もうかれこれ10年ほど前になるだろうか、お習字と全く無縁な私が、この硯に魅せられ、おまけに水滴まで買ってしまった。 そのままずっと教室の棚に日の目を見ないまま置きっぱなしになっていた。 ある日、Aちゃんが「私、お習字、おばさんに習ってるんだよ」と、スマホで撮った写真を見せてくれた。 「行雲流水」と書いてあった。自分で選んだ言葉だという。 なんて素敵な言葉!ものに執着せず流れのまま生きていく。 私は自分で買った眠ったままの硯を思い出し、おもむろに出してつい自慢してしまった。 墨を磨って描いてみたいとAちゃん(20歳過ぎ)がじっと硯を見つめる。 「描いてみたら」 「本当にいいの」 Aちゃんは、すら…