東映フライヤーズ

(スポーツ)
とうえいふらいやーず

東京都に本拠地を置くプロ野球チーム。パ・リーグに所属。現日本ハムファイターズの前身。
ホームグラウンドは駒沢球場→明治神宮野球場→後楽園球場

球団歌は「東映フライヤーズの歌」。*1

沿革

  • 1954年2月1日、東急フライヤーズは、大川博が社長を務めていた東映に球団運営を委託。「東映フライヤーズ」に名称変更。
  • 1962年、水原茂監督の下、土橋正幸尾崎行雄の両エースが大車輪の活躍をし初のパ・リーグ優勝。
  • 同年、阪神タイガースとの日本シリーズを制し、日本一に輝く。
  • 1962年、新宿区の神宮球場に本拠地を移す。*2
  • 1964年、国鉄スワローズの神宮進出に伴い、後楽園球場に戻る。
  • 映画産業の斜陽や、「黒い霧事件」による人気低迷の影響で、球団経営が悪化。
  • 1971年、大川オーナーが急逝。
  • 1972年1月12日、日拓ホームに身売りし、「日拓ホームフライヤーズ」となる。

張本勲大杉勝男白仁天大下剛史ら血気盛んな選手が多く、豪快な野球で「駒沢の暴れん坊」と呼ばれた。

また、これらの猛者たちを毒島章一が纏め上げていた。

OB会は北海道日本ハムファイターズと合同である。

歴代監督

過去の主な在籍選手

*1:古関裕而作曲。

*2:駒沢球場が1964年の東京オリンピックの整備計画のために取り壊されることを受けての移転。

*3:1956年から1957年の間は選手兼任。1960年途中より、保井浩一が監督代行。

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