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読闘食闘日記

17/02/19 牽制の網と妄想の翼

*[読闘]トリ人間が謎である謎

例のラスコー展のトリ人間について、夫の人との会話。

夫の人「人間って不便だね」

わたし「なんで?」

夫の人「一目瞭然のはずの絵を描いても伝わらないなんて。人間が鳥になるっていったら、世界中どこでも天に昇るとだいたい同義語じゃない?」

わたし「うん、でもさあ、みんなあの絵を見て直観的にそう思っているけど、学会内のいろいろでそう断言できないのかも」

夫の人「?」

わたし「『宗教学の大家のなんちゃら先生が〜、その時代の人類に宗教が存在したとまでは言えない、とおっしゃっていて〜』『そうなりますと、魂が天に昇るという感覚をクロマニョン人が持っていたかも断言できず〜』『やはり不正確なことは記すべきではないのではないかと〜』っていう」

夫の人「……あながち妄想とも言い切れないところが、いやだね」

17/02/17 石器時代の沢野ひとし

[]特別展「世界遺産 ラスコー展 〜クロマニョン人が残した洞窟壁画〜」@国立科学博物館

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駆け込みで見てきました。おやつどきに着いたらまあまあ混んでおり、それでも音声ガイドも楽しみつつ2時間強はいたかなあ。洞窟の1/10レプリカはミニチュア好きにはたまらなかった! ただ、人形の大きさなどから1/12では? という疑念も。

こちらはケルト紋様の元かしら、などと思いつつ見学。

ところでゆるキャラ的にあちこちで使われているこちらのトリ人間ですが、さまざまな点が謎だということで「謎のトリ人間」とか言われています。

https://www.facebook.com/lascaux2016/posts/1827364074214702

そうか、トリ人間、謎なのか。てっきりバイソンと死闘を繰り広げた末に、魂が鳥に乗って飛んで行くほどの瀕死体験を描いたものだと思っていました。角か頭突きかわからないけど、バイソンに吹っ飛ばされた瞬間で、「あちゃー、鳥型の投槍器使ってたのに、自分が鳥になりそうとほほ」的なものを、勇猛に見えるバイソンと対照的に弱々しげに描かれたトリ人間には感じます。なんなら投槍器に「しょせんその程度だったか」というツッコミを吹き出しで付けたいくらい。

それもこれも、トリ人間と投槍器の絵柄が沢野ひとし絵っぽいせいです。クロマニョン人の世界にもシーナマコト的人間やサーノヒトシ的人間がいて、シーナ的人間は駆け抜ける馬の群れなんていう映画的シーンを洞窟の壁に描き、年老いてからは語り部になり、かたやサーノ的人間は自分のセイカツのなかの事件をマンガ的に描き、めぐろこおじ的人間は賭け事を発明していたかもしれない。

それに「何らかのストーリーを持つ『場面』が描かれた奇妙な壁画はラスコー洞窟の中でもこれだけです。」とのことですが、読み取れていないだけで、どの壁画もなんらかの「場面」を象徴している可能性はあるわけで。

国立科学博物館をあとにしてからそんなことを妄想しつつ、暮れゆく上野公園を見ながら遅めランチしていました。

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花粉症だし、大風吹いてるしで、素敵テラスがあっても室内に退避せざるを得ないのは残念。

17/02/05 ミーちゃんのサインは蛍光ピンク

[]『魔夜峰央タロット』(説話社)発売記念 魔夜峰央先生 ミニトークショー&サイン会@書泉グランデ神保町

中学のとき学校で没収された、魔夜峰央先生のタロットカードの再発記念ミニトークショー&サイン会。魔夜先生、小柄で華奢でした。瀕死の白鳥踊れてる映像でそうだろうとは思っていたけど。

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サインのあと握手もしていただいたのですが、思ったよりがっちり握手してくださり、頭の中が☆と♡だらけに……!なんとなく「右手は先生の商売道具だから、そっと」と思っていただけに嬉しい〜。

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そして友だちも来てたので、お互いに現場感ある写真を撮ってみたりなど。図ったわけではないのに、自分の服装がボードと同じカラリングになっててわろた。差し入れは両口屋是清の美しきバレンタインチョコレート羊羹にしました。

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サイン会、並んでるアラフォー以上の多そうな方々、とくに男性が、先生の前に出ると満面の笑みになるのが見ていてすごーく素敵だったなあ。なかなか見ないもの、大人の男性の満面の笑みって。

思えば、中学二年のとき、先生の公式ならぬ公認ファンクラブで先生のご結婚を知り、ファンクラブは解散、そして中学三年のときにタロットカードを没収され、その後進学した高校の漫研で先生の自画像やキャラ絵入りのサイン色紙に出迎えられ、と、いろいろな因縁というか運命がようやく収束した感があり、脳内から視界まで覆う☆と♡がなかなか散ってくれなくて困りました。

魔夜峰央タロット ([バラエティ])

魔夜峰央タロット ([バラエティ])

この日、楽しかったのは、サイン会を前に、真後ろに座ってた同年代のかた・Aさんと、20代に見える(けど話題からしてたぶんアラフォー?)博多弁のかた・Bさんと話したこと。

A「さっき、終わってから4階でってよく聞こえなかったんですけど……、なにかあるんでしょうか?」

私「書籍を買ったら追加でサインしていただけるかも、ということでしたよ。マイクなしで聞こえづらいですよね〜」

B「あ、本にもサインしていただけるんだ。タロット持参って、どこにサインしてもらおうか悩んでて……」

A「ですよね? 説明書もカードも余白少なすぎ……」

B「そうそう、それになんかツルツルしてるし、サインがはげちゃわないか、不安……」

私「わたし、箱を開けた蓋の裏に書いていただこうかと」

A「あー、なるほど! あー、でもどうしようかなあ」

このあたりでカードにサインもらってる人のものは、油性ペン、しかも蛍光ピンクで全面に大きくサインしてあることがわかってくる。

B「あ、なるほど、あれなら」

A「わぁ、急いで好きなカード選ばなきゃ!」

なお、Aさんかなりコアなファンのようで、前に魔夜峰央サイン会があったのは15、6年前と言ってました。そして今日は子どもが小さくて来られない友達(もっと熱烈なファンだそう)に内緒の参加なので、記念撮影して証拠が残って何かの時に見られたら、呪い殺される! と言ってました。オタクすげぇ。

そしてBさんのAさんじゃないほうの隣のかたは、順番が来たら「準備ができてないので後のかたを先に」と言っていて、みんなが(心の準備か?)と思ったら、会場に到着したばかりで物理的な準備がまだ、とのことでした。

なお、再版の経緯はこちら。技術の進歩って、すばらしい!

http://ameblo.jp/chienoki-staff/entry-12211565452.html

http://ameblo.jp/chienoki-staff/entry-12213453995.html

http://ameblo.jp/chienoki-staff/entry-12218506414.html

http://ameblo.jp/chienoki-staff/entry-12226182680.html

http://ameblo.jp/chienoki-staff/entry-12235217958.html

http://ameblo.jp/chienoki-staff/entry-12238994792.html

17/01/17 懐かしきミッション系女子校のリアル

[]『天使にショパンの歌声を』@YEBISU GARDEN CINEMA

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日本版タイトルがこっぱずかしいのと『天使にラブ・ソングを…』の劣化コピーなので注目していなかったのですが、1960年代のカナダにおける学校教育の政教分離がモチーフと知って見ることに。

日本版タイトルからは予想できないほど、骨太でシビアな内容でした。なお、原題は『LA PASSION D'AUGUSTINE』。AUGUSTINEはこの女子校の校長なので、このPASSIONは校長の音楽教育への情熱と、「(イエス・キリストの)受難」を意味するPASSIONも匂わせているのかもしれません。寄宿制のカトリックの女子校が舞台ですが、ロリータ趣味ではない撮り方で、ぼんやりした男子は気づかないかもしれない、あの年代の女子の醒めた感じやいじわるなところ、強情なところや正義感が描かれています。教師としてのシスターの厳しさや優しさも懐かしい。

そこはまあ、メインテーマではない(と思う)のですが、ピアノ演奏の演出が秀逸!

学生にしては上手いよね、とか、テクニックとして弾けてはいるけどそれだけじゃない? とか、これは荒削りだけどすごく伸びそう、というのがそれぞれの役によって弾き分けられてる!!!

音楽もの、コンクールもののフィクションで、ここまできっちりピアノ演奏の音色の演出がされていた映画って、あったかなあと思うほど。

そしてカナダの与党の方針に加え、1962年のバチカン公会議での現代化路線を受けての、いまだにわたしが苦手な聖歌のフォークロック化もあって、久々にあの「うげぇ、勘弁してよ」感を味わったり。ていうかあれ、世界的な傾向たったのね。映画が女子校内聖堂でのラテン語ミサと、女子とシスターたちのアヴェ・ヴェルム・コルプス(モーツァルト)で始まるので、よけいに台無し感があります。

だから、そのあとの学校教育の世俗化がよけいにさみしい。映画内では女子校の経営母体は聖心(サクレ・クール)のようだったけれど、カナダでの実際もそうだったのかなあ。なにもかも平坦にすることが平等だとわたしは思えないので、宗教経営の私立校がこうした政治の波に洗われるのは納得できないのです。

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17/01/08 登攀ドキュメンタリー映画!

[]『MERU/メルー』@新宿ピカデリー

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山の楽しさと厳しさに少しでも触れたことのあるひとは、変なアドレナリンが出まくること請け合い。登山家自身が撮っているドキュメンタリーなのだが、どうやって撮ったのかわからない凄いショットが頻出する。ただでさえほぼ垂直の壁を登っていてスリリングなのに。

しかし、見た目の凄さよりも、登山家たちの関係が凄い。信じることが、「何があったかわからない」奇跡を引き起こしたのかもしれないとさえ思う。

また、チームリーダーがオンマニペメフムを唱えたり、テントにタルチョが取り付けてあったり、自宅にマニ車があったりするのも、チベット支援者としてはうれしい。

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