日光東照宮で驚いたのは、空間を埋め尽くす欲望、シンボルの密度。 なぜ人間はシンボルを使うのかというと、神、権力、生、死、時間、正統性、空間、秩序、神聖さ、国家...などなど、見えないものはそのままでは扱えないからである。 だから人間は、それを動物や色や形や物語に置き換える。 つまりシンボルとは、見えないものに仮の姿を与えるための道具であるといってよい。 人間はフィルターを通してしか、現実を扱えないの... さらには、ここがわたしの興味なのだが、言葉もシンボルだ。 「猫」という音そのものは猫ではないのにもかかわらず、われわれはその「ネコ」という音で猫を指すではないか。 シンボルを使うのは、装飾の…