岸信介特集 その3

さてしつこくまだ続いております。だんだん岸信介そのものというよりは日米外交史や吉田茂や昭和史そのものに興味が移りつつあったりして(笑)。その1その2の続きです。


日米同盟の絆―安保条約と相互性の模索

日米同盟の絆―安保条約と相互性の模索

激しくおすすめ。Amazonで見つけて即購入。これは労作。安保条約をめぐる日米外交史に興味のある方は必読だと思われます。

吉田茂によるサンフランシスコ講和と旧安保条約の成立、その後の日本の軍備の漸増、重光葵の安保改定の挫折、そして岸による安保改定が、主に米国の外交資料に基づき、丹念に検証されておりとても読み応えがあります。

良く知られていることですが、マッカーサー発案の新憲法が、米ソの対立が深まっていく中、日本だけでなく米国をも縛っていった過程が大変興味深く描かれています。また、当初強硬にに日本の再軍備と責任分担を主張していたダレスが、日本の良き理解者(として描かれている)アリソンとマッカーサー両駐日大使とのやり取りの中で軟化していった様子も興味深い。外交というのは人ですねえ。

もうひとつ良いなあと思ったのは著者の登場人物たちに対する暖かい視線。毀誉褒貶の激しい吉田、岸のみならず、本書のテーマで言えば良いところのあまりない重光に対しても、歴史の高みから断罪するようなことはせずに、一定の肯定的な評価を与えようとしている姿勢は、歴史を学ぶにあたって見習いたいなあと思った次第。

この著者によるその後の日米の安全保障に関する外交についての文献を是非読んでみたいなあ。と思ってちょっとぐぐってみたら産経の正論で色々記事が。わはは、微妙だなあ(笑)。やっぱり安保について色々知るとそっちに側になるのかなあ。後で読んでみよう。


吉田茂―尊皇の政治家 (岩波新書)

吉田茂―尊皇の政治家 (岩波新書)

激しくおすすめ。上の本で俄然吉田茂に興味を持ち新宿ジュンク堂で衝動買い。ちょっとしたinterludeとして読んでみました。

やっぱり吉田茂も面白い人だなあ。なんとなくの先入観でリベラルな人かと思ってたら(だって「戦後リベラル」の人たちって吉田茂好きじゃないですか)さにあらず。がちがちの帝国主義者にして天皇制絶対擁護の人だったとは。面白い。

若くして大金を相続し、戦前はあまり成功したとは言えない裏街道の外交官、しかしながら閨閥をツテに戦中にあっては近衛らと早期終戦を画策し東条らと対立、戦後は外相として新憲法制定に関わり、鳩山ら戦前の政治家たちが追放された空隙を縫って首相就任、その後講和により再独立を果たし、米国からの執拗な軍備拡張要求をのらりくらりとかわしながら池田隼人、佐藤栄作ら官僚出身の政治家を周辺に配して経済優先の日本再建への道ならしをした、と。いやあ波乱万丈です。面白い。

興味深いのは、日本をして対米開戦已む無きとの決断に至らしめたとされるいわゆる「ハル・ノート」についての記述(89ページ)。吉田によれば「ハル・ノート」は決して「最後通牒」ではなかったという。対米開戦を正当化する口実としてあまりに人口に膾炙しているこの件に異論があるとはしらなんだ。要調査。

個人的な興味としては第6章の「講和・安保両条約の締結に向けて」が面白かった。上の「日米同盟の絆」の前半と同じテーマを、同書が書かれたときには入手不可能だった日本側の外交資料に基づき検証しています。一度突き合わせて読む必要があるかなあ。

あとは随所に出てくる昭和天皇のエピソードが涙なくしては読めませんでした。僕は別に天皇制絶対擁護という立場では今のところないのだけれど、なんというか、開戦責任については人に言われる以上に強く感じてらしたんだろうなあと思うとなんとも言いようのない気持ちになります。木戸が全部悪いんじゃないかというのが正直な気持ち。この辺も要調査なり。


面白いんだけどあんまりおすすめできないかなあ。Amazonで一括買いした中に入ってたもの。かなーり右よりの立場から書かれてます。そっちの立場に随分親近感がわくようになった僕でもちょっとついていけない記述が散見されるのが面白い。

「日米関係通史」というだけあって、なんと米国建国から話が始まっているのが面白いです。確かにこの視点は重要ですね。

ただ、この本全般に言えるのだけれど、参照している文献の質と扱いがなんというかもうちょっと何とかした方がよさげな感じ。前半の米国の歴史は(常識の範囲内のものが多いとは言え)1冊の文献(「この一冊でアメリカの歴史がわかる!」)に多くを拠っているし、明治時代の日本に関しては司馬遼太郎も引用したりと、いや一次文献のみで書けとは言わんけど、もうちっとなんとかした方が信憑性は増すんじゃないのかなあ、と思う次第。

それに引用元が抜け落ちているものが多いのも気になる。特に127ページの;

マッカーサーは帰国後、アメリカ議会上院でこの朝鮮戦争の経験から、「かつて日本が朝鮮半島に進出したのは正しかった」という意味の証言をした。

なんてのは、かなりcontroversialなものなんだから、引用元を明示しないのは無責任だなあと思わざるを得ませんよ。

と欠点ばかり挙げたけれども、明確な岸擁護の観点から書かれた本が少ないだけに興味深く読めたのは事実。例の「所得倍増計画は池田よりも先に岸が立案していた」論(197ページ)とか、吉田と比べて岸には厳しい評価を下した(らしい)高坂正尭について愚痴っていたり(251ページ)、安保反対運動についてはかの石原慎太郎すら「条文も読まずに反対していた」(210-212ページ)のがわかったり、と大変面白い。色々と割り引いて読める人は読んで損はないかもしれません。


岸信介―昭和の革命家 (人物文庫)

岸信介―昭和の革命家 (人物文庫)

おすすめ。色々重複しまくってますけど。Amazonで一括買いした中に入ってたもの。

年代的には例の「巨魁 岸信介研究」(asin:4480422528)とほぼ同時期(「巨魁」は1977年11月刊行、本書は1977年11月と78年7月に文藝春秋に掲載、その後79年に刊行)に出たもの。特に満州時代について詳しく書いてあります。

解説が『「昭和の怪物」岸信介の真実』(asin:4898315542)の著者の塩田潮氏であるのを見てもわかるように、今となってはいろんなところで引用されまくっているので単独ではあまり読む必要はないと言えばないかなあ。でも岸本人を含む相当な数のインタビューなどで構成されており、かなりの労作であります。

本書で岸信介に関する一般的な(他のテーマと絡めてない)伝記を4冊読んだわけですが【飽きもせずにsvnseeds】、やはり同じ題材でも扱いがちょっとづつ違ってて面白いものですねえ。個人的なおすすめの順番は;

1. 岸信介―権勢の政治家、原彬久、岩波新書asin:4004303680

2. 「昭和の怪物」岸信介の真実、塩田潮、ワック(asin:asin:4898315542

3. 岸信介―昭和の革命家、岩見隆夫学陽書房asin:4898315542

4. 巨魁―岸信介研究、岩川隆ちくま文庫asin:4480422528

といったところ。って4冊も読むヒマな人はそういませんかそうですか。



ということで岸信介特集はまだまだ続きます。どうぞお楽しみに!ってもう誰もついてきてませんかそうd(略)。