「ここに、座ってみ」 そう言われて私は、寺の縁側に腰を下ろした。 少し冷たい木の感触が、背筋を伸ばすような気がした。 「名前、教えてくれはりますか?」 突然の問いに、私は一瞬、声を失った。 「……名前、ですか?」 「そう。名前や」 私は言い淀んだ。 会社でも、近所でも、必要最小限しか名乗らない。 “自己紹介”という言葉が苦手だった。 小学生のころ、クラスの前で名前を言ったときに、誰かが笑った記憶が今でも胸に残っている。 その日から、私は“自分を名乗る”という行為が、少し怖くなったのだ。 「……石動 昴(いするぎ すばる)です」 私は小さく名乗った。 僧はうなずき、静かに言った。 「よう言えたな…