私は二十五歳のとき、坐禅を始めました。入門書を手に取り、そこに書かれているとおりに足を組み、背筋を伸ばす。形だけは、なんとか整えることができました。 しかし――坐れば坐るほど、雑念は増えていきました。 頭の中のおしゃべりは止まらず、静かになるどころか、むしろ騒がしくなるばかり。当時の私は、「現実の延長線上」で坐禅をとらえていたのだと思います。 さらに私は、坐禅によって現実を変えようとしていました。マイナスの出来事をプラスに変えようと、イメージしながら坐る――そんなこともしていました。 二十八歳のとき、禅寺に入りました。そこで教えられたのは、「無心」でした。 一切の計らいを捨てること。考えも、目…