本としての完成度!『イヴリン嬢は七回殺される』
『イヴリン嬢は七回殺される』クリスティ的イギリス館ミステリーのはずが、主人公が同じ日を繰り返すループものかつ、別人に転移するというさらに上乗せ設定のために混沌を極めるかと思いきや、徹底的に突き詰められたロジックによって、混沌を感じつつサクサク読めるというちょっと類を見ない怪作!
冒頭の、いったいなにが起こってるんだ、自分はだれだ、というめまいにも似た浮遊感。そしてあっという間に1日が過ぎ、別人格に転移して別の目線から見る同じ日という衝撃。何度もトライし謎を解いていくのはゲーム的で、だとしたらメチャクチャ面白いチュートリアルをやってる気分になる。
あと装丁の良さも特筆。見返しに書かれた屋敷の図面や、表紙の手書き文字も流通フォントにない味わい。このフォント(イヴリンフォント)ほしいなあ。内容だけじゃなく、トータル、本としての完成度の高い一作でした。候補にあった赤バージョンも魅力。
8月9日発売の『イヴリン嬢は七回殺される』(スチュアート・タートン/文藝春秋)のカバーをどっちの色にしようか悩み中。結局どっちになったかは店頭でご確認ください。イギリスの新人によるカントリーハウスSF本格ミステリです。(永) pic.twitter.com/PvIJ3Cr4c7
— 文藝春秋 翻訳出版部 (@bunshun_honyaku) July 17, 2019
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雨にもカミナリにも負けず、札幌市白石区に新しくできた本屋「かの書房」に行ってきました! e-honであらかじめ注文しておいたので、スムーズに書店受け取り完了。このシステムは便利。書店の利益にもなるしね。
注文したのは『書物の破壊の世界史』という縁起でもない本。古今東西、本がどう焼かれてきたのかをまとめた良書。700ページを越える大著です。
さらに、かの書房の書棚から、買おうと思っていた『ミステリマガジン シャーロックホームズ特集』見つけ、立命館中高校の文芸誌(無料)ももらってきました。本を買うと幸せな気持ちになりますね。
↓かの書房については北海道書店ナビさんが記事を書いてます。
http://www.syoten-navi.com/entry/2019/03/19/090000
新聞記者映画の傑作たち
今さら『ペンタゴン・ペーパーズ』観る。
70年代のアメリカを舞台にした映画だけど、確実にいまを描き出す。普遍的ということは、こういうことなんだろう。
この1年後、同じくワシントン・ポスト紙の記者たちの奮闘を追う歴史的名作『大統領の陰謀』の舞台、すなわちウォーター・ゲート事件が起こる。『大統領の陰謀』はいま観てもスリリングかつ切れ味最高の映画。
監督アラン・J・パクラは2年前に『パララックス・ビュー』というとても変な陰謀論映画を撮っているのだけど、その偏執狂的な部分が観客には受け入れずらかった。しかしウォーターゲート事件は陰謀が現実となってしまった。大統領が敵対する民主党に盗聴器を仕掛けようとしていたのだ。
現実がフィクションの陰謀論を越えてしまった。大統領が本当に陰謀を企てていたのだ。そうして監督パクラは最高の題材を得た。前作『パララックス・ビュー』で見せた、執拗に真実を追う姿勢をワシントン・ポスト紙の記者2名に託し、地味かつ丁寧な取材攻勢をパキパキとした歯切れのいい展開で見せていく。傑作だ。
現代、日本。報道記者はこの映画を観てるだろうか。観ておきながら、いまの姿勢、自分自身を許せるだろうか。忘れたふりして権力におもねっているのだろうか。
それにしても、映画のいちジャンルとしてある新聞記者ものの心地よさよ。『ペンタゴン・ペーパーズ』『大統領の陰謀』はもとより、たとえばアカデミー作品賞を受賞した『スポットライト』もそう。こちらはカトリックの神父を告発する傑作。
また、日本でももちろん傑作はあって、たとえば『クライマーズ・ハイ』。日航123便の墜落という世界最大の飛行機事故を取材する新聞社の人間模様、葛藤、そして叫び。大傑作になりかけた傑作。原作を読むと映画版はテーマ性にブレがあったり、原作にないエピローグがあったりなどなど、気になるところはあるけど、それでも役者同士のぶつかりあい、怒鳴りあいは日本映画史上屈指だと思う。
ということで、願わくば現実の新聞記者たちも、このような映画のように、権力や巨悪に立ち向かう人たちであってほしいと思うしだい。
『グリーンブック』ヴィゴ・モーテンセンの奥行き、それから優しさ。
アカデミー作品賞『グリーンブック』観た。差別問題を取りあげつつも心地よさの残る秀作。結局白人が黒人を助ける映画だとか、現実はそんな簡単じゃないとか、批判があるのもまあわかる。でも……
たいした障害もなくあっという間に人種の壁を乗り越える白人ドライバー(ヴィゴ・モーテンセン)のあり方は、ふつうに付き合ってれば当たり前だろ?って感じで、観てて気持ちがいい。もちろんそれはヴィゴ本人が持つ、なにがあっても最後にはこっちのことをわかってくれる感が大きいんだけどさ。
人と人とが簡単に仲良くなれる、それが異人種間だとファンタジー的であると批判される。でもそんなファンタジーも観てみたいじゃないか。安全な場所にいる人のぬるま湯意見なのかもしれないけど。
グラナダ版&NHKの露口ホームズの吹替が最高
ホームズの映像化といえば昨今はカンバーバッチ版『シャーロック』あるいは新作が延期になったロバート・ダウニーjr版だろうけど……
なんといっても真打ちはやはりグラナダTV版『シャーロック・ホームズの冒険』だろう。ホームズ演じるのはジェレミー・ブレッド。見たこともないのに、まさに生き写し!と思ってしまうほど。憑依とはこのこと。
日本ではNHKが吹き替えで放送していたバージョンが大変よくできていて、放送時間の関係から一部(といっても数分だが)カットしていて、それが間延びをなくしサクサク進む爽快感を生んでいる。そしてなにより吹き替え!
ホームズの声を露口茂があてているのだけど、これが、これこそがホームズ。つやがありメリハリのある声音、ともすれば芝居がかったと言われそうだけど、そういう誇張すらもホームズを感じてしまう。
またこの版の特色として、ホームズとワトスンの友情を深めて描いているという点も強調したい。原作でも「君以外に友人はいないよ」(『五つのオレンジの種』)と言うホームズ。つまり、唯一無二の友がワトスンなのだ。
そうしてグラナダ・NHK版の吹き替えのとあるセリフ。『ブルースパーティントン設計書』にて。海軍潜航艇の設計図が盗まれてしまう事件の一幕。ホームズは国家や依頼主の願いを叶えるべく、容疑者宅への不法侵入を企てる。違法な捜査だ。危険もともなう。しかし見張りが必要だ。やってくれそうなのは、ただひとり、唯一の友だ。
「いかねばならいよ」
ホームズのその言葉に、ワトスンはしばし考え……ニヤリと笑う。そこでホームズのセリフ!
「I knew you wouldn't shrink at the last.」
機械的に直訳すれば、「君が最後には尻込みしないと、僕は知っていたよ。」
字幕では「そうくると思っていた!」。このセリフもまあいいが、露口ホームズのセリフはどうだ。
「それでこそ我が友だ!」
最高じゃないか。
追記。
直後ワトスンは給仕が持ってきた酒をクイッと飲み干しホームズを追う。ここにセリフはないのだけど、なんと吹き替え版ではオリジナルで「気付けに一杯」とワトスンは言う。間延びいないよう、タイトなシーン終わりとなっている。見れば見るほど味のある物語なのだホームズシリーズは。
マーティン・マクドナーの戯曲
マーティン・マクドナー(『スリー・ビルボード』)がどんなにすごい戯曲家だったのか知りたくて、日本語で読める2作、取り寄せる(パルコのネット通販で買えた)。
愛猫を殺されたアイルランドの超過激派が、復讐のために帰ってくる恐怖、『ウィー・トーマス』。童話作家が書いた本のとおりに子供たちが殺され、容疑者となった彼は全体主義国家のもとで拷問される『ピローマン』。
どちらも着想がすごく、ストーリーの1歩1歩が過激かつ血みどろ。それでいてコメディ感もあるので、悲劇なのか喜劇なのか判断できない。
長編映画1作目『ヒットマンズ・レクイエム』は批評家に「監督はコメディなのかホラーなのか理解できてない」と言われたけど、マーティン・マクドナーはそれがやりたかったんだと反論してる(『スリー〜』のパンフより)。
戯曲を読めば、もうこの頃からそうだったんだね。しかも『スリー〜』ではその感じがかなり抑制されて、なんなんだこれ感が薄れ、ちゃんと1本の映画として評価しやすくなってる。
アカデミー賞では脚本賞も(!)作品賞も逃したけれど、僕は断然『スリー・ビルボード』派です。(『シェイプ・オブ・ウォーター』でいいなら、デル・トロは『ヘルボーイ ゴールデン・アーミー』や『パンズ・ラビリンス』のときにアカデミー賞あげたらよかったのに、という歪んだ意見です)