私の母親の実家は,大阪船場で金網の卸業を営む商家だった。あまり詳しくは知らないのだが,小さいものはザルに使う金網から,大きなものは学校のバックネットまでを扱っていたと聞いている。両親に連れられてときどき訪ねていくと,広い土間にたくさんの金網類や見慣れない道具が置かれていたが,子供が勝手に触ってはいけないことになっていた。 小学校就学の前だったと思う。ある年の正月明けに訪ねて行ったとき,私と妹はなにやらよそ行きの服を着せてもらっていたようだ。「ようだ」というのは自分でははっきりした記憶がなく,あとで父親の撮った写真を見てわかったことだからだ。母親の実家とはいえそんなにベタベタした付き合いでもなか…