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davsの日記

2017-05-21

労働基準法と前借金

公娼制従軍慰安婦制度でつきものの、前借金契約は、現代日本では違法だ、とは皆が理解しているところだと思いますが、実際の法律ではどうなっているか気になるところです。
労働基準法で、「前借金」という言葉が登場するのは、第17条です。

(前借金相殺の禁止)
第十七条  使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権賃金を相殺してはならない。

 前借金と賃金を相殺することは明確に禁止されていますが、前借金をさせておいて、「やめたら、前借金を耳を揃えて返してもらうからな」と労働を強制するのは違法じゃない、と言い出す人がいそうです。
 そこで、出てくるのが、同じ労働基準法の第5条です。
(強制労働の禁止)
第五条  使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

 条文中に「前借金」という言葉は出てきません。しかし、この条文の解釈について、当時の労働省が出した通達昭和23年3月2日付基発第381号にこうあります。(赤字にしたのは、引用者。『労働基準法解釈総覧』からの引用です。)
「暴行」、「脅迫」、「監禁」以外の手段で「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」としては、長期労働契約労働契約不履行に関する賠償額予定契約、前借金契約、強制貯金の如きものがあり、労働契約に基づく場合でも、労務の提供を要求するに当たり、「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」を用いて労働を強制した場合には、本条違反となる(略)

さらには以下のようにあって、私が冒頭で例示した「やめたら、前借金を耳を揃えて返してもらうからな」というのは、「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」となるようです。
「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」とは精神の作用又は身体の行動を何らかの形で妨げられる状態を生じさせる方法をいう。「不当」とは本条の目的に照らしかつ個々の場合において、具体的かつその諸条件をも考慮し、社会通念上是認し難い程度の手段の意である。したがって必ずしも「不法」なもののみに限られず、たとえ合法的であっても、「不当」なものとなることがある。賃金との相殺を伴わない前借金が周囲の具体的事情により労働者に明示のあるいは黙示の威圧を及ぼす場合の如きはその例である。

 さらに興味深いのは、この通達の序文とも言うべき部分です。労働基準法第5条の意義についてこう書いています。この強制労働禁止の条文のみなもとは、新憲法だけでなく、1930年の強制労働の禁止に関する条約にあるのだ、といいたいようです。労働基準法第5条のように、強制労働を禁止する法は、1930年代から必要だったが、ようやく戦後になって実現したとも言えるでしょう。従軍慰安婦問題で「当時の価値観では〜」と言い出す人は多いですが、当時から強制労働を禁止する条約と、そうしたものが必要であるという価値観があったことは忘れるべきではないと思います。
 我が国の労働関係には、今尚暴行脅迫等の手段によって労働を強制するという封建的悪習が残存しているが、従来かかる強制労働に対する直接の処罰規定がなく、僅かに同時に刑法犯を構成する場合に限って処罰し得るに過ぎず、しかも刑法による処罰は事実上殆ど行われなかった。憲法第18条は、国民の基本的人権として「何人もいかなる奴隷的拘束も受けない。又犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服せられない」ことを保障している。労働基準法第5条は、この趣旨を労働関係について具体化し労働者自由の侵害、基本的人権の蹂躙を厳罰を以て禁止し、以て今尚労働関係に残存する封建的悪習を払拭し、労働者自由意志に基づく労働を保障せんとすることを目的とするものである。
 既に1930年第14回国際労働会議で採決された「強制労働の禁止に関する条約案」においても「処罰の脅威の下に強要せられ且つ自ら任意に申出たるに非ざる労務」たる強制労働を禁止することが確認せられていたのであるが、今回本条の制定により始めてこれが完全に実施せられることになったものであり、その意義は極めて大きい。

2017-04-28

やはり、従軍慰安婦は性奴隷というしかない〜『漢口慰安所』のエピソードから

吉見義明氏の『日本軍「慰安婦」制度とは何か』 (岩波ブックレット 784)にも、紹介されていますが、漢口の陸軍慰安所に勤務し『漢口慰安所』(図書出版社)、その衛生管理も行なった軍医大尉の回想録に、慰安婦になるための性病検査を受けることを抵抗する女性についてのエピソードがあります。

なまりの強い言葉で泣きじゃくりながら、私は慰安所というところで兵隊さんを慰めてあげるのだと聞いてきたのに、こんなところで、こんなことをさせられるとは知らなかった。帰りたい、帰らせてくれといい、またせき上げて泣く。(p147)

これは、どう考えても、誘拐の被害の訴えなのですが、特にそれとして、例えば憲兵業者や女性に事情聴取するとか、女性を帰郷させるといった措置を軍の当局がとったという、話は出てきません。軍の慰安所の運営に関して、軍は犯罪を黙認していた、と言われても仕方のないところです。

公娼制の実態をかんがみれば、売春施設を設置して、女性を集めたら、誘拐や人身売買の被害者がやってくることは、当然予想できることです。軍に犯罪を予防し、被害者を救済する意志があるなら、誘拐や就業詐欺の被害の訴えがあった場合の対処の方法が定められていてもいいはずですが、そうはなっていないようです。陸軍省副官発北支那方面軍及中支派遣参謀長宛通牒、陸支密第745号「軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件」 を根拠に、従軍慰安婦問題否認論者は、日本軍は、違法な慰安婦の徴募を止めようとしていたのだ、とよく主張するのですが、この副官通牒に書いてあるのは、業者の選定を周到適切にしろ、とか関係地方の憲兵及警察と連携を密にしろ、といったことで、人身売買の被害者が連れて来られたら、軍の手配で帰郷させろ、とか、違法行為をした業者を逮捕しろ、二度と使うな、と具体的に書いてあるわけではありません。実は、誘拐や就業詐欺の被害の訴えがあった場合の対処の方法が定められていて、この軍医が怠慢あるいは故意によって、その対処をしなかった、という可能性もありますが、それははごく低いものでしょう。

 ところが、このエピソードについて、ツィッター上で議論したとき、ある人物(既にブロックされましたので、T氏としておきます。)が、これは、契約条件について誤解があったので、業者に女性をさしもどして、話し合いをさせたところ、女性も納得したというものだ、その後の記述を読めば分かる、と主張しました。それではどう書いてあるのでしょう。
翌日、昨日の女が同じ二階回りと業者にともなわれてやって来た。当人も承知しましたので臨時に検査をお願いしますという。(中略)
昨日、あれから業者や二階回りに説得され、一つ二つ頬ぺたを張り飛ばされでもしたのであろう、一晩中泣いていたのか、眼はふさがりそうに腫れ上がっていた。(前掲書p148)

どうも、まともな「説得」が行なわれた訳ではないようです。これを女性が自分の意思で検査を受けに来たとみなす人は、よほどひねくれた人でしょう。そもそも、誘拐の被害者を、その誘拐の容疑者のもとに戻す、というのが、常軌を逸しています。そもそも、このエピソードは、日本政府公娼制を人身売買や奴隷制ではない、と言い繕うための前提を破壊しています。公娼制では、売春をする女性は、その自由意志で行なっており、売春業者は、「貸座敷」という名称が示す通り、売春の場所を貸しているだけ、という建前です。その建前からすると、業者が、売春するように女性を「説得」したり、当人に代わって慰安婦になるための検査を依頼する、というのは、異常です。
 現代日本で、例えば、建設業の許可を取るように、事務所の貸主が、説得したり、官公庁の許可窓口に同行して代弁するなどということはあり得ないでしょう。
 「「人身売買排除」方針に見る近代公娼制度の様相」(眞杉侑里)に以下のような記述があります。(T氏は、この論文慰安婦問題日本政府を免責する材料として持ち出しました)
日本政府は、個人自由意志を軸として就業・廃業時にそれが発揮される事、或いは自由意志の発揮が阻害される場合にあってはそれを処罰対象と認定する事により「他者の拘束を受けることが無い=人身売買ではない」と近代公娼制 度の人身売買的側面を否定してきた。これに対し国連調査団は1932年実地調査報告書に「此の法令娼妓取締規則第6条)の精神並に目的は常に必ずしも遵守せられざるものゝ如く、警察当局が警察署に雇主を出頭せしめ、之と廃業希望者本人又は其の父母親族と協議せしめ、又は本人を壓迫する等の事実は、屡ゝ本人をして其の年期満了又は雇主に対する債務完済に至るまで貸座敷に止まらしむるの結果を来す懼れあり」と日本政府の主張を疑問視する見解を寄 せており、前借金と娼妓稼業に関連性を見出している。
 公娼の廃業にあたって、警察当局が、女性やその父母親族と、業者を話し合わせている事実が、日本政府のいう、公娼制が人身売買ではない、という建前を否定するものだ、と国連調査団はみなしているわけです。ここから、考えると『漢口慰安所』に書かれた業者が女性を「説得」したというエビソードは、従軍慰安婦制度は、当時の公娼制での建前すら守られていない、性奴隷制だったことを示すものだと言えるでしょう。  

2017-03-18

日本軍の占領地は、刑法第226条の「帝国外」にあたるか、という問題

 従軍慰安婦問題を語るとき、必ず出てくるのが、当時の刑法226条である。
「帝国外ニ移送スル目的ヲ以テ人ヲ略取又ハ誘拐シタル者ハ、二年以上ノ有期懲役ニ処ス。
帝国外ニ移送スル目的ヲ以テ人ヲ売買シ、又ハ被拐取者若クハ被売者ヲ帝国外ニ移送シタル者亦同ジ。」
 
この条文に出てくる「帝国外」について、慰安婦問題否認論者が、例えば「当時のビルマ中国は、日本の軍事占領下にあった。それは大日本帝国の内だったということだ。従って、人身売買された女性をビルマ中国に移送しても問題がないのだ」などという主張を出してくるのではないか、と予想している。(もう既にそういう主張が出ているのかもしれないが)それにあらかじめ備えて、調べてみた。

 1935年出版の『刑法各論』(大衆法律講座第6巻)で、著者である東京刑事地方裁判所判事の徳岡一男が、この刑法226条中の「帝国外」について、こう書いている。

ところがここでいう帝国外とは所謂外国のことであるが、わが刑法ドイツ刑法のように外国そのものの意味を明白にした規定がないので種々議論を生ずる余地があるが、やはり大日本帝国の領域に属していない土地を外国と解すべきであろう。だから軍事占領地でもわが領事裁判権が行われている国でも帝国外に当たるのである。(p278 旧字体、旧仮名遣いは、それぞれ新字体、新仮名遣いに改めた)


 日中戦争時の上海の租界であろうと、太平洋戦争時の東南アジアであろうと、「帝国外」ということになるだろう。

2017-03-14

人間は、ハリウッド製アクション映画の登場人物ではない。

 女性が被害者になる性犯罪や監禁事件がおきると、決まったように、何故、逃げられるはずなのに、逃げなかったのか、自衛すべきだったのだ、と言い出す人が出ます。いつでも、自分を害することができる監禁犯に見張られている女性が、隙ををみて、監禁の自動車を奪って逃走したり、強姦されそうになった女性が、金的蹴りや目つぶしで逃れないと許してもらえないようです。不思議なことに、男性が強盗に遭ったときは、凶器を奪って反撃するといった、ハリウッド映画並のアクションを要求されません。

 危機に接した人間が、ハリウッド製アクション映画の登場人物のような行動をできるものではないという事例をあげてみましょう。下記は、『朝鮮戦争』(児島 襄)の2巻目からの引用で(文庫版p103)韓国軍第2連隊が中国軍の攻撃を受け潰乱した時の記述です。

 連隊長咸炳善大佐も、狼狽して後退し、道に妨害物として置かれた燃料タンク車に遭遇すると、とかくの判断をこころみることもなく、ジープを降りて放火した。
 燃料タンク車は当然に爆発した。咸大佐は重火傷をおって球場洞にはこばれ、副連隊長金鳳拌膾瓦連隊長に昇格した。


 著者の児島襄氏は、咸炳善連隊長の行動について、何も解釈していませんが、平時には想像できないような行動と言えるでしょう。私もこの箇所を最初、読んだ時には、咸炳善連隊長の行動の合理的な意味が、どこかに書いてあるのではと、何度も周辺を探しました。

 ひとつでは足りないと言う人、『暗殺の政治史 権力による殺人の掟』(リチャード・ベルフィールド)をおすすめします。テロリストが爆弾を起爆するための装置を、持ってくるのを忘れたために、テロに失敗したとか、暗殺を命じられたKGBの秘密工作員が、良心がとがめたために潜入先で自首した、とか、映画にしたら「リアリティがまるでないぞ、金返せ」と言われそうなエピソードがいくつも載っています。

2016-10-31

この池田信夫の論理はおかしい。よくあることだけれど

慰安婦問題を現代の価値観で裁くのはナンセンス – アゴラ

池田信夫氏が上の記事で、橋下前大阪市長から従軍慰安婦問題について、批判を受けたことに反論している。
橋下前大阪市長の「慰安婦が必要だった」発言を援護射撃しなかったことを責められての、反論らしいが、池田信夫氏が「従軍慰安婦制度は女性への人権侵害だった」という論に与するようになったということではない。

池田信夫氏にとって、「従軍慰安婦制度は女性への人権侵害だった」というのも、「従軍慰安婦制度は必要だった」というのも、「非歴史的な価値判断」なのでナンセンスということらしい。

これは慰安婦が強制連行ではなかったという事実認識とは別の問題である。この歴史的事実にはもう争いはないが、それを正当化するかどうかは別の問題だ。歴史学では、「慰安婦は女性の人権侵害だ」というような非歴史的な価値判断はすべきではないとされている。そんなことをいったら戦争そのものがとんでもない人権侵害で、慰安婦なんか大した問題ではない。

慰安婦が強制連行ではなかった」ことに争いがないのは、おそらく池田信夫氏の脳内だけの話だろう。「非歴史的な価値判断はすべきではないとされている。」というが、誰が言っていることなのだろうか。よしんば、歴史学でそうであっても、他の枠組みから、「従軍慰安婦制度は女性への人権侵害だった」という指摘をすることは可能だろう。だいたい、池田信夫氏も自身のブログ記事で、過去の人物やことがらに価値判断をおこなっているのだ。
池田信夫 blog : ミミズのような中国に「国家」はできるのか
 池田信夫氏は上の記事で、「皇帝を失った中国はミミズのような無頭生物であり、日本の支援なしには自立できない」というかつての日本の判断は正しい、と言っているが、これは池田信夫氏のいうところの「非歴史的な価値判断」ではないのだろうか。

 さらに、読めば読むほど、頭痛がするのは、最後の段だ。
もう一つの問題は、当時の売春は人身売買と結びついていたことだ。年季奉公は西洋の奴隷制とは違うが、娼婦の身体を拘束する点は同じだ。戦前には売春は合法だったが、人身売買は民法で禁じていた。多くの慰安婦は人身売買で売られたので、価値判断を抜きにしても違法だった。

いずれにせよ、戦時中の慰安婦に現代の価値観を遡及適用して裁くのは(肯定にせよ否定にせよ)ナンセンスだ。慰安所の運営には政府が関与したが、強制連行はなかった。この事実を確認することがすべてで、そこに「女性の人権」や「日本軍の正当性」などの価値判断をまぎれこませるべきではない。

この部分の池田信夫氏の主張をまとめると以下のようになる。

  1. 当時も人身売買は違法だった。
  2. 多くの慰安婦は人身売買で売られたので、価値判断を抜きにしても違法だった。
  3. 慰安所の運営には政府が関与した。

 池田信夫氏のこの部分の記述に従えば、従軍慰安婦制度は当時の価値観によっても、批判されるべきものということになるはずだ。さらにそれに関与していた日本の当局も指弾を免れないだろう。それにもかかわらず、戦時中の慰安婦に現代の価値観を遡及適用して裁くのはナンセンスと言うのだから、池田氏は、曲芸的な論理を駆使しているとしか言いようがない。