国会図書館の児童ポルノ製造販売に言及した裁判例

2005-11-10より。

阪高判平成17年10月28日
第5 控訴趣意中,法令適用の誤りの主張及び訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は,?さらに,国会図書館において児童ポルノを製造販売するなど,国自体が児童ポルノ等処罰法違反の罪を犯しているのに,被告人を同罪で起訴したのは差別的な起訴であり、公訴権を濫用した違法があるのに,これを看過した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
 しかしながら
(理由・・・)
論旨は理由がない。

だそうで、奥村弁護士は、

国会図書館児童ポルノ製造販売
・国自体が児童ポルノ等処罰法違反の罪を犯しているのに
という前提事実は否定されていません。

ということを指摘しています。
この場合、実体的には国立国会図書館長や職員の犯罪で両罰規定ということなんでしょうか?
また、国家が国家に刑罰権を行使することも理論的には可能ということでしょうか?

理由を想像してください。

犯情が違うから差別的でない?
解答はいずれ紹介していただけるのでしょうか...。

児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成十一年五月二十六日法律第五十二号)
児童ポルノ提供等)
第七条  児童ポルノを提供した者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。電気通信回線を通じて第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録その他の記録を提供した者も、同様とする。
2  前項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者も、同項と同様とする。同項に掲げる行為の目的で、同項の電磁的記録を保管した者も、同様とする。
3  前項に規定するもののほか、児童に第二条第三項各号のいずれかに掲げる姿態をとらせ、これを写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより、当該児童に係る児童ポルノを製造した者も、第一項と同様とする。
4  児童ポルノを不特定若しくは多数の者に提供し、又は公然と陳列した者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。電気通信回線を通じて第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録その他の記録を不特定又は多数の者に提供した者も、同様とする。
5  前項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者も、同項と同様とする。同項に掲げる行為の目的で、同項の電磁的記録を保管した者も、同様とする。
6  第四項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを外国に輸入し、又は外国から輸出した日本国民も、同項と同様とする。
(両罰規定)
第十一条  法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、第五条から第七条までの罪を犯したときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する。

憲法改正を考える(その21)〜民主党「憲法提言」について(3)〜

総目次
http://page.freett.com/okeydokey/html/ConstitutionalAmendment.html
目次1〜20
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20051112/1131726794

憲法改正を考える(その9)〜自民党憲法第一次案について(1)〜
 <前文、第一章 天皇、第三章 国民の権利及び義務>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050803/1123003046
憲法改正を考える(その10)〜自民党憲法第一次案について(2)〜
 <第四章 国会、第五章 内閣、第六章 司法>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050804/1123090669
憲法改正を考える(その11)〜自民党憲法第一次案について(3)〜
 <第七章 財政>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050805/1123171407
憲法改正を考える(その12)〜自民党憲法第一次案について(4)〜
 <第九章 改正、第十章 最高法規
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050808/1123429668
憲法改正を考える(その13)〜自民党憲法第一次案について(5)〜
 <第二章 戦争の放棄→安全保障>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050810/1123610872
憲法改正を考える(その14)〜自民党憲法第一次案について(6)〜
 <第八章 地方自治、第九章 改正(追記)>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050814/1123984962
憲法改正を考える(その15)〜自民党憲法要綱に5項目追加〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050927/1127789333
憲法改正を考える(その16)〜自民党憲法第二次案について
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20051030/1130662659
憲法改正を考える(その17)〜自民党憲法草案について(1)〜
 <目次、前文、第一章 天皇、第二章 戦争の放棄→安全保障、第三章 国民の権利及び義務>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20051031/1130755786
憲法改正を考える(その18)〜自民党憲法草案について(2)〜
 <第四章 国会、第五章 内閣、第六章 司法、第七章 財政、第八章 地方自治、第九章 改正、第十章 最高法規
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20051101/1130774336
憲法改正を考える(その19)〜民主党憲法提言」について(1)〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20051107/1131298416
憲法改正を考える(その20)〜民主党憲法提言」について(2)〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20051111/1131639043


衆議院憲法調査会
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kenpou.htm
参議院憲法調査会
http://www.sangiin.go.jp/japanese/kenpou/index.htm
自由民主党憲法制定推進本部
http://www.jimin.jp/jimin/shin_kenpou/shiryou/index.html

民主党憲法提言」

憲法提言」を了承 民主党憲法調査会総会(2005年10月31日)
http://www.dpj.or.jp/news/200510/20051031_04kenpou.html
民主党憲法提言」
http://www.dpj.or.jp/faxnews/pdf/20051031181802.pdf

4.多様性に満ちた分権社会の実現に向けて

1.分権社会の創造に向けた基本的考え
 現行憲法は、政治的民主化の一環として地方自治について4か条の原則的規定を定めた。しかし、その後も戦前と同様の機関委任事務制度が長く続いたことをはじめとして、自治体の組織・運営・財政の全般にわたって国の法律によるがんじがらめの統制が行われてきた。また、大半の地方自治体関係者もこれに甘んじてきたこと、中央政府が自らの事務や権限を一貫して肥大させ続けてきたことなどが、真の意味での地方自治の定着や自治の文化の形成を妨げてきた。これよって、中央集権と画一主義の弊害が強まり、いまや「分権改革」を求める声が国民世論ともなっている。
 中央集権的な行政の形と政策展開は見直すべきである。地域自らの創意工夫が活かせる仕組みをつくり出し、中央政府を地域の多様な自治体活動をサポートするものにしていくべきである。また、地方に色々な補助金を配分することに多くの人材を投入することは改めるべきである。中央政府は、自治体の箸の上げ下げまで指示するような管理はやめて、中央政府でしかなしえない仕事に人材も財源も傾斜配分していくべきである。
 1985年に制定され、現在ではヨーロッパの30 か国もの国が批准しているヨーロッパ自治憲章には、「公的部門が負うべき責務は、原則として、最も市民に身近な公共団体が優先的にこれを執行するものとする」という補完性の原理・近接の原理を謳っている。コミュニティでできないことを基礎自治体で、基礎自治体でできないことを広域自治体で、広域自治体でできないことを国で、という補完性の原理憲法原則として採用し、中央政府(国)と地方政府(自治体)の関係を構想する。

2.「補完性の原理」に基づく分権型国家へと転換する
 連邦制はとらず単一国家を前提とする。国と地方の役割分担を明確にし、中央政府は外交・安全保障、全国的な治安の維持、社会保障制度など国が本来果たすべき役割を重点的に担う一方、住民に身近な行政は優先的に基礎自治体に配分する。「補完性の原理」の考え方に基づき、国と基礎自治体広域自治体の権限配分を憲法上明確にするとともに、基礎自治体ではなしえない業務や権限は、都道府県ないし道州に相当する広域自治体が担当する。国あるいは広域自治体による自治権侵害の司法的救済は、最終的には憲法裁判所が「補完性の原理」を裁判規範として審査するものとする。

単一国家を前提に、どう憲法上役割分担するのかが、明確にされる必要がある。

3.自治体の立法権限を強化する
 これまで、特にまちづくりや環境保全などの分野で、国の法令に対する自治体の「上乗せ・横出し条例」が認められるかどうかなど、条例制定権の限界がしばしば争われてきたところであるが、自治体の組織および運営に関する事項や、自治体が主体となって実施する事務については、当該自治体に専属的あるいは優先的な立法権限を憲法上保障する。中央政府は、自治体の専属的立法分野については立法権を持たず、自治体の優先的立法分野については大綱的な基準を定める立法のみ許される。

2の役割分担の明確化とも関連するが、地方分権ということからすれば、条例優位ということも一つの選択肢だろう。

4.住民自治に根ざす多様な自治体のあり方を認める
 自治体の組織・運営のあり方は自治体自身が決めるという地方自治の本旨に基づき、基礎自治体広域自治体において、首長と議会が直接選挙で選ばれるという二元代表制度の採否を自治体が選択できる余地を憲法上認める。これまでの二元代表制だけでなく、議院内閣制あるいは「執行委員会制」「支配人制」など多様な組織形態の採用、住民投票制度の積極的活用なども可能となる。

5.財政自治権・課税自主権・新たな財政調整制度を確立する
 地方自治体が自らの事務・事業を適切に遂行できるよう、その課税自主権・財政自治権憲法上保障し、必要な財源を自らの責任と判断で確保できるようにする。課税自主権は、各自治体が自らにふさわしいと考える税目・税率の決定権を含む。自治体の財政的自立を支えるものとして、現在の地方交付税制度に代えて、新たな水平的財政調整制度を創設する。

自治体の自主性を最大限尊重するということだろうか。
もっとも、単一国家原則とどの程度まで両立するかは検討する必要があるように思う。

5.より確かな安全保障の枠組みを形成するために

1.民主党の基本的考え
[1] 憲法の根本規範としての平和主義を基調とする
 そもそも日本国憲法は、国連憲章とそれに基づく集団安全保障体制を前提としている。そのうえで、日本は、憲法9条を介して、一国による武力の行使を原則禁止した国連憲章の精神に照らし、徹底した平和主義を宣明している。
 日本国は、国連の集団安全保障が十分に機能することを願い、その実現のために常に努力することを希求した。そして日本国憲法は、その精神において、「自衛権」の名のもとに武力を無制約に行使した歴史的反省に立ち、その自衛権の行使についても原理的に禁止するに等しい厳格な規定を設けている。
 このため、自衛権の行使はもとより、国連が主導する集団安全保障活動への関与のあり方について、不断に強い議論に晒されてきた。しかし、どのような議論を経たにせよ、わが国の憲法が拠って立つ根本規範の重要な柱の一つである「平和主義」については、深く国民生活に根付いており、平和国家日本の形を国民及び海外に表明するものとして今後も引き継ぐべきである。「平和を享受する日本」から「平和を創り出す新しい日本」へ、すなわち「平和創造国家」へと大きく転換していくことが重要である。

「平和創造」といっても集団的安全保障で平和を創るという考え方と、武力をもたないことで平和を創るという考え方がある。
民主党は前者にたつと言うことである。
これからの平和主義をどう捉えるかは別論、国民に根付いた平和主義をどう理解するかは難しい。
だからこそ不断に強い議論に晒されてきたではないだろうか?

[2] 憲法の「空洞化」を許さず、より確かな平和主義の確立に向けて前進する
 国際平和の確立と日本の平和主義の実現のために、いま、もっとも危険なことは歯止めのない解釈改憲による憲法の「空洞化」であり、国際社会との積極的な協調のための努力をあいまいにし続ける思想態度である。民主党は、その二つの弊害を繰り替えしてきたこれまでの内閣法制局を中心とする、辻褄合わせの憲法解釈にとらわれることなく、わが国のより確かな平和主義の道を確立し、国際社会にも広く貢献して、世界やアジア諸国から信頼される国づくりをめざす。
 多角的かつ自由闊達な憲法論議を通じて、[1]「自衛権」に関する曖昧かつご都合主義的な憲法解釈を認めず、国際法の枠組みに対応したより厳格な「制約された自衛権」を明確にし、[2]国際貢献のための枠組みをより確かなものとし、時の政府の恣意的な解釈による憲法運用に歯止めをかけて、わが国における憲法の定着に取り組んでいく。
 併せて、今日の国際社会が求めている「人間の安全保障」についても、わが国の積極的な役割を明確にしていく。

平和主義をどう志向するかはともかく、解釈改憲の余地を狭めることは重要であろう。

2.わが国の安全保障に係る憲法上の四原則・二条件
以上の認識の下、いわゆる憲法九条問題について次の「四原則・二条件」を提示する。
(1)わが国の安全保障活動に関する四原則
[1] 戦後日本が培ってきた平和主義の考えに徹する
 日本国憲法の「平和主義」は、「主権在民(国民主権)」、「基本的人権の尊重」と並ぶ、憲法の根本規範である。今後の憲法論議に際しても、この基本精神を土台とし、わが国のことのみならず、国際社会の平和を脅かすものに対して、国連主導の国際活動と協調してこれに対処していく姿勢を貫く。

戦後日本が培ってきた平和主義の考えの中身が問題である。

[2] 国連憲章上の「制約された自衛権」について明確にする
 先の戦争が「自衛権」の名の下で遂行されたという反省の上に立って、日本国憲法に「制約された自衛権」を明確にする。すなわち、国連憲章第51 条に記された「自衛権」は、国連の集団安全保障活動が作動するまでの間の、緊急避難的な活動に限定されているものである。これは、戦後わが国が培った「専守防衛」の考えに重なるものである。これにより、政府の恣意的解釈による自衛権の行使を抑制し、国際法及び憲法の下の厳格な運用を確立していく。

解釈改憲の現状からしても、このことは必須条件ではないだろうか。

[3] 国連の集団安全保障活動を明確に位置づける
 憲法に何らかの形で、国連が主導する集団安全保障活動への参加を位置づけ、曖昧で恣意的な解釈を排除し、明確な規定を設ける。これにより、国際連合における正統な意志決定に基づく安全保障活動とその他の活動を明確に区分し、後者に対しては日本国民の意志としてこれに参加しないことを明確にする。こうした姿勢に基づき、現状において国連集団安全保障活動の一環として展開されている国連多国籍軍の活動や国連平和維持活動(PKO)への参加を可能にする。それらは、その活動の範囲内においては集団安全保障活動としての武力の行使をも含むものであるが、その関与の程度については日本国が自主的に選択する。

集団的安全保障についてはすべて憲法で具体的に規定することも一案のように思う。

[4] 「民主的統制」(シビリアン・コントロール)の考えを明確にする
 集団安全保障活動への参加や自衛権の行使にかかる指揮権の明確化をはかる。同時に、「民主的統制」に関する規定を設けて、緊急時における指揮権の発動手続や国会による承認手続きなど、軍事的組織に関するシビリアン・コントロール機能を確保する。その従来の考え方は文民統制であったが、今日においては、国民の代表機関である「国会のチェック機能」を確実にすることが基本でなければならない。

戦前の反省からも必要な措置のように思われる。

(2)わが国において安全保障に係る原則を生かすための二つの条件
[1] 武力の行使については最大限抑制的であること
 新たに明記される「自衛権」についても、戦後日本が培ってきた「専守防衛」の考えに徹し、必要最小限の武力の行使にとどめることが基本でなければいけない。また、国連主導の集団安全保障活動への参加においても、武力の行使については強い抑制的姿勢の下に置かれるべきである。そのガイドラインについては、憲法附属法たる安全保障基本法等に明示される。
[2] 憲法附属法として「安全保障基本法(仮称)」を定めること
 広く「人間の安全保障」を含めてわが国の安全保障に関する基本姿勢を明らかにするとともに、民主的統制(シビリアン・コントロール)にかかる詳細規定や国連待機部隊等の具体的な組織整備にかかる規定および緊急事態に係る行動原則など、安全保障に関する基本的規範を取り込んだ「基本法」を制定する必要がある。この基本法憲法附属法としての性格を有するものとして位置づけられる。

実質的憲法でも法に委任すれば改訂が容易になる。
どの程度を(改正困難な)憲法自身に規定するかを考えておく必要がある。


憲法提言」は抽象的な議論が多い。
個人的に賛成できるところ、反対なところなどあるが、詳細がわからなければなんともいえない部分が多々ある。
今後の具体化を待ちたいと思う。


                                           <おわり>