桜材の懐中時計 第1章:桜の残る場所 春の夜は、少し肌寒い。 吐く息は白くならないが、冷えた空気が頬にふれて、どこか心細くなる。 ユウトは手のひらに包み込んだ懐中時計の温もりを感じながら、住宅街を抜け、坂を上っていった。 左手に持ったそれは、今は亡き曾祖父・時四郎の形見だった。 桜の木でできた、大きな懐中時計。 木製のはずなのに、なぜか手のひらにしっとりと馴染んでくる。 不思議な感触だった。 曾祖父・時四郎は生前時計職人をしており、曾孫のユウトをとてもかわいがってくれた。 「大爺、よく展望台につれていってくれたなぁ」 ユウトはその時に時四郎から、公園の大きな桜の古木の周りには豊かな森があったこ…