に し へ ゆ く 〜Orientation to Occident

2010-01-03

Anything Goes!

あけましておめでとうございます。

  

昨年は生活の変化や多忙のせいで、エントリをまとめるゆとりがなく、ほとんど更新できませんでした。

ならば半端なメモでもせめて書き留めておこうと、グループ日記を始めてみたのですが、そもそもあまり書くゆとりがないはずだったのにブログ2つ抱えてますますダイアリーの更新頻度が下がるという、いかにも頭の悪さげな負のスパイラルに陥ってしまいました。どうしようもない。

  

日常が忙しくなるとすぐ消滅してしまうのは相変わらずで、これからさらに生活が忙しくなろうとしている現在、あまりブロガーの素質も能力もないことを自覚して、止めるべきなのかなとも思います。けれど、目の前の日常につい流されてしまうからこそ、敢えて感じたり考えたり学んだりするきっかけをつかむツールとしてのブログは、僕には必要かも知れません。

  

今年も、少しずつでも感じ、考え、学んだことの痕跡を、力が及ぶ範囲でですが、ここに残していけたらと思います。

どうかよろしくお願いします。

  

  

で、新年最初のエントリというやつですが。

2009年は正月がなかったので、2008年は何をやっていたのかと思ったら、ちょうど1月3日にめでたそうな音楽をアップしてました

よしじゃあまた音楽だ、ということで、今年はコール・ポーターのミュージカル『Anything Goes』(1934)から、「Anything Goes」を。

  

なんで「Anything Goes」なのかというと、この正月休みに録画していたコール・ポーターの伝記映画『五線譜のラブレター』(De-Lovely, 2004)を観たからという、それだけなんですが。

  

ミュージカルのことは全然分からないし、コール・ポーターという作曲家のこともほとんど知らないんですが、彼のことを知り、ちょっと関心を持つきっかけになったのは、『真夜中のパーティー』(The Boys in the Band, 1970)です。

ご存じ、日本でも何度も上演されているマート・クロウリー原作のオフ・ブロードウェイ劇(1968初演)の映画版です。

とても愛されているゲイ演劇&映画だと思いますが、あのオープニングで流れるハーパース・ビザ—ルの「Anything Goes」が、とにかく忘れがたかったんですね。そういう人は、大勢いると確信していますが(笑)。

  

プワーッと明るい、身も蓋もない歌に思えますが、「なんでもあり(Anything goes)」は、規範に沿わないものを排除しようとする社会にプロテストする言葉でもあります。そのヌケヌケと逞しい不屈の精神を、聴く人が感じ取っていたのでなければ、これほど愛され、歌い続けられなかったのではないでしょうか。

  

いつだったか、同性愛者家族を非難するアメリカ宗教保守の記事をネットで読んでいたとき、「こんなエニシング・ゴーズ的行為は・・・」という言い回しにぶつかって、笑いが止まらなくなったことがあります。

  

よし、それなら、エニシング・ゴーズでいこうじゃないか。

  

頭の中で再生され始めるともう止まらない、僕の「元気ソング」のひとつです。

  

そういうわけで、今年はいろんな「Anything Goes」を集めてみました。

このステキな歌が、ここを訪れて下さる皆さんの力になりますように。

  

今年もよろしくお願いします。

  

りょうた

  

Anything goes by cole porter

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rolandwjさんの投稿

  

1934年のコール・ポーター自身による歌です。いい声していますよね。

クリップは、rolandwjさんのオリジナルなのかな?『市民ケーン』や『カサブランカ』、古き良きハリウッド映画のコラージュだそうです。

  

Cole Porter - Anything Goes

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LukeWeatherwaxさんの投稿

  

コール・ポーターはインディアナ州の出身ですが、州都インディアナポリスの歴史博物館(インディアナ歴史協会Indiana History Societyのことでしょうか)のコール・ポーターの部屋にあるジュークボックスでは、「Anything goes」が聴けるそうです。

先の1934年版と同じ音源なのかも知れないけれど、なんか味わい深い。

  

Indiana Hitory Societyサイトのコール・ポーターのページ


ETHEL MERMAN - ANYTHING GOES 1979

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NealeUKさんの投稿

  

「ブロードウェイの女王」と呼ばれたエセル・マーマン(1984年没)は、『Anything goes』をはじめポーターのミュージカル5作に出演しました。1934年の初演で「Anything goes」を歌ったザ・元祖です。

(『五線譜のラブレター』ではキャロライン・オコナーが演じていました。『ムーラン・ルージュ』(2001)にも出演していた人です。)

これは1979年、亡くなる数年前に歌った映像だそうです。すごく貴重な映像なんですね。

  

Tony Awards - Anything Goes

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kyleorlandoさんの投稿

  

『Anything Goes』は1987年にブロードウェイでリバイバルされました。これはそのリバイバル・バージョンのトニー賞でのパフォーマンス。演じているのはパッティ・ルポーンPatti Lupone。

  

Anything Goes: The New Broadway Cast Recording (1987 Broadway Revival)

Anything Goes: The New Broadway Cast Recording (1987 Broadway Revival)

  

Anything Goes

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nicoley132さんの投稿

  

「Anything goes」には数え切れないほどのバージョンがあるみたいですが、僕も知っているような有名どころといえばエラ・フィッツジェラルド(1996年没)、フランク・シナトラ(1998年没)・・・20世紀を代表した大歌手ですね。

  

といっても、シナトラなんて名前知ってるだけで、聴いたことはなかったんですが(「マイ・ウェイ」とか「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」とか「タイム・アフター・タイム」とか、ヒット曲は先にカヴァー・バージョンで知っちゃうし)。

  

でも、確かに、同じ歌で聞き比べると、その凄さが分かるわ。

  

シナトラが「Anything goes」を歌ったのは、1956年だそうです。

  

Sings Select Cole Porter

Sings Select Cole Porter

    

Ella Fitzgerald - Anything Goes

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DrFunkLoveさんの投稿

  

ジャズの女王・エラ・フィッツジェラルドも1956年に「Anything goes」を歌っています。

オリジナルのミュージカル・バージョンはプワーッと明るくドタバタした歌ですが、もう、別物ですね。

ミュージカルのナンバーの1つに過ぎなかった曲が、偉大な歌手によって生命を吹き込まれ、独立した1つの歌として成長したかのようです。

  

Ella Fitzgerald Sings The Cole Porter Songbook

Ella Fitzgerald Sings The Cole Porter Songbook

  

HARPERS BIZARRE - "Anything Goes" (1967)

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MrTrashcan1さんの投稿

これこれ、『真夜中のパーティー』で使われていたハーパーズ・ビザールのバージョンです。なつかし〜。

原曲の明るさが突き抜けちゃったというか、最初聴いたときは「なんじゃこりゃ」と驚いたんですが、なんだかクセになりません?(笑)

『真夜中のパーティー』のオープニングがビデオクリップになっていればよかったんだけど、MrTrashcan1さんのビデオクリップも、なかなか。

  

Indiana Jones and the Temple Of Doom (1984)

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greatdarkさんの投稿

  

スティーブン・スピルバーグ監督・ハリソン・フォード主演『インディー・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984)のオープニング・シーンですよ。

この映画は未見ですが、素晴らしすぎる。

youtubeのコメントに、「映画の最高のオープニングの1つ」というコメントがありますが、思いっきりうなずきたい。

  

Torchwood: Anything goes

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luxbellaさんの投稿

  

ジョン・バロウマン主演のsci fiドラマ『トーチウッド』でバロウマンが歌った「Anything goes」。

バロウマンは『五線譜のラブレター』でコール・ポーターを誘惑するミュージカル俳優ジャックの役を演じていました。コール役のケヴィン・クラインと見つめ合いながら「Night and Day」を歌う場面は、エロティックでしたね〜。

このごろはバラエティやドラマでの活躍が目立つバロウマンですが、もとはミュージカル俳優としてキャリアを始めた人で、コール・ポーターのナンバーを歌うCDも出してますね(そういや、彼が去年出版した自伝のタイトルも『Anything Goes』だったっけ!)。

ポーターのナンバーを作曲家本人と一緒に歌い(ついでにお持ち帰りもされる)役は、ゲイのミュージカル俳優として役者冥利に尽きたんじゃないでしょうか。

  

Swings Cole Porter

Swings Cole Porter

  

  

コール・ポーター エニシング・ゴーズ

Anything Goes lyrics - Lyrics Keeper. com

  

時代は変わってしまったのよ

Times have changed,

何度も時計を巻き戻してきたけど

And we've often rewound the clock,

ピルグリム・ファーザーズの清教徒たちが、

Since the Puritans got a shock,

プリマス・ロックに上陸して驚いたときから

When they landed on Plymouth Rock.

今じゃ

If today,

あの人たちが驚かないようにしなきゃならないのは

Any shock they should try to stem,

あの人たちがプリマス・ロックに上陸する代わりに

'Stead of landing on Plymouth Rock,

プリマス・ロックがあの人たちの上に乗っかることじゃないかしらね

Plymouth Rock would land on them.

  

昔は靴下がチラ見えしただけで

In olden days a glimpse of stocking

なにか仰天もののように思われてたけど

Was looked on as something shocking,

今じゃ、間違いない

But now, God knows,

なんでもありね

Anything Goes.

  

一頃は優れた言葉を知っているのが良い作家だったけど

Good authors too who once knew better words,

今じゃ四文字言葉ばかり使って

Now only use four letter words

文章を書いてる、なんでもありね

Writing prose, Anything Goes.

  

今じゃ世界はいかれちゃってる

The world has gone mad today

良いものは悪い

And good's bad today,

黒いものが白い

And black's white today,

昼が夜

And day's night today,

今どき女が賞める男ってのは大抵が

When most guys today

That women prize today

ただのバカなジゴロ

Are just silly gigolos

  

それで、私ってそんなにロマンチストなわけじゃないけど、

And though I'm not a great romancer

あんたがプロポーズすんなら、きっと受け入れるから

I know that I'm bound to answer

When you propose,

なんでもありなんだからさ

Anything goes

  

80歳のおばあちゃんが

When grandmama whose age is eighty

ナイトクラブでジゴロと仲良くしてたら、

In night clubs is getting matey with gigolo's,

なんでもありよね

Anything Goes.

  

母親は荷造りして可哀相な父親のとこから出て行くのよ

When mothers pack and leave poor father

テニスプロになるって決めたって

Because they decide they'd rather be tennis pros,

もうなんでもありじゃない

Anything Goes.

  

あんたが速い車を運転するのが好きでも

If driving fast cars you like,

低い手すりが好きでも

If low bars you like,

古い賛美歌が好きでも

If old hymns you like,

裸の腕が好きでも

If bare limbs you like,

おっぱい女優が好きでも

If Mae West you like

いや裸の私でもいいけど

Or me undressed you like,

誰も反対しないから!

Why, nobody will oppose!

  

毎晩ヒップな人たちが、

When every night,

The set that's smart

アトリエのヌーディスト・パーティーに潜り込んでるんだから

Is intruding in nudist parties in studios,

なんでもありじゃない

Anything Goes.

  

今じゃ世界はいかれちゃってる

The world has gone mad today

良いものは悪い

And good's bad today,

黒いものが白い

And black's white today,

昼が夜

And day's night today,

今どき女が賞める男ってのは大抵が

When most guys today

That women prize today

ただのバカなジゴロ

Are just silly gigolos

  

それで、私ってそんなにロマンチストなわけじゃないけど、

And though I'm not a great romancer

あんたがプロポーズすんなら、きっと受け入れるから

I know that I'm bound to answer

When you propose,

なんでもありなんだからさ

Anything goes

  

もしあんたがお祈りするのが好きでも

If saying your prayers you like,

緑のナシが好きでも

If green pears you like

古い椅子が好きでも

If old chairs you like,

裏工作(バック・アフェア)が好きでも

If back stairs you like,

セックス(ラブ・アフェア)が好きでも、

If love affairs you like

それが熊ちゃんとやるんでも、

With young bears you like,

誰も反対しないって!

Why nobody will oppose!

  

それで、私ってそんなにロマンチストなわけじゃないけど、

And though I'm not a great romancer

あんたがプロポーズすんなら、きっと受け入れるから

I know that I'm bound to answer

When you propose,

だってなんでもありじゃない

Anything goes...

なんでもありなんだからさ・・・

Anything goes!

  

Anything Goes (song) - en.Wikipedia

  

Cole Wide Web - The Cole Porter resource Site

  

『五線譜のラブレター(De-Lovely)』日本公式サイト

2009-12-01

今日は21回目の世界エイズデー

きょう12月1日(火)は、世界エイズデーです。

  

  

今年の国連による世界エイズデーのテーマは

「普遍的アクセスと人権」

UNAIDS(国連エイズ合同計画)

WORLD AIDS DAY

WORLD AIDS CAMPAIGN

  

日本厚生労働省による今年のキャンペーンテーマは

「Living Together〜いま、何をすれば良いのか聴かせて?〜」

厚生労働省—世界エイズデーについて

エイズ予防財団2009年世界エイズデー・キャンペーンサイト

  

多くのイベントは先週末(11月27-29日)に行われたようですが、まだ12月中旬・下旬まで全国でさまざまな関連イベントが行われる様子です。

  

近所のイベント・催しをチェックしてみて下さい↓

平成21年度「世界エイズデー」実施予定(地方自治体の取り組み予定)

世界エイズデーのHIV検査・相談イベントは→HIV検査相談マップ−イベント情報

  

  

毎年1度のこの日が、毎日をHIVエイズとともに暮らしているPLWAの人たち(People living with HIV/AIDS、エイズとともに生きる人、HIV陽性者やエイズ患者の人)とその家族や友人、HIVエイズ医療に携わる人たち、HIVエイズへのさまざまな取り組みに尽力している人たちのために、わずかでも役立つものを積み上げてゆく日になることを祈っています。

  

  

「HIVエイズは、誰にとっても身近な問題です」とよく言われます。

少なくとも、僕という人間にとっては、確かにそうだと思います。

それは、個人的な理由ですが、僕がゲイであることと、無関係ではありません。

現在報告されている日本在住のHIV陽性者の多数は、男性同性間性的接触による感染です。

今年6月、2008年に新たに発見されたHIV陽性者・エイズ患者数は6年連続で最多更新だったことが発表されましたが、うち新規発見HIV感染者の69%は、男性間性的接触によるものでした(詳しくはこちらを参照)。

  

もちろん、男性同性間性感染が数値として多いことが、「すべてのゲイはHIV感染のリスクが高い」ことを意味するわけではありません。

(リスクはセイファーでないセックスから来るのですし、性行為をしないゲイもいますし)

でも、少なくとも僕は、自分が生きて、性行為もする上で、HIVのことを考える必要があったと思います。

たしかにセイファーセックスは意識していたけれど、いつも、100%可能だったかというと、そうではありませんでした。

「HIVに感染したかもしれない」と不安にかられたこともあるし、

そういう不安を抱えてHIV検査に行ったこともあります。

そして、これから生きていくなかでも、そういうことはあるのではないか、と思っています。

HIVの治療に励む友人からは、HIV陰性の人間がHIVエイズについて知っておかねばならないのは、単に自分が感染しないよう気をつけることだけではない、と教えられました。

HIVエイズに結びつけてゲイに対する嫌悪を正当化するような言葉や、HIVエイズをネタにして笑うような言葉にぶつかるたび、胸を切り裂かれるような思いも味わいました。

  

確かにこれまでは感染しなかったと言っても、これからも感染しないよう自分を護ってゆくと言っても、僕の人生はあるかたちでHIVエイズとかかわりを持ってきたし、これからも持ってゆくのだろうと思います。

自分のセックスにどうやって責任を持っていけるか?

HIVを含む性感染症への恐れを忘れず、けれどその恐れに振り回されたり逃避したりせずに向き合ってゆくにはどうすればいいか?

それをどうやって人にも伝えてゆけるか?

身近にいるPLWAの人たちが安心して暮らせる環境を作るために、どんなことが必要か、ちゃんと分かっているか?

HIVエイズに対する偏見や差別に出会ったとき、戦える言葉を持っているか?

「HIVエイズと生きてゆく方法」を、僕なりに知っているか?

それは極端にいえば、僕の一生について回る問題のひとつといっても、間違いではないのかもしれません。

  

  

では、そのために僕は何をしているか?何かできているのか?というと。

恥ずかしいことですが、全然ダメです。

目先のことにとらわれて、日々を過ごしてしまう。

  

その意味で、「世界エイズデー」は、僕にとっては大切な日になっています。

年にたった1日、とってつけたようにHIVエイズのことを思い出すのが、何になるのか?

むしろ、あと364日HIVエイズのことを忘れて過ごす口実になるだけでは?

という気もします。

でも、年にわずか1日でも、考えるきっかけをつかむ、少しでも知ろうとする、新しい知識を少しでも身につける。

そして、現状の何を見てゆけばいいのか、どんなことを学ぶべきなのか、少しは分かるようになる。

それは自分にとって、必要なことだと思います。

  

昨年のこの時期は少しゆとりがあったので、全国各地で行われるエイズデー・イベントについて、リンク集を作ったりしましたが、今年は忙しくて、それもできませんでした。そのかわり、地元の展示に足を運んだほか、時間を見つけて各地のエイズデーのイベントや催しの情報をブックマークして過ごしました。

各地方自治体で行われたエイズデーのイベント情報は、エイズ予防財団で詳しく知ることができますが、各地方自治体のサイトを訪れてHIVエイズ対策を見てゆくのは、それなりに勉強になります。

HIV啓発や世界のHIVエイズ治療の支援で、これまで知らなかった活動もいくつか知ることができました。

  

情けないかぎりだけれど、できる範囲で少しずつでも学んでゆく。

そのなかで、自分が「エイズとともに生きる」方法を見つけてゆければと思います。

  

(この文章は、12月2日に記しました)

  

2009年第21回エイズデーに関する他のエントリ

世界のHIVエイズ対策に対する資金援助の後退—Ry0TAの日記

2009-06-13

三橋順子「テレビの中の性的マイノリティ」『週刊金曜日』(2009.6.12)

  

昨今のテレビメディアでは、性的少数者タレントの活躍が目覚ましいといわれる。ゲイトランスジェンダーの芸能人をかつてのように貶めるのではなく、「ちゃんと」「好意的に」扱っており、「性的少数者の認知につながっている」という評価も聞くことがある。

でも、本当にそうなんだろうか。

  

そんなことをいつも考えさせられているのだが、『週刊金曜日』今週号に、三橋順子さんのエッセイ「テレビの中の性的マイノリティ」(pp. 22-23.)が載っていた。すばらしい記事だったので、紹介してみたい。

テレビメディアの性的少数者タレントの扱いかたには、どんな歪みが隠れているのか、そしてテレビメディアのそうした性的少数者タレントの表現が、日本社会の性的少数者のイメージにどんな影響を与えているのか、テレビメディアの責任を追及している小論だ。

  

という3トピックからなっている。

  

自己流に論旨をまとめてみると、「女性を愛する男らしい男」(異性愛者男性)を基準に作られたジェンダーセクシュアリティ規範へのテレビメディアの迎合が、タレントの扱いに見られる性的少数者認識の粗雑さ・偏向の原因となり、大衆が抱く性的少数者のイメージを操作しているというものだ。単に「テレビメディアの性的少数者の表象はいい加減だ」的な苦言を呈しているのではなく、LGBTならテレビを見るたびに感じていたがうまく表現できなかった違和感や齟齬やいらだちが、おだやかな文章ながら、きっぱり論点を整理して明示されている。

わずか2ページの文章なので、読むのが一番早いけれど、以下に記録を兼ねたノートと一部引用をしておく。

  

メディアが作る粗雑な性的少数者イメージの正体

  

まず、三橋さんは、「おすぎとはるな愛が同類だと思うか」という問いから始める。オネエ系ゲイのおすぎとMtFトランスジェンダーのはるな愛を「同類だと思う」人は、三橋さんの学生のなかにもいるという。

なんの予備知識もなしにその姿を見たら、ほとんどの人が一方(おすぎ)は男性、一方(はるな愛)は女性と判断するであろう2人を、その差異に目をつぶって「同類」とする認識はどこから生まれるのか。

「それは、テレビメディアが、2人を同類扱いしているからにほかなりません」

と、三橋さんは言う。

  

 では、性の有り様に関するテレビメディアの基本認識とは、どんなものなのでしょうか。簡単に言えば、「女が好きな男らしい男」[引用者:異性愛者男性]以外は、すべて「おかま」であり同類、という考え方です。そこでは「男らしい男」が女を好きになると言う多数派の異性愛(ヘテロセクシュアル)規範が強固な基準として存在します

  

 ちなみに「おかま」という言葉は,本来、肛門を意味する江戸俗語で、転じてアナル・セックスをする(とされる)女装のセックスワーカー(男娼)の呼称となり、さらに1970年代後半から女性的な男性への蔑称として使われるようになった言葉です(井上章一&関西性欲研究会『性の用語集』講談社現代新書)。明らかに差別性を持った言葉であるにもかかわらず、テレビ業界では放送禁止用語ではありません。当事者が自称するならともかく、他称として使うこと、ましてメディアが「おかま」という差別性のある呼称を広めることは、大いに問題があると思います。最近では、業界隠語である「(おかま協同)組合の方たち」とか、「おネエMANS」と言い換えていますが、基本認識に代わりはありません。

  

三橋順子「テレビの中の性的マイノリティ」p. 22. 強調引用者

  

おすぎとはるな愛の差異が曖昧になるのは、一般市民には「『同性愛』と『トランスジェンダー』の違いが分からない」からではない。メディアがそう扱っているから、一般市民もそう思い込むのである。

その背景にあるのは、「異性愛者の男らしい男」から逸脱した人間を社会的に貶めてきた、男性至上主義の差別意識である。表面的には「好意的」に見えても、テレビが発信する基本の意識は前世紀から変わっていないわけだ。

テレビによる性的少数者のこの乱暴な混同を、三橋さんは民族に例える。

 少数派の中の際を無視して、多数派の基準から外れた者を一緒くたにして済ますような考え方が、いかに横暴かは、民族問題に置き換えてみるとよくわかります。たとえば、もし米国で「東アジアの人たちは,皆似ているように見えるから,日本人も、中国人も、韓国人もみな同類で一緒くたにしてかまわない」と言われたら、多くの日本人、中国人,韓国人は怒るでしょう。それは、民族のアイデンティティを踏みにじる考え方だからです。

 それと、まったく同じで、おすぎさんにはゲイとしての、はるなさんには、MtF (Male to Female)トランスジェンダーであるニューハーフとしてのアイデンティティがあるわけで、それらは尊重されるべきものだと思います。

  

pp. 22-23.

  

「ヘテロセクシュアル」「レズビアン」「ゲイ」「バイセクシュアル」「トランスジェンダー」「シスジェンダー(非トランスジェンダー)」というカテゴリーも、べつに絶対的なものではない。「おすぎ」「はるな愛」という「個人」のパフォーマンスを楽しんでいるんだから、「属性」がどう違うかなんて、どうでもいいじゃないか、そう言う人もいるだろう。

だが、「シスジェンダー異性愛男性=女を愛する男らしい男」をスタンダードにして、その基準から外れる「それ以外」を、「おかま」という差別的に用いられつづけてきた言葉や、または耳障りのいい穏当な言葉に言い換えていようが、まるで変わっていない認識(「おかま」をやたら放送禁止用語にするよりも、はるかに始末が悪い)で乱雑にひとくくりにしている。そんな認識が、まずゲイやMtFトランスジェンダーを見る前提になっている。それが問題なのだ。

そういう認識を再生産しているテレビメディアは、どんなに性的少数者タレントを「好意的に」扱っていようが、その責任を問われるべきなのだと思う。

  

メディアが気にする「性同一性障害」

さて、三橋さんは今度は、はるな愛と椿姫彩菜に対するメディアの扱いの比較に移る。

同じMtFトランスジェンダーであるのに、はるなに対しては「男性であること」がネタにされ、つっこまれるのに、椿姫にはまず「突っ込み」がない。それがテレビ業界のお約束になっている。なぜなのか。

  

三橋さんは、この違いを、「性同一障害という「看板」を表に出しているかどうかが影響している」という。

 [戸籍の性別を変更している椿姫と、戸籍の性別は男性のままのはるなは]扱いが違うのも当然だろう、と思う方も多いかと思います。しかし、生まれ持った性別(男性)に対する違和感に,子ども時代から悩み・苦しみ、そこから抜け出すために女性になることに懸命の努力をしたという点で,二人に大きな差異はないのです。二人の違いは、はるなさんがアイデンティティを形成した時代(90年前後)には性同一障害という概念はまだ一般化されておらず,椿姫さんの時代には、性同一性障害という概念が広く流布していたということだけなのです。

  

 はるなさんの性別が、まるで偽女のように扱われ、椿姫さんの性別移行は同情的に扱われるというメディアの取扱いの差に,違和感を抱いてしまうのは私だけでしょうか。先ほど指摘したような、横暴ともいえる大雑把なカテゴリー認識を基本にもつテレビメディアが、「性同一性障害」という精神疾患が関わってくると、逆に妙に神経質になるのも、どこか滑稽です。

  

p. 23.

  

「おかま」という差別的な用語や同様の差別的な概念を垂れ流すことにはいたってアバウトなのに、それが性同一性障害という「疾患名」となると、いきなり神経質になる。このメディアの体質を、三橋さんは「滑稽」というが、僕もそう思う。

  

アンバランスな可視化による、性的少数者の「不可視化」の問題

  

そして、三橋さんは、このようなテレビメディアの性的少数者の「表しかたの問題」から、別の問題に移る。それは、テレビメディアが行っている性的少数者の露出のアンバランスさが、多くの現実の性的少数者の存在を見えなくしている問題だ。

  

 実は、テレビメディアでの性的マイノリティの取扱いには、今まで述べてきたような可視化されていること以外に大きな問題があります。それは、不可視化の問題です。たとえば、「女らしいゲイ」はしばしばテレビに登場するのに、「男らしいゲイ」はほとんど可視化されません。実は、多数派の異性愛男性の次に多いのは、男性として男性が好きな「男らしいゲイ」なのにもかかわらずです。テレビメディアが作り出した「ゲイは(すべて)女っぽい」という謝った認識は、「男らしいゲイ」の不可視化と表裏一体なのです。

 また、トランスジェンダーでは、MtFのメディア露出に比べて、FtM(Female to Male)は極端に少ないという現象が見られます。

  

p. 23.

  

この「テレビメディアによる性的少数者の不可視化」の深刻な例として、三橋さんは、レズビアンの徹底した不在を上げる。

 さらに深刻だと思うのは、レズビアンの徹底した不可視化です。ゲイ・タレントがこれだけ増えたにもかかわらず、レズビアン・タレントは皆無です。今や,男性芸能人がゲイであることを疑われることは、必ずしも致命的ではありませんが、レズビアン疑惑は女性タレントとして命取りになりかねません。そこには、すべての女性は男性の性愛対象であるべき、という規範があるように思います。

  

p. 23.

  

ここは、部分的にどうかな?と思わないでもなかった。男性芸能人がゲイと思われることがそんなに致命的ではないかどうか。それが許されるのは、まだお笑いタレントや、「男らしさ」を外れた三枚目にかぎるだろう。女性の性的関心の対象になるタイプの「二枚目」系タレントで、ゲイであることが分かっているタレントはたくさんいるのだけれど、それについてはひたすら沈黙が守られている。

しかし、レズビアンがタレントとして可視化する余地が絶無であるのは、間違いない。最近、グラビア・アイドルの一ノ瀬文香がレズビアンであることをカミングアウトし、男性向けメディアの露骨な性的関心に晒されもするなかで、しっかりプライドのある発言を行っているようだ。こうした人の存在がどんな突破口を開くのか期待されるが、テレビメディアが追従し再生産する社会の集合意識のなかに、男性の性愛対象であることを拒むレズビアンの居場所が存在を認められていないのは確かだろう。

  

 テレビメディアが視聴者に迎合する大衆メディアである限り,多様な性の有り様の実態を、そのまま反映した番組作りは,無理なのかもしれません。しかし、セクシュアルマイノリティに対する誤った認識が増幅されないために、せめてもう少し、認識の歪みを正してほしいと、MtFトランスジェンダーの一人として切に願っています。

  

p. 23.

  

分かり易く、おだやかで、しかし抉るべき問題はガッツリと抉った、すばらしい文章でした。

惜しむらくは、週刊誌という、新聞よりマイナーで、消えるのが早いメディアに掲載されたこと。

皆さん、急いで書店に走って読んでください。

2009-06-09

The Camden Principles on Freedom of Expression and Equality April 2009


世界人権宣言第19条「表現の自由」を守り検閲に抵抗するために1987年に設立されたARTICLE 19: Global Campaign for Free Expression

  

この組織が、2009年春にCamden Principles on Freedom of Expression and Equalityという表現の自由に関する原則を発表している。

Camden Principles on freedom of expression and Equality - ARTICLE 19

英語・アラビア語フランス語・ロシア語・スペイン語テキストのPDFファイルがダウンロードできる。

英語テキストのURL:

http://www.article19.org/pdfs/standards/the-camden-principles-on-freedom-of-expression-and-equality.pdf

  

ARTICLE 19は、今年の国際反ホモフォビアの日に際し、性的指向性自認の表現の自由を支援する声明を発表している。

Defending the Right to Express Sexual and Gender Identity - Freedom of Criticising and Human Rights

  

Camden Principlesは、全4章12条。

第4章11,12条は、人を傷つける表現、ヘイト・スピーチに関する原則だ。日本でも参考になるだろうか?

まだよく読んでいないのだが、とりあえず以下に、解説・目次・11-12条テキストをコピペしておく。


Camden Principles解説

This work is provided under the Creative Commons Attribution-Non-Commercial-ShareAlike 2.5 licence.

You are free to copy, distribute and display this work and to make derivative works, provided you:

1) give credit to ARTICLE 19;

2) do not use this work for commercial purposes;

3) distribute any works derived from this publication under a licence identical to this one.

To access the full legal text of this licence, please visit:

http://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/2.5/legalcode

  

These Principles were prepared by ARTICLE 19 on the basis of discussions involving a group of high-level UN and other experts, and civil society and academic experts in international human rights law on freedom of expression and equality issues at meetings held in London on 11 December 2008 and 23-24 February 2009. The Principles represent a progressive interpretation of international law and standards, accepted State practice (as reflected Inter alia, in national laws and the judgements of national courts), and the general principles of law recognised by the community of nations.


The development of these Principles was motivated by a desire to promote greater consensus globally about the proper relationship between respect for freedom of expression and the promotion of equality. While tensions can arise between competing visions of these rights, focus grobally has been disproportionately on these potential tensions rather than the far more important positive relationship between them. Futhermore, international law provides a basis for resolving the tensions, as outlined in these Principles.


We call on individuals and organisations around the world to endorse these Principles with a view to providing authority and support to them. We also call on decision-makers, as well as advocates, to take steps to give effect to these Principles at all levels.


目次

  

Introductory Statement 序文

Principles 原則

I. Legal protection for equality and freedom of expression

第1章 平等と表現の自由の法的な保護

Principle 1: Ratification of incorporation of human rights law

原則1:人権法の施行の承認

Principle 2: Legal framework for the protection of the right to freedom of expression

原則2:表現の自由の権利を守る法的枠組み

Principle 3: Legal framework for the protection of the right to equality

原則3:平等の権利を守る法的枠組み

Principle 4: Access to remedies

原則4:法的救済の享受


II. The right to be heard and the right to speak

第2章 発言を聞かれる権利、発言する権利

Principle 5: A public policy framework for pluralism and equality

原則5:多元主義と平等のための公的政策の枠組み

Principle 6: Role of the mass media

原則6:マスメディアの役割

Principle 7: Right of correction and reply

原則7:修正し応答する権利


III.Promoting intercultural understanding

第3章 異文化理解の促進

Principle 8 :State responsibilities

原則8:国家の責務

Principle 9: Media responsibilities

原則9:メディアの責務

Principle 10: Other actors

原則10:その他の行為主体


IV.Freedom of expression and harmful speech

第4章 表現の自由と他を害する発言

Principle 11: Restrictions

原則11:規制

Principle 12: Incitement to hatred

原則12:嫌悪を刺激すること


Appendix A 補遺A



IV. Freedom of expression and harmful speech 表現の自由と他を害する発言 

Principle 11: Restrictions 規制

11.1. 国家は、表現の自由に、原則3.2で述べられた基準を満たさないような、いかなる規制も課してはならない。そして、他の人の権利や名誉、国家の安全、公的秩序、公衆衛生や道徳を守り、民主主義的な社会においてこれらの利益を守るために必要がある場合に、特別に表現の自由に対する規制を法で行うべきである(注2)。これは、様々な事柄の中でもとりわけ、次のことを意味している:

11.1. States should not impose any restrictions on freedom of expression that are not in accordance with the standards set out in Principle 3.2 and, in particular, restrictions should be provided by law, serve to protect the rights or reputations of others, national security or public order, or public health or morals, and be necessary in a democratic society to protect these interests(*2). This implies, among other things, that restrictions:


i 規制の条件は、明白かつ厳密に定義され、社会の緊急の要請に応じたものである。

i Are clearly and narrowly defined and respond to a pressing social need.

ii 規制の条件は、他に効果的な手段がないという意味で可能な、介入を最小限に留めた手段であり、なお表現の自由を制限することは決してない。

ii. Are the least intrusive measure available, in the sense that there is no other measure which would be effective and yet less restrictive of freedom of expression.

iii 規制の条件は過度に広範であってはならない。つまり、広く、無差別な方法で言論を制限したり、有害な言論の範囲を超え、認めうる言論をも妨げるものであってはならない。

iii. Are not overbroad, in the sense that they do not restrict speech in a wide or untargeted way, or go beyond the scope of harmful speech and rule out legitimate speech.

iv 規制の条件は、守られる利益が表現の自由の侵害を越えて大きい場合に見合ったものでなければならない。それにより正当化される検閲についても同様である。

iv. Are proportionate in the sense that the benefit to the protected interest outweighs the harm to freedom of expression, including in respect to the sanctions they authorise.

(注2)これはInternational Covenant on Civil and Political Rights.の19条(3)に基づく。

(*2) This is based on Article 19(3) of the International Covenant on Civil and Political Rights.


11.2. 国家は、その法的枠組みを再検討し、表現の自由に対するいかなる制限も上記の基準に従って行われることを保証すべきである。

11.2. States should review their legal framework to ensure that any restrictions on freedom of expression conform to the above.


原則12 憎悪を煽る行為 Principle 12: Incitement to hatred

  

12.1 すべての国家は、差別、敵意、暴力(ヘイト・スピーチ)を煽る行為をなす民族的、人種的、宗教的な憎悪を擁護する行為を禁じる法を採択すべきである。

12.1. All States should adopt legislation prohibiting any advocacy of national, racial or religious hatred that constitutes incitement to discrimination, hostility or violence (hate speech).

  

(注3)国家の司法システムは、明確に、また正当な権威のある解釈に基づいて,以下の点を明らかにする必要がある:

(*3) National legal systems should make it clear, either explicitly or through authoritative interpretation, that:


i 「憎悪(hatred)」「敵意(hostility)」という語は、標的とされた集団への非難・敵意・憎悪の激しく非合理的な感情を表す。

i. The term "hatred" and "hostility" refer to intense and irrational emotions of opprobrium, enmity and detestation towards the target group.

ii 「推進(advocacy)」という語は、標的とされた集団への公然の憎悪を意図して促進することとして理解されるべきである。

ii. The term "advocacy" to be understood as requiring an intention to promote hatred publicly towards the target group.

iii. The term "incitement" refers to statements about national, racial or religious groups which create an imminent risk of discrimination, hostility or violence against persons belonging to those groups.

iv. The promotion, by different communities, of a positive sense of group identity does not constitute hate speech.


12.2. States should prohibit the condoning or denying of crimes of genocide, crimes against humanity and war crimes, but only where such statements constitute hate speech as defined by Principle 12.1.


12.3. States should not prohibit criticism directed at, or debate about, particular ideas, beliefs or ideologies, or religions or religious institutions, unless such expression constitutes hate speech as defined by Principle 12.1.


12.4. States should ensure that persons who have suffered actual damages as a result of hate speech defined by Principle 12.1 have a right to an effective remedy, including a civil remedy for damages.


12.5. States should review their legal framework to ensure that any hate speech regulations conform to the above.

(*3) This is based on Article 20(2) of the International Covenant on Civil and Political Rights.

2009-05-17

国際反ホモフォビアの日(IDAHO: International Day Against Homophobia)〜Gays.comの"IDAHO Challenge"

  

国際反ホモフォビアの日 IDAHO = International Day Against Homophobia (5月17日)

  

日本のイベント・サイト やっぱ愛ダホ!Idaho-net

  

今日は国際反ホモフォビアの日

1990年のこの日にWHOの「国際疾病分類」(ICD)から「同性愛」の項目が削除され、同性愛が障害・治療対象と看做されなくなったことを記念して、世界各国・各地で同性愛者への差別・迫害を生み出すホモフォビア(同性愛嫌悪)への取り組みを呼びかける日です。

  

現在、世界の70カ国以上の国で、同性愛関係・行為はなんらかのかたちで非合法、処罰対象となっています。さらに、社会の偏見・無理解・無関心による同性愛者の差別・抑圧は、この限りではありません。

  

アメリカに拠点を置くグローバルLGBT権利擁護団体ILGA(国際レズビアンゲイバイセクシュアルトランスジェンダーインターセックス連合)は、毎年この日の前に発表する「国家的ホモフォビア・レポート」(同性愛を非合法・処罰対象としている国の調査)を、今年も発表しています。

Material on state sponsored homophobia - ILGA(PDFファイルをダウンロードできます)

  

同性愛者への差別・迫害がなぜ起きるのか、いま世界のどこで、人びとが同性愛者だというだけの理由でどんな目にあっているのか。それを変えるために、何が必要なのか。

1年にたった1日考えたところで、何になるのかと言われるかもしれないけれど、1年にたった1日でもいい、少しずつ学ぶ機会を(1年365日そのために戦っている人たちが作ってくれたものを手がかりに)持とう、考える機会を持とうー国際反ホモフォビアの日は、僕にとっては、そういう日でもあります。

  

世界各地から今日のために呼びかけられてきたアクションのひとつが、Gays.comが企画したTake up the IDAHO Challenge - Help fight homophobia and transphobia

  

世界で同性愛嫌悪が終わらない最大の理由は「無視」。この状況を変えるために、世界のLGBTが自分の言葉で語るビデオ・メッセージを募集していました。

  

IDAHO Challengeのキャンペーン・ビデオ

D

  

Gays.comのサイトに今日のためにアップされるファイナル・ビデオを楽しみにしていたのですが、サイトに行って見たら、

  

Gays.comのサーバーがDDoS攻撃を受けたそうです

  

呆れました。というか愕然としました。

昨日16日、モスクワでロシア・ベラルーシのLGBT活動家によって行われた「スラヴィック・プライド 09」が、モスクワ市警によって弾圧された(モスクワ・オリンピック・スタジアムで開催中の「ユーロビジョン・ソング・コンテスト2009」のためにヨーロッパ主要各国からメディアが集まっている前で)ニュースに接したあと、これはショックです。

誰がやったのか、原因は分からないけれど、何故こんなことが行われなきゃならないのか。

  

ビデオはYoutubeの専用チャンネルで見ることができます。

Youtube - Gays.com

  

素敵なビデオを沢山見ることが出来ます。

しかし、なんとも言えない気もちにさせられた、今年のIDAHOのはじまりです。