陰のち晴、冷気。チェスターフィールドコートを着用して事務所に向ふ。文京の並木の木の葉が愈々秋色を深めてゐる。 仕事中に谷崎の『武州公秘話』と『少年』を読み、露悪趣味に疲れた私は、何か清澄な物語を読んで洗はれたいと思つた。私の脳裡に堀辰雄が浮かんだ。 『美しい村』、例のごと軽井沢を舞台に、肺病で感傷的な青年が主人公の、半伝記的小説である。谷崎にしろ堀辰雄にしろ弱き男を描いてゐるのだが、その弱さの性質は大分と違ふ。何故私は前者を懦弱と唾棄し、後者を詩的と評価するのであらうか。弱弱しい、意気地のない、センチメンタルな男の戯言だと総括して、了りにしないのか。さうできぬのは、多分この男が、私に少し似てゐ…