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davsの日記

2016-09-12

大量殺戮には必ず、アウシュヴィッツ並の施設が必要などということはない〜『再審「南京大虐殺」』のおかしな論理

下のいかにもな雑誌を立ち読みしていたら、アウシュヴィッツを引きあいに出した南京事件否定論にあたった。

アウシュヴィッツですら、殺害数は一日平均710人であったのに、一日に数万殺すためにはアウシュヴィッツ並の施設がいくつも必要となるはずだ、というものだ。南京事件について、言われているような大虐殺をするためには、原爆が必要、という否定論があるが、アウシュヴィッツ南京事件否定論に持ち出されるものらしい。この主張を調べてみると、下の本にまで行き着いた。(漢数字は、算用数字に改めた)


 大量殺害施設として名高いナチスのアウシュヴッツでさえ、殺害数は一日平均710人であった。一日平均3万8千人も殺害するためには、アウシュヴッツ並の施設が53箇所も必要となる。もちろんそんな施設はなかった。

 この本に上記のような記述があるが、おかしなところがふたつある。
 ひとつは、算術平均を勝手に上限値とみなしていること。先に引用した論理が成立するのは、アウシュヴィッツで、毎日、判で押したように710人が殺されていた時だけだ。アウシュヴィッツは、当初、ポーランド政治犯収容していたし、近くの化学プラントでの強制労働従事させられていた被収容者もいた。一日710人というのが上限値であったはずがない。例えば、連れて来られた人々を到着してすぐに殺戮するためだけに建設されたトレブリンカ強制収容所では、一日当たり1600人以上の人間が殺されている。
 
ふたつめは、人間を大量殺害するためには、必ず、アウシュヴィッツ並の施設が必要である、という前提をおいていること。むろん、そんなことはない。1945年3月10日の東京大空襲では、十万人もの死者が出た。『再審南京大虐殺」』の論理が正しければ、アウシュヴィッツ並の施設が東京に140個も必要になる。もちろんそんな施設はなかった。それは、航空機焼夷弾を使ったからで、装備の劣る日本軍にはできない、という人間がいるかもしれない。それでは、紀元前216年のカンナエの戦いでは、数万のローマ軍が一日の戦いで、カルタゴ軍に殺された。もちろん、カルタゴ軍は人間の筋力に頼るような武器しか持っていなかったし、同等の武器で抵抗するローマ軍を相手にした結果だ。もちろん、当時のイタリア半島にはアウシュヴィッツのような絶滅収容所はない。

 いずれにせよ、アウシュヴィッツですら、殺害数は一日平均710人であったのに、というのは、もっともらしい数字をいじくる、南京事件否定論のひとつであるというしかない。

 

2016-08-20

それなら、再分配政策しかないじゃないか。

そもそも、ピーター・シンガーの意見に賛同できない〜ふたたび障害児の排除について - davsの日記
上記の記事で言及した作家の橘玲氏が、経済格差遺伝に起因するという記事を書いていた。

非正規という身分で差別 貧困層に落ちていく希少性を持たない若者 - ライブドアニュース

前回は、障害をもった子どもを排除する主張への抗議を、「空虚なヒューマニズム」と冷笑するために、ピーター・シンガーを紹介していたが、今回は彼が持ち出したのは、以下のような遺伝と知能と経済的成功との関係についての主張だ。

 知識社会における経済格差は知能の格差だ。知識社会とは、定義上、知能の高いひとが経済的に成功できる社会のことだ。だからこそ、「教育によってすべての国民の知能を高める」という理想論が唱えられるのだが、いまやその前提は崩壊しかけている。

 先進国で社会が二極化するのは、知識社会が、知能の高いひととそうでないひとを分断するからだ。知能のちがいは、環境ではなく遺伝によってほぼ説明できる。だからこそ、どれほど教育にちからを注いでも経済格差は拡大するのだ。

 橘氏は、前回の記事もそうであるが、他人の主張は書くけれど、自分自身の主張をはっきりと書かいていない。だから彼が記事で言いたいことは想像するしかないが、彼は自分が紹介した遺伝と知能についての主張に賛同しており、経済格差を是正しようとする、こころみは間違っているという方向に読み手を誘導しようとしているのだろう。

 しかし、橘玲氏が、紹介した主張が正しいとしても、そこからは、経済格差を是正すべきでない、と結論を導くことは出来ない。むしろ、高所得者から、累進課税(高額の相続税でもよいが)で、低所得者に財を再分配すべき、という主張の強力な根拠ともなる。

 そんな馬鹿な、なんで俺の努力で稼いだ金を、怠け者の貧乏人に取られなければならないんど、という人間もいるだろう。しかし、こういう反論に直面することになる。おや、あなたがお金持ちになったのは、たまたま遺伝で知能に恵まれたおかげですよね。努力のたまものではありませんよ。貧しい人は、遺伝に恵まれず、貧しくなったわけで、自分ではどうしようもない理由で、貧しいわけです。たまたま運がよかった、あなたがより多く負担することに何か問題でもあるのですか。

 橘玲氏が、紹介した主張が正しいとすると、経済的な成功者は、たまたまの遺伝でその成功を手にした訳で、その富を独占する理由はない。また、貧しい人は、責任を問うことができない理由で貧しい訳だ。

2016-07-14

蝶々トンボも鳥のうち

過日、下のようなツィートを投稿したところ、意外なほど多くの反応をいただいた。





上のような反論も出てくることは、予想していたが、このtiger_L.E.O.氏は、想像を絶するようなことを言い出した。私が「左翼思想が嫌いな奴は、8時間労働制や最低賃金制による保護を受けるな」と言っていると言い出したのである。ご丁寧に、私のツィートのスクリーンショットまで保存していることをみると、自分の主張の正しさを確信しているようだ。



 言うまでもないが、私は「自衛隊批判する奴は、自衛隊による災害救助活動を受けるな」という主張は、「左翼思想が嫌いな奴は、8時間労働制や最低賃金制による保護を受けるな」という主張と同じように間違っている、と言っている。

 日本軍の補給軽視を言うときに、よく持ち出される「輜重輸卒が兵隊ならば 蝶々トンボも鳥のうち〜」というざれ歌があったが、これも蝶々もトンボも鳥であると言う意味だ、ととる人がいるということだろう。

2016-07-12

中国海軍が機雷敷設でシーレーンを封鎖!〜でも、一体、どこにどうやって敷設するのだろう。

 中国脅威論は右派メディアの定番のコンテンツだが、1980年代のソ連脅威論の焼き直しというべきだろう。中国脅威論とかつてのソ連脅威論が、大きくと違うのは相手軍事力に対する評価だ。かつてのソ連脅威論では、ソ連軍は強大さを強調することが常のことだった。いわく、ソ連空軍は強大で、有事になったら航空自衛隊は1週間で壊滅する、とか、ソ連軍自動車化狙撃師団は、陸上自衛隊師団より、火力も機動力も圧倒的に優れており、それが北海道を占領するために上陸してくる。などと言われていたものだ。ところが、これが中国相手になると、中国軍は弱い、戦争になれば自衛隊が勝つ、と言った楽観的、威勢のいい主張が目立つ。むしろ、戦争になったら中国を目にもの見せてやれるのにと思っている人が多い。

従って、下のように中国海軍が侮れないという下のような記事は珍しい。
【田中靖人の中国軍事情勢】実は侮れない中国海軍の新型機雷…もし大量敷設でシーレーンを封鎖されたら?(1/6ページ) - 産経ニュース

 中国海軍が機雷を大量に敷設してシーレーン文脈からすれば、日本のシーレーンのことだと考えられるが、記事中にあきらかな記述がない)を封鎖するというタイトルだが、はっきり言えばタイトル倒れとしか、言いようがない。機雷で日本のシーレーンを封鎖するには、上海の沖に機雷を敷設しても駄目で、例として出されている、米軍が実施した「飢餓作戦」のように関門海峡瀬戸内海に機雷を敷設しなければならない。太平洋戦争末期の米軍はB29で機雷を敷設したが、それを日本軍は阻止できなかった。また、機雷そのものも、日本軍が除去できない起爆方式のものだった。

 中国海軍が機雷を大量に敷設して日本のシーレーンを封鎖する、というのなら、中国海軍が日本側に妨害されずに、日本側に除去できない機雷を敷設できる能力があることを書かなければいけないが、漁船を改装して機雷敷設に使える、と言う程度のことしか書いていない。さらに、記事の最後に「(機雷戦について)世界最高水準の実力を持つ海上自衛隊の役割に注目が集まることになる。」と自衛隊の機雷戦能力の高さをうたっているのだから、やはりタイトル倒れの記事というしかない。

2016-05-07

池田信夫氏の誤解している「三段論法」

 池田信夫氏は立憲主義三段論法も誤解しているようだ。
池田信夫 blog : 朝日新聞論説主幹・根本清樹氏の誤解している「立憲主義」
池田信夫氏は、憲法一般の国民ではなく、国家権力を縛るものだ、という立憲主義の考えに反対して、国民は憲法を守らなければならならないと主張する。
その根拠として下のような論理を持ち出す。

すべての法律憲法に適合しなければならないのだから、その法律を守る国民は憲法を守らなければならない。これは自明の三段論法である。

 三段論法の形式にすらなっていない。

 池田氏にサービスして、三段論法の形式になおすとこうなるだろう。

  • 大前提: すべての法律憲法に適合しなければならない。
  • 小前提: 国民は法律を守らなければならない。
  • 結論 : ゆえに国民は憲法を守らなければならない。

 一見して、池田氏の「三段論法」が誤っていることが分かる。大前提も小前提も、それぞれは正しいが、結論が誤っている。池田氏の論理は、次のような詭弁と類似したものだ。

  • 大前提: 「グー」は「チョキ」に勝つ。
  • 小前提: 「チョキ」は「パー」に勝つ。
  • 結論 : ゆえに「グー」は「パー」に勝つ。

 上の結論は、われわれがよく知っているジャンケンのルールに反している。上の詭弁は、ジャンケンのそれぞれの手が、一直線に並ぶような強さを持っており、その強さで勝敗が決まる、という誤った前提を置いているのだ。池田氏憲法法律>国民と直線上に制約の力がはたらくという前提を、断りなしにおいているが、そのような前提は誤りだ。
 例えば、憲法36条で公務員による拷問が禁止されており、これがあるゆえに、警察官による拷問を認めるような法律は制定することはできない。しかし、国民はこの条文によって何ならかの義務を課せられているわけではない。

憲法に関して、正しい三段論法をつくると下のようなものになるだろう。

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