一九二三年に、名實共に世界的樂人のクライスラーが日本へ演奏旅行に來た。そして京都での演奏會の夜、その演奏後直ちに樂器を提げたまゝ栖鳳を訪ねて來た。多分それは九時半頃だつたらう。だからそれはクライスラーの五十歳近く、栖鳳は丁度六十歳の頃で、二人とも現在に較べて遥かに元氣であつた。然も曾てその時ほど異國人を相手として、相當内容のある談話の機んだ時も無かつたらう。なぜかなら、クライスラーが栖鳳の家を去つたのは午前三時だつたし、その長時間、クライスラーが栖鳳の畫を觀、栖鳳がクライスラーの演奏を聽いてゐた時間を除いて、殆ど音樂や繪畫に就いて、お互いの意見を吐き合つたからである。然もクライスラーは餘程談話…