山の形から場所を探そうとするが難しい 昭和54年(1979) 庭に自転車 建物のそばに消火栓も見える
奥の左側に旅館「奈良萬」の看板が見える 昭和55年7月14日
大原美術館の向かい 左は旧大原家住宅 倉敷市中央1-2 昭和53年7月8日 建物は健在 古物商ではなくなっているがウインドウなどはそのまま 倉敷市阿知2-22-12
大原美術館前 川畔に人が溜まっている昭和らしい風景 昭和53年7月8日 「今橋」という石橋 竜の模様 日傘がある 鬱蒼とした柳
金木駅から五所川原方向 遠くに岩木山 昭和55年9月14日 ディーゼル2両編成
駅舎は建て替えられ、倉庫もない現在(いま)、この風景は失われた。 昭和55年(1980)9月14日 一カ所抜けている商店の看板・・ 空中の電灯
寒い地域らしく入り口の守りが堅い 屋根や板壁が美しい 昭和55年(1980)9月14日 近くの砂利道を歩く
堂内には人形のようなお地蔵様が、たくさん見えます。 胸に「十」の印も。 子供が自転車で遊びに来ているのでしょうか。 昭和55年(1980)9月14日 堂々たるかやぶき屋根の民家 屋根の左側が一部盛り上がり、窓があります。 「煙抜き」も凜々しい。今のところ現存確認できません。
斜陽館 当時旅館業でしたが前夜は宴会があって泊まれませんでした。 この左隣にも旅館があり、そちらへ。昭和55年(1980)9月14日 雲祥寺 十王曼荼羅(地獄絵)のお寺 右側の斜めの松も健在のようです
津軽線終点「三厩(みうまや)駅」今もほとんど変わらない景色か 昭和55年(1980)9月13日 津軽富士「岩木山」 五能線の車窓からか