約束のしめ鯖 一切れ目 灰色の外壁に縦横無尽のヒビが入っているアパート。2階には住居用の部屋が並び、1階にはテナントが1店舗だけ光を灯している。横並びで3店分のスペースが区切られているが、隣の蕎麦屋も、その隣のすでに看板が朽ちた店も、暖簾を下ろしてからしばらく経っている。 引き戸の前に置かれた盛り塩。黄みがかった行灯。一見は高級店のようで初めての客を怯ませる白い暖簾。面倒くさくてやさしいマスターと、歯切れがよくチャーミングなママ。「松味」は、私のみならず家族が愛した酒場だった。 この店を初めて訪れたのは、環状通東駅に引っ越してすぐのころ。水曜日の20時半くらいだっただろうか、私の他にはカウンタ…