいは、じぶんのことばで、みんなのこころに静かに語りかけていたんだよ。どうなんだろう?伝わっていたとしたらうれしいな。


ピアノは結局いちどもひいてあげられなかったね。ピアノの音色は本当にきれいです。心を揺さぶります。近々練習をして、なんとか聞かせてあげたい、演奏しながら一緒に歌いたいと思っていたのだけれど、結局できなくてごめんね。でも、みんなと同じいすに座って向かい合い、同じ目線で、ひとりひとりの目をやさしく見つめて歌うことがせんせいはすきでした。みんなの微妙な心の変化が、鋭敏な感受性が、目や表情を通して伝わってきて、毎日感動していたんだよ。ありがとう。


せんせいは、言葉を愛しています。色彩を愛しています。そして何より、人間をこころから愛しています。だから、それらのものが凝縮されている絵本がだいすきです。その絵本をよむときには、一つ一つの音を、言葉を、静かに丁寧に並べ、せんせいの心のありったけのやさしさや育んできた感情を駆使して、せいいっぱい思いを込めて読みました。本の内容も、できるかぎり吟味しました。もし、みんなの心に、本の内容はもちろんのこと、せんせいが心より大切だと思っている何かが少しでも伝わっていたとすれば、本当にうれしいです。



そういえば、きょう、みんなはせんせいがじぶんのことをぼくと言ったのを笑っていたね。たしかに、ぼくはみんなにとって、〇〇ぐみのせんせいだったのだけれど、同時に、一人の人間です。一人の大人の人間です。これから、一人の人間としてのぼくが、一人の人間としてのみんなにこころから伝えておきたいことを言わせてね。


ぼくはきょう(4月28日)の帰りのコースの時間の前に、以前にも読んだ宮沢賢治の「竜のはなし」という本を読むつもりです。みんなが「面白い。もう一回読んで。」と言ってくれ、二回続けて読んだあの本です。


ところで、みんなは、やさしいって、どういうことだと思っていますか?


ぼくはこう思います。


本当に、本当にやさしい人になるためには、とても強く、そして、とても賢くなる必要があると。


やさしくなるということは、生半可なことじゃないのです。本当に強い人、つまり、やさしい人になることができれば、弱さゆえの悪に走ったり、不適切な行動をとってしまったりする人に対しても、根底で愛することができるようになります。もちろん自分自身はそのような弱さゆえの行動をしたいとも思えなくなります。みんながいずれ、たくましくて本当の意味でやさしい大人なり、未来の社会をより幸せで賢いものにしてくれることをこころから祈っています。



みんな、仲良くしてくれて、心を開いて受け入れてくれて、本当にありがとう。ぼくは、みんなから本当にたくさんの心の栄養をもらいました。この一ヶ月間で、今までより少しやさしい人間に、たくましい人間になることができたと思っています。そして、自分の幼少期を追体験しました。人間の発育というものを、特に幼児期というものを少し学ぶことができ、またひとつ人間理解が深まったと思っています。みんなから学んだことは、これから、世の中をよりよくするためにいかすことができると思っています。学びは一生続く長い道のりです。小学生になっても、中学生、高校生になっても、大人になっても、おじさんおばさんになっても、おじいさんおばあさんになっても、どうか、焦らぬよう、しかし着実に、時には後退してもよいから、粘り強く自覚的に学び続けられることをねがっています。そして本当にステキな人になってください。



ぼくの大好きな〇〇ぐみのみんな。どうか、ステキな大人になってね。

生きていればいろんなことがあります。

もしみんなが、かりに、将来不登校になる時期があったとしても、非行に走る時期があったとしても、ぼくはその程度でみんなを(みんな以外も)見捨てることはしないから、安心してね。ただし、一線を越えないこと。これを覚えておいてほしい。そして、いずれはよき人でありたいと願うことのできる人になってほしいな。



ぼくはずっと舞鶴にいるつもりです。舞鶴をもっともっとステキなまちにしていくつもりです。だから、またどこかで出会えるかもしれません。

出会ったときには、みんなが何歳になっていても、話をしてくれるとうれしいです。

ぼくはきっとみんなのことを一生忘れないと思います。



つぎに〇〇ぐみのせんせいをする〇〇せんせいは、とても優しくて人間らしいステキなかたです。〇〇せんせいのもとで、みんなにたくさんの感動や発見、学びが訪れ、心と体がすこやかに育まれることを祈っております。大きな事故や病気をすることなく、どうか楽しく、実り多い一年になりますように。



ちゃんと車が来ていないかよく見て道を渡るんだよ。〇〇〇ぐみや〇〇〇ぐみのひとたちをちゃんと連れて行ってあげてね。







じゃあね バイバイ





〇〇ぐみ担任

岡安 賢治

2011年05月12日

手のひらを原子炉にかざしてごらん―なにもおこらないよ

ねえ、原発作三世(はら はっさく さんせい)どの、聞いておくれなさい。

おひさまは、太陽系最大の核融合タイプの原子炉なんだって。


そうとも。きらい嫌(きらい けん)さん。

中心部では、水素と水素がものすごい勢いで合体をしつづけているよ(核融合)。

この原子炉では、核融合の際、たとえば、ガンマ線という極めて高いエネルギーを有するおそろしい放射線(電磁波)を放出しているよ。

これをたくさん浴びてしまうと、体がおかしくなったり、死んでしまったりするよ。


クソ原発野郎め!

やっぱり原発絶対絶対絶対絶対絶対反対!原発反対!原発反対!原発反対!反対反対反対〜!


ところで、ほら。

今きみが浴びているおひさまの光は、あのおそろしい原子炉が送ってきた電磁波だよ。

ぼくらはみんな 原子炉により 生かされている

十億年以上前から 生かされてきているから 笑うしかないんだ

手のひらを原子炉にかざしてごらん


怖い原発!どうなるの!


なにもおこらないよ


えっ!


おひさまのガンマ線は、いろんなやつにもまれてエネルギーを失い、ぼくたち生き物が生きていけるくらいのやさしい電磁波になるんだよ。

そして、8分ほどかかって、はるか彼方のぼくたちが住む地球に到達するんだよ。


なるほど!

だから死なないんだね。


ところで、きみが見ている電磁波は可視光線といって、ぼくたちヒトが目により知覚することのできる虹色たちだよ。

赤橙黄緑青藍紫。いろいろあるね。全部混ぜると白くなるよ。


イリュージョンだね!


ある意味ではそうかもしれないね。

ちょうちょは、可視光線より高いエネルギーの電磁波(紫外線)を見ることができるらしいよ。

オスとメスではまったく違う羽根に見えるらしいよ。

そして、ヘビは、可視光線より低いエネルギーの電磁波(赤外線)を感じることができるんだ。

ねずみの体から放たれた赤外線を感知して、パクっと食べるよ。


へえ。みんな違う世界を見ているんだね。


おそらくはそうだよ。

そして、植物たちは、可視光線のうち、主に青色や赤色の電磁波を吸収して、二酸化炭素と水から炭水化物と酸素を合成するよ。

吸収されない緑色の電磁波を反射するから、葉っぱは緑色に見えるんだよ。


ということは、透明なものは、可視光線が全部通ってきているってこと?


まあだいたいそういうことだよ。

ちなみに、炭水化物は、体を作るときの材料として利用されたり、動いたり体に必要なものを作ったりするときのエネルギー源になったりするんだ。

シマウマやシカは、植物を食べ、酸素を取り込むことにより生きているよ。

そして、ライオンは、植物を食べて大きくなったシマウマを食べるよ。もちろん酸素も取り込む。

ヒトが食べているいろいろなお野菜も、おひさまから送られてくるエネルギーを使って合成されているし、

牛や豚、鶏などのお肉もぜんぶ、もとをたどれば、おひさまのエネルギーから作られているよ。


はああ!

驚いた!

おひさまはとんでもなくえらいんだね。

これはもう、原発絶対賛成だ!


まだあるんだ。

おひさまという原子炉のすごいところは、それだけじゃないよ。

地球は自分でコマのようにくるくると回っているよ(自転)。

一日かけて一周するよ。

だから昼と夜が順番にくるよ。

夜にはエネルギーがあまりこないから寒くなるよ。

さらに、地球はおひさまの周りを一年かけてぐるっと一周するよ(公転)。

地球の表面に降り注ぐ単位面積当たりのエネルギーが低いときを冬というんだよ。

逆が夏だよ。

そして、グリーンハウスエフェクトもあるよ。


なんだか流し気味だね。


説明が面倒になってきたんだよ。

こんなふうに、主には自転と公転により、刻一刻変化するエネルギーが降り注ぐから、風が吹いたり、曇ったり、晴れたり、雨が降ったりするんだよ。

雨が降り川の水が流れるのも太陽からのエネルギー(水力発電)、風が吹く(風力発電)のもそう。

結局はみんな太陽からのプレゼントだね。

火力発電所の燃料や車のガソリンとして使われている石油や石炭などの化石燃料だって、太陽が大昔にプレゼントしてくれたエネルギーの缶詰を掘り起こして使っているだけのことなんだ。

他にも、石油は、工業製品の原料としてもとても重要なんだ。


ヒトは一生懸命エネルギーを集めているようだね。

面白いなあ。

必死だなあ。


そう。ほんとに爆笑ものだよ。

まぎれもなく、地球に存在するぼくたち生命は、数十億年前から、この太陽という原子炉に生かされてきたし、おそらく今後も当面、その方向性自体は変わらない。

ぼくはこう推測するよ。

そして最後に、オチに関する安全性には十分に配慮してきたつもりなんだけど、今回にかぎっては想定外のことが起こったんだ。

2011年01月29日

解体すべき伝統と残すべき伝統―お雛様が危ない

本日は大変足元の悪い中、当ブログにお越しいただきまして、誠にありがとうございます。


どういうことか。


先日、ある集会にて弁士のうち二名から

「本日は大変足元の悪い中」で始まる、何の熱もこもっていないステレオタイプな切り出しをくらって 

本気でコケそうになった。


数日前に三重県伊賀市

極めてeagerにして倫理的な生き方をされている農業者のかたにお目にかかり

胸が熱くなっていただけに、なおさら、その温度差が際立つ形となった。


なんとか手垢にまみれた「本日は大変足元の悪い中」を解体し

生きた言葉としてリジェネレーションできないものか。

あれこれ考え、思いついたのが冒頭の表現である。



表現といえば、

『世界にはばたく「交流ネットワーク都市」』

どの都市かご存知だろうか。

察しのとおり、正解はこのまち*1なのだけれど、

この上滑り感*2の背後に潜むメンタリティに

真摯に向き合うことにより、きっと故郷はますます魅力を帯びてくる。

ぼくはそう思う。


魅力といえば、舞鶴市在住の皆様にどうしてもお知らせしておきたいのだけれど

東舞鶴駅前、三条朝日南にいい意味であきらかに浮いている場所がある。

ギャラリーサンムーン*3

おそらく舞鶴市で唯一の(クオリティの高い)ギャラリーである。


今日伺ったところ、京人形のお雛様の展示が行われていた。

ぼくは京人形を「ちゃんと」見るのは初めてで、

こういう場合、大抵、最初は心にしみこんでこない。

つまり、よさがわからない。

この段階で、「好みじゃない」「好みは人それぞれ」と言って片付けてしまっては自身が磨かれない。

こういう時には、時間をかけるとよい。

しばらくのんびりと眺めているうちに、

気品あふれる佇まいに気づくと同時に、心身が変化していくのを感じる。

時間の流れ方が変わり、ジーンと感動が込み上げてくる。

(ある種の)芸術鑑賞とは、極めてデリケートなコミュニケーションなのである。

心を落ち着け、体のリキミを取り除き、全身の感覚を鋭敏にして初めて成り立つコミュニケーションがある*4

それは日常に計りしれない充実と感動をもたらすし

何より人間の心の機微がわかるようになり、圧倒的に生存上有利に働く。

と、経験的にぼくは思う。

最初はピンとこなくてもよい。

足繁く、いいモノを見るために足を運ぶこと。

そして、鑑賞に時間をかけること。

ずっと真剣に見続けなくてもよい。

その作品が存在する空間に身を置き、誰かと話をしていてもよい*5

そうしているうちに、きっと心身が変化する瞬間が訪れる。

ちなみに、ぼくのお寺の味わい方は極めてシンプルで

「自分の家だと感じられるまでのんびりする」のである*6

そうすることで、初めてよさがわかってくるとともに、生活空間についての知恵が得られるのである。


話を戻す。


丁寧に筆を入れられたお雛様は

その上品な表情に全くクセがないから、特定の感情を強制されず

いくら見続けても見飽きない。*7

そうオーナーさんに申し上げたところ

まさしくそれが京人形職人さんの狙いの一つで、職人の世界ではそれを「品がある」というのだという。

そして、品のあるものを作るためには、自身の心が綺麗である必要があり、

そのためには長きに渡る間断なき自己修養が必要なのだと伺った。

現在の日本においては、芸術家や伝統工芸職人は、

いくら腕が確かであっても、作品販売だけでは食えない場合が多い。

そして、熟練した腕前になるためには、途方もない時間と努力を要する。

だから、京人形という伝統工芸品の製作過程*8の中には

継ぎ手が現れず、当代で絶えてしまうものもあるのだという。

この担い手不足は深刻である。

なんとかしたいがすぐに名案が浮かばない。

だから、せめて皆様にお伝えしておこうと、苦し紛れにこの記事を書いているのである。

*1http://www.city.maizuru.kyoto.jp/

*2:失礼!

*3http://gallerysunmoon.web.fc2.com/index.html

*4http://d.hatena.ne.jp/okayasukenji/20070224/1233238847

*5:ということは、作品を置く空間の設計が重要だということです。そして、自宅に芸術作品を飾ったり、いいモノを置くことの効用の一つはまさにこの点にあるのだと思っています。

*6:僕はお寺に行くと必ず裸足になりますし、京都の龍安寺枯山水を眺めながら縁側で寝転んでしまうほどデリカシーがないのです。

*7:日本美術にはそういうものが多い気がする。

*8:製作過程は細分化されており、その細分化された過程のそれぞれに、卓越した技術をもつ職人がいるという。

2011年01月18日

精神年齡や精神状態が異なる二者が同じ土俵に上がることはできない

小学教諭が保護者を提訴=「相次ぐ抗議で不眠症」―さいたま地裁支部

*1

yahooのニュースでこんな記事を目撃した。

関係者の皆様は本当に苦労されたと思う。

だから

こう言っては申し訳ないんだけど

これは

保護者、担当教諭、まわりの先生、市教委、その他、関わりのある大人たちの大多数の精神が

発達していない

もしくは

全体的に力んでしまっている

その結果生じたことだと思う*2



子どもというのは、呆れ返るぐらいに社会的に未成熟

だから

子どもどうしの集団のなかで

頻繁に喧嘩や問題が起こってしまうのは当たり前

幼児や児童を見ていてそう思う。


たいていの喧嘩や失敗は温かい眼差しで見守りつつ爆笑できるような内容。

同じ土俵に乗ってしまうのは子どものすること。

マジメになってはならない。



その子が生まれてから老いていくまでの過程の中で

一つ一つの喧嘩や失敗から何らかの学びを得ていく。

今この瞬間、目の前で起きているのは

そんな数多のかけがえのない出来事のうちの一つなんだ。

そんなふうに長い時間軸を規矩として子どもを見つめられるといい。

ココロで笑いながらうまく導くのが大人の役目。



もちろんこれは、大人にも言えること。

大人は年を重ねるにつれ、ますます大人になっていく。

だから矢沢より大人な人は、矢沢に対してマジメにならず、温かい眼差しで見守る。

オッケー?

逆に、矢沢に対してマジギレしてくる人

俺はいいけど…矢沢は何て言うかな…?

アンサー

最初、サンザンな目にあう。二度目、オトシマエつける。三度目、余裕*3

*1:時事通信 1月18日(火)12時8分配信。担任する女子児童の両親から長期にわたる抗議を受けたことで不眠症になったなどとして、埼玉県行田市立小学校に勤務する女性教諭が、両親を相手取り、慰謝料500万円を求める訴訟をさいたま地裁熊谷支部に起こしていたことが18日、埼玉県教委などへの取材で分かった。文部科学省は「教諭が保護者を訴えた例は聞いたことがない」としている。訴状などによると、昨年6月、教諭が担任する3年の女子児童と同級生の間でトラブルが起き、女児の母親は教諭に「同級生が悪いのに自分の娘に謝らせようとした」などと抗議の電話をかけた。母親はそれ以降もたびたび連絡帳で「全く困った先生です」などと苦情を寄せ、行田市教委にも教諭の言動に関するクレームを伝えた。さらに、教諭が給食指導中に児童の背中に触れただけで、暴行容疑で県警に被害届を提出したという。教諭は度重なる苦情などから9月に入って不眠症に陥り、校長に「担任を降りたい」と申し出た上、「このままだと犯罪者にされる」と考えて弁護士に相談。同月下旬に提訴した。

*2:『悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです』夏目漱石 こころ より。気づけば悪人になってしまっている。そういうことがあるから怖いのです。先手を打つための知恵が大切な所以です。

*3http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1239902792

2011年01月05日

2011年賀状と2010年度アジェンダ達成度チェック

f:id:okayasukenji:20110105215337j:image

2011年の年賀状です。

当ブログをご覧くださっている皆様、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

たくさんの幸せが伝搬していきますように。

ちなみに、はがきに書かれている「今年は 継」は

郷土文化や郷土史を引き「継」ぐアクションを起こす*1

去年までやってきたことをさらに「継」続してやる

という目標を主には表しております。


ぼくはhatena diaryのサブアカウントを取得し、自分以外の人に見られない設定にした上で、そのprivate diaryに自身の短中長期計画や様々な気づき等を書き留めています*2

一方、このブログ「岡安賢治随想録」には、「名刺」あるいは「自伝」としての役割*3を担わせるという目論見をもっております。

そこで今回、private diaryで立てた2010年度目標の回顧の一部をopen diaryの「岡安賢治随想録」で公表してみることにしました。



2010年度アジェンダ*4達成度チェック(優先順位順)

2010年のテーマ

「症状回復期間」「準備期間」

【解説】2010年度は自身の抱える症状の回復を第一優先としていた。さらに、回復後に想定している活動が円滑に進められるよう、人脈形成、自身のチューニングを重点目標としていた。数年前と比較して総合的な人間力が高まったため、様々な前進を遂げることができた。2010年度の予定だから、正確には2011年の3月までの予定なのだが、ここで振り返っておき、残り三ヶ月の指針を見出したい。


1.精神疾患症状が緩和されている

【目標の詳細】具体的には、「トラウマ等がさらに解消され、頭はうずかない。体はリラックスしており高い状態で安定している。認知は明るく落ち着いている。読書や勉強をしても頭が崩れず、回転が早くなっている。より等身大になれている。」これを年末の理想の姿として設定していた。

【結果】 進行中 

【回顧】年初は運動をすると頭が疲れることがしばしばあったのだが、今では全くそのようなことはない。焦燥感や不安もほとんどなく、精神は極めて安定している。現在でもしばしば軽度の頭のうずきがあるし、本を読むと悪化することがある。


2.さらに人前大好きになっている

【結果】 達成

【回顧】こういうことだったのだが、様々な機会があるたびにしゃべりまくってみた結果、シチュエーションにもよるとは思うが、ほぼ完全に心身の安定が得られるようになった。2011年はさらに高度な目標を設定する。

 

3.その他コンプレックスやトラウマがより解消されている

【結果】 進行度 低 

克服できたとき詳述する。


4.新たな知人・友人が365人できている

【結果】 達成

【回顧】365という数字に特別な意味はなく、今後のための地元を中心とした人脈形成の一年という位置づけだったわけなのだが、2010年に知り合った様々な分野の人の顔が簡単に100人以上は浮かぶから「達成」とする。特に、同郷で野村寺出身の永野達也くんとの出会いは転機となった。互いの長所を生かし、共通点の多い互いの志を実現するための基盤である「てるてるぼうずFamilia」を結成し、活動を開始した。


5.貯蓄〇〇万円/年

【結果】 達成 

【回顧】将来の就農や生活のために、症状に配慮しつつ計画的に貯蓄ができた。


6.農業関係

【目標の詳細】一年通して米や種々野菜を作る経験をすることにより、うまく段取りができるようになり、また、就農計画(農との付き合い方)がより具体的なものになっている。野村寺の志有地で自家採種をするとともに、美しい景観を作る。

【結果】 進行中 

【回顧】塩見直紀さんの「1000本プロジェクト」に参加し、手植え天日干しの米作りや、親戚との米作りを経験。

株式会社フーズフロンティア(農作物生産団体 創人楽農)にて種々野菜生産や、赤レンガマルシェ、農林祭等での販売、保育園の子どもたち・小学生との田植えや黒豆の枝豆づくり、収穫パーティーを経験。

野村寺の志有地にて種々野菜を農薬未使用で栽培し、自家採種をした。景観づくりは進行中。

1,2,3月は料理に取り組む。


7.書道関係

【結果】 達成

【回顧】課題を決め、着実に自己修養の日々を重ねている。師匠のもとで学んでいる。教室開設に向け予定通り進んでいる。詳細は省略。


8.車の運転ができるようになっている

【結果】 達成

【回顧】後日詳述したいが、ボクは免許はもっていたのだが、車に関するトラウマを抱えていたし、ペーパードライバーのため、自信を持って人を傷つけずに運転する自信と腕がなかったし、そもそもそうできるだけの総合的な人間力に欠けていたと思っている。一年かけて、普通に乗れるようになったのは個人的には大いなる達成。


9.私塾関係

【目標の詳細】私塾開設の準備として、症状次第で塾勤務あるいは家庭教師を検討

【結果】 未達成

【回顧】状態が芳しくなかったため、今年はやめておいた。プライベートで親戚の子どもたちの宿題をみた。

2011年の目標は後日

*1:例えば、他のNPOとコラボする予定

*2http://d.hatena.ne.jp/okayasukenji/about#f56 具体的にどのようにしていて、どのような利点があるのか、そのうち記事にします。本当におすすめです。

*3http://d.hatena.ne.jp/okayasukenji/about#p6

*4:一度この言葉を使ってみたかったのです。見ているとなぜだか腹が立つので二度と使わないと思います。

2010年11月26日

なかには罠にかかってしまうイノシシもいるよ

たまにはツイッターの百四十文字という制限に縛られずに

のびのびと文章を書いてみたくなったから

ブログを書くことにしたよ

なんだか最近 世の中すべてのことがわらけてくるよ

ああなってこうなって こうなってああなって

いろんな途方もない連鎖の結果

泣いたり 怒ったり 笑ったり 失敗したり

恥ずかしがったり 得意げになったり 

面白い人がたくさんいるよ

殴られた人もいるよ

そしてそれを見て笑っている自分

キーボードを叩いている自分がいるよ

連鎖というものは

とても滑稽だなあ

くるくると回っている地球に

太陽からエネルギーが送られてきて

いろんなことが起きているよ


そんなことを想っていたら

チャールズチャップリンという人が気になってきたよ

ファッションと自己変革

昨晩コンビニでキムタクの顔写真がパッケージに採用されているスナック菓子を見かけた。

これはぼくに何を伝えようとしているのだろうか。

もしぼくの体にキムタクの顔が付いたとしたら、きっとおかしいに違いない。

即坊主にしてしまうのだろうなあ。

逆にキムタクの顔が急にぼくの顔になったとしたら、ジャニーズ事務所は困るだろうなあ。

そしてキムタクは心の整理をどう付けるのだろうか。

そんなバカバカしいことを考えながら買い物を済ませ、三人で寺へ向かった。


ちなみにぼくは鳥獣戯画に出てくる動物たちのような自己イメージを持っているし

またそうなりたいと願っている。

滑稽で憎めない、うすい自我と柔らかい感情が広く周囲を包みこみ

幸せな空間を形成する

そんなイメージ。



お寺は落ち着くなあ。



超久々にファッション誌というものを見た。

ページをめくりながら自分のファッションの変遷を振り返ってみた。

小学生の頃は服をほとんど意識したことがなかったと思う。

中学生くらいから少し気になり始めて

でも

自分で決められない性格だったから

「どれが一番売れていますか」

そんな質問をして店員さんに

「自分で決めな」

と言われたことがあったな。

当時は今と比較して感性や想像力が全く育まれていなかった。

それ以前に、全身が力んでいたな。


大学進学と同時に京都市内に移り住み、環境の変化に翻弄された。

高い服をたくさん買っていたなあ。

当時のボクは、本当に自分に自信がなかった。

28歳の頃にはこんなこと世界でもっともオシャレな状態――所有せずしてオシャレをする - 岡安賢治随想録(okayasukenji’s essay)

やこんなこと去年の今ごろ - 岡安賢治随想録(okayasukenji’s essay)を書いているなあ。

あれから三年が経ち

今はワークマンやバザールタウンで買ったもの、それに、両親からもらったお下がりを主に着ている。

一昨日、養護学校の先生がデザインしたカララとナチュラというキャラクターがプリントされたウインドブレーカーを母からもらった。

素材自体のセンスが特別いいことはないのだけれど

キャラクターとコンセプトが秀逸だったから着ることにした。

一緒に以下のメッセージの書かれた紙をもらった。

カララとナチュラ

カララはかいじゅうです

かたーい殻につつまれています

頭にはジコチューという

大きな角がはえています

いつも 人を コワがらせたり

嫌なことを言ったり…

でも ホントは

臆病で さびしがりや

殻を破ろう 勇気を出して!

おそるおそる 大丈夫 大丈夫…

素直でやさしい

ナチュラが顔を出しました

2010秋

いのうえさとる

*1

個人史上におけるファッションの変遷というものは、自己変革の変遷なのだなあ。

自分も景観の一部であるから、自分を鑑賞する他者のためにオシャレをしたい。

今はこう思っている。

思いと愛情の詰まったもの

ご縁のあったものを素直に身につけたい。

けれども、たまには素材やデザインの洗練されたクオリティの高いものも着てみたい。

いずれ自分のありったけを書で表現した服を作りたいな。

*1:勝手に引用してごめんなさい。

2010年11月20日

今からの時代に輝きたい人はこれをするとええと思うで

ええ天気やなあ。 

こんなんは見たことがないわ。

僕は。

びっくりしたなあ。 

今年一番びっくりしたなあ。

おそらく。



あの、きのうの日記で僕が書いとったことなんやけど、下地勇さんの音楽のことで、なんやったかいな…

今振り返ると?

今後の地方のとるべき姿を暗示しているとても素敵なライブだったのだと思う?

みたいなこと書いとったやんか。


あれもうちょっと詳しくゆうとくと、


下地勇さんって、沖縄の宮古島出身の人なんやけど、あの人みたいにその、故郷の文化とか方言を愛しとるアーティストが、いろんなジャンルで出てくると面白いと思うんや。

ようあるような、下手に英語をはさんで上滑りな歌歌うぐらいやったら、自分のふるさとの方言で魂込めて歌ったほうがよっぽどかっこいいと僕は思うし、これからはたぶんそういう人が輝くと思うんや。

で、戦後一貫してそういう標準語とか英語とかの音楽がマジョリティやったと思うんやけど、まあ、音楽だけやなくていろんな分野でそういう標準語的なもんが主流やったと思うんやけど、今ゆうた方言とか故郷の文化を大事にして、しかも一流の表現をするっていう方向はまず間違いなく時代を捉えとると思うし、あとは、それをどう形にしていくか?もしくは、そのための仕組みとか土台をどう作っていくか?それが重要で、そこで、てるてるぼうずFamiliano titleの出番ってことになるわな。



ちゃうか。



ちゃうんか。




そやけど、舞鶴と関係ない地域の人が舞鶴の方言とか文化を愛しまくって舞鶴弁で曲作るとか普通せんやん。だから、それぞれが、地元とか自分に寄り添って育んでいく、作っていくってゆうスタンスってそれだけでもうオリジナリティーになるし、そこがニッチやと思うし。そうなったら旅をしたり、交流したりするんもより面白くなるし。



のはずなんやけど、実際には、外ばっか憧れて自分の良さに気づかんってゆうパターンって、んんと、明治維新以来、っていうか、もう漢字を輸入し始めて真名仮名とかゆうとった時代から続いてきとるんやんか。

日本の場合。

で、そうゆうんはもうそろそろ終わりにしたほうがいいし、逆に、そうじゃないと未来はない?

で、今ゆったことって、日本とか国レベルだけの話じゃなくて、個人レベルでも他人にばっかり憧れて自分の良さに気づかんってことよくあって、そういうんってやっぱり魅力的じゃないしダサい?

たとえば、BEGINとか下地勇さんが方言で歌うんをダサいってゆう人を僕は見たことないけど、舞鶴なんかでは、舞鶴弁に誇りを持っとる人ってそんなに見たことない気がするし、実際舞鶴をダサいとおもとる人が同級生とかでは結構っていうか相当おったし今もおそらく多いし。

で、結局これも他に憧れて自分の良さに気づけてないってことやし、そういう文化が根付いてないってことやし、そういう環境で育ってきたからそうなったってことやと思うんや。自分とか自分の故郷に自信がないってことやわな。でも、沖縄も舞鶴も本質的には「同じ」やと僕は思っとるし、そうゆう認識に至ってやっとスタートラインに立てたってことやと思うんや。で、それは日本に限ったことじゃなくて、ヴェネツィアとかジェノバと舞鶴も同じってことやし。



みたいな文章を、いつもみたいに書いとったら、まずはおまえが文章表現でそれをせんかいって思えてきて、舞鶴の、てゆうか、自分の口語体?で書きかえてみたんやけど、どやろ、…まだやなこれは。

まあ、試行錯誤してみるわ。



そやけど、舞鶴ってあれやな、マイルズとかにしたほうがカッコいい気がするな。

MILES

MILES CITY

みたいな。


て、おまえが一番よそに憧れとるがな。



てゆうか、もう、誰にしゃべってる体なんかようわからんようなってきたし。

そうゆうんも含めて今後の課題やな。

もう、文化とかバカバカしいしどうでもええけど。

2010年11月18日

記憶を検索してみたところ印象に残っている曲が2件ヒットしました

最近、好きな曲やアーティスト、昔聴いた曲について質問されることが何度かあったのだけれど、とっさに出てこなくてなんだかモヤモヤが心の下層を流れ続けていた。

そこで今日、記憶を検索してみたところ2件のアーティストというかシチュエーションがヒットしたので、紹介しておくことにした。

1件目は、2007年11月に京都市の磔磔で行われた下地勇さんのライブ。

当時、思い出として残すために数十秒録音したファイル*1を久々に聞いてみた。どうやら「うう゛ゃーますむぬ」という曲のようである。

http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9-tin-%E4%B8%8B%E5%9C%B0%E5%8B%87/dp/B0000A4HZ5


この後、「我達が生まり島」とか「おばぁ」等の弾き語りがあったのだけれど、おばぁとか長生きという単語くらいしか聞き取れないにも関わらず、下地さんの優しさが当時のぼくの弱っていた心に染みわたってきて涙が止まらなくなってしまい、必死にうつむいていたのを覚えている。

沖縄県宮古島で生まれ育った彼は、少年時代、干潮になると透き通ったブルーの海の真ん中に現れる秘密の砂の島に寝転がって静寂の中、全身で海や空を感じていたとか。

今振り返ると、今後の地方のとるべき姿を暗示しているとても素敵なライブだったのだと思う。

D



2件目はこれ↓。

http://d.hatena.ne.jp/okayasukenji/20071016/1233237532

京都の柳馬場通を南下、蛸薬師通りを横切り、六角通りに辿り着くまでにあるコープイン京都という施設で行われていたアマチュアバンドのフォークコンサート。団塊の世代と思われるかたがたによる、ジョーンバエズやPP&Mのコピーバンド。

アメリカではジョーンバエズやPP&Mが戦争で疲れたアメリカ人の心を癒した。

日本でも彼らのコピーバンドが多く現れたという。戦争の、敗戦の深い傷を負った世代、あるいは傷を引き継いだ世代が懸命に傷を癒し続け、今に至っているのである。

当時撮影したフォークコンサートの動画を改めて鑑賞してみると、御世辞にも上手いとは言えないのだけれど、とにかく深みが違うのだ。周りにいるオジサマ達が自然にハモりはじめた時には、なんだか音楽と共に生きてきた先輩方の背負ってきたもの、戦ってきたもの、向かい合ってきたものが伝わってきた気がして号泣してしまい、とても恥ずかしかった。

日本の歌手では、たとえばさだまさしが敗戦の傷を大いに癒したと思っている。

そして今の日本は既に新たな段階に移っている。

*1:下地さん、関係者の皆様ごめんなさい。