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davsの日記

2016-05-07

池田信夫氏の誤解している「三段論法」

 池田信夫氏は立憲主義三段論法も誤解しているようだ。
池田信夫 blog : 朝日新聞論説主幹・根本清樹氏の誤解している「立憲主義」
池田信夫氏は、憲法一般の国民ではなく、国家権力を縛るものだ、という立憲主義の考えに反対して、国民は憲法を守らなければならならないと主張する。
その根拠として下のような論理を持ち出す。

すべての法律憲法に適合しなければならないのだから、その法律を守る国民は憲法を守らなければならない。これは自明の三段論法である。

 三段論法の形式にすらなっていない。

 池田氏にサービスして、三段論法の形式になおすとこうなるだろう。

  • 大前提: すべての法律憲法に適合しなければならない。
  • 小前提: 国民は法律を守らなければならない。
  • 結論 : ゆえに国民は憲法を守らなければならない。

 一見して、池田氏の「三段論法」が誤っていることが分かる。大前提も小前提も、それぞれは正しいが、結論が誤っている。池田氏の論理は、次のような詭弁と類似したものだ。

  • 大前提: 「グー」は「チョキ」に勝つ。
  • 小前提: 「チョキ」は「パー」に勝つ。
  • 結論 : ゆえに「グー」は「パー」に勝つ。

 上の結論は、われわれがよく知っているジャンケンのルールに反している。上の詭弁は、ジャンケンのそれぞれの手が、一直線に並ぶような強さを持っており、その強さで勝敗が決まる、という誤った前提を置いているのだ。池田氏憲法法律>国民と直線上に制約の力がはたらくという前提を、断りなしにおいているが、そのような前提は誤りだ。
 例えば、憲法36条で公務員による拷問が禁止されており、これがあるゆえに、警察官による拷問を認めるような法律は制定することはできない。しかし、国民はこの条文によって何ならかの義務を課せられているわけではない。

憲法に関して、正しい三段論法をつくると下のようなものになるだろう。

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2016-04-08

せめて歴史修正主義者の方々で意見を統一してほしい。〜『別冊正論26「南京」斬り』

『別冊正論26「南京」斬り』を読んでみた。南京事件についての歴史修正主義的な主張がこれでもか、とばかりに載せられている。バラエティに富んでいるといえるが、それぞれの記事に互いに矛盾した記述がある。
 例えば、南京事件否定論では定番とも言える「便衣兵問題」だが、これについて黒鉄ヒロシ氏、早坂隆氏は、以下のように、日本軍が民間人に変装した中国兵に攻撃されたと述べている。そして東中野修道は以下のように書いている。黒鉄ヒロシ氏、早坂隆
黒鉄ヒロシ

この数が、民間人に成り済まして懐ろに小火器などを隠した便衣(民服)兵となったら、市街地に於けるゲリラ戦が待ち受けている。事実、便衣兵手榴弾などで日本兵が何度も襲撃されている。(p.17)

早坂隆
安全地帯に身を潜めながら、便衣兵たちは反撃の機会を窺った。庶民の中に紛れた彼らは、時に一転して日本軍に攻撃を加えてきた。(p.221)


一方、東中野修道氏は、軍服を脱いで私服を着ていた中国兵は、敵対攻撃を行うことを目的に民間人を装った「私服狙撃隊」ではなかったとする。ここから、東中野修道氏は、だから、「便衣姿の兵士」を裁判なしに殺してもよかったのだ、といった論を展開する。私も、東中野修道氏の主張を紹介しているが、まるで理解できない。この東中野修道氏の論理については、以下のサイトに詳しい。
東中野氏「再現南京戦」(8) 国際法論争1
東中野氏「再現南京戦」(9) 国際法論争2
南京で捕らえられた中国兵のなかに「便衣隊」つまり私服狙撃隊がいたであろうか。南京の安全地帯には軍服を脱ぎ私服で市民になりすました正規兵、つまり「便衣姿の兵士」はいたが、「私服狙撃者」としての「便衣隊」がいたとは寡聞にして知らない。(p.61)

 前の二者と同じく、東中野修道氏も捕虜敗残兵の殺害を正当化しようとしているが、主張の根拠となる「事実」が互いに矛盾している。

 他にも、南京事件は1970年代に日本で話題になった後に、中国が問題としだした、という主張があるかと思えば、1938年に中国国際連盟で問題を提起していたという記述もある。南京事件はファンタジーと断じている文もあれば、捕虜敗残兵便衣兵は、それぞれ捕らえた部隊が射殺・刺殺などにより処断したと書いてあるものもある。
 この『別冊正論26「南京」斬り』を読んでみても、1937年12月の南京で何があったか、理解できるものではない。歴史修正主義は自分の神話に都合の悪い歴史的事実を否定したいという欲望に奉仕するものだから、仕方ないのかも知れない。

2016-03-27

赤紙=召集令状について、左翼がデマを流しているというデマ

トリヴィアは所詮トリヴィア - Apes! Not Monkeys! はてな別館
 上のApeman氏の記事にもあるように、左翼が「赤紙」について、印象操作を行って、徴兵制への不安を煽っている、という主張がある。
ちなみに「赤紙サヨク」でgoogle検索してみたら下のような結果だ。
赤紙 サヨク - Google 検索

そのうちの1つにこんなことが書いてある。
召集令状(いわゆる赤紙)についての印象操作: タワゴト?U

赤紙一枚で戦地送り」というよくある表現からは、第二次大戦末期の日本では誰彼構わず召集令状(赤紙)が届くと「お国のために」としか言えず、強制的に軍隊に入れられ戦地に送られたかのような印象を持ちます。
以前からうすうすおかしいと感じていた表現ですが、よく調べてみるとやっぱりサヨク独自の偏向印象操作でした。
そもそも召集令状赤紙とは「軍隊が在郷将兵召集のために出した令状」です。
赤紙が送られる対象は在郷将兵=兵役を終えた民間人、つまり徴兵制度により兵役を終え一民間人として生活している軍隊経験のある民間人です。
(中略) 徴兵されず兵役を免除された人は帝国陸海軍OBではないので赤紙は届きませんし、徴兵前の男子も帝国陸海軍OBではないので赤紙は来ません。
左翼勢力が大げさに言う「赤紙一枚で地獄行き」の赤紙はOBにしか届かないものであり、軍隊経験のない一般人には決して届かないものなのです。


 上記の記述のどこがおかしいか、説明するには、少し回り道する必要がある。大日本帝国では、一定の年齢に達した男子全てが徴兵検査を受け、兵士としての適性を判定される。甲・乙・丙・丁・戊の5種に分類されるが、このうち、甲種と乙種が現役に適する、いわば「合格」である。しかし、その全てが現役兵として兵営に入れられるわけではない。軍の予算等の制限があるし、平時に膨大な兵員を抱えているわけにはいかない。
『天皇の軍隊 (講談社学術文庫)』(大濱 徹也)に昭和12年から20年の種別人員数と徴集者数についての表が掲載されているので、昭和12年分を抜き出してみる。
甲種人員153,000
徴集数153,000
乙種人員470,635
徴集数17,000
丙種人員89,091
丁種人員22,272
戊種人員7,424
合計人員742,422
徴集数170,000
徴集率22.9%

 昭和12年=1937年日中戦争が始まった年だ。この年は、甲種合格者は全員だが、乙種合格者は、その3.6パーセントが入営しただけだ。入営すると、2年現役をつとめた後、15年4か月の間、予備役・後備役(1941年から予備役に合一)となる。先に紹介した「召集令状(いわゆる赤紙)についての印象操作」では、「赤紙」が来るのは、この予備役の人間だけなのだから、「赤紙一枚で戦地送り」というのは、左翼印象操作だと言っていることになる。しかし、兵役を終えた時に志願して予備役になるわけではないのだ。強制的に予備役に繰り込まれ、戦時には招集されるのだから、自らの意思とは関係なく「赤紙一枚」で戦地に送り込まれることには違いない。

入営しなかった人はどうなるのか?


 さらに問題は、「徴兵されず兵役を免除された人は帝国陸海軍OBではないので赤紙は届きません」という記述だ。これが心身の障害のために、兵役に適さずとされた丁種のことであれば、それは正しい。しかし、入営しなかった乙種や丙種のことであれば、誤りだ。例えば入営を免れた乙種合格者(6割以上の人がこのカテゴリーに入っている)は、17年4か月の間、補充兵役に服することになる。彼らも招集の対象であったし、日中戦争において実際に「赤紙一枚で戦地送り」にされた。服役期間が15年4か月や17年4か月と、4か月の端数がついているのは、新兵がなんとか戦力になるのに3か月かかるため、そのギャップを埋めるためだ。

 記事には、日本母親大会連絡会・東京母親大会連絡会の「赤紙」を模した宣伝ビラの画像が掲載されているが、「第一補充陸軍歩兵」あての召集令状という設定で、まさしく軍隊経験のない一般人に届いた「赤紙」である。
 自らの主張の誤りであることを示す資料を載せているのだ。

 左翼が「赤紙」について、印象操作を行っている! という主張のいずれもが、「赤紙」は予備役にしか届かない、と共通して言っているが、誰かが言い出したことを、鵜呑みにして勝ち散らしているのだろう。
Garbagenews.com : 404 File Not Found
上記に悪い冗談としか思えないことが書いてある。
...ああ、ということは逆に考えれば、赤紙徴兵制云々と結び付けて「使っている」人は、多分に「内情を知らない、調べていない」「イメージだけで云々している」のいずれかということになるのかな。

2016-03-25

コミンテルン最強伝説〜『真実の朝鮮史【1868-2014】』

真実の朝鮮史【1868-2014】
今回、取り上げるのは、『真実の朝鮮史【1868-2014】』(宮脇 淳子・倉山 満著)だ。倉山満氏については、その著作を以下の記事で取り上げた。
『帝国憲法の真実』〜人生において何の役にも立たないことだけは約束します。 - davsの日記
『帝国憲法の真実』その2 - davsの日記

 彼が朝鮮史について書くのだから、ひどい内容だろうと想像していたが、想像していた以上にひどかった。共著者の宮脇淳子氏は東洋史学者だが、彼女のことは後で言及する。本書はこのふたりの対談形式で進行するが、関東大震災の時に発生した、朝鮮人虐殺について、倉山氏はこんなことを言う。

倉山 超重要な話で言うと、関東大震災の時の朝鮮人虐殺ってありますね。工藤美代子さんが書いているように、あれは明確にコミンテルンです。コミンテルンに躍らされた不逞鮮人が暴動を起こすんです。(後略)(p.102)

「不逞鮮人」という戦前の治安当局者が憑依したような物言いもひどいが、当時の流言をそのまま信じてしまっている。「工藤美代子さんが書いているように」というのは、『関東大震災朝鮮人虐殺」の真実』かどういうわけか加藤康男名義になっている『関東大震災朝鮮人虐殺」はなかった! 』のことだろう。工藤美代子加藤康男の著作についてはサイト「「朝鮮人虐殺はなかった」はなぜデタラメか」のなかで検証されている。
工藤美代子/加藤康男「虐殺否定本」を検証する: はじめに
 上記の記事を読めば、倉山氏が根拠にしている本の質が分かるだろう。下の評価が全てを物語っている。
そもそも、9月1日に地震が発生したときに、それ以前からテロ暴動を計画していた人々が急遽予定変更して混乱に乗じて各地でテロを行った―などという話をどうしてまともに信じられるのだろうか。火災が予想もつかないほどに拡大し、誰も彼もが逃げ惑っているときに、彼らはどうやって互いに連絡を取り、どうやって集まり、激変する状況に応じた新しい作戦を立て、指揮命令を伝達していたのか。当時でさえ、そんな話はばかばかしいと笑った人は大勢いたのに、90年後の今、それを真顔で主張し、それを本にして出す新聞社(産経新聞出版工藤美代子による「旧版」の版元)があり、それを読んで信じる人々がいるとは、それこそ信じられない話である。


 ところで、倉山満氏は「工藤美代子さんが書いているように、あれは明確にコミンテルンです。」と言っているが、工藤美代子氏が謀略の主犯として名指ししているのは、朝鮮人抗日テロリストであって、ソ連や日本の社会主義者たちはそれを支援していたと言いたいようだ。言いたいようだ、とは、我ながら奥歯に物が挟まった言い方だが、工藤美代子氏の文が何が言いたいか分からないほど、明晰さを欠いているのだ。少なくとも、コミンテルンが謀略の主犯だと言ってはいない。工藤美代子氏は、他の場所でコミンテルン暴動扇動したと書いているのかも知れない。あるいは、倉山満氏は資料の引用に関して、池田信夫氏の弟子だという可能性もある。

宮脇氏も倉山氏に負けずに、こんな事を言う。
宮脇 ただ、謀略を説明するのは難しいです。謀略というのは最後まで証拠が出るわけがないから謀略なので、結果から類推したり、状況証拠で判断したり、誰が得をしたかを指摘する以外方法はありません。それを歴史と言われたら困るけれど、「こういうことが起こって、これは誰の得になりました」ということで説明するしかない。(p.103)

 こんな論法が認められるのならば、全てをコミンテルンの謀略で説明できてしまう。この本に出てくるコミンテルンは、日本の大学をのっとったり、日米を戦争に導いたり、無敵だ。こんなコミンテルンを擁していたソビエト連邦が、独ソ戦の当初、あんな無様な敗走をしたのか、理解に苦しむ。
 宮脇氏は謀略は最後まで露見しないと思っているようだが、実際は違う。関東軍が、満州事変を起こした時や、ドイツポーランドと開戦した時の謀略は、あきらかになっている。ソビエト連邦が送り込んだ暗殺者が警察に自首したこともあった。

およそ歴史学者らしくないことを書く、宮脇氏だが、彼女の本を私も愛読していたことがある。

『最後の遊牧帝国―ジューンガル部の興亡 (講談社選書メチエ)』は、17、18世紀にかけて、栄えたジュンガル帝国の歴史をあつかったものだが、モンゴル帝国後のモンゴル帝国の後裔たちの歴史、モンゴルチベット清帝国との関係を知ることのできる一般向けの書籍となるとこの本をまず挙げことになる。かように優れた本を書いた人間が、先のようなことを放言するとは、年月の経過が悪い方向に作用したということだろうか。

2016-03-11

それでも、歴史修正主義者にNOと言わなければならない。

拙ブログで、従軍慰安婦問題や南京事件についての歴史修正主義的主張に対する反論をいくつか書いてきた。

正直に言えば、「従軍慰安婦業者が勝手に連れてきた」とか「南京事件を目撃し、記録した外国人は国民党政府のエージェント」とか、ネットに書き込んでいる人間は、故意犯どころか、確信犯であるので、彼(彼女)らに、根拠を示して反論しても、歴史修正主義者が、そうした行為を止めることはまずないだろう。

それでは、彼らの主張に反論する意味がないか、ときかれると、反論しなければならないと答えるしかない。歴史修正主義者の言動を変えるためではなく、歴史修正主義者の主張に反論が存在することを、他の人間に知らせるためだ。

『暴力の人類史』(スティーブン・ピンカー) に、狂信的で非合理な信念が、人々を取り込んでしまうメカニズムについての記述がある。(下巻pp.336-345)



こうした信念が社会を支配するためには、構成員の多くが、それを支持することは実は、必要でない。多くの人間が、自分以外の人間は、その信念を支持しており、その信念を認めない異端者は制裁を受ける、という予想を抱いていればよい。そして、その信念に賛同していないにも関わらず、周囲に自分が制裁の対象でないことを示すために、その信念を認めない人間を罰するようになる。こうなると、誤った順応と誤った強制が互いに悪循環を生んで、誰も受け入れていないような信念が社会をのっとってしまう。

これを現実の社会にあてはめるのは、さほど無理やりなことではない。政治学者のジェームズ・L・ペインは、20世紀のドイツイタリア、日本で、ファッショ的なイデオロギーが国を席巻した共通の経緯を例証している。いずれの場合でも、少数の狂信者の集団が「暴力も含めた極端な手段をも正当化する純真で威勢のいいイデオロギー」を掲げ、喜んで暴力を遂行してくれるならず者の一団を取り込んで、残りの国民を威嚇し、しかたなく黙認する層をじわじわと増やしていったのだ。(下巻p.342)


 ここまで大きな話ではなくても、皆が嫌だと考えていることが、その嫌だと考えている皆によって強制される、というのは日本の職場でよく見る光景である。

  1. 従業員のほとんどが、サービス残業はやりたくないと考えている。
  2. 従業員のほとんどが、自分以外の従業員は、サービス残業は必要であると考えており、サービス残業をしない人間のことを「自分勝手な奴だ」といじめのターゲットにすると予想している。
  3. サービス残業をしない従業員が出ると、自分が他の従業員から、イジメのターゲットにされないように、「あいつは自分勝手な奴だ」とサービス残業をしない彼(彼女)をいじめのターゲットにする。
  4. それを見た他の従業員は、サービス残業をしないと「自分勝手な奴だ」といじめのターゲットになるのだ、という予想を強化してしまう。

 かくして誰も望まないまま、サービス残業が、横にらみで強制されてしまう。

 歴史修正主義的な主張も、あいつらには、どうせ、反論しても通じないから、と放置していたら、「南京事件はなかった」とか「従軍慰安婦業者が勝手に連れてきた」と、皆が考えている、という考えが、広がっていく可能性がある。そうなると、私もその考えに同調しなければならない、それに同調しない人間に制裁を加えなければならない、という人間も増えるだろう。

 イザナギではないが、歴史修正主義者が1000のデタラメを言ったら、1500の本当のことを言うしかないだろう。