虚無

今住んでいる部屋にひとつだけ不満を挙げろと言われたら、雨が降っても雨音が聞こえないことである。それぐらい防音がちゃんとしているということだけど、雨が降っているときは雨音がちゃんと聞こえてほしい。外で雨が降っているのかどうかわからないと不便とかそういうことではない。雨音を聴きたいのだ。 雨が降る音。時折混ざる板とか金属とかに雨が当たる音。雨が降っているサーというあの音はいったいどこから発せられるのだろう。空気との摩擦か。自分が雨に降られるのは嫌だけど、もう家から一歩も出る予定のないときは、外では雨が降っていてほしかった。雨が降っているとヘッドホンで音楽や動画の音声を聞いているのがなんだかもったい…

万年筆の特徴として数か月に１度洗わなければならないということがある。人によっても違うのだろうが、だいたい水洗いをしたあと一昼夜真水に漬けておき、そのあと乾かすのに丸１日程度要する。つまりだいたい２～３日は万年筆を使えないことになる。 万年筆を1本しか持たない不具合がここにある。万年筆を使えないのである。そこで1本を洗っているときに使うため、という正当な理由をもって万年筆がもう1本増えることになる。しかし万年筆のインクは1本がなくなるともう1本もなくなるものである。その可能性が捨てきれないので、もう1本ぐらい買うことになる。シャープペンやボールペンは中を洗う必要がないし、替え芯を持ち歩けば即座に…

それで10分後ぐらいに掛けなおすことにして公衆電話の受話器を置いた瞬間に、ふと新たな疑問が浮かんだ。「新下関営業所ってどこにあるんだ？」 こういうときスマホを出してブラウザを立ち上げ、「サンデン交通 新下関営業所」と検索すればすぐに場所が出てくるのだが、私のスマホはおそらくその場所に向かっている。スマホのない人間はかくも無力である。 しかしさっきの切符売り場まで戻るとちゃんと「最寄りバス停：石原車庫」と書かれている。路線図を見ると新下関の駅からは３～４つバス停があって、歩くのは少々厳しそうである。すると8時48分に石原車庫行というバスを発見した。これに乗るしかない。 最初の電話から14分後の8…

流行っているのかもう流行りは終わりつつあるのかわからないが、インターネットでプロフィール関係を見ると必ず書かれているあの性格診断のアルファベット4文字が思い出せない。思い出そうとするといつもIGBT、絶縁ゲートバイポーラトランジスタが頭をよぎる。鉄道車両の制御装置、VVVF制御の方式でおなじみのあいつ。IGBT素子VVVFインバータ。90年代～2000年代の最新鋭車両の代名詞（今でも割と主流らしいが）。 なんの話だ。そう、あの性格診断。 あの性格診断も実は信頼性に疑問があるとか、いろいろ言われているけれど、正直あの類型の信頼性なんてどうでもよくて、ただ自分をその診断結果であるアルファベット4文…

きょう、PCが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私にはわからない。「PCノガメンガチラツク。アスカイニイク」これでは何もわからない。恐らく昨日だったのだろう。 とにかく、家に帰ってきたらPCの画面が激しく上下に揺れている。再起動も、ドライバの再インストールも試したけれどてんでダメなので、これはたぶん物理的に逝ったのだろう。ここ数か月、結構頻繁にブルースクリーンを吐き出していたのでそろそろ寿命も近いかなと思っていたが、まさか本体より画面のほうが先にぶっ壊れるとは。 まあでも結構家でもWordやExcelの類は使うくせに、先々代のPCについていたOffice2013を未だに使っている*1と…

それで小島和男『反出生主義入門』（青土社, 2024）を読んだのだが、別に生まれてきたことに絶望している訳でもないし、早く死にたい訳でもない。しかしながら本というものはたとえそれがどんなにニッチな分野の本でさえ、その本を出版することによって利益というものを生み出さなければならない。したがってある程度は「売れて」くれなければ出版社としては困るのであって*1、そういう商業主義の犠牲になってしまった感はある。 「生まれてこないほうが良かった」のではなくて「この世の中において苦痛を持ちうる可能性のあるものが存在することは等しく悪である」ということから「そういうものを産み出す＝子どもを作ることは非倫理的…

年を取ったからか、忘却が定常状態であり、記憶というもののほうが例外なのではないかと思い始めている。記憶に残っているほうが異常なのだと。眠っているあいだに見た夢は時間とともに少しずつ忘れていくが、いつまで経っても覚えている部分もあるように。夢と現実はその速度の違いでしかない。 忘れることは悪いことなのだろうか。なにもかもいつまでも覚えていなければいけないのであれば、未来を受け入れることなんて、到底できないのではないか。覚えていることはできない。が、思い出すことはできる。 5月のはじめ、ゴールデンウイークが明けると毎年思い出すことがある。正確な日付はもう忘れてしまったのだけれど、ああ、これぐらいの…