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D16の日記 このページをアンテナに追加

2015-05-27

[]『マウスガード 1152 秋』

 この作品日本に紹介できるのは、僕にとってとても誇らしいことです。

 デイビッドピーターセン著『マウスガード 1152年 秋』が、本日発売です。

 本編の紹介は、日本語版版元のブログにも書いてありますが、ここでは僕が持ち込んだ企画書から改めて抜粋してみます。

 『マウスガード』の世界。そこは過酷な世界です。

 マウスたちは捕食者(ヘビ、フクロウなど)に狩られ、荒れ狂う自然の前にわずかの蓄えも失われて行きます。マウスたちはか弱く無力な存在です。

 しかし、それでも――。

 圧倒的な自然の猛威に立ち向かうマウスたちがいました。

 彼らは原野のあちこちに安全な隠れ場所を造り、そしてついには厚い城壁献身的な護衛兵が守る城塞ロックヘイヴンを建造したのです。

 しかし、この城塞で守ることのできるマウスの数は限られています。他の共同体はどうするのか? 強制的移住させるのか? それとも廃棄するのか。

 議論の末ロックヘイヴンの守護者達は1つの結論に達しました。

 ロックヘイヴンの防衛力はほかの共同体を護り、支援するために使うのだと。

 マウスがすべて繁栄せねばなりません。さもなくば全てのマウスが死に絶えるのです。

 そうとなれば遠く離れたマウスたちのため、道を切開き、よりよい見張り場やルートを探さねばなりません。

 それは敵と危険に満ちた原野を行く危険な任務です。しかし勇敢で無私なるマウス達がその任務に就きました。彼らこそが『マウスガード』です。

 『マウスガード』は 単なる兵士ではありません。彼らは原野に点在する隠れ里への道を案内するガイドであり、国境を巡視しつつ、危険な場所をさがしてはそこを通り抜ける道を探す道先案内人、そして何よりも捕食者の魔の手から縄張りを守る戦士なのです。

 『マウスガード』とはマウスの社会において、その種族の繁栄と平安のために献身的に日々戦う者達なのです。

 さて。今になってこの紹介文を省みてみれば、「必要なことは言っている」「だけど、魅力は十分に伝えられていない」と思います。

 これは(当然ながら)絵がないということ。マウスガードはコミックなので、物語と絵は不可分。そして、一枚の絵の説得力は時に万言を凌ぎます。

 マウスガードの公式サイトhttp://www.mouseguard.net/)には各巻のプレビューがあります。

http://www.mouseguard.net/books/fall-1152/nggallery/fall-1152-preview/fall-1152-issue-previews

 そちらの絵の数々をまずは見てください。

 生き生きしたマウスたちの振る舞い、彼らが旅する森や林の姿、朝焼けの空、彼らを脅かす獣たち。

 実のところ、そうした絵だけでも「これはただものじゃない」と感じてもらえると思います。

 そして、繰り広げられる物語。

 マウスガードの物語が、この1152 秋。ひいては「黒の斧」の物語から始まるというのは象徴的です。

 『黒の斧』はマウスに伝わる伝説の斧。家族を殺された武器鍛冶がその悲歎を込めて作り出したこの武器は、非力なマウスの手にあっても、蛇などの強大な敵を葬る力を持っています。

 しかし、『黒の斧』を担うと言うことは、か弱きマウスたちの悲歎の声、その重みを担うと言うこと。それを振るうのは選ばれし勇者でなければなりません。

 「力はどのように振るわれねばならないのか」

 「英雄はどのようにあるべきなのか」

 1152秋に提示されるこの問いは、ひとまずの結論ののち、1152冬(続刊予定!)にさらに持ち越されます。

 か弱いマウスたちだからこそ“力”を欲し、そして「戦う相手は他にもいると言うのに」マウス同士で争わずにはいられない。

 主人公であるガードマウスたち、ケンズィ、サクソン、リアムは冒険を経てそれぞれに生きる目的を見いだし、そしてマウスたちの悲喜こもごもをよそに、時に無慈悲に時に恵み深く季節はすぎてゆくのです。

 林の落ち葉の下、岩の裏に広がるマウスたちの世界、生きることがすなわち冒険である彼らの物語を是非その目でご覧になってください。

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