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読闘食闘日記

16/03/24 黒蜥蜴 表現者 vs 表現者バージョン

[]『江戸川乱歩の陰獣』@神保町シアター

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キャストも贅沢なら脚本もカメラもよく、和服も山の上ホテルや横浜グランドホテルも眼福の、黒蜥蜴の習作のような、原作より乱歩っぽいくらいの一本。

探偵の推理作家役に若くて可愛い柴犬みたいなあおい輝彦。わたしの好みではないけれど、ああ、これはそうとうな人気だったろうなあと納得。

対する黒蜥蜴役はリカちゃん人形のモデルでもある、まさにお人形のように美しい香山美子。彼女の和服姿はいちいち素敵なんですが、半襟がずーっと同じものだったような? 富豪夫人ならそここそ替えると思うのだけど、短期間撮影で長襦袢を着っぱなしだったのかしら。

そしてあおい輝彦の担当編集さん役の若山富三郎がまたおちゃめで素敵です。彼がワトソン役でもあるんだけど、映画の初めの方で、原稿のできてないあおい輝彦を山の上ホテルに缶詰めにするために連れて行くところから、いい。

ほかに仲谷昇、野際陽子加賀まりこ、尾藤イサオ、菅井きん倍賞美津子が脇役として贅沢に使われてます。

最終的には、表現者、創作者同士の対決する黒蜥蜴といった趣。それだけに、愛した相手が自分が猛烈に嫉妬した作品群を書いていた作家の中身だと知ったときのあおい輝彦の雨に濡れた柴犬っぷりが哀れ。

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16/03/20 もっとビザールな絵葉書を!

[]イングリッシュ・ガーデン@パナソニック汐留ミュージアム

3/21までの「世界遺産キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々」を駆け込みで見てきた。

もともとオタク趣味にはまる前は自分でも植物画を描いていたのもあり、この世界は大好物。いつ見ても彩色銅版画の世界はものすごい。

今回はおそらく18世紀制作の、ドイツの司教の屋敷内の、薬草も含めた植物を実物大で16年かけて収録したという大判の『アイヒシュテット庭園植物誌』の実物が2冊来ていたのも見ものだった。そのサイズ、56.0×47.0×6.1センチ!

ほかに1811年製作の260×155センチの巨大な世界海図にすでにチベットが載っていて、ただし中国との区別がいまいちだったりとか、おそらく西洋人が描いたものでは初のカンチェンジュンガやチョモランマを含むヒマラヤ山系の絵画(芍薬を求めての旅だったらしい)などが拾いものだった。

近年のキュー植物園所属職員の植物画では、2004年制作の、マメ科の植物の種子のみをちりばめたものがすてきだった。

ただ、絵葉書コーナーはそういった作品がなく、単なるきれいな植物画の葉書のみだったのは残念。

16/03/12 メガネっ子万歳!

[][]ハンブルク・バレエ団『真夏の夜の夢』@東京文化会館

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『リリオム』もそうだったが、音楽の使い方が素晴らしい。妖精の世界ではリゲティの現代音楽に、バレエならではのセリフのない演技と銀色の水泳帽と全身タイツのような衣装で、それが粘菌たちの世界を高速撮影した神秘的な映像を見ているかのような錯覚さえ覚える。それから幕の使い方もただごとではなくロマンチック! ただの布があんなにすてきに使われるとは!

英米文学専攻だったこともあり、セリフのないシェイクスピア劇というのがいまだにちょっと居心地が悪いところ、ノイマイヤー版の『真夏の夜の夢』は、そこを上記演出やキャラ立ちの面白さで補ってくる感じ。ただ、舞台の端から端まで使って、常になにかが進行しているので、一階のいいお席でしたが、10列より後ろのほうが見やすかったかも?

キャラ立ちでは、とくに押しの強いメガネっ子ヘレナが出色! メガネっ子を途中まで袖にし続けるヒゲ男がむかついてくるほど。『夢』の終わり近く、浮気草の汁はヒゲ男からも洗い流されてしまったのか、それとも寝ている間に夜露で流れてしまったのか、まだハーミアに心残りのありそうな仕草に、メガネっ子が心を痛めるシーンもせつなくてよかった。

そして、盛大な結婚式(ここもメガネっ子のままでやってほしかった……)でバレエとしては終わってしまうのかなと思いきや、「お嬢様はそんなこともご存知ないのですか」と言い出しそうな執事がそのままの姿ながら、悪戯好きなおっちょこちょいの妖精パックの貌で浮気草の香りを嗅ぎながら現れ、あのシェイクスピアの原作のセリフを思わせる終幕の芝居をするのはうれしいところ。


If we shadows have offended,

Think but this, and all is mended

That you have but slumbered here

While these visions did appear.


バレエ公演はここしばらく定番の悲劇ものを見ることが多かったので、今回はみんなハッピーな幕切れに大満足! ただ、リリオムでは安定感のあったコジョカルとユングの主役ペアが、今回はユングの技術がちょっとコジョカルと釣り合っていないような不安定さが散見されたのは、ちょっとだけ残念。

16/03/05 ジュリー、ジュリエット、ジェルソミーナ

[]ハンブルク・バレエ団『リリオム−回転木馬』@東京文化会館

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前日にゲネプロ見学を経ての鑑賞。本番で衣装がついてようやく何が起こっていたのかわかった場面もあるし、「なるほどゲネプロと本番では役への入り込み度が違う人もいる」というのもわかったしで、おもしろい体験でした。

ただ、ゲネプロで長いなー、と思った前半の、コジョカル演じるヒロイン・ジュリーの友人カップルのパ・ド・ドゥと、ジュリーとリリオムのパ・ド・ドゥは、衣装がついてメイクもしっかりの本番の本気の演技でも、やっぱり長い!

もっとも、パンフレットのインタビューで振り付けたノイマイヤー自身が「彼女とリリオムによる長いパ・ド・ドゥ」と言っているので、本人的にはあの長さには意味があるのだと思うけれど……。

終演後、本公演を一緒に見た夫の人とは

「クラシックのパ・ド・ドゥと同じくらいの存在感を示したかったのでは?」

「いやでもジャズエイジの話なんだし、もっとスピーディなほうがいいのでは」

「もしかしてミシェル・ルグランのすばらしいスコア(本当にすばらしい。ルグランが宛て書きしたという北ドイツ放送協会(NDR)ビッグバンドの舞台上での演奏も!)を削りたくなくてああなったとか?」

といろいろ話し合いました。

また、ノイマイヤーがhigh-educatedな人だからなのか、そうでない人へのファンタジーを感じてしまったところも。たとえば作品の核となるヒロインへのDVを、やはりパンフレットのインタビューでノイマイヤーはこう言っています。

それにもかかわらず、ジュリーに対する粗暴さは、彼の魅力なのです。なぜならば、粗暴さは、彼にとってジュリーが、どうでもよい存在ではないことを意味するからです。彼は十分ジュリーのことを構ってあげられないことに対して憤激し、自分のことを無力だと感じます。それが彼を激怒させます。それが私の心を動かすのです。

こういった発言からすると、ノイマイヤーは男のDVについて「家庭内でだけ甘えられる、素顔を見せられる」というようなファンタジーがあるのかな、と。でも見せた素顔がDV男だったら、それがその人の地なんですけどね……。ちなみに夫の人曰く「あの人のDV気質、死んでも治らないんだね……」。

そして大恐慌時代の職安前でのシーン、職を求める男たちが映画『ウエスト・サイド物語』かのように華麗に踊るシーンがあるのですが、いや、そこは職を求めて並んでるんだから、そんな元気にしかも秩序だって踊れないだろ、と思ってしまうのです。むしろそこは、重力で地面に引きつけられるように、たとえばマッツ・エックの作品に見られるようなダンスがふさわしいのでは、という違和感。そういうところにも、「活気あふれる民衆」みたいなノイマイヤーのファンタジーを感じてしまうんですよね。

でも、ジュリーの墓場でのジュリエットを思わせる寂しいリリオムの葬送のシーンや、ゲネプロですら泣いてしまったラストシーンで一瞬、その違和感は消え去ります。特にラストシーン、幸薄そうなジュリーの、粗野な亡き夫に対する表情がすばらしい。ちょうどいま、東京文化会館の向かい側の国立西洋美術館で開催中のカラヴァッジョ展の『法悦のマグダラのマリア』を思わせます。

そしてその後に訪れる寂寥。コジョカル演じるジュリーの、ただ座っているだけなのにあふれ出る哀しみとある種の愛とがひたひたと舞台から客席に打ち寄せてくるような終わり方。ある意味、フェリーニの映画『道』のジェルソミーナとザンパノが救われて終わる話のようでもありました。

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ときに難解と言われる作品を作るノイマイヤーが、原作付きとはいえ、これほど「わかりやすい」振り付けをするというのは驚きでした。しかもウェブに残る動画や過去の公開時のレビューを見ると、手直しを続けているみたい。

DV描写や職安に並ぶ人々のダンスが紋切り型に属しているように見えても、やはりあの年齢でも新たな領域に挑戦し続けるのはすごいな、と、そこにも感動した舞台でした。

16/02/27 一流はやはり強靭&クレイジー!

[][]『Maiko ふたたびの白鳥』@恵比寿ガーデンシネマ

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初っ端から泣かされる。いやー、これはズルい始まり方! しかし、シビアなバレエの世界を語るしっかりした西野麻衣子=マイコの声と、レッスン中のきっちり上がってる胸筋や横隔膜のプロな身体、舞台袖で気合入れるためにマイコが自分の太腿をぱしーんぱしーんと叩くところは、バレエの体育会系なところを表していて上手いな! というところで、その涙もすぐ乾く、と思いきや……。

なんかもう、いろいろ心揺さぶられました。女として仕事を続けること、仕事の場での誰が味方なのか敵なのかハラハラするところ、産休中の代役にキャリアを奪われるのではという怖れなどなど、子どもはいないけど思い当たる節々が痛くてたくさん泣いた。

そしてこの映画の何が魅力って、やっぱりマイコの強靭なメンタル。何度でも言いますが、ナタリー・ポートマンの『ブラック・スワン』での主役張るのにあの虚弱なメンタルって、バレエではあり得ないんですよね。あの映画を擁護してる人も、この映画を見たらそれがよくわかると思う。

同時に母と娘の物語でもあり、いかにもなたくましく厳しい大阪のオカンのキャラクターがはまりすぎて、そこでも笑ったし、泣いた。これ、お子さんと一緒にバレエ頑張ってるお母さんが見たら、目が腫れちゃいそう。あるいは、あ、うちはそこまでできないや、と悟るか。

あと、バレエダンサーとして身体が研ぎ澄まされているので、妊娠してからの変化がすごーくわかりやすいのにびっくり。だからこそ、えっ、そのお腹でこんなレッスンして大丈夫なの? と、マイコのお母さんと一緒にハラハラさせられる。

そしてハラハラといえば、ノルウェー国立オケがあんまりうまくないのにもハラハラ。東京バレエ団の伴奏ちょい上くらい? 演奏会とバレエ伴奏は別物で、前者のレベルを後者に求めてはいけないのかしら、などと思う

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ところで映画の中でノルウェー国立バレエが採用している『白鳥の湖』は、さいきんはやりのブルメイステル版ではなく、プティパ版なのですが、ロットバルトが長髪のイケメンふうで、しかも最後に王子と白鳥が踊るシーンで、白い衣装の王子と黒い衣装のロットバルトが二人で白鳥をリフト、ラストは王子と白鳥が湖に高台から身を投げ、その高台にロットバルトが登っていったんですが、ちょっと見てみたい演出の舞台です。

つまり、これってその、ロットバルトと王子とで白鳥を奪い合う演出なの? プティパ版ではロットバルト兼王子の家庭教師がやけにイケメンで、王子とのBLを連想せざるを得ない舞台もあっただけに、気になります。

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そしてこの写真は映画館に飾ってあった、実際にノルウェー国立バレエでマイコの使用していた黒鳥と白鳥の衣装。細いんだけど、この中は筋肉でみっちりなんだよなあと感慨深かったです。