ドストエフスキーの人間観—矛盾・道徳・救済の交錯する世界 宗像多紀理 フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)は、人間の心理の深奥に迫る文学を遺した作家であり、その作品群は近代文学における金字塔として高く評価されている。特に『地下室の手記』と『罪と罰』は、彼が人間性についていかに考え、またそれをいかに描いたかを理解するうえで極めて重要な位置を占める。本稿では、この二作品を通じて、ドストエフスキーが捉えた人間性の本質を考察する。 1. 『地下室の手記』における人間の自己矛盾 『地下室の手記』(1864)は、語り手である「地下室の男」による独白という形で展開される。彼は理性と感情の間で揺…